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修羅場
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俺はさあっと顔を青ざめさせる。
ルシアと俺は、タオル一枚のほとんど裸みたいな状態で密着していて、しかも今にもキスしようとしていた。
こんなところをクレハに見られるのは……気まずい。
クレハは銀色の瞳で俺たちを睨んでいる。
「わたしとソフィアさんには一緒にお風呂に入るのは禁止したのに、殿下だけは特別扱いですか?」
「いや、そういうわけではなくて、これは……」
俺は言い訳しようとするが、口が動かない。ルシアが勝手に入ってきたのが事実なのだけれど、それをルシアの目の前で言うのはためらわれる。
第一、俺もルシアを受け入れて、キスをしようとしていたのだから。
「殿下がいいなら、わたしも義兄さんと一緒にお風呂に入ります」
「そういうわけには……」
「なら、いますぐ義兄さんか殿下か、どちらかがお風呂から出てください!」
突然、ルシアがぎゅっと俺の右腕にしがみつく。柔らかい胸の感触があたり、どきっとする。ルシアは顔を赤くして、クレハを睨み返した。
「クレハさんには関係ないことでしょう?」
「関係あります! だって、わたしは義兄さんの妹で――」
「でも、恋人ではないでしょう?」
ルシアの切り返しに、クレハは言葉に詰まる。
そう。クレハは俺の血のつながらない妹であって、恋人ではない。
でも、クレハは胸に手を当て、小声で言う。
「恋人にだって……なれます。義兄さんが望むなら」
「でも、それを決めるのはクリスです」
ルシアは静かに言い、そして立ち上がってクレハと対峙した。俺ははらはらしながら、二人を見守った。
クレハは、苦しそうに言う。
「わたしは五年間も義兄さんと一緒にいたんです。同じ家で暮らしていたんです。わたしのほうがずっと義兄さんのことを知っているんだもの!」
「私もクリスと五年間、宮廷魔導師の仲間として戦ってきました。クリスと一緒に、命をかけて戦ってきたのは私です!」
クレハとルシアの視線が、まるでばちばちと火花が散るかのように、互いを射抜いている。
……ソフィアでもマクダフでもいいから、誰かこの場に来てくれないかな。
けれど、実際には二人ともここに来るわけがなく、俺がなんとか二人をなだめないといけないのだけれど。
「あのー、二人ともさ……」
俺がおずおずと声をかけるが、そこでクレハとルシアがこちらを振り向く。
そして、クレアとルシアは顔を見合わせ、うなずきあう。
「クリスに決めてもらいましょう」
「ど、どういうことですか、殿下?」
「呼び方は『ルシア』でしょう?」
「どういうことですか、ルシア様」
俺が言い直すと、ルシアは「よろしい」と冗談めかして微笑んだ。そのあどけない表情は可愛くてどきりとする。
ルシアに見とれていると、クレハがつかつかとこちらにやってきて、俺の腕をとる。
クレハは頬を膨らませて言う。
「義兄さんが、わたしと殿下のどちらと一緒にお風呂に入るか、決めてほしいということです」
俺は唖然とした。
そんなこと決められるわけがない。
ところが、ルシアはいたずらっぽく目を輝かせて、俺に「決めないっていうのはなしですからね」と宣言した。
「そんなふうに逃げたら、今度はソフィアさんも呼んできてしまいます」
どうやら、ルシアは、逃げることを許すつもりはないらしい。
そして、次の瞬間、ルシアは俺の唇に、自分の唇を重ねていた。
俺は一瞬思考停止し、そのあいだにルシアは俺から離れていた。
「私を選んでくれないと、ダメですよ? さっきの続きです」
ルシアはそう言って、からかうように、そして嬉しそうに俺を見つめる。
俺は困った。どちらを選んでも角が立つけれど……あえて選ぶのであれば……。
俺が口を開きかけたとき、クレハが……傷ついたような表情をしていることに気づいた。
銀色の目にかすかに涙を浮かべている。
「く、クレハ……ええと?」
「やっぱり、答えなくていいです。きっと義兄さんは、ルシア殿下を選ぶでしょうから。わかってるんです。わたしじゃダメだって……義兄さんがわたしを妹としてしか見てくれていないって知っているんです。でも、どうして……わたしじゃダメなんですか!?」
そうつぶやくと、クレハは浴場から走り去ってしまった。「クレハ!」と俺が声をかけても、振り返ることもなく、一目散にいなくなったのだ。
実は、「妹だから」という理由でクレハと一緒にお風呂に入ると答えるつもりだったのだけど、クレハは勘違いしてこの場からいなくなってしまった。
俺は額に手を当てた。どうフォローしたものか……。
ルシアが横から言う。
「クレハさんのこと、大事なんですね。クレハさんと一緒にお風呂に入るって言うつもりだったんでしょう?」
「ど、どうしてわかったんですか?」
「クリスの考えていることは、私にもわかります。ずっと一緒にいたんですから。少し悔しいですけど。クレハさんのこと、追いかけなくていいんですか?」
「……そっとしておいてあげた方がいいと思いまして。それに……」
クレハが俺に向ける感情は複雑なものだと思う。俺を慕ってくれるのは嬉しいし、俺に恋愛感情を持っているのかもしれないと知ってはいる。
ただ、それを受け入れていいものかどうかは、また別問題だった。
クレハは14歳で、俺の義理の妹なのだから。
今、追いかけても、なんて声をかけていいかわからない。
ルシアはくすっと笑った。
「なら、もう少し私とイチャイチャしましょうか」
「い、イチャイチャ!?」
「キスとかハグしたりとか……もっとすごいことでもいいんですよ?」
「そういうわけには……」
「私とのキスはもう経験済みのくせに」
ルシアはいたずらっぽくささやき、そしてふとなにか思いついたような顔をした。
そして、ルシアが首をかしげる。
「そういえば、クレハさんも悪役令嬢なんですよね」
「そのはずですが、それがどうかしましたか?」
「いえ、もし私がクリスとくっついたら、クレハさんが妨害しに来るのかなあ、なんて思いまして」
ルシアと俺は、タオル一枚のほとんど裸みたいな状態で密着していて、しかも今にもキスしようとしていた。
こんなところをクレハに見られるのは……気まずい。
クレハは銀色の瞳で俺たちを睨んでいる。
「わたしとソフィアさんには一緒にお風呂に入るのは禁止したのに、殿下だけは特別扱いですか?」
「いや、そういうわけではなくて、これは……」
俺は言い訳しようとするが、口が動かない。ルシアが勝手に入ってきたのが事実なのだけれど、それをルシアの目の前で言うのはためらわれる。
第一、俺もルシアを受け入れて、キスをしようとしていたのだから。
「殿下がいいなら、わたしも義兄さんと一緒にお風呂に入ります」
「そういうわけには……」
「なら、いますぐ義兄さんか殿下か、どちらかがお風呂から出てください!」
突然、ルシアがぎゅっと俺の右腕にしがみつく。柔らかい胸の感触があたり、どきっとする。ルシアは顔を赤くして、クレハを睨み返した。
「クレハさんには関係ないことでしょう?」
「関係あります! だって、わたしは義兄さんの妹で――」
「でも、恋人ではないでしょう?」
ルシアの切り返しに、クレハは言葉に詰まる。
そう。クレハは俺の血のつながらない妹であって、恋人ではない。
でも、クレハは胸に手を当て、小声で言う。
「恋人にだって……なれます。義兄さんが望むなら」
「でも、それを決めるのはクリスです」
ルシアは静かに言い、そして立ち上がってクレハと対峙した。俺ははらはらしながら、二人を見守った。
クレハは、苦しそうに言う。
「わたしは五年間も義兄さんと一緒にいたんです。同じ家で暮らしていたんです。わたしのほうがずっと義兄さんのことを知っているんだもの!」
「私もクリスと五年間、宮廷魔導師の仲間として戦ってきました。クリスと一緒に、命をかけて戦ってきたのは私です!」
クレハとルシアの視線が、まるでばちばちと火花が散るかのように、互いを射抜いている。
……ソフィアでもマクダフでもいいから、誰かこの場に来てくれないかな。
けれど、実際には二人ともここに来るわけがなく、俺がなんとか二人をなだめないといけないのだけれど。
「あのー、二人ともさ……」
俺がおずおずと声をかけるが、そこでクレハとルシアがこちらを振り向く。
そして、クレアとルシアは顔を見合わせ、うなずきあう。
「クリスに決めてもらいましょう」
「ど、どういうことですか、殿下?」
「呼び方は『ルシア』でしょう?」
「どういうことですか、ルシア様」
俺が言い直すと、ルシアは「よろしい」と冗談めかして微笑んだ。そのあどけない表情は可愛くてどきりとする。
ルシアに見とれていると、クレハがつかつかとこちらにやってきて、俺の腕をとる。
クレハは頬を膨らませて言う。
「義兄さんが、わたしと殿下のどちらと一緒にお風呂に入るか、決めてほしいということです」
俺は唖然とした。
そんなこと決められるわけがない。
ところが、ルシアはいたずらっぽく目を輝かせて、俺に「決めないっていうのはなしですからね」と宣言した。
「そんなふうに逃げたら、今度はソフィアさんも呼んできてしまいます」
どうやら、ルシアは、逃げることを許すつもりはないらしい。
そして、次の瞬間、ルシアは俺の唇に、自分の唇を重ねていた。
俺は一瞬思考停止し、そのあいだにルシアは俺から離れていた。
「私を選んでくれないと、ダメですよ? さっきの続きです」
ルシアはそう言って、からかうように、そして嬉しそうに俺を見つめる。
俺は困った。どちらを選んでも角が立つけれど……あえて選ぶのであれば……。
俺が口を開きかけたとき、クレハが……傷ついたような表情をしていることに気づいた。
銀色の目にかすかに涙を浮かべている。
「く、クレハ……ええと?」
「やっぱり、答えなくていいです。きっと義兄さんは、ルシア殿下を選ぶでしょうから。わかってるんです。わたしじゃダメだって……義兄さんがわたしを妹としてしか見てくれていないって知っているんです。でも、どうして……わたしじゃダメなんですか!?」
そうつぶやくと、クレハは浴場から走り去ってしまった。「クレハ!」と俺が声をかけても、振り返ることもなく、一目散にいなくなったのだ。
実は、「妹だから」という理由でクレハと一緒にお風呂に入ると答えるつもりだったのだけど、クレハは勘違いしてこの場からいなくなってしまった。
俺は額に手を当てた。どうフォローしたものか……。
ルシアが横から言う。
「クレハさんのこと、大事なんですね。クレハさんと一緒にお風呂に入るって言うつもりだったんでしょう?」
「ど、どうしてわかったんですか?」
「クリスの考えていることは、私にもわかります。ずっと一緒にいたんですから。少し悔しいですけど。クレハさんのこと、追いかけなくていいんですか?」
「……そっとしておいてあげた方がいいと思いまして。それに……」
クレハが俺に向ける感情は複雑なものだと思う。俺を慕ってくれるのは嬉しいし、俺に恋愛感情を持っているのかもしれないと知ってはいる。
ただ、それを受け入れていいものかどうかは、また別問題だった。
クレハは14歳で、俺の義理の妹なのだから。
今、追いかけても、なんて声をかけていいかわからない。
ルシアはくすっと笑った。
「なら、もう少し私とイチャイチャしましょうか」
「い、イチャイチャ!?」
「キスとかハグしたりとか……もっとすごいことでもいいんですよ?」
「そういうわけには……」
「私とのキスはもう経験済みのくせに」
ルシアはいたずらっぽくささやき、そしてふとなにか思いついたような顔をした。
そして、ルシアが首をかしげる。
「そういえば、クレハさんも悪役令嬢なんですよね」
「そのはずですが、それがどうかしましたか?」
「いえ、もし私がクリスとくっついたら、クレハさんが妨害しに来るのかなあ、なんて思いまして」
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