君を愛さず、君に恋する

clover

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1章

3話 早起きは三文の徳

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   「で、あのね、あのね! 今日話したいことがあったんだよー」
   「うん、知ってる。昨日のメールみたし……」
   「あ、見たんだね。……ていうことは夜更かししていたのかなー?」
   「勉強してた」
   「ふーん、つまらないことするなあ」

   ……わたし、なにしてるの……?

   とりあえず、状況の確認しよう。

   今、わたしは自分の部屋の自分のベットで寝ていて、うつ伏せで右の頬に痛みがある。腰の辺りに重みがあって、おそらくその主はこの子……高橋彩音だ。そして、今は朝。カーテンの隙間から光が零れ落ちている。

   ……

   なに、このサプライズ。一体全体だれに得があるっていうの?

   「りり、そろそろ起きないと、ちこくするよ?」
   「遅刻…… では、その体をどけてくれると助かるんですが……」

   彩音は、あっ、とすっとぼけたような返事をしてわたしの背中から離れる。

   「ごめんごめん、りり全然起きないから乗っかってたら起きるかなって」

   起きる……どころか窒息しそうになったんだけど。目は覚めたけれど、寝起きすぎて怒る気にもなれない。できればこのままあったかい布団に身をゆだねたい……

   「りーりー、寝てるの? せっかくおこしに来たのに、寝ないでよー」

   なんか、必死に呼びかける音がするけれど、どんどん声が遠のいていく。ぼやぼやした頭にはいい子守歌だ。

   眠気を誘う子守唄が薄れていく……

  でも、なんでだろう……

  わたしの意識は遠のいてくれない。

   しばらくたっても、上手く寝付けない。彩音が何もしてこなくなったのも気になった。

  うっすらと重い瞼を開けてみる。

  「んっ……!」

   なにこの硬いもの……
   指……? 彩音の指って、こんなに冷たくて、固かったけ……?

   わたしの頬から顔全体を駆け巡ったそれは、すぐにはなれていって、くすぐったかった感覚も静かになった。

  それと引換に彩音のよし! と喜々とした声が聞こえてくる。

   勝手に多忙になる彩音はなにやら満足気だ。

   その顔を見てわたしもホッと息を吐く。
   なにせやっとゆっくり寝れるのだから。




   「おきろーよー!!」

   ビクッと体が反応した。

   わたしは昨日の勉強でいつも以上に眠い。だからもう少し寝かしてもらってもいいじゃない────と思うんだけど。

   「しょーがないなー」

   彩音はふふふーん、といった口ぶりでそう言う。どうやらわたしの気持ちが伝わったよう……ではなく、布団が奪われた。

   布団が奪われても眠れる、なんて強がりも出ないほど、冷たい空気がわたしの幸福感を吹き飛ばす。

   しかし、その寒さは瞬く間に幸福感に戻る。……というより、安心感だ。布団がわたしを包んでくれる。


   ────嫌な予感がした。それも身の毛がよだつような、気持ち悪い感じ……

   彩音の声があった方に寝返りをうってみると、なにかの障害物に引っかかった。体を翻してそれを見てみると、やはり、彩音の姿があった。
   彩音は目を瞑ったまま少し嬉しそうに笑っている。これで起きない人がいないはずない、と言わんばかりの笑みだ。

   ここで起きてしまえばこの子の思惑通り……

   べつにここで起きてしまっても、大してなにかが変わるわけでも無かったけれど……

   「じゃあ、一緒に寝ようか、彩音」

   声を作って男らしく、弄るように言ってみる。

   彩音の反応を伺っていると、わたしの期待していたことが起きてしまった。
   彩音は少しずつ驚いたように顔を赤らめていって、俯いた頭を縦に動かす。まるで……まるで────いや、そんなはずが無い。あれはもう、無いのだから。


   わたしの言動で事態がさらにややこしい方向に寄っていく。

   「あの、ごめん。嘘だから早く学校に────」

   これ以上、この子のペースにならないようわたしにとって弁解は必要不可欠だった。
   しかし、この子はもう、そんなことを聞いていなかった。
   いいや、聞いていなかったというより、この状況になにより夢中になってしまっていた。
   だからこそ、弁解することがどれだけ無意味なことか、今思い知らされた。


   ────唇に、違和感を感じた。


   目を開けても視界がボヤついている。さっきまで見ていた彩音がこんなに近くにある。距離が近すぎてぼやけてしまったカメラみたいだ。
   口になにかが引っ付いている。しつこいけど、柔らかくてほんのちょっとだけ、息が詰まる。鼻で息をしようとするも、上手くできそうにない。
   いい匂いがする。制汗剤かな。とても女の子らしくて、懐かしい香り。
   ちょうど胸部に小さな手がある。わたしの服をぎゅっと握っている。可愛くて小さな女の子の手。
  わたしの腕を境に、彩音の鼓動が感じられる。激しく波を打っている。今にもはち切れそう。
  
   ────わたしの心臓も、うるさく脳を支配した。

   そっと唇の感触が薄くがなり、そこにあったのはたしかに彩音の顔だった。
  目をとろんとさせて彩音は再び小さな笑みを浮かべる。 

   「おはようのちゅー……ごめんね、びっくりした……?」

   ────そうだった。

   忘れていた、彩音の危うさを。考えられていなかった。彩音の純潔すぎる気持ちを。

   たまに、こういったことがある。
   なぜかを分かりたくはないけれど、彩音の欲は人一倍強くて、純心だ。彼女自身は乙女でありたい、恋をしてみたい、って思ってると言っていたけど、本当の理由はもっと違うところにある。

   しかし、そんなことを考える余裕を今もっていなかった。わたしの鼓動が鳴り止まない。唇を離してからもっと、胸のバクバクが止まってくれない。これ以上……感じていたくない。

   「朝から何するのよ……」

   少しでも紛らわそうと彩音を攻めてみる。……やっぱり止まない。
  むしろわたしの発言から彩音がもう一度吐息を近づけてきた。

   ────また、キスをした。

   事実よりも体が過剰に反応する。なのに、こうしている方が不思議と鼓動が落ち着いてくれる。

   彩音の体を通じて、2人の鼓動と唇から零れる吐息がこの空間に溶け込んでいく。

   体から汗が出て、彩音の制汗剤の香りも濃くなって、彩音を抱きしめたくなって。

   そっと背中に手をおこうとした時、彩音の姿が小さくなった。
   また……いいえ、さっき以上に彩音の目が蕩けている。多分、わたしの目も。

   ────もっと感じていたい。

   彩音のその目を見ていると、ふとそんな感情が湧いてきた。

   それまでうるさく感じて鼓動も、だんだん心地よくなってきた。

   はぁ、はぁ、と零れていく彩音の息がわたしを暖かく包容する。その中で、彩音は自分の唇を自分の手の甲で抑えながらいう。

   「ご、ごめん……調子乗っちゃった、かも……ねねがあんなこと言うから……」

   わたしのいうこと成すことは彩音の感情に拍車がかかってしまっていたようで、それでもこのムードを終わらせたくないわたしの思いもある。彩音のことを好きになれない気待ちも、両立している。

   ……調子に乗っても、彩音は好きを言葉にしない。
   どうして?

   多分、わたしのせいなんだろうな……わたしが全ての現況で、なにをするにしてもわたしの自分勝手で矛盾した本能と理性が最悪なんだろう。

   大好きだったわたし、ごめんなさい。


   「ごめん、そろそろ準備しよう」

   わたしがそう言うと、彩音はベッドから足だけを下ろして、再び寝転がった。

   このまま同じベッドに寝てしまってはこれ以上のことをしてしまう……

   わたしはベッドから降りて、クローゼットのある方へ歩く。その途中、着替えとか彩音のいる前でやるなんて心臓が破裂してしまう……! なんて考えながら。

   クローゼットの中からスクールバッグを手に取って、机に散らばった教科書類をしまう。チラッ、チラッと彩音の方を見ると、ぼんやりとした表情になっていた。さっきのとろんとした目とは段違いだ。

   ……荷物の整理が終わってしまった。

   あとは朝ごはんと着替えしかやることが無い。こういう時、化粧でもする時間があれば、この空気から逃げ切ることが出来たのになあ……

  「話したいことなんだけどさ」
  
   不意に飛んできたそのワードはわたしの不安定な脳内を強く刺激した。

   昨日のメールで彩音が言っていた言葉。そう言えばさっきもそんなことを言っていた気がする。今とは正反対なおもむきで……

   「わたし、好きな人ができたかもしれない」

   ……なんとなく、予想はしていた。

  彩音の真剣なおもむきと後ろめたさを感じる言動でなんとなくそう思っていた。

   「その子を見ていると、わたしの知らない色んな仕草やわたしの知ってる可愛い仕草がわたしを幸せにしてくれるの……」

   語り出した彩音の言葉には、たくさんの感情と止むことを知らない幸せが溢れて止まらない、と言っているようでもあった。言葉に言い表せないなにかが、とてももどかしい。伝えたいけど秘めてもいたい。そんな彩音の世界が見え隠れしていた。

   「……いきなり、こんなこと言ってごめんね。さっきあんなことしたのに」

   わたしとキスをした。

   優しくて暖かくて、温もりが感じられたキス。

   その後に告白があった。……けれど、わたしに対してではない。

   ……だから、ごめんなさい。


   彩音はそう言った。

   人を好きになる感情があるのに、性欲を抑えられなかった。それゆえに好きな人への罪悪感が留まらない。自分に嘘をついてしまった。自分が情けない。本当は今までとなにも変われなかった。変わっていなかった。こんな自分は嫌い。大嫌い。死んでしまえばいい。死んで無くなって、ぜんぶ消えてなくなってしまえばいいのに……でも、こんなに自分をせめても、やっぱりなにも変わらない。

  
   ……気づいた頃には、手元に何も無かった。


   わたしの儚い体験。それが、彩音の話を引鉄に自分に語りかけられた。

   大好きなわたしの少ない思い出。


   「ごめんね、本当にごめん……」

   それを最後に彩音はむくりと起き上がり、その話を辞めるかのように、外で待ってるよ、と言った。その言葉はわたしの脳内にへばりついたようだった。

   そうして、登校時刻を1時間も余裕がある中、身支度だけですんなりと1時間は過ぎ去っていった。
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