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闇落ちする令嬢

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 クレハ・マーロウにとって、義兄のクリスは特別な存在だった。
 九歳で両親を失い、心を閉ざしていたクレハを救ってくれたのは、クリスだった。
 
 たぶん、はじめて会ったときから、クレハはクリスのことを兄だとは思っていなかった。

(わたしは……義兄さんのことが好きだったんだ)

 異性としてクリスのことを意識しているのを自覚したのは、もう少し後だった。けれど、最初に会った時から、クレハにとってクリスは憧れの存在だった。

 若くして宮廷魔導師の幹部になるぐらい強くて、どんなときも優しくて、そして、クレハの話を聞いてくれる。
 そんな理想の存在がクリスだった。

 クリスを独り占めしたい。
 だけど……。

 屋敷の廊下を歩きながら、クレハは考える。
 いまここにクリスの仲間として集まっている人たちは、みんな優秀だ。ルシアは宮廷魔導師団の元団長だし、ソフィアはアストラル魔法の使い手。マクダフは近衛騎士最強の英雄だ。

(でも、わたしは違う……)

 クレハはただの士官学校生で、クリスの役には立てない。少しぐらい、クリスの助けになるかと思ったけれど、今の所、足を引っ張ってばかりだ。

(そんなわたしが……義兄さんの恋人になるなんて、無理だ)

 しかも、ルシアもソフィアも、どちらも美しい少女だ。 

 美貌で知られた第三王女と、王太子の元婚約者の公爵令嬢。容姿端麗で当然だし、身分だってクレハよりずっと上だった。まだ14歳のクレハは、もう女性らしく成長しているルシアやソフィアと比べても、年齢的にもずっと不利だ。

 自分がクリスの立場でも、クレハではなくルシアかソフィアを選ぶだろう。

 現に、クリスはほぼルシアを選んでいるかもしれない。クリスは……ルシアにキスされていた。

 思い出すだけでも胸が苦しくなる。
 このまま反乱が成功すれば、ルシアが女王になる。そのとき、ルシアはクリスを王配、つまり女王の夫として選ぶに違いない。

(でも、それでも……わたしはクリス義兄さんのそばにいたい。特別な存在になりたい)

 胸が動悸で苦しくなる。。
 おかしい。
 疲れているのかもしれない。

 クレハは部屋に戻ったそのとき、頭のなかに声が響いた。

『あなたの願いを叶えてあげましょうか?』

「え?」

『幻聴ではないのでご安心ください。私は聖女アリアです』

「聖女!?」

 ゆらりと部屋の奥の暖炉の火が揺れる。

 クリスたちの敵。この屋敷の一室で監禁されているはずの少女だ。クレハは緊張する。
 こんなふうに聖女が外部の人間と意思疎通できるなら、すぐにクリスに報告しないといけない。

『私はあなたの味方なんですよ。クレハさん』

「味方?」

『あなたの大好きなクリス義兄さんを独り占めする力を差し上げるのですから』

「誰が……あなたなんかに……」

『理不尽だと思いませんか? 最初からクリスさんの味方をしていたのは、ずっとクレハさんだけだったのに。このまま、ルシア殿下やソフィアさんなんかに、クリスさんを奪われていいんですか?』

「やめて。言わないで……」

『大好きな「クリス義兄さん」が宮廷魔導師団から追放されたとき、嬉しかったでしょう? 二人きりになれると思って。今も、あなたは同じことを考えている』

 そう。反乱なんて失敗してしまえばいい。クレハはこころのなかでそう思っていることに気づき、愕然とした。

(……殿下やソフィアさんなんて見捨てていいから、わたしとクリス義兄さんと、二人きりでどこか遠いところへ行きたい。でも、そんなこと言えるわけがない)

 クリスがそんなことを許すはずがないだろう。それに、クレハの望みはクリスが幸せでいることで、そこにルシアが必要なら、それは……。

 頭がくらくらしてきて、目もチカチカとする。
 どこか遠くから響く声に、クレハの意識は完全に支配されていた。

『嫉妬で胸が張り裂けそうなら、我慢する必要はありません。あなたの欲望のままに動けば、あなたの願いは叶います。それを私は手助けしましょう』

「違う。わたしは……」

 それがクレハの最後の抵抗だった。次の瞬間、クレハの意識は遠のいていく。
 聖女の声が、頭のなかに響く。

『クリス・マーロウにとっての悪役令嬢クレハ。あなたがその役割を果たすべきときが来たんです』

 その翌日。
 聖女アリアは監禁された部屋から脱走した。その手助けをしたのは、クリスの義妹のクレハだった。
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