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1章、人が生きる世こそ地獄ではないか
18話、涙の再開
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全身を強く打ち付けられた私は、あろうことか馬と大地の狭間に片足を挟まれ動けないでいた。必死に足を抜こうと藻掻くも、馬は重くてびくともしないし、無理に動かせば挟まれた脚に激痛が走る。
そんな私を守るために皆が死んでいく。
「私を置いて逃げなさい!」
嘘偽りない本心だった。
「皆お願い、逃げて! 生きてぇ」
彼女の魂の叫びである。
しかし誰一人として逃げない、逃げてくれないの、なぜ? どうして?
圧倒的な破壊力と推進力で、不利をものともせず戦ってきたツェツィーリアの兵だったが、足が止まってしまえば所詮寡兵である。
おまけに敵の美姫が動けずに倒れているのだ、目の前に例の金貨400枚がいるのだから敵も必死であった。
味方が次々と討たれ地へと沈んでいく、ツェツィーリアの眼前で失われ、消えゆく沢山の命たち、戦争が終わり帰路に着けば皆それぞれが良き父、良き夫、良き息子だったに違いないのだ。
共に駆けてきたラウラやミヒャエル隊の皆も、私を助けようと必死になって槍を振るい、押し寄せる無数の敵を食い止めていた。
死力を尽くし懸命に槍を振るうも、敵に囲まれ、死角から切られてしまうラウラが見えた。もう辛くて見ていられない、私が皆の足枷になっている。
──覚悟を決める時が来たのだと、ツェツィーリアは悟った。
沢山の兵達が領地や民を、家を、そして最後に私を守るために死んでいった。
私の番がやって来ただけ。
『お母さま、ごめんなさい』
今は亡き、母の形見の短刀にそっと手を掛けたその時、馬の嗎と同時にヘイゼル隊が彼女の元へ駆けつける。
「姫様! ご無事ですか?」
ヘイゼル隊の皆が一斉に馬から飛び降りる。
「ヘイゼル! 無事よ、私の事はもういいの」
あぁ、ヘイゼルありがとう。本当にありがとう。
私が居なくなった後の事はお願いします。どうか、少しでも皆を助けてあげて。
「私の旅はここで終わりです。貴方たちは皆を率いて今すぐ脱出を、どうか少しでも……」
本当に良いところへ来てくれた。私はすかさず皆を率いて逃げるよう彼に命じる。
皆の命を彼に託したい。
「ああ、よかった」
心の底からホッとしたような顔をみせ、馬を降り集まるヘイゼル隊の面々。
「いいか皆、力を合わせて馬を持ち上げるぞ、お前は姫を引っ張り出せ、いいな?」
「「「おう」」」
「死ぬ気であげろ! せーの!」
ヘイゼル隊の皆が、馬を持ち上げようと一斉に力を込めたその時。
「ぐふっ」
ボタボタと私の顔に冷たい何かがかかる。手で触るとそれは真っ赤な鮮血だった。
目をやると、ヘイゼルの腹部から槍の先端が突き出ていた。
「ヘイゼル!!!」
戦場で無防備に背を晒す皆の背を、無情にも敵の刃が襲う。
ドスドスっと嫌な音と共に、ヘイゼル隊の隊員達にも槍が刺さっていた。
「もうやめて! お願い逃げて!」
誰も私の言うことを聞いてくれない。ねえ、どうして?
「まだだ、まだ死ぬなよ? 死ぬなら持ち上げてから死ね!」
「「「うおおおおおおお」」」
足にかかっていた馬の重さが一瞬軽くなり、その時を逃がすまいと私の体は引きずり出される。ヘイゼルと彼の仲間が足を痛めた私を倒れた隊員の馬に乗せ、最後に槍を持たせてこう言った。
「姫様、さらばです。必ず生きてください」
口を血で濡らしながら、いつぞやの夜中の別れの際と同じ笑顔を見せる。
こんな時なんて返せばいいの? どう答えてあげればいいの?
「ヘイゼル……、ヘイゼル隊のみんな……」
誰に命ぜられるでなく、彼らは自分達の信念に基づき行動する。
「皆、聞けッ! 姫様は無事だ! 姫様を頼んだぞ!」
周りに向けて、あらん限りの声でヘイゼルが叫ぶ、私の無事を叫ぶ。
「ヘイゼル隊、付いてこいッ!」
私の返事すら待たず、私や供廻りの皆が逃げる時間を稼ごうとヘイゼル隊が敵に向かって突撃を敢行する。
死への突撃だった。槍で突かれようと、斬られようと倒れない。
「ツェツィーリア様! ヘイゼル達の思いを無駄にしてはいけません!」
悲壮な顔でラウラが叫ぶ。
「私が切り開きます。ついて来てください」
彼女もまた私の返事を待たず、血だらけの体で先頭に立ち駆ける。
私はただ後ろをついて行くだけで精一杯だった。
だって涙で霞んで、前がよく見えないの……。
皆のお陰で私はここにいる。
命を賭け敵の接近を阻んでくれた兵士達。
私を救い、逃げる時間を稼ぐために命を散らせてしまったヘイゼル隊のみんな。
死した皆の想いを紡ごうと、道を切り開くため血まみれの体に鞭を打ち先導してくれたラウラやミヒャエル隊。
皆のお陰で私はここにいます。自軍の陣まで戻ることが出来ました。
でもね? もし、戦いに敗れ私が死んだら、みなはどう思うだろう。
何のために死んだの?
私をわずか数刻生かすためだけに、貴方達は死を選んだの?
それは、命を賭してくれた皆にあまりにも申し訳ない結末だった。
勝ちたい、死にたくない、死ねない!
そんなツェツィーリアの願いを、嘲笑うかの様に敵はその圧を強めていく。
敵は前線を広く厚く展開し攻勢をかけてくる。それに対する我が軍は広くも、あまりにも薄かった。
先ほどの突撃失敗で大勢の兵を失い、もはや一切の余剰戦力すらない我が軍は、崩壊を食い止めようと援軍を求む、前線指揮官の声にすら答える事ができないでいた。
前線に援兵を送ることすら叶わず、ただすり減らされていくのみ。
ここが好機と見た敵が、勝負を決めに最後の一手を打つ。
敵本陣に配されていた歩兵200余りが、前線を右回りに迂回し、背後にいるお父様の本営を襲わんと戦場を駆け出したのだ。前線は既に限界ギリギリで踏みとどまっており、いつ崩壊が始まってもおかしくない。
後ろに向かわせる余力はただの一兵も無い。皆無だった。
前線を大きく迂回した敵部隊が、わずか50しかいない父の本営へ向けて怒涛の進撃を見せる。
「お父様ぁ!」
↓ 挿絵です。父がいる本営に援兵すら送ることが出来ないツェツィーリア ↓
たまらず叫ぶツェツィーリア。
お互いの前衛同士が激しくぶつかり、父のいる本営ごと今まさに敵の濁流に飲み込まれようするその刹那、どこからともなく現れた謎の騎兵隊が、敵側面へ巨大な楔のように突き刺さり敵を蹂躙していく。
◆◆
公爵の後ろ盾を得たアデン・ハーゲ両軍は、その醜い牙を突如ローゼンヌに突き立て襲いかかった。
報によればローゼンヌは奇襲により領都ローリエを失い、我が領都すぐ近くのブルーメで最後の決戦に及んでおり、滅亡の危機に瀕していると言うではないか!
父も母も失ったアレクシスにとってローゼンヌの2人は、この世に残された最後の親族である。
そして捕虜として捉えていたアウグストから、公爵の使者がレーヴァンツェーンへ度々訪れていた事も判明した。
帝国南部に領を持つ大公や、黄金の麦穂平野の西半分を領する帝家と事を構えるには、長年に亘り力を蓄えた北方が邪魔である。持てる戦力のその全てを南と西に向けたい公爵家の思惑により北方は扇動され、ローゼリアもローゼンヌもそれにしてやられたのだ。
「ローゼンヌを救う、決して公爵の思い通りにはさせん!」
ローゼリア伯アレクシスは、対レーヴァンツェーン用に増強を推し進めていた軍勢2000のうち1200を率い領都ローゼンハーフェンを出立した。
斥候を大量に放ち戦局を把握したアレクシスは、まずは窮地に陥ったローゼンヌ本営を救うべく騎兵隊500を率い先行する。敵に見つからぬようブルーメの街影をうまく利用して進み、今まさにローゼンヌ軍の本営に襲い掛からんとする、敵部隊の側面に狙いを定めた。
「私欲の為に他家を蹂躙する者どもに遠慮なぞいらん。新生ローゼリア軍の強さを見せてやれ、突撃ー!」
彼の号令のもと騎兵隊が一斉に突撃を開始した、轟音とともに地を駆ける馬の蹄の音が鳴り響き大地が震えている。
ローゼリア騎兵大隊500のうち、左翼の200を率いるはローゼリア最強の騎士ヴァイス・ゼーレヴァルト。
女神の加護により、戦う力を取り戻したアレクシスが中央で本隊100を率い、ユリシスが黄金に輝く髪をたなびかせ供に武器を振るう。
右翼の200は共に育った4騎士の兄貴分的存在、オスヴァルト・ノイマイスターが率いていた。
敵陣の横腹に突入したローゼリア騎兵大隊は良将に良く統率され、3本の巨大な槍となり敵の真っ只中を無人の野を行くが如く突き進む。
ローゼリア騎兵大隊に散々に打ち破られ、混乱の極みに達した敵は散り散りとなり敗走して行った。
◆◆
敵の側面に突き刺さった謎の騎兵隊は、武を志す者であれば誰しもが見惚れる程の、強烈な突進力と破壊力を持って敵陣を突き破り、アデン・ハーゲ連合軍の決めの一手であった部隊を見事粉砕した。
敵歩兵隊を壊滅に追いやった謎の騎兵隊は、敵は未だ状況が掴めず混乱の渦中にあると見るや、遅れてやってきた主力部隊と思しき歩兵大隊と鮮やかな連動を見せ、4本の青い濁流となりて我が軍と対峙していた敵前衛の右から、左から、後背へとまるで獰猛な獣の牙の様にアデン・ハーゲ連合軍に突き刺ささり噛み砕いていく。
謎の援軍到来により持ち直した我が軍は、援軍によりズタズタに引き裂かれていく敵前衛への圧力を強め押し返していく。
援軍らしき騎兵隊が、ツェツィーリアの眼前に布陣する敵前衛の中程を一陣の風の様に突き抜けていった。ツェツィーリア率いるローゼンヌ軍に勝るとも劣らない突破力を見せる援兵が、誇らしげに掲げる青い旗に目を奪われる。
その旗を目にした瞬間、彼女の空っぽになりつつあった胸奥が暖かいもので満たされていく。ツェツィーリアは歓喜と感動に身を震わせた。
「ローゼリア?」
「ローゼリアが、助けに来てくれたの?」
ここまで、帝国摂政である公爵や子飼いの2家に逆らってまで、自分達に救いの手を差し伸べてくれる者など誰もおらず、奮戦し敵に大損害を与えるも小勢の私達はその数を減らされ、擦り切れ、終にはこの世から消えようとしていた。
昨晩は我が身の今後を考えるも希望が持てず涙してしまい、心の中の6年前の少年に救いを求めるほどに追い込まれていた彼女。
そこに颯爽と現れる青い薔薇の旗、元を辿れば同じ祖に行き着く似た姓を持つふたつの家は、旗も実に似ており同じような柄の青と水色。
もう1つの青薔薇が、我々の窮地を救いに駆けつけてくれたのだ。
「援軍が、ローゼリア軍が、敵前衛の中程に突撃をかけています」
「敵の最前列は孤立した様なもの! 今こそ押し返すのです!」
ツェツィーリアは再び立ち上がる。
青薔薇が戦場で放つ輝きに、倒れ朽ちようとしていた水色の薔薇が息を吹き返す。
息を吹き返した水色の薔薇と、中程を縦横無尽に駆ける青の薔薇に挟撃されたアデン・ハーゲ両軍は、軍の体裁が保てないほどズタズタにされてしまい戦線は急速に崩壊していく。
最早立て直しも叶わず、と判断した敵本陣は退却のラッパを鳴らし戦場からの離脱を図る。
ローゼリア騎兵隊による残兵の掃討が行われ、アデン男爵軍との戦闘開始から延べ7日間に及んだ激戦は本日ここに終結した。
父ツァハリアスが控える本営にてローゼンヌ軍とローゼリア軍が合流し、2人は久方ぶりの再会を果たす。
久しぶりに再会したあの男の子は、まるで別人のように成長していた。
新帝の即位パーティで会った頃は大人しく、柔らかい印象しかなかった彼が、今では自信に満ちた表情を浮かべている。
6年の歳月を埋めるよう、1歩1歩すすむ2人。
目の前で見たアレクスは、いつの間にか背を抜かされ、力強い眼差しと精悍な顔立ちに別人と見紛うほどに成長していた。
「ツェツィ知ってるか?」
なんのことだろう?
彼の質問の意図がわからないツェツィーリアは、首を傾げつつも突然の愛称呼びに戸惑う。子供同士仲良くなるのは簡単だ、6年前、少し話しただけの男の子は父様を真似て「ツェツィ」と呼んでいた事を思い出し、懐かしさに胸が温かくなる。
「青薔薇の花言葉は奇跡だ」
そう、まさに青薔薇の奇跡が私たちを救ってくれた。
「まだ間に合うと信じていた、生きていてくれて本当によかった。ありがとう」
アレクスのその言葉を聞いた瞬間、私は思わず彼の胸元に飛び込み泣いてしまう。
堰を切ったように涙が停めどなく溢れて止まらない。
「大変な時にごめんなさい」
「叔父様や叔母様を失ったばかりなのに……ごめんなさい」
「お父様を助けてくれてありがとう」
「絶対に、絶対に死ねなかったの……」
うわーん。
大泣きする彼女をそっと包むように抱きしめ、頭を撫でるアレクシス。
間に合って本当によかった。
↓ 挿絵です。号泣するツェツィーリア ↓
初めての出陣に拘らず、負けられない戦いの数々に大勢の味方の死。
彼女にのし掛かる様々な重圧から解放されたツェツィーリアは、只の女の子に戻ってしまったかのように泣いている。
人目も憚らず大泣きする娘を見て、ツァハリアスは愛情豊かな表情で2人をただ見守るのであった。
そんな私を守るために皆が死んでいく。
「私を置いて逃げなさい!」
嘘偽りない本心だった。
「皆お願い、逃げて! 生きてぇ」
彼女の魂の叫びである。
しかし誰一人として逃げない、逃げてくれないの、なぜ? どうして?
圧倒的な破壊力と推進力で、不利をものともせず戦ってきたツェツィーリアの兵だったが、足が止まってしまえば所詮寡兵である。
おまけに敵の美姫が動けずに倒れているのだ、目の前に例の金貨400枚がいるのだから敵も必死であった。
味方が次々と討たれ地へと沈んでいく、ツェツィーリアの眼前で失われ、消えゆく沢山の命たち、戦争が終わり帰路に着けば皆それぞれが良き父、良き夫、良き息子だったに違いないのだ。
共に駆けてきたラウラやミヒャエル隊の皆も、私を助けようと必死になって槍を振るい、押し寄せる無数の敵を食い止めていた。
死力を尽くし懸命に槍を振るうも、敵に囲まれ、死角から切られてしまうラウラが見えた。もう辛くて見ていられない、私が皆の足枷になっている。
──覚悟を決める時が来たのだと、ツェツィーリアは悟った。
沢山の兵達が領地や民を、家を、そして最後に私を守るために死んでいった。
私の番がやって来ただけ。
『お母さま、ごめんなさい』
今は亡き、母の形見の短刀にそっと手を掛けたその時、馬の嗎と同時にヘイゼル隊が彼女の元へ駆けつける。
「姫様! ご無事ですか?」
ヘイゼル隊の皆が一斉に馬から飛び降りる。
「ヘイゼル! 無事よ、私の事はもういいの」
あぁ、ヘイゼルありがとう。本当にありがとう。
私が居なくなった後の事はお願いします。どうか、少しでも皆を助けてあげて。
「私の旅はここで終わりです。貴方たちは皆を率いて今すぐ脱出を、どうか少しでも……」
本当に良いところへ来てくれた。私はすかさず皆を率いて逃げるよう彼に命じる。
皆の命を彼に託したい。
「ああ、よかった」
心の底からホッとしたような顔をみせ、馬を降り集まるヘイゼル隊の面々。
「いいか皆、力を合わせて馬を持ち上げるぞ、お前は姫を引っ張り出せ、いいな?」
「「「おう」」」
「死ぬ気であげろ! せーの!」
ヘイゼル隊の皆が、馬を持ち上げようと一斉に力を込めたその時。
「ぐふっ」
ボタボタと私の顔に冷たい何かがかかる。手で触るとそれは真っ赤な鮮血だった。
目をやると、ヘイゼルの腹部から槍の先端が突き出ていた。
「ヘイゼル!!!」
戦場で無防備に背を晒す皆の背を、無情にも敵の刃が襲う。
ドスドスっと嫌な音と共に、ヘイゼル隊の隊員達にも槍が刺さっていた。
「もうやめて! お願い逃げて!」
誰も私の言うことを聞いてくれない。ねえ、どうして?
「まだだ、まだ死ぬなよ? 死ぬなら持ち上げてから死ね!」
「「「うおおおおおおお」」」
足にかかっていた馬の重さが一瞬軽くなり、その時を逃がすまいと私の体は引きずり出される。ヘイゼルと彼の仲間が足を痛めた私を倒れた隊員の馬に乗せ、最後に槍を持たせてこう言った。
「姫様、さらばです。必ず生きてください」
口を血で濡らしながら、いつぞやの夜中の別れの際と同じ笑顔を見せる。
こんな時なんて返せばいいの? どう答えてあげればいいの?
「ヘイゼル……、ヘイゼル隊のみんな……」
誰に命ぜられるでなく、彼らは自分達の信念に基づき行動する。
「皆、聞けッ! 姫様は無事だ! 姫様を頼んだぞ!」
周りに向けて、あらん限りの声でヘイゼルが叫ぶ、私の無事を叫ぶ。
「ヘイゼル隊、付いてこいッ!」
私の返事すら待たず、私や供廻りの皆が逃げる時間を稼ごうとヘイゼル隊が敵に向かって突撃を敢行する。
死への突撃だった。槍で突かれようと、斬られようと倒れない。
「ツェツィーリア様! ヘイゼル達の思いを無駄にしてはいけません!」
悲壮な顔でラウラが叫ぶ。
「私が切り開きます。ついて来てください」
彼女もまた私の返事を待たず、血だらけの体で先頭に立ち駆ける。
私はただ後ろをついて行くだけで精一杯だった。
だって涙で霞んで、前がよく見えないの……。
皆のお陰で私はここにいる。
命を賭け敵の接近を阻んでくれた兵士達。
私を救い、逃げる時間を稼ぐために命を散らせてしまったヘイゼル隊のみんな。
死した皆の想いを紡ごうと、道を切り開くため血まみれの体に鞭を打ち先導してくれたラウラやミヒャエル隊。
皆のお陰で私はここにいます。自軍の陣まで戻ることが出来ました。
でもね? もし、戦いに敗れ私が死んだら、みなはどう思うだろう。
何のために死んだの?
私をわずか数刻生かすためだけに、貴方達は死を選んだの?
それは、命を賭してくれた皆にあまりにも申し訳ない結末だった。
勝ちたい、死にたくない、死ねない!
そんなツェツィーリアの願いを、嘲笑うかの様に敵はその圧を強めていく。
敵は前線を広く厚く展開し攻勢をかけてくる。それに対する我が軍は広くも、あまりにも薄かった。
先ほどの突撃失敗で大勢の兵を失い、もはや一切の余剰戦力すらない我が軍は、崩壊を食い止めようと援軍を求む、前線指揮官の声にすら答える事ができないでいた。
前線に援兵を送ることすら叶わず、ただすり減らされていくのみ。
ここが好機と見た敵が、勝負を決めに最後の一手を打つ。
敵本陣に配されていた歩兵200余りが、前線を右回りに迂回し、背後にいるお父様の本営を襲わんと戦場を駆け出したのだ。前線は既に限界ギリギリで踏みとどまっており、いつ崩壊が始まってもおかしくない。
後ろに向かわせる余力はただの一兵も無い。皆無だった。
前線を大きく迂回した敵部隊が、わずか50しかいない父の本営へ向けて怒涛の進撃を見せる。
「お父様ぁ!」
↓ 挿絵です。父がいる本営に援兵すら送ることが出来ないツェツィーリア ↓
たまらず叫ぶツェツィーリア。
お互いの前衛同士が激しくぶつかり、父のいる本営ごと今まさに敵の濁流に飲み込まれようするその刹那、どこからともなく現れた謎の騎兵隊が、敵側面へ巨大な楔のように突き刺さり敵を蹂躙していく。
◆◆
公爵の後ろ盾を得たアデン・ハーゲ両軍は、その醜い牙を突如ローゼンヌに突き立て襲いかかった。
報によればローゼンヌは奇襲により領都ローリエを失い、我が領都すぐ近くのブルーメで最後の決戦に及んでおり、滅亡の危機に瀕していると言うではないか!
父も母も失ったアレクシスにとってローゼンヌの2人は、この世に残された最後の親族である。
そして捕虜として捉えていたアウグストから、公爵の使者がレーヴァンツェーンへ度々訪れていた事も判明した。
帝国南部に領を持つ大公や、黄金の麦穂平野の西半分を領する帝家と事を構えるには、長年に亘り力を蓄えた北方が邪魔である。持てる戦力のその全てを南と西に向けたい公爵家の思惑により北方は扇動され、ローゼリアもローゼンヌもそれにしてやられたのだ。
「ローゼンヌを救う、決して公爵の思い通りにはさせん!」
ローゼリア伯アレクシスは、対レーヴァンツェーン用に増強を推し進めていた軍勢2000のうち1200を率い領都ローゼンハーフェンを出立した。
斥候を大量に放ち戦局を把握したアレクシスは、まずは窮地に陥ったローゼンヌ本営を救うべく騎兵隊500を率い先行する。敵に見つからぬようブルーメの街影をうまく利用して進み、今まさにローゼンヌ軍の本営に襲い掛からんとする、敵部隊の側面に狙いを定めた。
「私欲の為に他家を蹂躙する者どもに遠慮なぞいらん。新生ローゼリア軍の強さを見せてやれ、突撃ー!」
彼の号令のもと騎兵隊が一斉に突撃を開始した、轟音とともに地を駆ける馬の蹄の音が鳴り響き大地が震えている。
ローゼリア騎兵大隊500のうち、左翼の200を率いるはローゼリア最強の騎士ヴァイス・ゼーレヴァルト。
女神の加護により、戦う力を取り戻したアレクシスが中央で本隊100を率い、ユリシスが黄金に輝く髪をたなびかせ供に武器を振るう。
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敵陣の横腹に突入したローゼリア騎兵大隊は良将に良く統率され、3本の巨大な槍となり敵の真っ只中を無人の野を行くが如く突き進む。
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◆◆
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敵歩兵隊を壊滅に追いやった謎の騎兵隊は、敵は未だ状況が掴めず混乱の渦中にあると見るや、遅れてやってきた主力部隊と思しき歩兵大隊と鮮やかな連動を見せ、4本の青い濁流となりて我が軍と対峙していた敵前衛の右から、左から、後背へとまるで獰猛な獣の牙の様にアデン・ハーゲ連合軍に突き刺ささり噛み砕いていく。
謎の援軍到来により持ち直した我が軍は、援軍によりズタズタに引き裂かれていく敵前衛への圧力を強め押し返していく。
援軍らしき騎兵隊が、ツェツィーリアの眼前に布陣する敵前衛の中程を一陣の風の様に突き抜けていった。ツェツィーリア率いるローゼンヌ軍に勝るとも劣らない突破力を見せる援兵が、誇らしげに掲げる青い旗に目を奪われる。
その旗を目にした瞬間、彼女の空っぽになりつつあった胸奥が暖かいもので満たされていく。ツェツィーリアは歓喜と感動に身を震わせた。
「ローゼリア?」
「ローゼリアが、助けに来てくれたの?」
ここまで、帝国摂政である公爵や子飼いの2家に逆らってまで、自分達に救いの手を差し伸べてくれる者など誰もおらず、奮戦し敵に大損害を与えるも小勢の私達はその数を減らされ、擦り切れ、終にはこの世から消えようとしていた。
昨晩は我が身の今後を考えるも希望が持てず涙してしまい、心の中の6年前の少年に救いを求めるほどに追い込まれていた彼女。
そこに颯爽と現れる青い薔薇の旗、元を辿れば同じ祖に行き着く似た姓を持つふたつの家は、旗も実に似ており同じような柄の青と水色。
もう1つの青薔薇が、我々の窮地を救いに駆けつけてくれたのだ。
「援軍が、ローゼリア軍が、敵前衛の中程に突撃をかけています」
「敵の最前列は孤立した様なもの! 今こそ押し返すのです!」
ツェツィーリアは再び立ち上がる。
青薔薇が戦場で放つ輝きに、倒れ朽ちようとしていた水色の薔薇が息を吹き返す。
息を吹き返した水色の薔薇と、中程を縦横無尽に駆ける青の薔薇に挟撃されたアデン・ハーゲ両軍は、軍の体裁が保てないほどズタズタにされてしまい戦線は急速に崩壊していく。
最早立て直しも叶わず、と判断した敵本陣は退却のラッパを鳴らし戦場からの離脱を図る。
ローゼリア騎兵隊による残兵の掃討が行われ、アデン男爵軍との戦闘開始から延べ7日間に及んだ激戦は本日ここに終結した。
父ツァハリアスが控える本営にてローゼンヌ軍とローゼリア軍が合流し、2人は久方ぶりの再会を果たす。
久しぶりに再会したあの男の子は、まるで別人のように成長していた。
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6年の歳月を埋めるよう、1歩1歩すすむ2人。
目の前で見たアレクスは、いつの間にか背を抜かされ、力強い眼差しと精悍な顔立ちに別人と見紛うほどに成長していた。
「ツェツィ知ってるか?」
なんのことだろう?
彼の質問の意図がわからないツェツィーリアは、首を傾げつつも突然の愛称呼びに戸惑う。子供同士仲良くなるのは簡単だ、6年前、少し話しただけの男の子は父様を真似て「ツェツィ」と呼んでいた事を思い出し、懐かしさに胸が温かくなる。
「青薔薇の花言葉は奇跡だ」
そう、まさに青薔薇の奇跡が私たちを救ってくれた。
「まだ間に合うと信じていた、生きていてくれて本当によかった。ありがとう」
アレクスのその言葉を聞いた瞬間、私は思わず彼の胸元に飛び込み泣いてしまう。
堰を切ったように涙が停めどなく溢れて止まらない。
「大変な時にごめんなさい」
「叔父様や叔母様を失ったばかりなのに……ごめんなさい」
「お父様を助けてくれてありがとう」
「絶対に、絶対に死ねなかったの……」
うわーん。
大泣きする彼女をそっと包むように抱きしめ、頭を撫でるアレクシス。
間に合って本当によかった。
↓ 挿絵です。号泣するツェツィーリア ↓
初めての出陣に拘らず、負けられない戦いの数々に大勢の味方の死。
彼女にのし掛かる様々な重圧から解放されたツェツィーリアは、只の女の子に戻ってしまったかのように泣いている。
人目も憚らず大泣きする娘を見て、ツァハリアスは愛情豊かな表情で2人をただ見守るのであった。
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死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
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