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4-2 鬼人カガン
しおりを挟むあたしのやることは決まっている。
秦野先生が“狩る者達”と繋がってるとすると、彼らに何か変化がない方がおかしい。
おそらく変化はもっと奥地の方で起きている筈。だったら調べるほかはない。
あたしはハタに状況を説明した。
「俺も行きたいが却って足引っ張るだろうしなぁ・・でも、一人はやめてくれよ。危険すぎる」
うん、ハタは武闘派じゃないからね。しばらくお別れになるのは寂しいけど。
旅支度をしてムーを二頭連れ、取りあえずはルシュ神殿に向かった。
危険なのでアムネさんは連れて行かない。半泣きになっていたけど、前のこともあるから一人で追いかけてくる事はないと思う。
連れて行く者は少なくとも“狩る者達”と対等の腕じゃないと却って邪魔になる。
あたしの見る所、ルシュ神殿の傭兵の中でも三人くらいしか居ない。
傭兵隊長アガムキノはその三人で了承してくれた。
山向こうでは飢饉状態だろうから食料の調達は望めない。ムーに目一杯食料と水を積んだ。
あたしは傭兵と同じ装いにした。その方が目立たないからね。
山向こうに行くため谷に差し掛かると、見張り役の何人かが身を現して手を振った。
警戒は十分だな。身の隠し方も心得ているみたいだ。
山向こうに入ると、できるだけ夜移動するようにした。昼間は茂みに隠れて休みを取る。
火は使わないようにした。神使の力で湯を沸かし、干し肉や団子は煮るだけにする。
土地は荒れている。
空っぽの集落には雑草が生い茂り、濠は崩れて水は涸れかかっていた。
耕作地だった空き地も雑草で覆われていた。
獲物は前に来たときより少ない。ムーに食料を積んできて良かった。
放棄されたルシュ神殿はあちこち破壊され、略奪の後が痛々しい。
“狩る者達”のテント村は前より少ない。略奪する相手が少なくなっているし、獲物も乏しいからね。
集落を引き上げたのは結果的に焦土作戦を実行したのと同じになったみたい。
ニーヴァ神殿は無事だったけど、何となく寂れた感じがする。
奥へ進むに連れ森は少なくなり、草地や荒れ地の割合が増えてきた。川が少なく乾燥気味になっているからだと思う。水探しに苦労するようになってきた。体を洗えないのはちょっとつらいな。
一度、“狩る者達”十人ほどにみつかり戦闘になった。傭兵達は良く頑張ったと思う。あの脳筋ゴリラ体格の男達一人ずつ渡り合って軽い怪我で済んだんだ。
あたしは残り七人を引き受けた。水の少ない土地なので例のスプラッタは止めにした。剣だけで戦ったのでちょっと手間取ったかな。連中があたしを取り囲んでも跳躍して後ろを取る。で、バサッと三人。後は踏み込んで一人、二人。残りの連中は焦って剣を振り回すので却って隙だらけ。一突き、二突き。それでおしまい。傭兵達と戦ってた奴らは動揺して逃げ腰になり、結局やられてしまった。
仲間に知らされるとまずいので、ごめん、生かしておく訳にはいかなかったんだよ。
奥に進むに連れ、何か違和感を感じるようになった。
なんだろ・・・
以前見かけた“狩る者達”は集団同士で戦っていた。その様子が無いんだ。
たまたま、二つの集団が鉢合わせしたのを見かけたので、茂みに隠れて覗った。
お互いに大声でわめき合っていたのが、そのうち片方がきびすを返して引き上げた。
あれ?様子が違う。
テント村を発見したとき、以前と決定的に違う場面に行き当たった。
家畜が居る!
十数棟のテント棟に囲まれて大きさが山羊くらいの丸々太った獣たちが枯れ草を食べていた。
百頭以上は居るだろう。
テントの間には見張り役らしい男が槍を持って立っている。
“狩る者達”じゃなく“飼う者達”になっちゃってるよ!
それから更に三日ほど探索を続けた。
もう間違いない。
彼らは狩りもしながら家畜を飼う。集団毎にテリトリーを持っていて、それが犯されない限り戦わない。
交易をしている気配もある。ムーを飼っているテント村もあった。
“狩る者達”をこれだけ変えたのはおそらく秦野先生と繋がった誰か?
あたしは探索を打ち切ることにした。
山脈に向かって帰路についたあたし達は何日かして小さな川に行き当たった。
近くの茂みを野営地に決め、傭兵達とムーを残し、あたしは水浴びに行くことにした。何日も水浴びをしていないのでとても気持ち悪い。できるだけ目立たない場所を探し、まず顔を洗った。
そして顔を上げたあたしの心臓が凍り付いた。
向こう岸に居る男がかがんでこちらを見ている。若い。
装束は神官服に似ているが毛皮を羽織っている。
額に角!
しばらくどちらも固まった。
と、男は跳躍して軽々と川を飛び越え、あたしの側に降り立った。いつの間にか剣を握っている。
「お前は誰だ?」剣を突きつけて言う。
こいつは敵だ!
瞬間、そう判断したあたしは野営地の反対方向へ川沿いに駆けだした。
あたしの足は速い筈なのに男は追いすがってくる。さっきの跳躍といいやっぱりこいつは鬼人族だ。
追いつかれそうになったあたしは川の水で大量の霧を発生させ、その中に紛れる。
霧は川からあふれ出し両岸の森をみるみる覆い尽くした。
霧の中をジグザグに走りながら考えた。
――初めて出会ったあたしと同じ種族。色々話をしたかった。
――でもあれが“狩る者達”の仲間だったら?あたしたちの敵だったら?
考えはぐるぐる廻るだけ。それでも充分迂回した経路で野営地にたどり着いた。
「ミクル様、遅かったじゃ無いですか」
「敵に出会った。すぐここを立つよ。急いで!」
「おう!」三人は手早く支度を済ませる。
鬼人であれば油断はできない。日夜を徹しての強行軍になった。
幸い追いつかれる事はなく、何日かの旅で無事山脈を越え、ルシュ神殿に帰り着いた。
まずは湯殿で体を洗う。これでほっと一息。傭兵の服からあたしのいつもの着物に替える。
食事の支度ができていたので食べながら祭司長と傭兵隊長アガムキノに状況を報告。
「家畜ですか」驚く祭司長。
「すると集落は襲わなくなるかもな」
「何とも言えないわ。家畜の数からすると十分と言えないようだし、獲物は少ないし」
「集団同士争わなくなったのは驚異かもしれませんな。共同で攻めてこられると手強い」
「谷を越えられると手に余るかもしれん」
「鬼人がいたわ」
「何ですと!」祭司長とアガムキノがハモった。
「あいつ、多分あたしより強い。神使の力を使ってもどうだかかもしれない」
「うーむ」二人とも考え込んでしまった。
「でも良い方に変わるかも知れない。あの変化の鍵になる人に依るけどね。様子を見ようよ。」
「俺はもう少し作戦を見直すよ。ニーヴァの神殿に行ってくる」
「わしは神ルシュのお力が借りられないか巫女と相談しますわ」
ふと気づいたので一応伝えておく。
「キノ祭司長、料理美味しくなったわね。里とあまり変わらないわ」
「さようですか!料理番が喜びます」祭司長は相好を崩した。
さて、もうここの用事は済んだ。早くハタに会いたい!帰ろう。
ヌー二匹を連れて里に向かった。探索はもうこれで当分無い。
これからはハタとずっと一緒だ。気分ルンルンで歩いていたら――
「よう」背中から声をかけられた。
あたしは一瞬で前に飛ぶ。びっくりしたなーもう。
振り返るとあの鬼人の男が腰に手を当てて突っ立っていた。
「そう驚くなよ。足跡を辿るのは狩りの基本だろ?」
「何の用?」気配が全然分からなかった。警戒レベルマックス。
「あんな所で何をしてた?神使ミクルさんよ」調べたな、あたしのこと。
「あー、ちょっとお散歩かな。てへっ」逃げられそうもないのでおとぼけモード。
「面白い性格してるな、お前」苦笑いしてる。
「良く言われる。でもあたしを口説くんだったらだめよ。もういい人居るから」
はぐらかしのつもりだったのに
「他にも鬼人が居るのか?」咳き込んで聞いてきた。
後を付けながらあたしのことは調べたみたいだけど、そこまでは知らなかったんだね。
「居ないよ。あたしのいい人は普通に人族。あんたの所には居るの?」
「居ねえ。じゃ俺とお前だけか」
しばらくお互いに無言で見合ってた。
悪意は感じられない。ちょっと肩を落としたように見えた。
「お茶入れるから座んない?」あたしの声で男は気を取り直したみたい。
「お、おう」と言って座り込む。
二つの壺に水と乾燥した香草を入れ、沸騰させる。良い香りのハーブティー出来上がり。
「これもお前の力か?」熱々の壺を渡すと男は訝しげに聞いてきた。
「あたしは神使。神ルシュから風と水を操る力を授けられてる」
「川で急に霧が出てきたのもそれか?」
「ピンポーン。で、そろそろ名前くらいは教えてよ」
「カガン。ニーヴァ神殿の警護兵だ。また聞くが、シムリの鬼人が何をしていた?」
「偵察よ。山向こうがきな臭いので調べに行ってたの」
「無茶なことをするなあ。奥地は落ち着いてきたが山際は殺し合いの真っ最中だぞ」
「何であたしを付けて来たか聞いて良い?」
「お前が鬼人だからだ。妙な力を使うし、捕らえるのは無理っぽかったからな」
あたしが一人になるのを狙ってたんだね。うーん、隙が無い。逃げるの無理か。
「ご謙遜。もう捕まってるし。で、あたしが鬼人だから何?」
「鬼人の情報が欲しかった。ミクルはなぜシムリに居る?」
「あたしは小さい頃掠われて奴隷にされた。その後ルシュ神殿に売られて神使にされた。だから鬼人族の事はよく分からない。あたしも知りたいと思ってるんだ」
「情報無しか。掠われた時のことを覚えているか?」
「襲われて大勢殺されてた」やっぱり、これ思い出すのきつい。
カガンも辛そうな顔をした。
「大虐殺の時か・・・」
「カガンもその時掠われたの?」
「いや、俺は生き残りと奥地に逃げた。だが森の中で火を付けられた。馬鹿な奴らさ。奴ら、火を消すこと考えてなかったんだな。大火災で奥地の森は全滅だよ。仲間の内、生きてたのは俺だけで、気が付いたらニーヴァの神殿にいた。神ニーヴァの気まぐれで助かったらしい。それからニーヴァ神殿で育てられた」
やっぱり、ニーヴァ神殿の巫女と神官達は何か知ってて隠してる。
「自業自得ってのかな、焼き出された連中が山側の残った森に殺到して獲物が足りなくなってきた。
これが近頃の騒ぎのきっかけさ」
「あたし家畜を見たわ。“狩る者達”って家畜は飼わないんじゃなかった?」
「あれは俺が始めたのさ。ニーヴァ神殿も奉納が減って困り切ってたんだよ。で、大人しそうな獣の子を集めて育てたんだ。神ニーヴァへのささやかな恩返しさ。そいつが広まったんだろうね。奥地の焼けた森の跡は草原になったが、獲物が少なくても何とかやっていけるようにはなったらしい」
「“狩る者達”はシムリを攻めるつもりかしら?」
「“狩る者達”ったってバラバラだからな。俺には分からん」
「カガンはこれからどうするの?」
「そうだな、一旦戻らないとお小言食らっちゃうしな」
「あたしを捕まえてく?」
カガンはじーっとあたしを見てしばらく考える。
「いや、止めとこう。たいして情報持ってねーようだし、それにしちゃ厄介そうだし。そうだな、ミクルの里ってのを見せてくれ。土産話くらいは持って帰りたい」
「良いよ」それくらいで済むなら。こんな奴とバトりたくない。
「お帰り、ミクル様――?」
里へ戻ると案の定、皆がカガンを訝しそうに見た。わらわら駆け寄って遠巻きにする。
「ただいま、皆。あ、これニーヴァ神殿のカガン。あたしと同じ鬼人だけどよろしくね」
「鬼人だ――」
「ミクル様だけじゃなかったんだ――」
口々に囁き合う中、あたしはカガンと一緒にハタの待つ棟に入る。
あたし、思い切りハタに飛びつく。久しぶりのハタだ!んー、やっぱり良いわー。
「おかえり。ただいまくらいは言いなさいよ、ミクル。で、そちらの方は?」
「ニーヴァ神殿のカガン。これ、あたしのいい人、ハタ」見せつけてやる。どうだ?
「やっぱりお前、面白い性格してるよ。ま、よろしくな、ハタ」カガン、顔逸らしてる。
「こちらこそよろしく、カガン。で、どういう経緯かな?」ハタ、動じないな。そういうとこ好き。
「山向こうで出会ってね、色々情報交換したんだけど、ここを見たいって言うから」
そこへアムネさんが入ってきた。
「ミクル様、お帰りなさい――おや、あなたはニーヴァ神殿の神官?」さすが巫女、一目で分かった。
「神官じゃなく、専属の警護兵だけどね。あんたは神ルシュの巫女かな」カガンも詳しい。
「アムネと申します。お見知りおきを」
「この人、カガン。そうだ取りあえずお風呂にしよ?」まずは旅の汚れ落とし。
「風呂?」カガンが首を傾げる。
「ハタ、案内してあげてよ。アムネさん、一緒に入ろう」
「詳しい話はその後だね」そう言ってハタも腰を上げた。
「あたしとショータが繋がってるって事、絶対に悟られないで」
お湯につかりながら、小声でアムネさんに囁く。
「山向こうの誰かと繋がってる人が居るの。それが誰かは分からない。安全だと確認できるまでは秘密よ」
「承知しました」真面目な顔で頷く。
「あと、カガンの案内、頼めるかしら?色々見たいだろうから」
「私がですか?」あれ、不満そうだな。
「しばらくハタと一緒に居たいんだもん。神殿関係者なら適任だと思うし。良いでしょ?」
「仕方ないですね・・」長ーい溜息のアムネさん。
風呂から上がると食事の支度が出来ていた。ハタとマクセンも同席する。
一口、料理を食べたカガンはやっぱり他の人たちと同じ反応をする。
「温泉にも驚いたが、この料理は・・うーむ」
「このお酒、料理に合うよ」あたしはそう言ってお酌をしてあげる。
一口飲んで、カガンは思いっきりむせた。うふふ、驚け。
「きつい酒だな。しかしうまい」
「ここでしか飲めないお酒よ。味わって」
「これも神使の力か?」
「まさか。蒸留の技術よ。ここにはそういうのが得意な職人がいるの。他にも色々居るから明日はゆっくり見ていって。アムネさんが案内するわ」
その後はあたしの探索報告になった。カガンも聞いているけど、神殿関係者なので良しとする。
カガンからも奥地の情報を色々聞き出す。隠すでもなく質問に答えてくれる。
「家畜の話なんだけど、本当にあんたの考え?」ちょっと疑問に思ったので尋ねてみた。
「ちっ。そう来たか。ま、実を言うともっと奥の神殿にいる巫女にやって見ろと言われたんだ。だが初めてやったのは俺だぞ。どの獣が良いか見つけたのも俺だしな」あー、はいはい。
そのうち、暗くなってきたので灯りをつける。
「油を使ってるのか?」またカガンが驚く。
「うん。油がたっぷり採れる植物を見つけてくれた人が居るの。うちは逸材揃いよ」
「明日が怖くなってきた・・」
二人きりになるとハタがあたしをじっと見つめた。
「良いのか?」
「えっ?何が?」
「カガンはキミと同じ鬼人だ」
しばらくハタの言ってる意味が分かんなかった。
「あ、え?もしかしてあたしがカガンと、とか思ってる?」
ハタは黙ってあたしを見続けている。なんか辛そう。
「ハタ」あたしは両手でハタの頬をはさんだ。
「初めて会ったとき、お団子食べさせてくれたよね。旅の時もずっと一緒だった。色々教えてくれた。いつも優しくしてくれた。ハタがいつも側に居た。神殿でお別れしたとき、あたし分かったの。ハタと一緒の時が一番幸せなんだって。他の人なんか考えられない」
あれ、なんか涙が出てきちゃった。
「すまん、ミクル。考えすぎだった。俺も同じだ」ハタはあたしの涙を拭ってそっと抱いてくれた。
「カガンは大虐殺のとき、同じ村にいたらしいの。あたし小さかったから皆のこと良く覚えてない。だからカガンは肉親かも知れない。そういう意味で親近感はあるわ。でも、それ以外の気持ちは絶対無い。もうあんな事言わないで」
翌日は一日中ハタと一緒に引きこもった。えへへっ。
と言っても夕方にはアムネさん、カガンと合流して食事にしたんだけどね。
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