ローゼンクランツ王国再興記 〜前王朝の最高傑作が僕の内に宿る事を知る者は誰もいない〜

神崎水花

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1章、人が生きる世こそ地獄ではないか

22話、栄養状態不良、は?

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 ここ最近の私の日課は散歩だ。
 散歩と言っても、年寄りが健康のために朝晩行うような呑気な奴ではない。
 アンネマリーを毎日伴いつつ、時にはツェツィやユリシスを連れて、連日麦畑をひたすら巡行している。
 
 なぜかと? 麦畑を視て気づいたのだよ。
[麦畑、栄養状態:不良]
 領内の麦畑のほぼ全てが、なのだ。

 麦の栄養状態が悪い。
 これを知った私は、最初農家の不手際を疑った。
 すぐさま農家へ赴き、麦の育て方に悪い所はないか聞き出すも、そもそも麦を育てた事が無いのでわからない。半農半騎士のような身分であれば土を弄る事もあるだろうが、前世は王太子で今世は伯爵長子だぞ? 園芸さえも専属の庭師がおり、土を触る機会なぞそうそうない立場なのだ。
 農家から聴取した、麦の育て方に収穫までの道のりをアンネマリーに書面へと記載させて、後日各政務官に配布を行った。麦の育成方法に間違いがないか、調べさせたのだが結果はそうだったのだ……。
 
 代々麦を育んできた農家さえわからないようで、彼らが言うには、これがらしいのだ。解決策を探すべく、毎日麦畑を巡行しているが何の手掛かりもなくただ日のみが過ぎていく。
 農家の連中の言う通り『不良か、やや不良』が普通なのだろうか? 
 人間でさえ栄養状態の良し悪しの差は見てわかるのだ、麦にだってあっておかしくはないだろう。麦の栄養ってやっぱり土だよなぁ……? 土に何かが足りないのではないか? あーさっぱりわからん!
 そもそも、我が領地は麦に向いていませんでした。とかないよな? それは悲惨すぎる。せめてそうでない事を祈ろう。
 
 馬の乗り換えをすべく、赴いた厩舎の近くに座りやすそうな大きな石があったので、そこへ腰を下ろし休息をとる事にした。その様子を見たアンネマリーが水筒から茶を淹れてくれたのでそれを一緒に飲む。
「せっかくの旨い茶もここではな……」
「少し匂いますね」
 アンネマリーが申し訳なさそうにしているが、これは仕方がない。ここで石に腰を落とした我らが悪い。厩舎の近くには馬の糞が積まれおり、離れていてもそれらが匂うのだ。

 積まれた糞の山に草が生える光景に、よくもまぁあんなところにまで生えるものだと感心していると。
[ノコギリソウ、状態:良好、栄養状態:良好]
 と表示される。されてしまう。
「は? うそだろ?」
 思わず声を出してしまい、それに気づいたアンネマリーがこちらを伺う。
 こいつは参ったな、さてどうしようか。
「どうかされましたか?」
「きゃっ」
 彼女の肩を抱き寄せて、口元を見られないよう逆の手で隠しながら、耳元で話を続ける。
「アンネマリー、汚い話ですまないがあそこに積まれた糞があるだろう?」
「ひゃ、ひゃい……」
 む、こそばかったか? 頬どころか顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうにしているが、糞の話を人に聞かれてはまずい。やむを得ない我慢してくれ。
「あの積まれた糞の山に、草がいっぱい生えているのがわかるか?」
「はい……って、まさか?」
「そのまさかだよ。栄養状態『良好』だ」
「えー……、嘘ぉー」
 先ほどの赤い顔はどこへやら、糞の山をみて呆けた表情になるアンネマリー。
「……」
「…………」
 2人の間に長い沈黙が訪れる。
 わかる、わかるぞアンネマリー。
 相手は糞の山だ、どう調べろと言うのだ。途方に暮れるよな?

「で、では、こういうのは如何ですか? 牛舎、厩舎、鶏舎を訪れ、どの、ふ、糞が良いかまずは視ませんか?」
「む、たしかにそうだな。どの糞が最も当たりか調べて損はないか」
「当たりのふ、糞って……」
「どうでも良くないがどうでもいいよな、わかるよ」
「「はぁ」」
 自然とため息がでる二人であった。
 
↓ 糞を求め巡行中のアンネマリー挿絵です ↓


 それからはアンネマリーと2人で、各地の牛舎、厩舎、鶏舎などを廻り、糞の状況を調べてまわった。
「気のせいかな? なんか体が匂う気がしてきたよ……」
「私もです……」
「とりあえず分かったのは、牛舎と厩舎は当たりだな。牛糞は栄養が多く、馬糞は土がふかふかになるそうだ」
「で、ここからが肝心なのだが、どうも新鮮な糞はダメなようだぞ」
「新鮮な糞、ですか」
「珍しくアンネマリーが突っかかるな」
「だ、だってさっきから、糞ばっかりじゃないですかーーーー」
「しょうがないだろ……、もし領内の麦が全部『良』になったらどうなると思う? 動物なら脂が乗り、可食部も増えるだろ、麦であれば粒が大きくなるか量が増すと思わないか? 耕作面積は変わらず、収穫量のみ増えるとなれば民の暮らしに大いに役立ち、軍糧の備蓄にも良い影響を与えるだろう。これは将来のためだ」
「わかりますけどぉ……」
 彼女には申し訳ないが糞の話を続けさせてもらう。
「神眼によるとこのくなった状態の糞が良いらしいぞ、これが堆肥とか言うものらしい。よく見ておけよ」
 
「……」
 ちらっとこちらを見るアンネマリー。
「まさか?」
 やっぱ彼女は頭の回転が速いな、こちらの意図をもう察したようだ。
「嫌がってるのに……!、乙女を長きに渡り、糞まみれにするなんてアレクシス様は鬼です。オニクシス様だ!」
 アンネマリーがいまだかつてない程拗ねる。
 この時からしばらく彼女に『オニクシス』と呼ばれる事になるのだった……。

 厩舎や牛舎巡りを終えて屋敷に戻った我々が目指すは、そう風呂だ!
 道中でも述べたが、どうにも体が臭く感じて仕方がないし、朝から晩まで各舎の糞巡りをした内の数か所は、前日の雨でぬかるんでおり泥まみれであった。考えたくはないが服や靴にも多少のアレが付いているに決まっている。
 
 うーん、この状態の糞と泥まみれの彼女をそのまま使用人用の風呂へ行かせるのは皆に申し訳ないな……。
「アンネマリー、一緒に風呂に入ろう」
「ええっ??」
「違う、そういう意味じゃないぞ? その汚れっぷりで使用人風呂はさすがにまずいだろ? これから大勢が入るんだぞ?」
「かといって我々が別に入るのもなぁ、後に回る方は何かやだろ……一緒に入って湯を張りなおして貰うのが一番良いと思わんか? 前みたいに湯浴み着を着て入れば問題ないだろ?」
 彼女はメイドの頃、湯浴み着を着てよく私を洗ってくれていたから問題ないはずだ。

「オニクシス様と入るのは良いのですが、私は……元はメイドですし、よろしいのでしょうか?」
「私が良いと言ってるのだ。というかまだその呼び方か?」
 メイドのエマを呼び、彼女と私の着替えを用意させ浴場へと入る。
「先に綺麗にしてから浸かったほうが良さそうです」
「……、確かにそうだな」
 風呂に入りたすぎてうっかりしていたが、彼女の言う通りだ。お互いに身を綺麗にした上で湯に浸かるべきだよな。
「よし、とにかく洗おう! 私は向こうを向いて洗うから、アンネマリーは逆を向いて洗いなさい」
「は、はぃ」
 湯浴み着を着たままでは洗いづらいに違いない。
 向こうを向いてやるのが紳士のマナーだな。
 頭から始まり足の先へと順に洗い、厩舎巡りで付着した汚れを綺麗に落としていく。やっと風呂に浸かれるぞと喜び勇んで振り変えると、アンネマリーの後ろ姿が目に飛び込んでしまう。彼女が後ろで洗っていたのを忘れていたのだ。
 
 湯浴み着をはだけさせ洗う彼女から垣間見える、白く柔らかな素肌に付着するたくさんの白い泡、その泡に隠れるように浮かび上がる美しくなだらかな曲線、右手を大きく上げて洗うその先に、白い泡で大部分を隠された大きな乳房の曲線が見え隠れしている。
 初めて見た女体の美しさに危うく魅せられそうになり、慌てて元の姿勢に戻る。いくら領主とは言え、嫁入り前の女性の洗い姿をマジマジと見るものではない。
 まいったなぁ。風呂から洗い場は丸見えだし、彼女が洗い終わるまでは行けないな……、仕方がないもう1度洗うか。
 
 しかし、女性の裸体が魅せる曲線があんなに美しいとは思わなかったな。
 胸に関しては、アンネマリーが一番大きいんじゃないだろうか?
 不埒な事で頭がいっぱいになるのは彼の生涯で初の事だった。
 でも仕方あるまい! 私だって年頃の男なのだ、これくらいは考えるさ。

 アンネマリーが洗い終わったのを確認してから湯に浸かる。
「「ふぅ」」
「風呂は最高だな」
「気持ちいいです」
 目を瞑り、全身で湯を堪能する。
 会話は不要なほど心地よい。
 
 風呂を色々な意味で堪能したあと、我々は執務室へと移動する。
 そこでアンネマリーが入れてくれた茶を楽しんでいた。
「アンネマリー」
「はい」
「先ほどの件だが、何処かの麦畑を借り上げて、堆肥と土の混ぜ具合を少ないものから多いものへと何通りか調べてくれないか? 麦畑の場所も広さも君に任せるしホーリーを君の下に付ける。政務官も何人かそれ専属で使ってくれていい」
「わかりました」
 あれ? 今度は素直だな。

「アレクシス様ごめんなさい」
「ん? なぜ?」
「拗ねてしまいお気を使わせてしまいました。ここ連日アレクシス様に付き従い麦畑を回る日々でしたが、今も変わらず夜の勉強を頑張っています。それはお役に立ちたいからです」
「ああ、知っているよ」
 言葉を続ける前に、アンネマリーがにこりと微笑んだ。
「麦畑の件は精一杯やってみます。ですが1つお願いがあります」
「なんだい? 言ってごらん?」
「ローゼリア家の旗と、アレクシス様からの命令であるとわかるものをお貸し願えますか? 私は……元はメイドですから、言う事を聞いて頂けない方もおられるかもしれません」
「なるほど、わかった。では馬に付ける旗と我が家門入りの剣を渡そう。護身の事もある、腰に差しておき必要な時は見せると良い」
「ありがとうございます」

 話は終わったはずなのに、ただじっと私を見つめるアンネマリー。
 まだ何かあるのだろうか?
「あの……、さっき見ました?」
「え? 何を?」
「洗ってる時です! もう」
「…………、悪気はなかったんだ、その、少しだけ……」
「もう! アレクシス様の好色! 色好き!」
「ぶっ」
 彼女の言い草につい作法を忘れ、思わず茶を吹き出してしまう。
「ちょ、好色はないだろ、ちょっと見ただけじゃないか」
 今日はオニクシスだの好色だの散々だな、やれやれ。
 
 妹のような存在だとずっと思っていたアンネマリー。彼女の裸体の美しさに、彼が一瞬魅入られそうになっていた事をアンネマリーが知ればどう思っただろうか、彼女が彼の心の変化を知ることはまだない。
 
 ◇◇
 
 レーヴァンツェーンとの和平交渉がなってから、およそ1カ月と半程の時が過ぎた頃、帝国で最大の力を持つ摂政ゲーベンドルフ公爵がついに起った。
 帝国摂政ゲーベンドルフ公爵がゲルドリッツ大公を討つべしと軍を興すと、その一報は瞬く間に帝国全土へ知れ渡り、思いもよらぬ連鎖を生むこととなる。

 帝国のあちこちで貴族同士の衝突が始まったのだ。
 旧ローゼンヌの西隣にある、サンクトレーゼン子爵家もその影響を受けた家の1つと言えよう。彼らもこの騒動に同調するよう軍を起こし、西隣のアデナウアー子爵領へ攻め入ったのだ。領土的野心を持つ家にとって絶好の機会が訪れたのだ。
 先のアデン男爵家とハーゲ子爵家に、レーヴァンツェーン男爵家。これに併せサンクトレーゼン子爵家に公爵家と大公家、帝国東部のワンベルク伯爵家までもが兵をあげたそうだ。
 
 ここから先は闇の時代、力の無いものは倒される世が始まったのだ。
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