31 / 40
闇落ちする令嬢
しおりを挟むクレハ・マーロウにとって、義兄のクリスは特別な存在だった。
九歳で両親を失い、心を閉ざしていたクレハを救ってくれたのは、クリスだった。
たぶん、はじめて会ったときから、クレハはクリスのことを兄だとは思っていなかった。
(わたしは……義兄さんのことが好きだったんだ)
異性としてクリスのことを意識しているのを自覚したのは、もう少し後だった。けれど、最初に会った時から、クレハにとってクリスは憧れの存在だった。
若くして宮廷魔導師の幹部になるぐらい強くて、どんなときも優しくて、そして、クレハの話を聞いてくれる。
そんな理想の存在がクリスだった。
クリスを独り占めしたい。
だけど……。
屋敷の廊下を歩きながら、クレハは考える。
いまここにクリスの仲間として集まっている人たちは、みんな優秀だ。ルシアは宮廷魔導師団の元団長だし、ソフィアはアストラル魔法の使い手。マクダフは近衛騎士最強の英雄だ。
(でも、わたしは違う……)
クレハはただの士官学校生で、クリスの役には立てない。少しぐらい、クリスの助けになるかと思ったけれど、今の所、足を引っ張ってばかりだ。
(そんなわたしが……義兄さんの恋人になるなんて、無理だ)
しかも、ルシアもソフィアも、どちらも美しい少女だ。
美貌で知られた第三王女と、王太子の元婚約者の公爵令嬢。容姿端麗で当然だし、身分だってクレハよりずっと上だった。まだ14歳のクレハは、もう女性らしく成長しているルシアやソフィアと比べても、年齢的にもずっと不利だ。
自分がクリスの立場でも、クレハではなくルシアかソフィアを選ぶだろう。
現に、クリスはほぼルシアを選んでいるかもしれない。クリスは……ルシアにキスされていた。
思い出すだけでも胸が苦しくなる。
このまま反乱が成功すれば、ルシアが女王になる。そのとき、ルシアはクリスを王配、つまり女王の夫として選ぶに違いない。
(でも、それでも……わたしはクリス義兄さんのそばにいたい。特別な存在になりたい)
胸が動悸で苦しくなる。。
おかしい。
疲れているのかもしれない。
クレハは部屋に戻ったそのとき、頭のなかに声が響いた。
『あなたの願いを叶えてあげましょうか?』
「え?」
『幻聴ではないのでご安心ください。私は聖女アリアです』
「聖女!?」
ゆらりと部屋の奥の暖炉の火が揺れる。
クリスたちの敵。この屋敷の一室で監禁されているはずの少女だ。クレハは緊張する。
こんなふうに聖女が外部の人間と意思疎通できるなら、すぐにクリスに報告しないといけない。
『私はあなたの味方なんですよ。クレハさん』
「味方?」
『あなたの大好きなクリス義兄さんを独り占めする力を差し上げるのですから』
「誰が……あなたなんかに……」
『理不尽だと思いませんか? 最初からクリスさんの味方をしていたのは、ずっとクレハさんだけだったのに。このまま、ルシア殿下やソフィアさんなんかに、クリスさんを奪われていいんですか?』
「やめて。言わないで……」
『大好きな「クリス義兄さん」が宮廷魔導師団から追放されたとき、嬉しかったでしょう? 二人きりになれると思って。今も、あなたは同じことを考えている』
そう。反乱なんて失敗してしまえばいい。クレハはこころのなかでそう思っていることに気づき、愕然とした。
(……殿下やソフィアさんなんて見捨てていいから、わたしとクリス義兄さんと、二人きりでどこか遠いところへ行きたい。でも、そんなこと言えるわけがない)
クリスがそんなことを許すはずがないだろう。それに、クレハの望みはクリスが幸せでいることで、そこにルシアが必要なら、それは……。
頭がくらくらしてきて、目もチカチカとする。
どこか遠くから響く声に、クレハの意識は完全に支配されていた。
『嫉妬で胸が張り裂けそうなら、我慢する必要はありません。あなたの欲望のままに動けば、あなたの願いは叶います。それを私は手助けしましょう』
「違う。わたしは……」
それがクレハの最後の抵抗だった。次の瞬間、クレハの意識は遠のいていく。
聖女の声が、頭のなかに響く。
『クリス・マーロウにとっての悪役令嬢クレハ。あなたがその役割を果たすべきときが来たんです』
その翌日。
聖女アリアは監禁された部屋から脱走した。その手助けをしたのは、クリスの義妹のクレハだった。
0
お気に入りに追加
1,173
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる