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真紅の王女

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「ソフィアがこの世界の人間ではない?」

 俺が聞き返すと、ソフィアは上機嫌にうなずいた。

「そのとおり。わたしは日本の女子高生で、前世でプレイしていた乙女ゲーム『黄昏の弾丸』がこの世界。わたしはその悪役令嬢ソフィアに転生したってわけ」

 俺はソフィアが何を言っているかわからず、呆然とする。ニホン? ジョシコウセイ?
 そんな俺にかまわず、ソフィアは続けた。

「ただ、厄介なことに、『黄昏の弾丸』の世界には、五つのルートがあって、それぞれのルートごとに、ライバルキャラである悪役令嬢がいる。私は王太子ルートの悪役ってこと」

「よくわからないけれど、ソフィアはここが物語の世界だと考えているということ?」

「そう。ここは物語の中の世界か、あるいは……わたしの知っている物語が、この世界に似せて作られたか、どちらかでしょうね」

「そうだとすれば、俺はいったいどんな役回りなのかな。理不尽に王に追放された道化か何か?」

 俺の質問に、ソフィアはなぜか頬を赤くした。そして、小声で言う。

「クリスは……攻略対象よ」

「え?」

「とても重要な役割ってこと。ともかく、ゲームの世界では、わたしはこのままだと破滅を迎えるわ。聖女に嫉妬し、悪のアルストロメリア共和国に内通した裏切り者。それが物語のわたしの役割だから。まあ、信じられないかもしれないけれどね」

「半信半疑だけれど、仮にその物語のとおりだとして、破滅を回避するためには、どうすればいい?」

「最終的には、マグノリア王国がアルストロメリア共和国を滅ぼして、ハッピーエンド。アストラル魔法を使って、王国が大陸を支配する。やがて王太子は聖女と結婚し、国王に即位する。それでみんなめでたしめでたし、というわけね」

「あまり嬉しい終わりではなさそうだ」

 もしそんなことになれば、暴君と化した国王が、アストラル魔法の力で、恐怖のうちに大陸を支配するというのが実態だろう。王太子についても、少なくとも俺を殺そうとした敵だった。

 俺にとっても、めでたしめでたしということにはならなそうだ。
 ソフィアは肩をすくめた。

「だからこそ、マグノリア王室を倒さないといけない。そして、王国を正しい姿に戻すの。本当なら、その役割はお父様が……アルカディア公爵が担う予定だった」

「公爵は王族の血を引いていたからね。だけど……」

「そう。殺されたわ」

 ソフィア自身も、マグノリア王家の末裔だ。だから、国王に即位する資格はないとは言えない。ただ、状況が許さないだろう。

 残るのは、現王室でまともな人物を選んで、その人物を王の座につける。実力行使で、王室を入れ替える。この宮廷革命しか、手段は残されていない。
 
「そのためにも、アルストロメリア共和国の協力が必要ね」

 ソフィアは壮大な計画を思い描いているようだった。
 まっすぐに、ソフィアは俺を見つめる。

「滅びがわたしの運命だとしても、それをわたしは受け入れるつもりはない。ここがわたしの現実だもの。それはクリスも同じでしょう?」

「ああ。そのとおりだ」

 ともかく、俺は生き延びるつもりだった。クレハも、そしてソフィアも死なせるつもりはない。
 ソフィアは嬉しそうにうなずく。もちろん、ソフィアの言うとおり、マグノリア王国と全面対決すべきかは慎重に考えないといけないが、何らかの対策が必要なことは確かだ。

「さて、と。これからのことも大事だけれど、もう一つ重要なことをしないと」

「何のこと?」

「宿に戻って、ぐっすり眠ることでしょう?」

 まったくもって、そのとおりだ。
 そして、俺たちは席を立った。……クレハは相変わらず、すやすやと眠っていたので、おんぶをして帰ることにする。

 そんな俺を見て、ソフィアは「羨ましい。わたしもやってくれる?」と俺をからかったし、クレハはクレハで、道中で目覚めると「は、恥ずかしいです……」と言って、顔を真っ赤にしていた。

 俺はクレハを下ろすと、ぽんぽんとその頭を撫でる。クレハは照れて目を伏せて、ソフィアは穏やかに俺たちを見つめていた。

 そして、俺達は三人で、他愛のないことを話しながら、くすくす笑いながら宿へと歩く。
 こんな平和な時間がしばらくは続くはず……と思っていたが、甘かった。

 道を曲がり、宿のある通りに入ると、大勢の兵士が建物を取り囲んでいた。兵士たちは、モクレンの紋章を軍服の肩につけている。
 本来薄暗い夜道だが、兵士たちの持つ松明で煌々と石畳を照らしている。

 俺たちは慌てて路地裏へと入った。

「義兄さん……あれ、マグノリアの兵士たちです」

「まさか……わたしたちを追ってきたのかしら?」

 クレハとソフィアが口々に言う。俺たちに対する追手かどうかはわからないが、しばらく宿に近づかない方が良さそうだ。

 そう思って、俺たちは路地裏から反対の通りへと逃げようとした。レンガ造りの建物のあいだは、それなりに広く、そして誰もいなかった。
 
 ソフィアは緊張した顔で歩き、クレハは不安そうに俺の服の裾をつまんでいる。
 あと少しで、次の大通りだ。
 その瞬間、目を覆いたくなるほどの、明るい光がその場に輝いた。視界が真っ白になる。

 やがて目が慣れてくると、目の前には大勢の軍人たちがいた。それも兵士ではない。
 青いローブをまとった宮廷魔導師たちだ。

 そんななか、一人の少女が前方から進み出る。
 光を背にしたその子は、神々しいほど美しかった。
 彼女は真紅のローブに身を包んでいて、赤く輝く長髪をかき上げた。

 そして、朱色の印象的な瞳で、俺を睨みつける。

「クリス。……こんなことになって、本当に残念です」

 そこにいたのは、かつての俺の仲間だった。
 ルシア・マグノリア。マグノリア王国第三王女、そして宮廷魔導師団の団長だ。


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