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わたしのヒーロー
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国王および王太子の目的は、第一王女フィリアを蘇らせること。聖女アリアは俺たちにそう暴露した。
俺は思考がフリーズした。
第一王女フィリア殿下は、マグノリア国王の長女だ。宮廷魔導師団団長であり、優秀で、穏やかで、美しい女性だった。
誰もが彼女を次代の王になるものだと思っていた。
俺より四つ年上で、生きていれば二十七歳だったはず。
だが、彼女は大戦の戦場で、五年前に死んだ。
俺は脳裏にフィリア殿下の姿を思い浮かべる。俺が宮廷魔導師団に入った時、すでにフィリア殿下は一人前の魔術師だった。彼女は、宮廷魔導師団のなかでの俺の指導役で、魔術師としての師匠でもあった。
フィリア殿下は理想の指導者だった。俺が宮廷魔導師として活躍すると、自分のことのように喜んでくれた。
そんな殿下が、戦争が始まるとき、俺に微笑んだ日のことを、昨日のことのように思い出せる。「わたしに何かあっても、クリスがいれば大丈夫だよね」とフィリア殿下は俺につぶやいた。フィリア殿下はすでに自分の運命を予知していたのかもしれない。
誰もがフィリア殿下の死を哀しみ、悼んだ。俺も、ルシアも、他の宮廷魔導師も。国王にとっても、フィリア殿下は特別な存在だったようで、その嘆きは普通ではなかった。
……しかし、だからといって、死者の蘇生を行おうとうするなんて、俺には想像もつかなかった。
「そんなことが可能なのかな」
俺のつぶやきに、アリアは小さくうなずく。
「そのための手段が、万能の魔法器『完全なるフロース』です。五人の悪役令嬢を触媒としたアストラル魔法の完成体。神界と現世をつなぐ魔法の花。……その『完全なるフロース』があれば、理論上、死者の蘇生も不可能ではありません」
そこまで喋って、アリアはまた血を吐いた。慌てて俺はヒールの魔力を強化する。アリアは死にかけの状態だったし、ともかく喋らせてはいけない。
「俺たちは君を殺しはしない。だから、ゆっくり休んでくれ」
俺は言葉と同時に、ぱちんと指を鳴らした。睡眠魔法だ。単に睡眠するだけでなく、ヒールだけでは治らない外傷も、時間をかければ癒やされる上位魔法だった。
アリアは抵抗せず、俺の魔法で眠りについた。ほっと俺はためいきをつく。
そして、俺はソフィアを振り返った。
「今の話、どう思う?」
「嘘ではないでしょうね。嘘をつく理由もないし、わたしの見る範囲では、王太子にとって、この子は単なる道具にすぎない」
「だとすれば、このアリアという子も被害者の一人ということか」
俺が言うと、ソフィアは首を横に振り、青い瞳を光らせた。
「いいえ。アリアは自分から聖女を偽り、王太子の前に現れた。そして、わたしの家族を殺した。同情には値しないわ」
それはそのとおりだ。どんな事情であれ、たとえばクレハを殺されたら、俺はその犯人を決して許せはしないだろう。
ソフィアにしてみれば、本当ならアリアは殺したいくらい憎い存在なのだと思う。それでも、アリアは貴重な情報源だし、切り札になりうる。だからソフィアはアリアを生かしておくことに賛成している。
王太子の行動も理解や共感はできても、賛成はできない。
フィリア殿下の蘇生という目的も、それだけであれば、純粋な願いだ。俺だって、フィリア殿下ともう一度会いたいと思う。彼女は俺の恩人だった。
だが、その実現のための手段は、非道なものだ。少なくとも、五人の無実の少女――悪役令嬢を理不尽に犠牲にする必要がある。さらに、不自然な他国への侵攻も、フィリア殿下蘇生の計画と関連しているとすれば、なおさら問題だ。
部屋に戻ると、ソフィアはそっと俺にささやいた。
「そんなに暗い顔をしないで。あなたがルシア殿下を王として、あなた自身もこの国の指導者になれば、すべて問題は解決するのだから」
「俺にできるのかな」
「クリスは英雄なんだから、きっとできるわ。それにわたしの攻略対象なんだもの。ね、わたしのヒーローさん?」
そう言って、ソフィアは柔らかく微笑んだ。
俺は思考がフリーズした。
第一王女フィリア殿下は、マグノリア国王の長女だ。宮廷魔導師団団長であり、優秀で、穏やかで、美しい女性だった。
誰もが彼女を次代の王になるものだと思っていた。
俺より四つ年上で、生きていれば二十七歳だったはず。
だが、彼女は大戦の戦場で、五年前に死んだ。
俺は脳裏にフィリア殿下の姿を思い浮かべる。俺が宮廷魔導師団に入った時、すでにフィリア殿下は一人前の魔術師だった。彼女は、宮廷魔導師団のなかでの俺の指導役で、魔術師としての師匠でもあった。
フィリア殿下は理想の指導者だった。俺が宮廷魔導師として活躍すると、自分のことのように喜んでくれた。
そんな殿下が、戦争が始まるとき、俺に微笑んだ日のことを、昨日のことのように思い出せる。「わたしに何かあっても、クリスがいれば大丈夫だよね」とフィリア殿下は俺につぶやいた。フィリア殿下はすでに自分の運命を予知していたのかもしれない。
誰もがフィリア殿下の死を哀しみ、悼んだ。俺も、ルシアも、他の宮廷魔導師も。国王にとっても、フィリア殿下は特別な存在だったようで、その嘆きは普通ではなかった。
……しかし、だからといって、死者の蘇生を行おうとうするなんて、俺には想像もつかなかった。
「そんなことが可能なのかな」
俺のつぶやきに、アリアは小さくうなずく。
「そのための手段が、万能の魔法器『完全なるフロース』です。五人の悪役令嬢を触媒としたアストラル魔法の完成体。神界と現世をつなぐ魔法の花。……その『完全なるフロース』があれば、理論上、死者の蘇生も不可能ではありません」
そこまで喋って、アリアはまた血を吐いた。慌てて俺はヒールの魔力を強化する。アリアは死にかけの状態だったし、ともかく喋らせてはいけない。
「俺たちは君を殺しはしない。だから、ゆっくり休んでくれ」
俺は言葉と同時に、ぱちんと指を鳴らした。睡眠魔法だ。単に睡眠するだけでなく、ヒールだけでは治らない外傷も、時間をかければ癒やされる上位魔法だった。
アリアは抵抗せず、俺の魔法で眠りについた。ほっと俺はためいきをつく。
そして、俺はソフィアを振り返った。
「今の話、どう思う?」
「嘘ではないでしょうね。嘘をつく理由もないし、わたしの見る範囲では、王太子にとって、この子は単なる道具にすぎない」
「だとすれば、このアリアという子も被害者の一人ということか」
俺が言うと、ソフィアは首を横に振り、青い瞳を光らせた。
「いいえ。アリアは自分から聖女を偽り、王太子の前に現れた。そして、わたしの家族を殺した。同情には値しないわ」
それはそのとおりだ。どんな事情であれ、たとえばクレハを殺されたら、俺はその犯人を決して許せはしないだろう。
ソフィアにしてみれば、本当ならアリアは殺したいくらい憎い存在なのだと思う。それでも、アリアは貴重な情報源だし、切り札になりうる。だからソフィアはアリアを生かしておくことに賛成している。
王太子の行動も理解や共感はできても、賛成はできない。
フィリア殿下の蘇生という目的も、それだけであれば、純粋な願いだ。俺だって、フィリア殿下ともう一度会いたいと思う。彼女は俺の恩人だった。
だが、その実現のための手段は、非道なものだ。少なくとも、五人の無実の少女――悪役令嬢を理不尽に犠牲にする必要がある。さらに、不自然な他国への侵攻も、フィリア殿下蘇生の計画と関連しているとすれば、なおさら問題だ。
部屋に戻ると、ソフィアはそっと俺にささやいた。
「そんなに暗い顔をしないで。あなたがルシア殿下を王として、あなた自身もこの国の指導者になれば、すべて問題は解決するのだから」
「俺にできるのかな」
「クリスは英雄なんだから、きっとできるわ。それにわたしの攻略対象なんだもの。ね、わたしのヒーローさん?」
そう言って、ソフィアは柔らかく微笑んだ。
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