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義兄さんのことを一番よく知っているのはわたしですから
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元公爵令嬢ソフィアがにんまりと微笑み、近衛騎士マクダフは顔を青ざめさせていた。マクダフの首には、首輪がついている。
次の日の朝。俺たちは、宿の一室に集まっていた。俺、クレハ、ソフィア、そしてマクダフの四人だ。
マクダフは敵だったが、利用価値がある。そう主張したソフィアは、マクダフに首輪をつけた。
その首輪は、マクダフが不審な行動をすれば、すぐにでも爆発させることのできる魔法の首輪だった。
「これでマクダフが裏切ろうとしたら、いつでも爆殺できるわ」
「怖いことを言うね」
俺の言葉に、ソフィアが微笑む。
「当然でしょう?」
そういえば、ソフィアはすでに近衛騎士を一人殺害しているのだった。身を守るためとはいえ、すでに俺と同じ人殺しの側へ来たわけだ。
いざとなったら、マクダフを殺すのにもためらいがないだろう。その点、クレハは軍人見習いとはいえ、人を殺したことがない。
しかも、クレハはわずかだが、俺の友人だったマクダフとも面識がある。クレハは怖がるような表情で、俺たちのやり取りを聞いていた。
マクダフがおずおずと言う。
「私は裏切るもなにも、最初から君たちの敵なのだが……」
「あら、でも、クリスに負けたでしょう? しかも、クリスのことを王に密告して迷惑をかけたんだから、協力するのがあなたの義務ね」
一方的にソフィアに決めつけられ、マクダフは目を白黒させた。
マクダフには悪いが、王都に入るには、マクダフの近衛騎士としての立場を利用するのが良さそうだった。
王都の門をくぐるには、身分証明が必要だ。指名手配犯の俺やソフィアが普通に入ろうとしたら、捕まることは間違いなしだ。
そこでマクダフに手伝ってもらう。王都の門の警備の担当は、近衛騎士団。近衛騎士なら、王都の門での検問を突破させることも簡単だ。
脅されていたと言えば、マクダフの罪も軽くなるだろう。
マクダフはひきつった笑みを浮かべていたが、俺は気にしないこととして、ソフィアに尋ねる。
「ルシア殿下が悪役令嬢らしい。聖女アリアはそう言っているみたいだけれど、心当たりはある?」
「そのことなんだけれど、わたしも記憶がはっきりしていないの。乙女ゲーム『黄昏の弾丸』には五つの攻略対象のルートがあって、そのそれぞれに五人の悪役令嬢がいる。でも、私がクリアしたのは、最初にクリアしないといけない王太子ルートと、気に入った攻略対象のルートの二つだけだから……」
「ああ、そうすると、二人しか誰が悪役令嬢かは知らないわけか」
「ええ。一人は王太子ルートの悪役令嬢ソフィア。わたしのことね。もうひとりは……」
「もうひとりは?」
なぜかソフィアはそこで顔を赤くした。
「その……クレハなの」
俺はびっくりして固まった。クレハも、「わたしですか」と驚いた様子で自分を指差している。
ソフィアは青い瞳を宙にさまよわせる。
「ええと……クレハもマーロウ男爵家の令嬢なわけで……十分に悪役令嬢になれるわ。まあ、王太子ルートで聖女と死闘を繰り広げた『ソフィア』と違って、だいぶ優しくておとなしい悪役令嬢だったけれど……」
「王太子ルートの物語の悪役令嬢がソフィアなら、クレハは誰が攻略対象の物語の悪役令嬢なのかな?」
俺は聞いてみた。そこは気になるところだ。ソフィアの話を総合すると、王太子とソフィアのように婚約者だったり、悪役令嬢とその攻略対象はもともと結婚したり恋人になったりするようだから。
血がつながらないとはいえ、クレハは妹だ。誰が相手なのか、心配になってしまう。
ソフィアはますます顔を赤くした。耳まで真っ赤だ。
「……クリスなの」
「へ?」
「クリスが攻略対象のルートの悪役令嬢が、クレハなわけ。クレハは『義兄さんと結婚するのはわたしです!』と言って、主人公の聖女を妨害するわけね」
俺はあ然とした。クレハは驚いた様子はなく、むしろ納得したようにうなずいた。そして、頬を赤く染めて、俺を上目遣いに見る。
「……たしかに、義兄さんが別の人と恋仲になったら、わたしは嫉妬して邪魔しちゃうと思います」
「そ、そうなの?」
「決まってます。それは相手がソフィアさんでも同じです」
そう言うと、クレハはちらりとソフィアを見た。
「ソフィアさんは、気に入ったキャラのルートしか攻略しなかったって言ってましたよね? つまり、それって物語のなかのクリス義兄さんのことを好きってことでしょう?」
「そ、そういうわけじゃなくて……! ああ、だからクレハが悪役令嬢だって言いたくなかったの!」
ソフィアが大きくため息をつき、恥ずかしそうに俺を見た。クレハはむうっと頬を膨らませる。
「その物語の中では、ソフィアさんとクリス義兄さんがくっついたわけですか?」
「ええ。聖女としてだけどね。クリスが選んだのは、クレハじゃなくて、聖女だった。キスだってしたんだから」
ソフィアはやけくそ気味に、そう言い放ち、からかうような笑みをクレハに向けた。クレハの銀色の瞳に敵意が増す。
「物語の中で、ですよね。もし同じような状況になっても、この世界ではそうはなりません。だって……」
「あなたが勝つから?」
「はい。たとえソフィアさんが恋敵だとしても、わたしが勝ちます」
「へえ、自信があるのね」
「義兄さんのことを一番よく知っているのはわたしですから」
ばちばち、と火花を散らしそうな勢いで、ソフィアとクレハがにらみ合う。マクダフは呆然とその二人を眺めている。
どうしよう?と俺が思っていると、部屋のドアのポストに新聞が差し込まれた。言い争う二人を横目に、俺は日刊紙の朝刊を取りに行った。
若干現実逃避な気もするけれど、情報収集は大事だ。
実際、そこには重要な情報が書かれていた。
「アルストロメリア共和国、マグノリア王国へ宣戦布告」
戦争が始まるのだった。
次の日の朝。俺たちは、宿の一室に集まっていた。俺、クレハ、ソフィア、そしてマクダフの四人だ。
マクダフは敵だったが、利用価値がある。そう主張したソフィアは、マクダフに首輪をつけた。
その首輪は、マクダフが不審な行動をすれば、すぐにでも爆発させることのできる魔法の首輪だった。
「これでマクダフが裏切ろうとしたら、いつでも爆殺できるわ」
「怖いことを言うね」
俺の言葉に、ソフィアが微笑む。
「当然でしょう?」
そういえば、ソフィアはすでに近衛騎士を一人殺害しているのだった。身を守るためとはいえ、すでに俺と同じ人殺しの側へ来たわけだ。
いざとなったら、マクダフを殺すのにもためらいがないだろう。その点、クレハは軍人見習いとはいえ、人を殺したことがない。
しかも、クレハはわずかだが、俺の友人だったマクダフとも面識がある。クレハは怖がるような表情で、俺たちのやり取りを聞いていた。
マクダフがおずおずと言う。
「私は裏切るもなにも、最初から君たちの敵なのだが……」
「あら、でも、クリスに負けたでしょう? しかも、クリスのことを王に密告して迷惑をかけたんだから、協力するのがあなたの義務ね」
一方的にソフィアに決めつけられ、マクダフは目を白黒させた。
マクダフには悪いが、王都に入るには、マクダフの近衛騎士としての立場を利用するのが良さそうだった。
王都の門をくぐるには、身分証明が必要だ。指名手配犯の俺やソフィアが普通に入ろうとしたら、捕まることは間違いなしだ。
そこでマクダフに手伝ってもらう。王都の門の警備の担当は、近衛騎士団。近衛騎士なら、王都の門での検問を突破させることも簡単だ。
脅されていたと言えば、マクダフの罪も軽くなるだろう。
マクダフはひきつった笑みを浮かべていたが、俺は気にしないこととして、ソフィアに尋ねる。
「ルシア殿下が悪役令嬢らしい。聖女アリアはそう言っているみたいだけれど、心当たりはある?」
「そのことなんだけれど、わたしも記憶がはっきりしていないの。乙女ゲーム『黄昏の弾丸』には五つの攻略対象のルートがあって、そのそれぞれに五人の悪役令嬢がいる。でも、私がクリアしたのは、最初にクリアしないといけない王太子ルートと、気に入った攻略対象のルートの二つだけだから……」
「ああ、そうすると、二人しか誰が悪役令嬢かは知らないわけか」
「ええ。一人は王太子ルートの悪役令嬢ソフィア。わたしのことね。もうひとりは……」
「もうひとりは?」
なぜかソフィアはそこで顔を赤くした。
「その……クレハなの」
俺はびっくりして固まった。クレハも、「わたしですか」と驚いた様子で自分を指差している。
ソフィアは青い瞳を宙にさまよわせる。
「ええと……クレハもマーロウ男爵家の令嬢なわけで……十分に悪役令嬢になれるわ。まあ、王太子ルートで聖女と死闘を繰り広げた『ソフィア』と違って、だいぶ優しくておとなしい悪役令嬢だったけれど……」
「王太子ルートの物語の悪役令嬢がソフィアなら、クレハは誰が攻略対象の物語の悪役令嬢なのかな?」
俺は聞いてみた。そこは気になるところだ。ソフィアの話を総合すると、王太子とソフィアのように婚約者だったり、悪役令嬢とその攻略対象はもともと結婚したり恋人になったりするようだから。
血がつながらないとはいえ、クレハは妹だ。誰が相手なのか、心配になってしまう。
ソフィアはますます顔を赤くした。耳まで真っ赤だ。
「……クリスなの」
「へ?」
「クリスが攻略対象のルートの悪役令嬢が、クレハなわけ。クレハは『義兄さんと結婚するのはわたしです!』と言って、主人公の聖女を妨害するわけね」
俺はあ然とした。クレハは驚いた様子はなく、むしろ納得したようにうなずいた。そして、頬を赤く染めて、俺を上目遣いに見る。
「……たしかに、義兄さんが別の人と恋仲になったら、わたしは嫉妬して邪魔しちゃうと思います」
「そ、そうなの?」
「決まってます。それは相手がソフィアさんでも同じです」
そう言うと、クレハはちらりとソフィアを見た。
「ソフィアさんは、気に入ったキャラのルートしか攻略しなかったって言ってましたよね? つまり、それって物語のなかのクリス義兄さんのことを好きってことでしょう?」
「そ、そういうわけじゃなくて……! ああ、だからクレハが悪役令嬢だって言いたくなかったの!」
ソフィアが大きくため息をつき、恥ずかしそうに俺を見た。クレハはむうっと頬を膨らませる。
「その物語の中では、ソフィアさんとクリス義兄さんがくっついたわけですか?」
「ええ。聖女としてだけどね。クリスが選んだのは、クレハじゃなくて、聖女だった。キスだってしたんだから」
ソフィアはやけくそ気味に、そう言い放ち、からかうような笑みをクレハに向けた。クレハの銀色の瞳に敵意が増す。
「物語の中で、ですよね。もし同じような状況になっても、この世界ではそうはなりません。だって……」
「あなたが勝つから?」
「はい。たとえソフィアさんが恋敵だとしても、わたしが勝ちます」
「へえ、自信があるのね」
「義兄さんのことを一番よく知っているのはわたしですから」
ばちばち、と火花を散らしそうな勢いで、ソフィアとクレハがにらみ合う。マクダフは呆然とその二人を眺めている。
どうしよう?と俺が思っていると、部屋のドアのポストに新聞が差し込まれた。言い争う二人を横目に、俺は日刊紙の朝刊を取りに行った。
若干現実逃避な気もするけれど、情報収集は大事だ。
実際、そこには重要な情報が書かれていた。
「アルストロメリア共和国、マグノリア王国へ宣戦布告」
戦争が始まるのだった。
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