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悪役令嬢
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ソフィア・アルカディア。公爵家の令嬢。王太子エドワード殿下の元婚約者。その美貌と才智で褒め称えられ、そして、今はすべてを失った少女だ。
そのソフィアが、今、俺の目の前にいて、俺の喉元に拳銃を突きつけている。
月明かりのみの室内では服装はよくわからない。白いドレスのようなものを着ているようだ。ただ、その表情ははっきり見ることができた。
ソフィアの人相を知るために、俺は事前に彼女の肖像画を見ていた。
父親のアルカディア公爵が書かせたという肖像画のなかのソフィアは、驚くほど美少女だった。
きっと美化して書かれているのだろうと思っていたけれど……実物は、この世のものとは思えないほど、美しかった。
さすが王太子の元婚約者。身分だけでなく、容姿の点でも、非の打ち所のない少女を選んだんだろう。
きめ細やかな肌は雪を思わせるほど白く、金色の髪は流れるように艷やかだった。
そして、その青い瞳は、悲しそうに俺を見つめていた。
ソフィアが持っているのは、小口径の銃だけれど、それでも、引き金を引けば俺の喉元は砕け、死ぬだろう。
「俺を殺しに来た?」
「それはこっちのセリフ。私を殺しに来たんでしょう?」
俺はうなずく。
そう。
俺は公爵の娘ソフィアを裏切り者として処刑するはずだった。ソフィアはその情報を、宮廷内部の味方から手に入れ、先手を打ったらしい。
仮にも俺は宮廷魔導師団の元副団長で、大戦では英雄と呼ばれた魔導師だ。万に一つも、ソフィアに負けるはずはないと思っていたけれど……。
現実には、俺は絶体絶命の状況にいる。
ソフィアは魔法結界をどうやって破ったのか? そして、気配もなしに、どうして俺に近づけたのか?
ソフィアは優秀な魔術師だと聞いていたけれど、事前に集めた情報では「ごく普通の」優秀な魔術師の範囲を超えなかった。
だが、実際には、彼女は何か切り札を持っているのかもしれない。
気になることはあるけれど、今はこの状況をどう切り抜けるか、が問題だ。
俺は隣のベッドのクレハを見る。
クレハは寝間着姿でベッドの上に丸まり、すやすやと眠っていた。「義兄さん……もう食べられないです……」とベタな寝言を口走っていて、こんな状況なのに、俺はくすっと笑い出しそうになった。
それから、俺はソフィアを見つめ返す。その青い瞳は、吸い込まれるように深く、魅力的だった。
「隣に妹が眠っている。俺を殺すのはいいけれど、彼女は無関係だから、危害は加えないでほしい」
「リルだって……私の四歳の弟だって、何も関係なかったのに殺されたわ」
ソフィアは静かに言った。アルカディア公爵家は、一族皆殺しとなった。わずか四歳の子どもを殺す必要があったのか、俺だって疑問に思っている。
「俺が殺したわけじゃない」
「でも、あなたも国王の手下でしょう。何も変わらない」
まあ、それはそうだ。俺は国王の……というより、王女ルシアの命令で、動いている。
ソフィアの立場からすれば、俺も、弟を殺した近衛騎士も同じ敵に違いない。
ともかく、時間を稼ごう。ソフィアがその気なら、すぐにでも俺を殺すことができるはずだ。そうしないのには、理由があると思う。
「だけど、君たち公爵家は、マグノリア王国を裏切った。自業自得だとは言えない?」
「私たちは裏切ってなんかいない! 先に裏切ったのは、マグノリア王室の方よ」
ソフィアは青い瞳を怒りの炎で燃やした。やはりアルカディア公爵家は無実……少なくとも、ソフィアはそう主張するつもりらしい。
やっぱりか、と俺は内心で思う。まあ、俺がこのまま殺されてしまえば、何も変わらないのだけれど……。
「安心して、あなたも妹さんも殺すつもりはないの。あなたじゃ、私には勝てないわ」
「これでも俺は宮廷魔導師団の副団長なんだけれど……ずいぶんと自信があるね」
言いながら、俺は右手を軽く振った。反回復の魔法で、ソフィアを倒そうとしたのだが……ソフィアはくすっと笑い、首をかしげた。ふわりと金色の髪が揺れる。
「ね、言ったでしょ? あなたじゃ、私に勝てないって。私には切り札があるもの。……アストラルの魔法があるの。それがあれば、あなたの魔法はすべて無効化できる」
アストラル魔法? それは「七賢者」と呼ばれる連合軍最高の魔術師たちが、創出した新たな魔法だ。
通常の魔法は、エーテルと呼ばれる特殊な元素を原動力とする。
エーテルは、光を媒介する物質で、この世界のあらゆるところに満ちている。
そして、精神・思考といったものも、エーテルの働きによるものだと考えられていた。
魂の元素エーテル。
これを用いて、他の元素に働きかけることで、魔法が生まれる。だが、七賢者たちは、アストラルと呼ばれる新たな元素を発見したと主張した。
アストラルを用いた魔法は、効率でも効果でも、これまでとは比べ物にならないほどの力を誇るという。
七賢者は、帝国の野望を阻止するため、先の大戦で、連合軍に助力を申し出た。
そして、アストラル魔法を用いた兵器「アストラル弾」を帝都カレンに落とし、数百万の人命を奪うことで、アストラル魔法の威力を証明した。
だが、七賢者はアストラル魔法の秘密を公表せず、突然、姿を消したのだった。
マグノリア王国も、アルストロメリア共和国も、喉から手が出るほど、アストラル魔法が欲しかったはずだ。だが、七賢者以外の誰も、その魔法の秘密を知らなかった。
けれど、ソフィアはそのアストラル魔法の秘密を知っているという。
「いい、クリス・マーロウ? あなたはこれから王都に戻り、国王に伝えなさい。アストラル魔法の秘密はすべて、アルストロメリア共和国に共有された。だから、追手を差し向けて、私を殺しても無駄よ」
「事情は知らないが、やっぱり裏切っていたように聞こえるね」
「……私たち公爵家は、アストラル魔法の使い方を七賢者の一人から入手する機会があったの。お父様は、アストラル弾を二度と使うべきでないと思っていたから、それを秘密にして封印しようとした。けれどマグノリア王はそれを許さなかった。でっち上げの反逆の罪を着せて、お父様たちを処刑して秘密を独占しようとしたわけ」
「ああ、なるほど。そうして、アストラル魔法を独占すれば……マグノリア王国はアルストロメリア共和国との戦争を有利に進められる。ありそうな話だ」
俺がつぶやくと、ソフィアはうなずいた。もし本当だとすれば、アルカディア公爵家は、国王の野望の犠牲者だ。ソフィアは悲劇の少女ということになる。
「私がアルストロメリア共和国にアストラル魔法の秘密を伝えたのは、身を守るため。信じてほしいとは言わないけれどね」
ソフィアはそう言った。俺は……どうするべきだろうか?
ソフィアは一つ誤解している。残念なことに俺も国王に不信感を持たれていて、王太子には命さえ狙われている。
だとすれば、「ソフィアは取り逃がしました。彼女はすでにアストラル魔法を共和国に伝えたそうです」などと報告に言っても、俺も反逆の疑いで消されるだけだ。
反逆者でないことを証明するために、俺はソフィアを殺す必要がある。だが、話を聞く限りソフィアは無実で……。
そして、俺は銃を喉元に突きつけられている。アストラル魔法を持つソフィアにこの状況から勝つのは、簡単じゃない。
いろいろなことが脳裏によぎったが、次の瞬間、状況が動いた。
「……クリス義兄さん?」
首を横に向けると、寝ぼけた声を出しながら、クレハがベッドから起き上がろうとしていた。俺とソフィアの会話で起きたらしい。
まずいな、と思う。ソフィアは俺もクレハも殺すつもりはないと言った。
だが、状況が変わればどうなるか、わからない。
ソフィアはアストラル魔法という切り札があるかもしれないが、戦闘経験が豊富なわけじゃない。焦れば、何をしだすかわからないのだ。
「動かないで!」
案の定、ソフィアはクレハに銃口を向けた。
クレハは凍りついたように固まった。そして、俺を見る。クレハは唇を動かした。声は出さなかったが、それでも「助けて、義兄さん」と言おうとしているのはわかった。
俺は決断した。ソフィアは俺の魔法を無効化できると言った。だが、魔法だけが俺の武器じゃない。
俺は勢いよく飛び上がると、ソフィアに体当りした。ソフィアがバランスを崩し、ベッドに倒れ込む。「きゃあっ」という甲高い声とともに、ソフィアが銃を取り落した。
次の瞬間には、俺はソフィアに馬乗りになり、銃口を彼女の胸元に突きつけていた。形勢逆転だ。
ソフィアは呆然とした様子だった。自分が負けたとは信じられないらしい。顔を真っ赤にして、俺を睨みつける。
「わ、私にはまだアストラル魔法が……」
「ダメだね。この銃が、君が魔法を使うための魔法器なんだろう?」
ソフィアは絶望の表情を浮かべた。
当たりだ。
魔法を使うためには、人間と元素をつなぐための魔法器がいる。
それは魔法の種類によって、宝石のついた杖だったり、自分の右手そのものだったりするが、ソフィアにとってはこの銃が、魔法器だった。
ソフィアは……青い瞳からぽろぽろと涙をこぼした。
「殺せば……いいじゃない。お父様もリルも……みんな死んじゃったもの。私も死ぬのなんて……全然怖くない」
言葉とは裏腹に、ソフィアの青い瞳は涙で濡れ、怯えきっていた。その美しい顔には、深い悲しみが溢れている。
「死ぬのが怖くないわけないと思うけどね。俺は怖いよ。まだ死にたくはない」
「そうね。あなたは英雄だもの。必要とされる存在だから。でも、私なんて……もう、誰も必要としていないの。私のせいで、お父様たちは死んじゃった。王太子殿下は私のことを憎んでいる」
「他に、言いたいことはある?」
「……私はね、乙女ゲームの悪役令嬢なの」
「オトメゲーム?」
「わからなくてもいいわ。ただ……私の他に、同じような境遇の子が四人いる。もしあなたに……大戦の英雄であるあなたに、少しでも正義の心があるのなら、その子たちのことを助けてあげて。それが私の最後のお願い」
俺は彼女の言葉の意味がわからなかった。けれど、彼女の言葉にうなずき、「俺が正しいと思うのなら、きっとそうするよ」と言う。
俺の言葉を聞いて、ソフィアは微笑んだ。
「……よかった」
ソフィアの表情は……とても美しく、そして可憐だった。
思わず、どきりとする。
さっきまでの命のやり取りで忘れていたけれど、ソフィアは、まだ17歳の少女なんだ。
ソフィアは宝石のような瞳を閉じた。死を受け入れるつもりなんだろう。
俺は……最初は、ソフィアを殺すつもりだった。それが俺の責務だったからだ。俺に与えられた命令はソフィアの処刑であり、生かして逮捕することではない。
彼女にどんな言い分があれ、王国は公式にソフィアを反逆者として扱っている。
もしソフィアを見逃せば、次に処断されるのは、俺だ。だが、すでに王太子殿下は俺を反逆者として殺すつもりらしい。
さて。
俺はどうすればいいのだろう?
クレハを守るため、俺自身が生きるため、ルシアの信頼に応えるため、この無実の少女ソフィアのため、そして、王国を救うため、最良の選択肢とはなにか。
王はソフィアを殺すことを命じている。けれど……。
俺は銃口をソフィアに突きつけたまま考えた。
「クリス義兄さんの……望み通りにするのが正しいんじゃないでしょうか」
隣に立つクレハが、そっと俺にささやいた。振り向くと、クレハは銀色の瞳で、真摯に俺を見つめた。
「クリス義兄さんは優しくて、強くて、正しい人だから」
そう言って、クレハは俺に微笑んでくれた。俺はその言葉で、次の行動を決断した。
そのソフィアが、今、俺の目の前にいて、俺の喉元に拳銃を突きつけている。
月明かりのみの室内では服装はよくわからない。白いドレスのようなものを着ているようだ。ただ、その表情ははっきり見ることができた。
ソフィアの人相を知るために、俺は事前に彼女の肖像画を見ていた。
父親のアルカディア公爵が書かせたという肖像画のなかのソフィアは、驚くほど美少女だった。
きっと美化して書かれているのだろうと思っていたけれど……実物は、この世のものとは思えないほど、美しかった。
さすが王太子の元婚約者。身分だけでなく、容姿の点でも、非の打ち所のない少女を選んだんだろう。
きめ細やかな肌は雪を思わせるほど白く、金色の髪は流れるように艷やかだった。
そして、その青い瞳は、悲しそうに俺を見つめていた。
ソフィアが持っているのは、小口径の銃だけれど、それでも、引き金を引けば俺の喉元は砕け、死ぬだろう。
「俺を殺しに来た?」
「それはこっちのセリフ。私を殺しに来たんでしょう?」
俺はうなずく。
そう。
俺は公爵の娘ソフィアを裏切り者として処刑するはずだった。ソフィアはその情報を、宮廷内部の味方から手に入れ、先手を打ったらしい。
仮にも俺は宮廷魔導師団の元副団長で、大戦では英雄と呼ばれた魔導師だ。万に一つも、ソフィアに負けるはずはないと思っていたけれど……。
現実には、俺は絶体絶命の状況にいる。
ソフィアは魔法結界をどうやって破ったのか? そして、気配もなしに、どうして俺に近づけたのか?
ソフィアは優秀な魔術師だと聞いていたけれど、事前に集めた情報では「ごく普通の」優秀な魔術師の範囲を超えなかった。
だが、実際には、彼女は何か切り札を持っているのかもしれない。
気になることはあるけれど、今はこの状況をどう切り抜けるか、が問題だ。
俺は隣のベッドのクレハを見る。
クレハは寝間着姿でベッドの上に丸まり、すやすやと眠っていた。「義兄さん……もう食べられないです……」とベタな寝言を口走っていて、こんな状況なのに、俺はくすっと笑い出しそうになった。
それから、俺はソフィアを見つめ返す。その青い瞳は、吸い込まれるように深く、魅力的だった。
「隣に妹が眠っている。俺を殺すのはいいけれど、彼女は無関係だから、危害は加えないでほしい」
「リルだって……私の四歳の弟だって、何も関係なかったのに殺されたわ」
ソフィアは静かに言った。アルカディア公爵家は、一族皆殺しとなった。わずか四歳の子どもを殺す必要があったのか、俺だって疑問に思っている。
「俺が殺したわけじゃない」
「でも、あなたも国王の手下でしょう。何も変わらない」
まあ、それはそうだ。俺は国王の……というより、王女ルシアの命令で、動いている。
ソフィアの立場からすれば、俺も、弟を殺した近衛騎士も同じ敵に違いない。
ともかく、時間を稼ごう。ソフィアがその気なら、すぐにでも俺を殺すことができるはずだ。そうしないのには、理由があると思う。
「だけど、君たち公爵家は、マグノリア王国を裏切った。自業自得だとは言えない?」
「私たちは裏切ってなんかいない! 先に裏切ったのは、マグノリア王室の方よ」
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やっぱりか、と俺は内心で思う。まあ、俺がこのまま殺されてしまえば、何も変わらないのだけれど……。
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「これでも俺は宮廷魔導師団の副団長なんだけれど……ずいぶんと自信があるね」
言いながら、俺は右手を軽く振った。反回復の魔法で、ソフィアを倒そうとしたのだが……ソフィアはくすっと笑い、首をかしげた。ふわりと金色の髪が揺れる。
「ね、言ったでしょ? あなたじゃ、私に勝てないって。私には切り札があるもの。……アストラルの魔法があるの。それがあれば、あなたの魔法はすべて無効化できる」
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エーテルは、光を媒介する物質で、この世界のあらゆるところに満ちている。
そして、精神・思考といったものも、エーテルの働きによるものだと考えられていた。
魂の元素エーテル。
これを用いて、他の元素に働きかけることで、魔法が生まれる。だが、七賢者たちは、アストラルと呼ばれる新たな元素を発見したと主張した。
アストラルを用いた魔法は、効率でも効果でも、これまでとは比べ物にならないほどの力を誇るという。
七賢者は、帝国の野望を阻止するため、先の大戦で、連合軍に助力を申し出た。
そして、アストラル魔法を用いた兵器「アストラル弾」を帝都カレンに落とし、数百万の人命を奪うことで、アストラル魔法の威力を証明した。
だが、七賢者はアストラル魔法の秘密を公表せず、突然、姿を消したのだった。
マグノリア王国も、アルストロメリア共和国も、喉から手が出るほど、アストラル魔法が欲しかったはずだ。だが、七賢者以外の誰も、その魔法の秘密を知らなかった。
けれど、ソフィアはそのアストラル魔法の秘密を知っているという。
「いい、クリス・マーロウ? あなたはこれから王都に戻り、国王に伝えなさい。アストラル魔法の秘密はすべて、アルストロメリア共和国に共有された。だから、追手を差し向けて、私を殺しても無駄よ」
「事情は知らないが、やっぱり裏切っていたように聞こえるね」
「……私たち公爵家は、アストラル魔法の使い方を七賢者の一人から入手する機会があったの。お父様は、アストラル弾を二度と使うべきでないと思っていたから、それを秘密にして封印しようとした。けれどマグノリア王はそれを許さなかった。でっち上げの反逆の罪を着せて、お父様たちを処刑して秘密を独占しようとしたわけ」
「ああ、なるほど。そうして、アストラル魔法を独占すれば……マグノリア王国はアルストロメリア共和国との戦争を有利に進められる。ありそうな話だ」
俺がつぶやくと、ソフィアはうなずいた。もし本当だとすれば、アルカディア公爵家は、国王の野望の犠牲者だ。ソフィアは悲劇の少女ということになる。
「私がアルストロメリア共和国にアストラル魔法の秘密を伝えたのは、身を守るため。信じてほしいとは言わないけれどね」
ソフィアはそう言った。俺は……どうするべきだろうか?
ソフィアは一つ誤解している。残念なことに俺も国王に不信感を持たれていて、王太子には命さえ狙われている。
だとすれば、「ソフィアは取り逃がしました。彼女はすでにアストラル魔法を共和国に伝えたそうです」などと報告に言っても、俺も反逆の疑いで消されるだけだ。
反逆者でないことを証明するために、俺はソフィアを殺す必要がある。だが、話を聞く限りソフィアは無実で……。
そして、俺は銃を喉元に突きつけられている。アストラル魔法を持つソフィアにこの状況から勝つのは、簡単じゃない。
いろいろなことが脳裏によぎったが、次の瞬間、状況が動いた。
「……クリス義兄さん?」
首を横に向けると、寝ぼけた声を出しながら、クレハがベッドから起き上がろうとしていた。俺とソフィアの会話で起きたらしい。
まずいな、と思う。ソフィアは俺もクレハも殺すつもりはないと言った。
だが、状況が変わればどうなるか、わからない。
ソフィアはアストラル魔法という切り札があるかもしれないが、戦闘経験が豊富なわけじゃない。焦れば、何をしだすかわからないのだ。
「動かないで!」
案の定、ソフィアはクレハに銃口を向けた。
クレハは凍りついたように固まった。そして、俺を見る。クレハは唇を動かした。声は出さなかったが、それでも「助けて、義兄さん」と言おうとしているのはわかった。
俺は決断した。ソフィアは俺の魔法を無効化できると言った。だが、魔法だけが俺の武器じゃない。
俺は勢いよく飛び上がると、ソフィアに体当りした。ソフィアがバランスを崩し、ベッドに倒れ込む。「きゃあっ」という甲高い声とともに、ソフィアが銃を取り落した。
次の瞬間には、俺はソフィアに馬乗りになり、銃口を彼女の胸元に突きつけていた。形勢逆転だ。
ソフィアは呆然とした様子だった。自分が負けたとは信じられないらしい。顔を真っ赤にして、俺を睨みつける。
「わ、私にはまだアストラル魔法が……」
「ダメだね。この銃が、君が魔法を使うための魔法器なんだろう?」
ソフィアは絶望の表情を浮かべた。
当たりだ。
魔法を使うためには、人間と元素をつなぐための魔法器がいる。
それは魔法の種類によって、宝石のついた杖だったり、自分の右手そのものだったりするが、ソフィアにとってはこの銃が、魔法器だった。
ソフィアは……青い瞳からぽろぽろと涙をこぼした。
「殺せば……いいじゃない。お父様もリルも……みんな死んじゃったもの。私も死ぬのなんて……全然怖くない」
言葉とは裏腹に、ソフィアの青い瞳は涙で濡れ、怯えきっていた。その美しい顔には、深い悲しみが溢れている。
「死ぬのが怖くないわけないと思うけどね。俺は怖いよ。まだ死にたくはない」
「そうね。あなたは英雄だもの。必要とされる存在だから。でも、私なんて……もう、誰も必要としていないの。私のせいで、お父様たちは死んじゃった。王太子殿下は私のことを憎んでいる」
「他に、言いたいことはある?」
「……私はね、乙女ゲームの悪役令嬢なの」
「オトメゲーム?」
「わからなくてもいいわ。ただ……私の他に、同じような境遇の子が四人いる。もしあなたに……大戦の英雄であるあなたに、少しでも正義の心があるのなら、その子たちのことを助けてあげて。それが私の最後のお願い」
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俺の言葉を聞いて、ソフィアは微笑んだ。
「……よかった」
ソフィアの表情は……とても美しく、そして可憐だった。
思わず、どきりとする。
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ソフィアは宝石のような瞳を閉じた。死を受け入れるつもりなんだろう。
俺は……最初は、ソフィアを殺すつもりだった。それが俺の責務だったからだ。俺に与えられた命令はソフィアの処刑であり、生かして逮捕することではない。
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もしソフィアを見逃せば、次に処断されるのは、俺だ。だが、すでに王太子殿下は俺を反逆者として殺すつもりらしい。
さて。
俺はどうすればいいのだろう?
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俺は銃口をソフィアに突きつけたまま考えた。
「クリス義兄さんの……望み通りにするのが正しいんじゃないでしょうか」
隣に立つクレハが、そっと俺にささやいた。振り向くと、クレハは銀色の瞳で、真摯に俺を見つめた。
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