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キス

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 ともかく、俺たちは善後策を練ることにしたが、とりあえずは休息が必要だ。ルシアの看病は俺とクレハ、アリアの監視はソフィアとマクダフの担当というふうに割り振って、この宿で一夜を明かすことにする。

 ところが、ルシアが困ったことを言い出した。病人なので、ルシアはベッドに横たわっていて、かたわらに俺とクレハがいる。

「絶対にクリスと一緒に寝ます」

「いえ、しかしですね、殿下……」

「とても怖い目にあった女の子を、暗い部屋で一人にするんですか?」

 ルシアはむうっと頬を膨らませ、俺を真紅の瞳で見つめた。まるで駄々っ子のように言うことをきかない。
 クレハも、困ったような顔をしている。

 ルシアは風呂に入ってさっぱりした様子で、顔色も良かった。濡れた髪が艷やかに光っていて、頬も上気している。
 ちょっと色っぽくて、俺が赤面すると、ルシアは「私に見とれていました?」と俺をからかった。
 
 牢で受けた拷問の影響で弱っているのか、それとも俺に告白したせいか、ルシアは俺にとても甘えるようになった。

 今も夕飯を「あーん」して食べさせてほしいと言って、実際にそのとおりにしている。粥の入ったさじを俺がルシアの口に運ぶと、ルシアはぱくっと食べて、それから顔を赤くして恥ずかしそうに目を伏せた。
 ……恥ずかしいなら、頼まなければいいのに。クレハはクレハで「いいなあ、義兄さんに『あーん』してもらえるなんて……」と小さくつぶやいていた。

 このぐらいはいいのだけれど、さすがに王女殿下と同じベッドで寝るというのは、問題がある気がする。
 俺(とクレハ)がそういうと、ルシアは首をかしげた。

「今の私は、王女でもなければ、宮廷魔導師団団長でもありません。魔法も使えなくなった、ただの女の子ですよ」

「だからこそ、まずいというか……」

「ふうん、クリス……もしかして、私のことを意識してくれているのですか?」

 こんな可愛い少女に好きだと言われて、意識しないはずがない。でも、俺はそれを認めるわけにもいかず、困ってしまった。

「……ええと、殿下、お話しておきたいことがありまして……王太子殿下の目的ですが……」

「話をそらしましたね?」

「お、王太子殿下の目的は……殿下の姉上、第一王女フィリア殿下の復活だというのです」

 さすがに、ルシアは真紅の目を大きく見開いた。俺が経緯を話すと、「それでアリアはあんなことを言っていたのですね……」とつぶやいた。牢の中で、アリアから示唆されていたのかもしれない。
 
 俺がルシアに聞きたかったのは、次の質問だった。

「ルシア殿下も、フィリア殿下に蘇ってほしいと思いますか?」

 ルシアは一呼吸置いて、首を横に振った。俺は意外だったので眼を見張る。幼い頃のルシアは姉のフィリア殿下にべったりだったから。

 ルシアは静かに言う。

「フィリア姉様がいなくなって、悲しいのは確かです。でも……姉上は覚悟の上で死んでいきました。もちろん、私だってもう一度、姉様に会いたいですが……」

 それを五人の犠牲とアストラル魔法によって、無理して行うべきではないということだろう。
 そして、ルシア殿下は微笑んだ。

「それに、今の私にはクリスがいますから。もしクリスが死んじゃったら、私はどんな手段を使ってでも、蘇らせようとするかもしれません。だから、死なないでくださいね?」

「もちろんです。俺の役目は殿下をお守りすることなのですから」

「ありがとう。でも、『ルシア殿下』って呼び方は、気に入りません」

「え?」

「私は今は王女の身分を剥奪された少女ですよ? 宮廷魔導師団の団長でもありません。ただの年下の女の子なんですから、呼び捨てで呼んでほしいです」

「それは……」

「できないなら、クリスがお風呂に入っているところを襲っちゃいます」

「そんなクレハやソフィアみたいなこと……」

 と俺は言いかけてから、失言だと気づいた。
 ルシアはみるみる顔を赤くして、俺を睨みつける。

「まさか、クレハやソフィアと混浴したんですか?」

「ええと、成り行き上というか……」

 俺がしどろもどろになっていると、クレハが横から「そうですよ。わたしと義兄さんは裸の付き合いをしたということです!」などと無茶苦茶を言って、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 ルシアは愕然とした表情をした。

「……絶対に今度、私もクリスと一緒のお風呂に入ります!」

「か、勘弁してください」

「なら、『ルシア』って呼んでくれますか?」

 俺はしばらく口をぱくぱくさせて、そして小さく「ルシア」と呼ぶと、ルシアはぱっと顔を輝かせた。

「これでいいですか?」

「はい。敬語もなしにしてください」

「ああ、えっと……ルシア、ともかく今日は早く寝てほしいな……」

 破れかぶれで、俺はルシアにタメ口で話しかけてみた。たしかに、ルシアは今は反逆者として王女の身分を奪われている。けれど、俺の意識のなかではルシアは王女だし、計画が成功すれば女王陛下になるというのに!

 でも、ルシアは嬉しそうだった。

「よくできました。ご褒美を差し上げます」

 一瞬のことだった。ルシアはベッドから身を起こし、両腕を広げて俺に抱きついた。
 そして、ルシアの小さな赤い唇が、俺の唇に重ねられた。
 
 ふわりと甘い香りと、柔らかい感触で、俺は何がなんだかわからなくなる。ルシアはすぐに俺から体を離した。
 そして、真っ赤な顔で、くすっと笑う。

「キスしちゃいましたね?」

「ええと……」

「言ったでしょう? 私はクリスのことが好きなんです」

 そう言って、ルシアは俺にふたたびしなだれかかった。
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