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二人での旅立ち

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 俺は手にしたマグカップを落としかけた。
 反逆者の公爵令嬢ソフィアの追跡に、クレハはついてくると言い切った。でも……そんなわけにはいかない。

 俺は慌てて首を横に振った。

「ダメだよ。クレハは家で待っていてほしい」

「どうしてですか?」

 クレハは銀色の瞳で、真摯に俺を見つめた。クレハは、本気で俺についてくるつもりらしい。

「公爵令嬢ソフィアは、近衛兵を殺した危険な相手だ。クレハにもしものことがあったら、俺の両親にも、クレハの両親にも、顔向けできない」

「なら、義兄さんは危ない目に合ってもいいんですか?」

「俺は元宮廷魔導師の軍人だよ。自分の身は自分で守れる」

「わたしだって、そうです。いつまでも……わたしも子どもじゃないんです」

 クレハはそっと自分の胸に手を当て、そして、顔を赤くした。

「わたしも義兄さんの役に立ちたいんです。わたしだって、士官学校の学生ですし、多少は役に立ちます」

 そう。クレハは、王立魔法軍士官学校の生徒だった。まだ士官候補生という立場だけれど、彼女には軍人の資格がある。

 もともと、俺はクレハの士官学校入学にあまり賛成ではなかった。クレハには危険な目にあってほしくなかったのだ。けれど、クレハは、両親のように、そして、俺のようになりたいと言って、士官学校に入学した。

 入学から二年が経ち、クレハは相当に優秀な成績を収めているとも聞いている。それは座学だけでなく、魔法や戦闘の実技においてもだった。

「今は、士官学校も夏休みですし、わたし一人で、この家に残っている方が危ないかもしれませんよ」

 それはそのとおりで、最近の王都はあまり治安も良くない。大戦の終結で、解雇され、職を失った兵士たちで溢れていて、彼らの一部が強盗に入ったりすることもある。

「それに義兄さんは、国王陛下から……疑われているんですよね?」

 クレハは王都に留まる危険をもうひとつ挙げた。

 ソフィアの追跡中に事情が変わって、俺が反逆者として追われることになったとする。そのときは妹のクレハをも政府は捕らえるだろう。最悪、クレハを俺に対する人質にするかもしれない。

「それなら、わたしは義兄さんのそばにいた方が安全でしょう?」

「まあ、たしかに、何かあっても、俺が守ることができるか」

 嬉しそうに、クレハはうなずいた。俺は少し考え、そして決めた。
 クレハを連れて行った方が、リスクが少なそうだ。

「わかったよ。まあ、休暇中の旅行だと思うことにしよう」

「義兄さんと旅行、楽しみです!」

「ただし、ソフィアを捕まえるのは、俺一人で行う。いい?」

「はい。でも、義兄さんが危なくなったら、いつでも助けますからね?」

「俺はこれでも大戦の七英雄だよ。公爵令嬢に負けたりはしないさ」

「……そうですね。義兄さんは無敵ですから」

 クレハはふわりと微笑み、銀色の髪が揺れた。

 そして、俺は、クレハの手料理を堪能して、そして部屋に戻って眠ることにした。
 早速、明日の朝から出発だ。

 俺はベッドに寝転がり、考えた。
 公爵令嬢のソフィア。
 かつてこの国で最も高貴な地位につく予定だった少女。だが、未来の王妃の地位も、家族も、すべてを失った。
 ソフィアはいま、何を考え、どんな思いで逃亡しているのだろう?

 そして、俺はそのソフィアを殺すことはできるのだろうか? 俺は戦場で無数の人を殺したが、処刑人になったことはない。

 俺は天井へと手を伸ばした。ソフィアは王太子の婚約者の地位を失い、俺も宮廷魔導師団の副団長の地位を失った。そのソフィアを俺は処刑しようとしている。
 ソフィアを首尾よく抹殺したとして、その後に、いったい俺はどうすればよいというのだろう?

 王女ルシアは、任務に成功すれば、宮廷魔導師団への復帰もありうると言った。ルシア自身は、本心からそれを望んでくれているのかもしれない。けれど、国王陛下たちが俺に不信感を持っているのに、状況がそれを許すだろうか?

 何より、俺自身も宮廷魔導師団を率いて、王のために働きたいとは思えない。かといって、俺はそれ以外の生き方を知らないのだ。

 戦争のときは、俺は英雄扱いされ、必要とされていた。これから、俺は誰に、どんなふうに必要とされればいいのだろう?

 こんこん、と寝室の扉を叩く音がする。こんな時間に誰だろう、なんて思うこともない。
 この家には、たった一人しか家族はいないんだから。

 俺が扉を開けると、薄い青色の寝間着姿のクレハがいた。枕を抱きしめ、恥ずかしそうに俺を上目遣いに見つめる。

「すみません。こんな時間に……その……眠れなくて……」

「何か不安がある?」

 俺が尋ねると、クレハは顔を赤くして、首を横に振った。

「明日からの義兄さんとの旅が楽しみで……興奮しすぎて眠れないんです」

「ああ、なるほど」

 俺はくすっと笑い、クレハも「えへへ」と笑った。

「紅茶でも淹れるよ」

「はい!」

 クレハは嬉しそうにうなずいた。少なくとも、ここに一人、俺を必要とする人間はいる。
 ともかく、無事に任務を終わらせることにしよう。これからどうするかを考えるのは、それからでも遅くない。

 ソフィアとの出会いが、俺とクレハの、そして王国の運命を大きく変えることになるとは、このときは思いもしなかった。

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