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聖女の真実

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 ソフィアはルシアを女王に即位させると言った。俺は驚いたが、たしかにありえない話ではない。
 王太子がルシアを粛清しようとしたのも、ルシアに王位を奪われることを恐れていたのが理由の一つだ。

 第一王女フィリア亡き後、誰もが認めるこの国の後継者は不在だった。王太子となったエドワード王子はその誠実さで評判は悪くなかったが、有能だとは思われていない。

 その点、ルシアは宮廷魔導師団団長としての実績もある。その容姿と性格から、国民的人気も高い。
 
 ルシアを女王とすれば……俺たちが逃げる理由はなくなる。大臣のなかにも、密かにルシアを王位に推す声もあると聞く。

 ソフィアは妖艶に微笑んだ。

「ルシア女王陛下のもとで、クリスを宮廷魔導師団団長とする。クレハは元の学生生活に戻れるし、わたしはアルカディア公爵を継げばいい。完璧でしょう?」

「成功すれば、ね。だが、これは王位簒奪だ。それに、どうやって、国王陛下と王太子殿下を排除すればいい?」

「方法を聞くってことは、心の中では反逆を考えているってことよね。やるとすれば、クリスの方が、わたしよりも上手い方法を思いつくでしょう?」

 そのとおりだ。恐ろしい反逆だが……たしかに、それ以外の手は、根本的な解決にならない。このままなら、王太子一派は地の果てまで俺たちを追ってくるだろう。
 
 ルシアの名を掲げ、信頼できる宮廷魔導師団の有志と王都で挙兵。殿下の名の下に、マクダフが味方となる近衛騎士を組織する。
 王女ルシアの旗印があれば、一定の軍事力を作り出すことが可能だし、それで王宮を襲うのは十分だった。

「私はクリスの判断に従おう」

 マクダフが静かに言う。クレハも「義兄さんが、それが正しいと思うのであれば」とつぶやいた。

 決めるのは、俺ということだ。
 クレハ、ソフィア、マクダフ、そして、ルシアと俺自身が助かる最善の方法を俺は選ばないといけない。

 そして、弱体化した王国を立て直し、アルストロメリア共和国の侵攻と立ち向かう必要がある。 

 俺は決断した。

「クーデターを起こそう。ルシア殿下を王位につける」

「決まりね」

 ソフィアが嬉しそうに笑った。ただ、決定というわけじゃない。
 俺は言葉を選びながら、一同を見回す。

「あとは、ルシア殿下の意向次第だ。殿下にとって、国王陛下は父で、王太子殿下は兄だ。ルシア殿下がその二人に弓を引くのがためらわれるなら、俺は殿下に無理強いして、挙兵するようなことはしたくない」

「それなら、問題ありません」

 綺麗に澄んだ声がした。振り返ると、ルシア殿下がベッドの上に起き上がり、真紅の瞳で俺を見つめる。

「国王陛下も兄上も、私を切り捨てました。そして、今の私には、あの二人が、この国を正しく導こうとしているとは思えません。それに……」

「それに?」

「私には、クリスより大事な人はいないんですから」

 恥ずかしそうに、ルシアは赤面して、俺を上目遣いに見つめた。俺も顔が熱くなるのを感じたが、ソフィアが「いちゃつくのは別の機会にしてね。……やっぱり、別の機会でもダメ!」と頬を膨らませて、割って入った。

「ともかく、『反逆』の準備をしないと。まずは聖女アリアの尋問をしないとね。王太子たちの目的も知りたいし。マクダフ、悪いけれど、アリアを連れてきてくれる?」

 マクダフは肩をすくめ、聖女を監禁した別室へと向かおうとした。マクダフが、完全にソフィアに命令される存在になってしまっている……。

 だが、マクダフは聖女を連れて戻ってくることはなかった。
 突然、隣の部屋から叫び声が響いた。マクダフの声だ。

 俺とソフィアは顔を見合わせ、慌てて隣の部屋へと向かった。
 今のは悲鳴で、マクダフが聖女に襲われたのかもしれない。厳重に拘束したとはいえ、相手はアストラル魔法の使い手だ。
 
 だが、隣の部屋の入り口で、マクダフは呆然と立っていた。そして、部屋の奥にいるアリアを指差す。

 アリアは手首から大量の血を流していて、床に血溜まりができていた。聖女の純白の衣装が、赤く染まっている。

 魔法を使って自らの身体を傷つけ、自殺を図ったのか。俺は背筋が凍るのを感じた。ここで死なれては情報を聞き出せない。そもそも、いくらルシアを拷問した相手とはいえ、死に追い込むつもりはなかった。

 俺は慌ててアリアのもとにかがんで、ヒールをかける。この出血量では、もう死んでいるかもしれないが……。

 だが、アリアはうっすらと目を開けて、黒い瞳で俺を見つめた。その顔は、生気のない人形のようで、美しく、そして、虚ろだった。

「ああ、死ねなかったんですね。どうせ偽物なのに、聖女の加護が邪魔をして……死にきれなかった」

「喋ったらダメだ。ともかく血を止めるから――」

「もう私に未来はないんです。このままあなたたちに嬲り殺しにされるか、逃げ出しても、王太子殿下に殺されてしまう……」

 うわごとのようにアリアはつぶやいた。

「俺たちは君を殺したりはしない。それに君は王太子殿下の思い人じゃないか。王太子が君を殺すわけじゃない」

 俺がそう言うと、アリアは乾いた笑みを浮かべ。首を横に振った。

「殿下は私を愛していません。失態を犯した私を……殿下は生かしておかない」

 王太子は、アリアを愛しているわけではない。ソフィアはそう言っていたどうやら、それは本当のようだった。だからといって、どうして王太子がアリアを殺すというのか?

 ともかく、俺のヒールの効果で、アリアの血は止まった。これで、しばらくは命の危険はないはずだ。

 アリアはそんな自分の体を見て、瞳から一筋の涙をこぼした。

「王太子殿下が愛しておられた女性は、たった一人。今はこの世にいない方」

 隣のソフィアがはっとした顔をして「まさか……」とつぶやいた。
 アリアは俺を見つめ、静かに告げる。

「王太子殿下の、そして国王陛下の望みは、第一王女フィリアを蘇らせることです」
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