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2章、聖なる花冠(ローゼンクランツ)へ…
41話、戦姫ふたたび
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ヴァールハイト男爵領を出発したローゼリア第二騎兵隊一行は、男爵領の東にそびえる山脈の麓まで歩を進めていた。山裾から吹き上げる風が、ツェツィーリアの白に近い金色の髪を揺らして、まるで光を孕んだ絹糸が風に舞うように、彼女の髪はなびき輝く。
険しい山々を、その宝石の様な蒼い瞳で見上げながら、同伴する男へ尋ねる彼女。
「ヴァールハイト殿、この先の道を教えてくださいますか?」
領地と同じ姓を持つこの男の名は、アンゼルム・フォン・ヴァールハイトと言い、ローゼリアの南側に隣接するヴァールハイト男爵領の現当主であった。
かの領はローゼリアにとって、友好的な関係を維持できている数少ない領地であり、山裾に広がる広大な草原は古くから馬産地として名を馳せていた。ローゼリア騎兵隊の誇る駿馬たちは皆、この地で生まれ育ったのだ。
険しい山道を前にして、ヴァールハイト殿と呼ばれた男は眉間に皺を寄せる。
「ここから先は、さらに険しい山道が続きます。馬での通行は困難を極めるでしょう」
ヴァールハイト男爵は、心配そうな表情でツェツィーリアを見つめた。
「それでも、私は進みます」
ツェツィーリアは、毅然とした態度で答える。
彼女の瞳には揺るぎない決意が宿っており、どう説いても、ヴァールハイトにそれを覆すことは出来なかった。
「ローゼンヌ令嬢、本当に馬で進むつもりですか?」
「ええ、進みます」
ツェツィーリアは、やはり力強く頷いた。迷うことなく。
「ならば、あの先を抜けていくしかありませんね」
男爵が指さす方向に道などは無かった。
「我が領と、ワンベルク伯爵領の間に広がるこの山々は、伯爵家との丁度良い防波堤の役目を担っています。そういう事もあって道路など、交通網の類は全く整備されていないのですよ」
「そのようですね。では道なき道を行くしかありませんか……」
「山の高さ自体はそこまで高くありません。最も高い峰で精々8、900メートルといったところでしょうか、ただ、仰る通り道が無いのです。猟師や獣が通るような細い、道とも言えぬを道を行くしかありません」
「わかりました」
それでも、彼女が迷う事は無い。
彼女の決意はとっくに固まっていたのである。
ワインを見つめながら言い辛そうに願いを言う、あの姿を見た夜に決めていたのだ。人として尊敬に値する主君であり、彼女が密かに慕う、アレクシスの願いだったから。
それは、誰にも打ち明けられない秘密の恋心。恋を知らなかったツェツィーリアは、まだ蕾にすらならない、小さな膨らみでしかなかった想いに、中々気づく事が出来なかった。けれど、いつしかその膨らみは大きくなって、開花を待つ蕾のように彼女の心の中で育まれ、いまも成長し続けている。
それだけでない。彼が弟の様に可愛がるヴァイスや、アイリーンら彼を幼少から助けてくれている素敵な人たち。命を賭して戦うみんな。戦争とは誰の命が失われるのかわからないのだから。勝つために全力を尽くしたかった。
ツェツィーリアは最初から、全身全霊をかけてこの任務を遂行する覚悟だったのだ。男爵に説得できる筈が無いのである。
「御味方すると決めた以上、どこまでも付き合いますともローゼンヌ令嬢。気乗りはしませんがね。さあ、行きますか」
ヴァールハイト男爵は、少し皮肉の交じった笑みを浮かべながらも、ツェツィーリアの決意を尊重する姿勢を見せると。
「ありがとうございます」
ツェツィーリアはヴァールハイト男爵に感謝の意を伝え微笑む。
普段は人が通らぬであろう険しい山道を、一行は馬と共に進んでいた。
稀に訪れる、なだらかな所は騎乗したままに進み、岩肌が露出したガレ場では馬を降りて手綱を引きながら、一歩一歩慎重に歩んでいく。鬱蒼と生い茂る草木は行く手を阻み、急な斜面は馬にとっても人にとっても過酷な道のりだった。自然と息は上がり、汗が噴き出る。それでも一行は頂上を目指してただ黙々と進んで行く。
「ローゼンヌ令嬢、ここらで一旦休憩を取りましょう。兵士の皆には汗を拭かせた方が良い。頂上付近はかなり冷えるはずです」
男爵が、ツェツィーリアに休憩を促すと彼女は、汗だくで疲労困憊の様子の兵士たちを見渡して、頷いた。
「わかりました。では休憩といたしましょう」
思わぬ休憩の言葉に、安堵の表情を浮かべ喜ぶ兵士たち。
各々が木陰や石の上に腰を下ろすと、水筒の水を飲み汗を拭う。束の間の休息を楽しんでいた。
「お嬢さん方も汗を拭いた方がいい。この時期、頂上付近はかなり冷えるはずです。おそらく平地の真冬並みかと」
ヴァールハイトの言葉に、ツェツィーリアとラウラは思わず顔を見合わせた。
「え?」
汗をかいているのは何も兵士達だけではない。
苛酷な山道を行軍してきたのだ、この2人も全身から滴るほどの汗をかいていた。拭けるものなら拭きたい。けれど、多くの兵士たちの前で肌を晒すわけにはいかない。貴族の子女としての最低限の嗜みだってある。
「もし、ヴァールハイト殿の言う通り、頂上付近が真冬のような寒さだとしたら…」
ツェツィーリアは、不安げな表情でラウラを見つめる。汗でびしょ濡れのまま山頂に向かえば、たちまち身体を冷やし、体調を崩してしまうかもしれない。
「どうしましょう、ツェツィーリア様……」
ラウラもまた、困惑の色を隠せない。ツェツィーリアはしばらく悩んだ後、決意を固めたように顔を上げる。
「ラウラ、拭きましょう。私たちが今一番せねばならない事は何ですか?」
ツェツィーリアは自問するようにラウラへ問いかける。
「この山を超え、森を抜けて敵の後背を突く事です!」
ラウラは力強く答えた。
そんなラウラにツェツィーリアは頷き、優しく微笑む。
「その通りです。ならば、今ここで体調を崩す訳には行きません。兵士たちの前で汗を拭うのは、その、気が引けますが……、ここで身体を拭いて、万全の状態で山頂を目指しましょう」
敬愛する主人の毅然とした返事に、ラウラも深く頷く。
そんな二人の様子を横目で見ていたヴァールハイト男爵は、側にいた兵士を呼び寄せて、ローゼリア軍旗を陣幕のように広げ二人の姿を隠す。未婚の女性の肌が晒されないようにとする、彼なりの配慮だったのだろう。
二人は、ヴァールハイト男爵のさりげない気遣いに深く感謝した。軍旗の陰で互いに協力し合い、汗を拭き、乾いた服に着替えることができたものの、ツェツィーリアは蒼い旗の側で肌を晒すことに、どこか恥ずかしさを感じていた。まるで、想い人に見られているような気がして、頬がほんのりと赤らむ。
「お待たせいたしました。お心遣いに感謝いたします、ヴァールハイト殿」
ツェツィーリアは、頬を少し赤らめたままヴァールハイト男爵に礼を述べた。
「では参りましょうか、山頂までもう少しです」
男爵は彼女に優しく微笑みかけ、一行は再び険しい山道を登り始める。
この時、ヴァールハイトは密かに感心していた。貴族の子女であるツェツィーリアが率先して鬱蒼とした茂みを分け入り、厳しい勾配の山道を進むことを厭わず、さらには体調を崩さないために肌を晒すこともいとわない覚悟を示したことに。彼女の芯の強さと、それを成させるローゼリア伯爵の人物に、ヴァールハイトは深い感銘を受けていたのだ。
頂上付近は男爵の言葉通り、平地の真冬のように寒かった。もし、あのまま汗だくで山頂に向かっていたら、たちまち身体を冷やし、凍えていたに違いない。低い気温に加え、山頂付近の強い風は容赦なく体温を奪っていくのだから。
ツェツィーリアを含めた兵たちは、男爵の言葉に従い万全の準備をしていたお陰で寒さに震えることなく、山頂へ向かう事が出来た。そして第二騎兵隊と一行はついに山頂へと到達する。
彼女は振り返る。眼下に広がるのは緑豊かなヴァールハイト男爵領であり、アルトアーレ川を挟んで見える向こう側は、ツェツィーリアを育み育てたローゼンヌの地であった。その右手には今や彼女の第2の故郷と言って良い、蒼き旗を掲げるローゼリアの地も見える。
ツェツィーリアは、この雄大な景色を目に焼き付けるように見つめる。故郷への思い、ローゼリアへの想い。そしてこれから始まるであろう戦への決意。様々な感情が彼女の胸を満たして、その瞳には熱いものがこみ上げる。
この景色を、彼女は生涯忘れることはないだろう。
「行きましょう。伯爵軍の後背を突き勝利を掴み取るのです。蒼き旗に勝利を!」
ツェツィーリアの号令と共に、第二騎兵隊一行は山を駆け下り、森林地帯へと突入して行った。
◆◆
「待て、死なせるには惜しい」
私はヴァイスの傍らに馬を止め、呟く。
シュターフェンと名乗る男の武勇、そしてその潔さは、見ていて気持ちの良いものであった。それに、能力値もなかなかに高い。
[バルドウィン・シュターフェン、男、36歳]
[LV14、統82、戦82、政56、知62、魅75]
「主様、捕らえますか?」
ユリシスが私の傍に馬を寄せ、問いかけてくる。
「ああ。この潔さは我が家風にも合うだろう。是非とも欲しい人材だ」
私がそう返事をすると、ユリシスは兵士たちに向けて声を上げる。
「誰でも構いません。この者を捕らえて本営まで運んで頂けませんか?」
それを聞いた数人の兵士がシュターフェンへ駆け寄り彼を拘束する。彼は抵抗することなく、静かに身を委ね、我が軍の本営へと連行されていった。
兵の命を守るため、我が軍最強のヴァイスと一騎打ちを挑んだシュターフェンの勇気には敬意を表する。しかし、戦場においては非情にならねばならない時もある。
「ヴァイス、残った敵騎兵を殲滅せよ。但し降伏を望むものはその限りではない」
我が軍は圧倒的に有利となりつつはあった、されど、まだ降伏する兵士が現れるほど決定的な状況でもない。将来に禍根を残さぬ為にも、敵騎兵は討たねばならぬ。私は苦渋の決断を迫られ、ヴァイスへ無慈悲な命を下さざるを得なかった。
命は下され、まさに第1騎兵隊が再び動き出そうとする直前、俄かに敵の本陣らしき方向が騒がしくなる。何か異変が起きたのか? いや、まさか! そう思案し始めた矢先、我が軍の本営を任せたリンハルトからの伝令が駆け込んできた。
「閣下、リンハルト様より伝令です。敵本陣の後背に我が軍の騎影あり! ヴァールハイト男爵家の旗も見えます。急ぎ本営へお戻りください」
伝令の報告に、私は思わず息を呑む。
ツェツィ……、ツェツィーリア!
険しい山々を、その宝石の様な蒼い瞳で見上げながら、同伴する男へ尋ねる彼女。
「ヴァールハイト殿、この先の道を教えてくださいますか?」
領地と同じ姓を持つこの男の名は、アンゼルム・フォン・ヴァールハイトと言い、ローゼリアの南側に隣接するヴァールハイト男爵領の現当主であった。
かの領はローゼリアにとって、友好的な関係を維持できている数少ない領地であり、山裾に広がる広大な草原は古くから馬産地として名を馳せていた。ローゼリア騎兵隊の誇る駿馬たちは皆、この地で生まれ育ったのだ。
険しい山道を前にして、ヴァールハイト殿と呼ばれた男は眉間に皺を寄せる。
「ここから先は、さらに険しい山道が続きます。馬での通行は困難を極めるでしょう」
ヴァールハイト男爵は、心配そうな表情でツェツィーリアを見つめた。
「それでも、私は進みます」
ツェツィーリアは、毅然とした態度で答える。
彼女の瞳には揺るぎない決意が宿っており、どう説いても、ヴァールハイトにそれを覆すことは出来なかった。
「ローゼンヌ令嬢、本当に馬で進むつもりですか?」
「ええ、進みます」
ツェツィーリアは、やはり力強く頷いた。迷うことなく。
「ならば、あの先を抜けていくしかありませんね」
男爵が指さす方向に道などは無かった。
「我が領と、ワンベルク伯爵領の間に広がるこの山々は、伯爵家との丁度良い防波堤の役目を担っています。そういう事もあって道路など、交通網の類は全く整備されていないのですよ」
「そのようですね。では道なき道を行くしかありませんか……」
「山の高さ自体はそこまで高くありません。最も高い峰で精々8、900メートルといったところでしょうか、ただ、仰る通り道が無いのです。猟師や獣が通るような細い、道とも言えぬを道を行くしかありません」
「わかりました」
それでも、彼女が迷う事は無い。
彼女の決意はとっくに固まっていたのである。
ワインを見つめながら言い辛そうに願いを言う、あの姿を見た夜に決めていたのだ。人として尊敬に値する主君であり、彼女が密かに慕う、アレクシスの願いだったから。
それは、誰にも打ち明けられない秘密の恋心。恋を知らなかったツェツィーリアは、まだ蕾にすらならない、小さな膨らみでしかなかった想いに、中々気づく事が出来なかった。けれど、いつしかその膨らみは大きくなって、開花を待つ蕾のように彼女の心の中で育まれ、いまも成長し続けている。
それだけでない。彼が弟の様に可愛がるヴァイスや、アイリーンら彼を幼少から助けてくれている素敵な人たち。命を賭して戦うみんな。戦争とは誰の命が失われるのかわからないのだから。勝つために全力を尽くしたかった。
ツェツィーリアは最初から、全身全霊をかけてこの任務を遂行する覚悟だったのだ。男爵に説得できる筈が無いのである。
「御味方すると決めた以上、どこまでも付き合いますともローゼンヌ令嬢。気乗りはしませんがね。さあ、行きますか」
ヴァールハイト男爵は、少し皮肉の交じった笑みを浮かべながらも、ツェツィーリアの決意を尊重する姿勢を見せると。
「ありがとうございます」
ツェツィーリアはヴァールハイト男爵に感謝の意を伝え微笑む。
普段は人が通らぬであろう険しい山道を、一行は馬と共に進んでいた。
稀に訪れる、なだらかな所は騎乗したままに進み、岩肌が露出したガレ場では馬を降りて手綱を引きながら、一歩一歩慎重に歩んでいく。鬱蒼と生い茂る草木は行く手を阻み、急な斜面は馬にとっても人にとっても過酷な道のりだった。自然と息は上がり、汗が噴き出る。それでも一行は頂上を目指してただ黙々と進んで行く。
「ローゼンヌ令嬢、ここらで一旦休憩を取りましょう。兵士の皆には汗を拭かせた方が良い。頂上付近はかなり冷えるはずです」
男爵が、ツェツィーリアに休憩を促すと彼女は、汗だくで疲労困憊の様子の兵士たちを見渡して、頷いた。
「わかりました。では休憩といたしましょう」
思わぬ休憩の言葉に、安堵の表情を浮かべ喜ぶ兵士たち。
各々が木陰や石の上に腰を下ろすと、水筒の水を飲み汗を拭う。束の間の休息を楽しんでいた。
「お嬢さん方も汗を拭いた方がいい。この時期、頂上付近はかなり冷えるはずです。おそらく平地の真冬並みかと」
ヴァールハイトの言葉に、ツェツィーリアとラウラは思わず顔を見合わせた。
「え?」
汗をかいているのは何も兵士達だけではない。
苛酷な山道を行軍してきたのだ、この2人も全身から滴るほどの汗をかいていた。拭けるものなら拭きたい。けれど、多くの兵士たちの前で肌を晒すわけにはいかない。貴族の子女としての最低限の嗜みだってある。
「もし、ヴァールハイト殿の言う通り、頂上付近が真冬のような寒さだとしたら…」
ツェツィーリアは、不安げな表情でラウラを見つめる。汗でびしょ濡れのまま山頂に向かえば、たちまち身体を冷やし、体調を崩してしまうかもしれない。
「どうしましょう、ツェツィーリア様……」
ラウラもまた、困惑の色を隠せない。ツェツィーリアはしばらく悩んだ後、決意を固めたように顔を上げる。
「ラウラ、拭きましょう。私たちが今一番せねばならない事は何ですか?」
ツェツィーリアは自問するようにラウラへ問いかける。
「この山を超え、森を抜けて敵の後背を突く事です!」
ラウラは力強く答えた。
そんなラウラにツェツィーリアは頷き、優しく微笑む。
「その通りです。ならば、今ここで体調を崩す訳には行きません。兵士たちの前で汗を拭うのは、その、気が引けますが……、ここで身体を拭いて、万全の状態で山頂を目指しましょう」
敬愛する主人の毅然とした返事に、ラウラも深く頷く。
そんな二人の様子を横目で見ていたヴァールハイト男爵は、側にいた兵士を呼び寄せて、ローゼリア軍旗を陣幕のように広げ二人の姿を隠す。未婚の女性の肌が晒されないようにとする、彼なりの配慮だったのだろう。
二人は、ヴァールハイト男爵のさりげない気遣いに深く感謝した。軍旗の陰で互いに協力し合い、汗を拭き、乾いた服に着替えることができたものの、ツェツィーリアは蒼い旗の側で肌を晒すことに、どこか恥ずかしさを感じていた。まるで、想い人に見られているような気がして、頬がほんのりと赤らむ。
「お待たせいたしました。お心遣いに感謝いたします、ヴァールハイト殿」
ツェツィーリアは、頬を少し赤らめたままヴァールハイト男爵に礼を述べた。
「では参りましょうか、山頂までもう少しです」
男爵は彼女に優しく微笑みかけ、一行は再び険しい山道を登り始める。
この時、ヴァールハイトは密かに感心していた。貴族の子女であるツェツィーリアが率先して鬱蒼とした茂みを分け入り、厳しい勾配の山道を進むことを厭わず、さらには体調を崩さないために肌を晒すこともいとわない覚悟を示したことに。彼女の芯の強さと、それを成させるローゼリア伯爵の人物に、ヴァールハイトは深い感銘を受けていたのだ。
頂上付近は男爵の言葉通り、平地の真冬のように寒かった。もし、あのまま汗だくで山頂に向かっていたら、たちまち身体を冷やし、凍えていたに違いない。低い気温に加え、山頂付近の強い風は容赦なく体温を奪っていくのだから。
ツェツィーリアを含めた兵たちは、男爵の言葉に従い万全の準備をしていたお陰で寒さに震えることなく、山頂へ向かう事が出来た。そして第二騎兵隊と一行はついに山頂へと到達する。
彼女は振り返る。眼下に広がるのは緑豊かなヴァールハイト男爵領であり、アルトアーレ川を挟んで見える向こう側は、ツェツィーリアを育み育てたローゼンヌの地であった。その右手には今や彼女の第2の故郷と言って良い、蒼き旗を掲げるローゼリアの地も見える。
ツェツィーリアは、この雄大な景色を目に焼き付けるように見つめる。故郷への思い、ローゼリアへの想い。そしてこれから始まるであろう戦への決意。様々な感情が彼女の胸を満たして、その瞳には熱いものがこみ上げる。
この景色を、彼女は生涯忘れることはないだろう。
「行きましょう。伯爵軍の後背を突き勝利を掴み取るのです。蒼き旗に勝利を!」
ツェツィーリアの号令と共に、第二騎兵隊一行は山を駆け下り、森林地帯へと突入して行った。
◆◆
「待て、死なせるには惜しい」
私はヴァイスの傍らに馬を止め、呟く。
シュターフェンと名乗る男の武勇、そしてその潔さは、見ていて気持ちの良いものであった。それに、能力値もなかなかに高い。
[バルドウィン・シュターフェン、男、36歳]
[LV14、統82、戦82、政56、知62、魅75]
「主様、捕らえますか?」
ユリシスが私の傍に馬を寄せ、問いかけてくる。
「ああ。この潔さは我が家風にも合うだろう。是非とも欲しい人材だ」
私がそう返事をすると、ユリシスは兵士たちに向けて声を上げる。
「誰でも構いません。この者を捕らえて本営まで運んで頂けませんか?」
それを聞いた数人の兵士がシュターフェンへ駆け寄り彼を拘束する。彼は抵抗することなく、静かに身を委ね、我が軍の本営へと連行されていった。
兵の命を守るため、我が軍最強のヴァイスと一騎打ちを挑んだシュターフェンの勇気には敬意を表する。しかし、戦場においては非情にならねばならない時もある。
「ヴァイス、残った敵騎兵を殲滅せよ。但し降伏を望むものはその限りではない」
我が軍は圧倒的に有利となりつつはあった、されど、まだ降伏する兵士が現れるほど決定的な状況でもない。将来に禍根を残さぬ為にも、敵騎兵は討たねばならぬ。私は苦渋の決断を迫られ、ヴァイスへ無慈悲な命を下さざるを得なかった。
命は下され、まさに第1騎兵隊が再び動き出そうとする直前、俄かに敵の本陣らしき方向が騒がしくなる。何か異変が起きたのか? いや、まさか! そう思案し始めた矢先、我が軍の本営を任せたリンハルトからの伝令が駆け込んできた。
「閣下、リンハルト様より伝令です。敵本陣の後背に我が軍の騎影あり! ヴァールハイト男爵家の旗も見えます。急ぎ本営へお戻りください」
伝令の報告に、私は思わず息を呑む。
ツェツィ……、ツェツィーリア!
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