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悪役令嬢クレハ

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 ソフィアは復活したが、アストラル魔法の使い手が敵には二人いる。アリアと王太子の二人だ。

 普通であれば、ソフィア一人で対抗するのは難しい。

 だが……。

 俺とルシアも杖を構え、アリアたちに魔法の弾丸を放つ。青く光る、アストラル魔法の攻撃だ。

 事前にソフィアから、アストラル魔法の使用方法を教えてもらっていたのだ。ソフィアの最大の切り札であるアストラル魔法。それをソフィアは自分から、俺とルシアに教えてくれた。「だって、もうわたしたち、仲間でしょう?」と言って、微笑んだソフィアは、俺たちのことを信頼してくれている。

 ただし、俺とルシアのアストラル魔法も付け焼き刃だ。通常のエーテル魔法しか使わない相手なら、エーテル魔法で薙ぎ払ったほうが効率的だった。

 しかし、今の敵は王太子と聖女アリアだから、アストラル魔法を使って参戦することになる。

 マクダフは、通常の宮廷魔導師の残党の対処に回り、さらにライラさんの救護にあたってくれている。

 そうすると、敵は王太子・アリアの二人、こちらはソフィア、ルシア俺の三人だ。

 俺たちのほうが圧倒的に有利なはずだ。実際、俺たちは王太子たちを圧倒し、追い詰めていく。

 だが、これは相手にも予想できたはずだ。それなら何か切り札があるのか……。

 俺ははっとする。

「ルシア様、ソフィア! 上だ!」

 屋根も吹き飛んだ子爵家の屋敷から、凄まじい速さで何かが堕ちてくる。
 とっさに俺たちはアストラル魔法の防御障壁を三人で力を合わせて張った。

 けれど、轟音が響き、その防御障壁が崩れるほどの威力の衝撃が伝わる。

 そして、場の中心に立っていたのは……クレハだった。俺の義妹だ。

 クレハは銀色の髪に不思議な赤い髪飾りをつけていた。そして、普段とは違う、露出度の高いドレスのようなものを身にまとっている。

 胸元まで大胆にはだけ、スリットからは細く色白の足がちらりと見える。

 だが、何よりも違ったのは、その瞳だった。いつもは楽しげに輝いていた銀色の瞳が……妖しく、強い光を宿している。

「義兄さん。会いたかったです」

「クレハ……」

「わたしは義兄さんを裏切ったんです。そして、この聖女アリアさんを解放しました」

「どうして……そんなことを?」

「それがわたしの望みに近づく方法だからです。わたしは無力でした。義兄さんの役に立てない、義兄さんに必要とされることもできない。だから、義兄さんはわたしのことを見てくれない。でも……」

 そこで言葉を区切り、クレハは小さな手のひらに、ぼわっとした紫の光の珠を浮かべる。

「悪役令嬢として覚醒したわたしは、違います。今、この場で一番強いのはわたしです」

 その言葉に嘘はないようだった。アリアがにんまりと笑みを浮かべてうなずいているし、実際、クレハからは俺やルシアとは桁違いの魔力を感じる。

「物語の望まぬ結末……それを、アリアさんやソフィアさんの世界ではバッドエンド、というそうですね。わたしはそのバッドエンドを導く悪役令嬢です」
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