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2章、聖なる花冠(ローゼンクランツ)へ…
40話、赤槍のヴァイス
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長弓兵を守るべく、馬車砦の隙間を埋め尽くす重装歩兵の壁はいまだ厚く、敵は突破口を見出せないでいた。彼らが身を挺して守る間も、アイリーン率いる長弓隊の矢は容赦なく敵に降り注ぎ、ワンベルク伯爵軍の兵力を着実に削っていく。
戦局は動かないまま、ただ兵士のみが削られるという。
敵が一番望まない形で戦場は膠着状態に陥り、長丁場の様相を呈し始めた。
敵はそんな膠着状態を打破しようと、前線へ虎の子の騎兵隊投入を決断したようだった。物見櫓から見た敵の動きだ、まずは間違いないだろう。馬車砦を迂回して側面から怒涛の勢いで突撃を敢行し、我が軍を抉る。敵の狙いはそんなところだろうな。
「リンハルト、アンネマリー、ここを頼む。すぐ戻る」
私はそう命じると、物見櫓の梯子を急いで駆け降りて、愛馬の元へと急いだ。そして我が腹心たる騎士の元へと向かうのだ。
「ヴァイス!」
私の呼びかけに、ヴァイスは即座に反応する。
「焦れた敵が勝負を仕掛けてくる。敵騎兵隊を迎え撃つぞ」
ヴァイスの顔に、わずかな笑みと戸惑いが浮かぶ。
それは強敵との戦いを前にした、騎士としての喜びを表す笑みと、もう一つの思いが起因となって表れた複雑な表情だった。
「それは良いのですが閣下……、なぜ馬でこちらへ?」
まぁ、そう聞いてくるだろうなとは思った。
「私も共に行き、戦うためだ。敵がそうであるように、我らにとってもここが決め時だと判断した」
だから、よくぞ聞いてくれたヴァイス。と用意していた答えを言う。
やや胸をそり、堂々と言い放つのだ。これが先ほどの不安顔に繋がる訳だ。
私の言葉にヴァイスは目を見開き、狼狽の色を隠せないでいた。
「ですが閣下、戦場はあまりにも危険です。ここは私にお任せください」
「戦場が危険など百も承知。私の事は守ってくれなくても良い。自分の身くらいは守れるようになったのだ。……まぁ、見てろ。この戦いで証明してみせる」
私は、ヴァイスの肩を軽く叩くと、降りた愛馬へ騎乗すべく再び向かった。
「ですが……」
「ヴァイス様、私の命に代えても閣下はお守りします。ですから、どうぞご存分に槍をお振るいください」
ヴァイスは、私とユリシスを交互に見て、ふぅと息を吐く。
のんびりと検討している時間は無い。こうしてる間にも敵騎兵は我らへ向けて進軍しているのだ。そんな刻一刻とせまる状況に、ヴァイスはとうとう観念したのだろうか、深く大きく息を吐いて我々へ答える。
「……ユリシス様かしこまりました。ですが閣下、決してご無理はなさらないでください」
そう言ってヴァイスは愛馬に跨る。
ローゼリア最強の騎士と謳われる男の背中は、頼もしく、そして大きかった。
いつの間にか、こんなにも大きくなっていた。
勇壮なる騎兵たちは、はやる気持ちを抑えるかのように、各々に愛馬の鬣を撫でる。空いた片手は手綱を強く握りしめ、今か今かと出陣の合図を待っていた。そこへローゼリア最強の騎士と謳われる男が立ち、声を上げるのだ。
「皆、聞いてくれ!」
騎兵たちは、一斉にヴァイスへと視線を向ける。
「今日は閣下が共に戦ってくださる。皆の武を見ていただく絶好の機会だ。共に励もう!」
ヴァイスの言葉に、私が参戦するという言葉に、場が熱く滾る。
自分たちの力を、ローゼリアの伯爵である自分に間近で示せるのだ。それは武を嗜むものとして、これ以上ない誉であり、機会である。
「うおおおおーっ!」
騎兵たちの雄叫びが、陣中に轟いた。
その声は皆を鼓舞し、心を奮い立たせる。
疲弊した重装歩兵たちや、アイリーン率いる長弓隊の闘志にも火を灯すだろう。
ヴァイスは、ちらりとこちらを伺う。
最後に一言どうぞ。そういう事だろう?
「ローゼリアの誉れ達よ。騎兵隊出るぞ!」
私の号令と共に、第一騎兵隊は一斉に動き出す。彼らの鎧は日輪の光を浴びて鈍色に輝き、まさに戦場を駆ける銀の奔流となり駆ける。
「見えた、あれが敵騎兵隊だ。皆の武を私に見せてくれ! 全軍突撃!」
鍛え上げられた戦馬の蹄が大地を蹴り、轟音と共に砂塵を巻き上げる。
そして私も槍を掲げて突き進むのだ。皆と共に戦える喜びに打ち震えながら。
──何度嘆いたか分かるまい。
かつてアレクスであった頃、来る日も来る日も一人必死になって汗をかき、涙を流して努力しても実らない日々が続いた。それは、守られる事しか出来なかった地獄の日々でもある。
幾度となく自らの無力さを呪ったさ。剣を握るその手は震え、仲間の背中を守ることすらも叶わなかった。己の不甲斐なさに何度絶望したことか。
「なぜ、僕はこんなにも弱いのか」
「どうして、この体はこんなにも弱いのだろう。なぜ、なぜ?」
夜空を見上げて、星々に問いかける日々。
神に祈りを捧げても、答えは返ってこない。武の神に愛されなかった僕の悲哀。
そして、あの不幸が訪れる。
弟であるアルザスと、その叔父であるヘルマンの裏切りにより沢山のモノを失ったあの日だ。奴らの非道に、私の心は烈火の如く燃え上がる。そんな心の片隅に、仄かに灯る真逆の思いがあった。
僕がもっと、ちゃんとしていれば、弟はああならずに済んだのでは? と。
魂に刻まれた今も残るアレクスの想い。悲しみ。悲嘆である。
あいつが、ああなってしまったのは、私たちのせいかもな……アレクス。
だが、もう違うぞ? 女神様の御力により戦う力を取り戻した私たちは、もうお荷物ではないのだから。
積年の苦しみを払うように、私は懸命に槍を振るい敵を討つ。
苦悩の日々を過ごした私のエクセリアは、中々のものなのか、今も順調に成長を続けていた。もはや並の兵や隊長程度には負けん。
そうして果敢に槍を振るっていると、時折ユリシスと視線が交錯する事に気づく。
彼女は黄金の髪を風になびかせながら、私の隣を駆けている。槍を振るっては敵兵を薙ぎ払うが、彼女の関心は常に私の安全へと配られているのだろう。
ユリシスの美しく輝く黄金の瞳には、主を守るという強い決意と、深い忠誠心が宿っているように見える。アレクシスもまた、ユリシスの戦いぶりを横目に確認し、信頼を込めた目で見返す。この二人の間にも、言葉には表せない絆が生まれ始めていた。
◇◇
ローゼリアの誇る騎兵隊と、ワンベルク伯爵家虎の子の騎兵隊は正面からぶつかった。その誇りと、武と、命を賭けてぶつかり合う。
先頭を征くヴァイスは、すれ違い様に敵騎兵を次々と薙ぎ払い、敵騎兵の隊列を真っ二つに分断して行く。
戦場を駆け抜ける、一筋の赤い光となって敵を割って行く。
レーヴァンツェーンとの決戦の時にも見せた現象だった。あの時もヴァイスはその身を仄かに赤く光らせて、戦場を一筋の赤光のように駆け抜けた。ツェツィーリアもそう、蒼く仄かに光る奔流となって敵前衛を切り裂いた。
武の数値が90を超えし者が、心身の充実が著しい時にだけ、彼らの持つ神力があのような光りを産むのではないだろうか? 何の根拠も無いただの憶測だったが、何となく自信があった。
行け、ヴァイス。我が槍よ、赤槍よ。
この世に二心なく、私欲に塗れぬ清き赤い光がある事を世に教えてやれ!
まるで我が願いが届いたかのようだった。
赤き光を身に纏うヴァイスが、愛馬を駆りながら槍を振るうたびに、敵騎兵はまるで藁人形のように薙ぎ倒されていく。その一撃一撃は、鍛え抜かれた肉体と磨き上げられた技術の賜物であり、そこにあの赤い光が合わさると圧倒的な破壊力を持つに至る。敵騎兵の鎧も盾も、ヴァイスの赤槍の前にはただ無力だった。
彼の槍さばきは、まるで舞踊のような優雅さを持ちながら、猛獣の牙のように鋭く、敵を容赦なく屠っていく。そんなヴァイスの進撃を阻むように、敵騎兵隊の将と思わしき男が、轟くような声で叫び、ヴァイスの前に立ちはだかった。
「これ以上はやらせん」
ヴァイスは静かに馬の脚を止めて向かい合う。そして槍を構え直すと、奇妙な事に二人の間に一瞬の静寂が訪れる。戦場で静寂が訪れるなどありえはしないが、そう思わせる程の何かがあった。
次の瞬間、互いの武器が激突する轟音と共に、一騎打ちが始まった。
二人の一騎打ちは、互いの誇りとそれぞれが率いる騎兵隊の面々の生死をも賭けた戦いでもある。劣勢である戦況を挽回すべく敵将は命を燃やして猛攻し、ヴァイスの鉄壁の守りを幾度か脅かす。
それに対して穿ち放たれたヴァイスの槍は、まるで閃光のように敵将の兜をかすめる。必死に交わして間一髪で死を免れたが、その衝撃で兜は地に落ち、頬に傷を負う。
「やるな!」
相対す男は、頬に流れる血をぬぐった後、咆哮とともに渾身の一撃を放つ。
迎え撃つヴァイスの槍は、まるで生きているかのように敵の渾身の一撃をいなして絡みつき、一瞬の隙を突いて男の脇腹を豪打で捉えた。衝撃でバランスを崩した敵将は愛馬から振り落とされ、地面に叩きつけられると勝敗はここに決した。
ヴァイスの槍によって馬から叩き落とされ、地面に膝をついている男の眼には幾何かの敗北感と、見事自分を打倒した男への敬意が浮かんでいるように見える。
「強いな……、良ければ名を教えてくれるか? 私はバルドウィン・シュターフェンと申す」
シュターフェンは、かすれた声で尋ねる。
その言葉には強者への敬意と、武を修めし者の誇りが込められていた。
ヴァイスは静かに槍を下ろすと、それに答える。
「我が名はヴァイス・ゼーレヴァルト。ローゼリア伯の敵全てを討つ者です」
勝者であるヴァイスの言葉は力強く、彼の揺るぎない忠誠心と決意を物語るようでいて、敗者は黙して語らず。シュターフェンは、ヴァイスの言葉にただ静かに頷くのみだった。
戦局は動かないまま、ただ兵士のみが削られるという。
敵が一番望まない形で戦場は膠着状態に陥り、長丁場の様相を呈し始めた。
敵はそんな膠着状態を打破しようと、前線へ虎の子の騎兵隊投入を決断したようだった。物見櫓から見た敵の動きだ、まずは間違いないだろう。馬車砦を迂回して側面から怒涛の勢いで突撃を敢行し、我が軍を抉る。敵の狙いはそんなところだろうな。
「リンハルト、アンネマリー、ここを頼む。すぐ戻る」
私はそう命じると、物見櫓の梯子を急いで駆け降りて、愛馬の元へと急いだ。そして我が腹心たる騎士の元へと向かうのだ。
「ヴァイス!」
私の呼びかけに、ヴァイスは即座に反応する。
「焦れた敵が勝負を仕掛けてくる。敵騎兵隊を迎え撃つぞ」
ヴァイスの顔に、わずかな笑みと戸惑いが浮かぶ。
それは強敵との戦いを前にした、騎士としての喜びを表す笑みと、もう一つの思いが起因となって表れた複雑な表情だった。
「それは良いのですが閣下……、なぜ馬でこちらへ?」
まぁ、そう聞いてくるだろうなとは思った。
「私も共に行き、戦うためだ。敵がそうであるように、我らにとってもここが決め時だと判断した」
だから、よくぞ聞いてくれたヴァイス。と用意していた答えを言う。
やや胸をそり、堂々と言い放つのだ。これが先ほどの不安顔に繋がる訳だ。
私の言葉にヴァイスは目を見開き、狼狽の色を隠せないでいた。
「ですが閣下、戦場はあまりにも危険です。ここは私にお任せください」
「戦場が危険など百も承知。私の事は守ってくれなくても良い。自分の身くらいは守れるようになったのだ。……まぁ、見てろ。この戦いで証明してみせる」
私は、ヴァイスの肩を軽く叩くと、降りた愛馬へ騎乗すべく再び向かった。
「ですが……」
「ヴァイス様、私の命に代えても閣下はお守りします。ですから、どうぞご存分に槍をお振るいください」
ヴァイスは、私とユリシスを交互に見て、ふぅと息を吐く。
のんびりと検討している時間は無い。こうしてる間にも敵騎兵は我らへ向けて進軍しているのだ。そんな刻一刻とせまる状況に、ヴァイスはとうとう観念したのだろうか、深く大きく息を吐いて我々へ答える。
「……ユリシス様かしこまりました。ですが閣下、決してご無理はなさらないでください」
そう言ってヴァイスは愛馬に跨る。
ローゼリア最強の騎士と謳われる男の背中は、頼もしく、そして大きかった。
いつの間にか、こんなにも大きくなっていた。
勇壮なる騎兵たちは、はやる気持ちを抑えるかのように、各々に愛馬の鬣を撫でる。空いた片手は手綱を強く握りしめ、今か今かと出陣の合図を待っていた。そこへローゼリア最強の騎士と謳われる男が立ち、声を上げるのだ。
「皆、聞いてくれ!」
騎兵たちは、一斉にヴァイスへと視線を向ける。
「今日は閣下が共に戦ってくださる。皆の武を見ていただく絶好の機会だ。共に励もう!」
ヴァイスの言葉に、私が参戦するという言葉に、場が熱く滾る。
自分たちの力を、ローゼリアの伯爵である自分に間近で示せるのだ。それは武を嗜むものとして、これ以上ない誉であり、機会である。
「うおおおおーっ!」
騎兵たちの雄叫びが、陣中に轟いた。
その声は皆を鼓舞し、心を奮い立たせる。
疲弊した重装歩兵たちや、アイリーン率いる長弓隊の闘志にも火を灯すだろう。
ヴァイスは、ちらりとこちらを伺う。
最後に一言どうぞ。そういう事だろう?
「ローゼリアの誉れ達よ。騎兵隊出るぞ!」
私の号令と共に、第一騎兵隊は一斉に動き出す。彼らの鎧は日輪の光を浴びて鈍色に輝き、まさに戦場を駆ける銀の奔流となり駆ける。
「見えた、あれが敵騎兵隊だ。皆の武を私に見せてくれ! 全軍突撃!」
鍛え上げられた戦馬の蹄が大地を蹴り、轟音と共に砂塵を巻き上げる。
そして私も槍を掲げて突き進むのだ。皆と共に戦える喜びに打ち震えながら。
──何度嘆いたか分かるまい。
かつてアレクスであった頃、来る日も来る日も一人必死になって汗をかき、涙を流して努力しても実らない日々が続いた。それは、守られる事しか出来なかった地獄の日々でもある。
幾度となく自らの無力さを呪ったさ。剣を握るその手は震え、仲間の背中を守ることすらも叶わなかった。己の不甲斐なさに何度絶望したことか。
「なぜ、僕はこんなにも弱いのか」
「どうして、この体はこんなにも弱いのだろう。なぜ、なぜ?」
夜空を見上げて、星々に問いかける日々。
神に祈りを捧げても、答えは返ってこない。武の神に愛されなかった僕の悲哀。
そして、あの不幸が訪れる。
弟であるアルザスと、その叔父であるヘルマンの裏切りにより沢山のモノを失ったあの日だ。奴らの非道に、私の心は烈火の如く燃え上がる。そんな心の片隅に、仄かに灯る真逆の思いがあった。
僕がもっと、ちゃんとしていれば、弟はああならずに済んだのでは? と。
魂に刻まれた今も残るアレクスの想い。悲しみ。悲嘆である。
あいつが、ああなってしまったのは、私たちのせいかもな……アレクス。
だが、もう違うぞ? 女神様の御力により戦う力を取り戻した私たちは、もうお荷物ではないのだから。
積年の苦しみを払うように、私は懸命に槍を振るい敵を討つ。
苦悩の日々を過ごした私のエクセリアは、中々のものなのか、今も順調に成長を続けていた。もはや並の兵や隊長程度には負けん。
そうして果敢に槍を振るっていると、時折ユリシスと視線が交錯する事に気づく。
彼女は黄金の髪を風になびかせながら、私の隣を駆けている。槍を振るっては敵兵を薙ぎ払うが、彼女の関心は常に私の安全へと配られているのだろう。
ユリシスの美しく輝く黄金の瞳には、主を守るという強い決意と、深い忠誠心が宿っているように見える。アレクシスもまた、ユリシスの戦いぶりを横目に確認し、信頼を込めた目で見返す。この二人の間にも、言葉には表せない絆が生まれ始めていた。
◇◇
ローゼリアの誇る騎兵隊と、ワンベルク伯爵家虎の子の騎兵隊は正面からぶつかった。その誇りと、武と、命を賭けてぶつかり合う。
先頭を征くヴァイスは、すれ違い様に敵騎兵を次々と薙ぎ払い、敵騎兵の隊列を真っ二つに分断して行く。
戦場を駆け抜ける、一筋の赤い光となって敵を割って行く。
レーヴァンツェーンとの決戦の時にも見せた現象だった。あの時もヴァイスはその身を仄かに赤く光らせて、戦場を一筋の赤光のように駆け抜けた。ツェツィーリアもそう、蒼く仄かに光る奔流となって敵前衛を切り裂いた。
武の数値が90を超えし者が、心身の充実が著しい時にだけ、彼らの持つ神力があのような光りを産むのではないだろうか? 何の根拠も無いただの憶測だったが、何となく自信があった。
行け、ヴァイス。我が槍よ、赤槍よ。
この世に二心なく、私欲に塗れぬ清き赤い光がある事を世に教えてやれ!
まるで我が願いが届いたかのようだった。
赤き光を身に纏うヴァイスが、愛馬を駆りながら槍を振るうたびに、敵騎兵はまるで藁人形のように薙ぎ倒されていく。その一撃一撃は、鍛え抜かれた肉体と磨き上げられた技術の賜物であり、そこにあの赤い光が合わさると圧倒的な破壊力を持つに至る。敵騎兵の鎧も盾も、ヴァイスの赤槍の前にはただ無力だった。
彼の槍さばきは、まるで舞踊のような優雅さを持ちながら、猛獣の牙のように鋭く、敵を容赦なく屠っていく。そんなヴァイスの進撃を阻むように、敵騎兵隊の将と思わしき男が、轟くような声で叫び、ヴァイスの前に立ちはだかった。
「これ以上はやらせん」
ヴァイスは静かに馬の脚を止めて向かい合う。そして槍を構え直すと、奇妙な事に二人の間に一瞬の静寂が訪れる。戦場で静寂が訪れるなどありえはしないが、そう思わせる程の何かがあった。
次の瞬間、互いの武器が激突する轟音と共に、一騎打ちが始まった。
二人の一騎打ちは、互いの誇りとそれぞれが率いる騎兵隊の面々の生死をも賭けた戦いでもある。劣勢である戦況を挽回すべく敵将は命を燃やして猛攻し、ヴァイスの鉄壁の守りを幾度か脅かす。
それに対して穿ち放たれたヴァイスの槍は、まるで閃光のように敵将の兜をかすめる。必死に交わして間一髪で死を免れたが、その衝撃で兜は地に落ち、頬に傷を負う。
「やるな!」
相対す男は、頬に流れる血をぬぐった後、咆哮とともに渾身の一撃を放つ。
迎え撃つヴァイスの槍は、まるで生きているかのように敵の渾身の一撃をいなして絡みつき、一瞬の隙を突いて男の脇腹を豪打で捉えた。衝撃でバランスを崩した敵将は愛馬から振り落とされ、地面に叩きつけられると勝敗はここに決した。
ヴァイスの槍によって馬から叩き落とされ、地面に膝をついている男の眼には幾何かの敗北感と、見事自分を打倒した男への敬意が浮かんでいるように見える。
「強いな……、良ければ名を教えてくれるか? 私はバルドウィン・シュターフェンと申す」
シュターフェンは、かすれた声で尋ねる。
その言葉には強者への敬意と、武を修めし者の誇りが込められていた。
ヴァイスは静かに槍を下ろすと、それに答える。
「我が名はヴァイス・ゼーレヴァルト。ローゼリア伯の敵全てを討つ者です」
勝者であるヴァイスの言葉は力強く、彼の揺るぎない忠誠心と決意を物語るようでいて、敗者は黙して語らず。シュターフェンは、ヴァイスの言葉にただ静かに頷くのみだった。
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