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女王ルシア

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 ルシアは頬を真っ赤に染めていて、そして上目遣いに俺を見つめた。
 聞き間違い、ということはなさそうだ。

 ルシアは俺のことを、異性として好きなのだと言った。俺の腕のなかのルシアは、ますますぎゅっと俺にしがみつき、ささやく。
 
「たぶん、はじめて会った12歳のときから、私はクリスのことが好きだったんです。クリスは……いつでも私を助けてくれる、私のヒーローでしたから」

「俺は……ヒーローなんかじゃないですよ。今も、ルシア殿下がこんなに傷つくまで、助けに来ることができませんでした」

「でも、クリスが助けてくれたことには変わりありません。私、すごく嬉しかったんです。もう二度とクリスに会えないと思っていましたから」

 そう言うと、ルシアははにかんだように微笑んだ。ルシアは薄布一枚しか羽織っていない。俺はそんなルシアを抱きかかえて密着していて、どきどきとした脈拍を感じる。
 相変わらず、胸もぎゅっと押し当てられている。

 俺はうろたえながら、ルシアに答えようとし……そこでソフィアに止められた。

「わたしもいるって言っているでしょう!? 二人の世界に入らないで!」

「ご、ごめん」

「ともかく王都から早く脱出しないと。やることはやまほどあるんだから!」

 ソフィアは顔を赤くして、まくしたてる。ルシアはむうっ頬を膨らませて「いいところだったのに……」とつぶやいた。

 もちろん、俺も脱出のことを忘れたわけじゃない。俺はルシアを抱きかかえ、ソフィアは捕縛中のアリアを魔法で歩かせ、出口へと向かっていた。
 後はクレハやマクダフたちと合流して、王都を離れるだけだ。

 そのはずだった。





 予定が変わったのは、ルシア救出とアリアの拉致が、王国側に予想よりも早く露見してしまったからだ。
 王都の城壁周辺での検問が厳しくなり、少なくとも今夜中に脱出することは不可能になった。

 マクダフがいてくれたから、こういう情報はわかったわけだ。とはいえ、マクダフは本来なら敵なわけで、脅して協力してもらっているにすぎない。
 いつまでも頼るわけにはいかないから、王都脱出と同時にマクダフを解放するつもりだった。

 王都の宿で、俺はマクダフにそう告げた。

 ソフィア、クレハも椅子に腰掛けていて、アリアは別室に監禁中。ルシアは解放されてほっとしたのか、長期の拷問で疲弊していたからか、ベッドの上で熟睡していた。

 ルシアの綺麗な寝顔を見て、俺は赤面する。ルシアに告白されたんだな……。

 俺は邪念を振り払った。ともかく、今はマクダフとの話し合い中だった。

 ところが、マクダフは俺の解放の申し出に首を横に振った。

「いや、乗りかかった船だから、今後も協力させてほしい。というより……」

「というより?」

「君たちに協力したせいで、私も立派な反逆者だ。いくら首輪をつけられて「爆死するぞ」と脅されていたとはいえ、宮廷に戻って無罪放免というわけにはいかないからな」

 恨めしそうに、マクダフが俺とソフィアを見る。俺とソフィアは顔を見合わせ、「ははは」と乾いた笑いを浮かべる。

 マクダフには気の毒だが……たしかに、これまでどおり近衛騎士を続けるというわけにはいかなくなるだろう。そうであれば、俺たちの側についたほうが良いということかもしれない。

 マクダフは黄金の鎧をガシャンと鳴らした。……部屋の中だから脱げばいいのに。

「君たちは今後の展望はあるのか?」

「一応、アルストロメリア共和国に亡命する予定だった。ただ、戦争が始まったから、当初の予定通りいくかどうか……」

 俺は率直に言う。ソフィアの伝手で、アルストロメリアへと脱出するつもりが、それも困難になった。
 さらに、王女ルシアを救出し、聖女アリアの身柄を確保したことで、状況はさらに変わっている。

 今後、どうするべきか。
 ルシアを助け出した今、次の課題は、みんなで助かる方法を探すことだった。少なくとも、王国から脱出しないと……。

 クレハも黙っていたけれど、困ったような顔を浮かべている。ここから逃げ出すのは、やはり簡単じゃないと思っているんだと思う。

 けれど、ソフィアだけは別のことを考えていたようだった。
 ソフィアが咳払いをする。マクダフもクレハも、ソフィアに目を向けた。

 ソフィアはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「ねえ、あなたたちは、本当の意味での反逆者になるつもりはある?」

「本当の意味での反逆者?」

 俺がオウム返しに尋ねると、ソフィアは首を縦に振った。そして、にやりと笑う。

「王位を奪うつもりがあるかってことよ。国王と王太子を倒して、この国を乗っ取れば、べつにマグノリア王国から逃げなくても済むわ」

「……それは、たしかにそうだけれど……とんでもないことを言うね。それに、誰を代わりの王にする?」

 俺の言葉に、ソフィアは肩をすくめる。そして、とんとんと指先で机を叩いた。

「わたしも王位継承権がないわけじゃないけれど、遠縁すぎるし、正当化できる権威がない。でも、この部屋には適任者がいるじゃない。宮廷魔導師団の元団長。国民の人気の高い、美しく聡明な第三王女」

 ソフィアはそう言って、すやすやと寝ているルシアを指差した。
 
「ルシア殿下をこの国の女王にするの」
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