帝国の魔女

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第二十二話 帝都惑乱

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その時、カーサ母様から携帯端末に呼び出しがかかった。
『あなた達、すぐ館に戻りなさい。王宮の様子がおかしい』
王宮?
そっちの方を見ると、何筋か細い煙が立ちのぼっている。
急いで引き返してしばらく歩くと、人々がわらわらと駆けてくるのが見えた。
「王国軍だ!」
「帰還兵に紛れて入り込んだんだ!」
あたしシャニは素早くあたしリーアの記憶を辿る。

あたしシャニが出かけてしばらくした頃、屋敷の門前で騒ぎが起きた。
空間把握で状況を探ってみる。
数人の男女が大勢の男に囲まれて剣を交えている。
一人は見覚えがあった。絹を金貨一千五百枚で落札したセララ第二皇妃。
「カーサイレ奥様、セララ皇妃が襲われているようです。どうしますか?」
カーサ母様が瞬時も迷わず、剣を取って外へ飛び出す。あたしリーアも後を追う。

門前の通りでセララ皇妃一行は帝国軍の兵士達に囲まれ、剣で必死に防戦している。三人ほどが道路の血だまりに伏せている。
「私はカーサイレ・マンレオタ。我が屋敷の前で何をしている?」
カーサ母様が大音声で問いかける。一瞬、剣戟が止まった。
その隙にセララ皇妃一行を結界で囲む。
「カーサイレ殿か。キャムレン第三皇子が謀反を起こした。助力願えまいか?」
豪華な衣装のあちこちに血痕の染みを浮かばせながら、気丈な声で呼びかける。自らも戦ったのだろう。手に持つ剣から血が滴る。
「セララ妃殿下。委細は屋敷内でお聞きしましょう。こちらへ」
カーサ母様が手招きして門の中に招き入れる。
兵達が一斉に剣で切りつけて来るが、結界に阻まれて届かない。
「屋敷に結界を張れ」
カーサ母様が手近の侍従に指示する。侍従は転ぶように屋敷に入り、やがて強力な結界が屋敷を包んだ。

皇妃一行は傷だらけだったので、急遽、イワーニャ母様を空間魔法で転移する。
突然、目の前に現れたイワーニャ母様に、セララ皇妃は目を見開く。
「セララ妃殿下、お久しぶりです」
「うむ。イワーニャ殿も息災で何よりじゃ。それにしても面妖な現れようじゃな」
「これなるリーアの魔法でございます」
「話には聞いていたが、見事な物じゃ。敵軍もさぞや肝を冷やしたであろう」
そして呵々大笑する。この人、何かと豪快な気性みたいだ。
「まずは傷を癒やしましょう。詳しくはそれからお伺いします」

イワーニャ母様はまずサイシェ第二皇子の傷の手当てをする。セララ皇妃の達ての願いだ。親だねえ、やっぱり。
母親譲りの赤毛を刈り込んだ短髪の青年。筋骨逞しく、相当鍛えているようだ。かなり深い傷を負っているのに、苦しそうな表情も見せない。母親の影響なのか、かなり肝が据わってそうだ。
「楽になった。恩に着る」
そう言ってイワーニャ母様に頭を下げる。特に目立った風貌ではないが、好感の持てる振る舞いだ。皇子としては結構いけるんじゃない?
次にセララ皇妃、供の一行、とイワーニャ母様の治療が続く。癒やしの聖女の面目躍如ね。
セララ皇妃とサイシェ皇子はその後、湯浴みで血糊を洗い流して、部屋着に着替えて貰った。
ここでカーサ母様が携帯端末であたしシャニを呼び出す。

あたしリーアあたしシャニ達を屋敷に転移させる。
「タオ殿下?どうしてここに?」セララ皇妃が訝しげにタオ兄ちゃんを見つめる。
皇位継承の関係で皇子同士は微妙な関係にあるそうだ。タオ兄ちゃんのお母さんは別の皇妃と皇子を毒殺したらしいし、逆に襲われて殺された。
緊張がみなぎる。
「ちょっとした縁で、マンレオタ復興の手助けをお願いしています」
イワーニャ母様がにこやかに経緯を説明する。張り詰めた空気が少し和んだ。
「帝都には興味ない。私の事は放っておいてくれ」
タオ兄ちゃん、例によって無表情な声で言う。
「ふうん?ま、それはさて置き此度の事じゃ。朝食を終えた後、いきなり騎士団が乱入してきた。妾を問答無用で殺すつもりと見えた。じゃが、妾も騎士上がりでな、受けて立ったわい。サイシェもなかなか腕を上げておっての。侍従共とその場を切り抜けて、王宮を逃れたと言う次第じゃ」
セララ皇妃、にたりと笑う。うわ、この人、脳筋だよ。
「帝国騎士団が?信じられませんね」イワーニャ母様が眉をひそめる。
「妾にも信じられん。騎士共の背後にチムジャ・コンドナイとキャムレン殿下が居った。チムジャはれっきとした魔道士団団長じゃ。気でもふれたか、精神魔法にでもかかったか」
「いやいや、精神魔法は失伝してるでしょう」カーサ母様が首を振る。
「の筈じゃな。しかし、チムジャの奴め、常とは異なる態であった。憑きものが憑いたような」
「皇帝はご無事なんでしょうか?」イワーニャ母様が訊く。
「分からぬ。逃げおおせるので手一杯じゃったからの。まずはサイシェを守らねばならぬ」
「街で王国の兵士を見たよ。街の皆、逃げてた」あたしシャニが口を挟む。
「王国の兵士?誠か?」
「間違いない。あの甲冑は見覚えある。帰還兵に紛れて帝都に入ったと見える」
タオ兄ちゃんが淡々と述べる。
「では、此度の件は王国が背後におるな……軍の出征の隙を突こうてか」

あたしリーアはハミを呼び出して状況を説明する。
『帝都近くの手下もお屋敷に向かわせました。ひとつ気になるんですが、帝国西南の海上に王国の軍船が多数あり、との情報もあります。あたいはシンハンニルに居ます。仲間共々、そちらに転移してもらえませんか?』
「そりゃ心強い。支度できたら連絡してね」
「ちょっと手が足りないな」カーサ母様はそう言ってあたしシャニに目配せする。
カーサ母様は父様を携帯端末で呼び出し、マンレオタに居る帝国騎士団を集めるように言った。
その間にあたしリーアは、遠征先に居るシャクティおばさんと連絡を取る。
状況を説明すると、携帯端末の向こうは大騒ぎになった。
「帝国の国境まで大至急、兵を集めてくれませんか?あたしの行った事のある場所からなら、帝都まで軍を転移できます」
それからアインにも状況を知らせておく。携帯端末の向こうで息を呑むのが聞こえた。

軍を国境に集めるには数日かかる。
とりあえずは王宮奪回と、帝都に潜入した王国軍の排除だ。
ハミ達二十人程を屋敷内に転移させた後、帝都内の探索に散って貰った。
翌日、マンレオタに居た帝国騎士団を王宮へ送り込む。騎獣五百、飛竜五十。
セララ皇妃とサイシェ皇子も屋敷にあった甲冑を身につけ、帝国騎士団と合流した。
「妾に働いた無礼、千倍返しじゃ!」セララ皇妃、もの凄く意気込んでる。
あたしリーアとカーサ母様も同行する。
「父上の危機ともなれば、放ってもおけんか」タオ兄ちゃんもゾラと一緒に王宮へ向かう。

王宮へ足を踏み入れた途端、アクシャナの記憶にある波動を感じた。
――魔王の精神支配?
あたしリーアはすぐに治癒魔法を発動する。
「皆さん、聞いて下さい。反乱した人たちは精神支配で操られています!できるだけ殺さないで下さい。あとから治癒魔法で解除出来る筈です!」
あたしリーアは騎士団の皆に呼びかけた。
「精神支配……?精神魔法は失伝していると聞いたが」
「リーア殿は精神魔法が使えるのか?」
「いいえ、使えませんが、あたしの師匠が使えました。だから解除法を知ってるんです」
ま、嘘も方便という事で。

それにしても、あの魔王の猛々しい波動に比べ、とても弱々しい。魔王は復活しているのか?
もしかしてあたしアクシャナが転生する時、魔王の持つ魔素をほとんど剥ぎ取ったせいで、復活しても大規模な魔法は使えないのかも知れない。
だとしても危険だ。現に、帝国騎士団を精神支配できてる。
もしかして、一連の出来事は復活した魔王の仕業?王国をけしかけてマンレオタを攻めさせた?魔物大量発生も魔王が仕組んだ事?
一体、何が狙い?……あたしシャニか。
あたしシャニが背中に冷や汗を流してる間も、戦いは続く。

騎士同士なので技量は伯仲。なるべく殺さないで無力化、というのはなかなか難しい。
戦いは膠着状態になった。
けど、二つの要素があたしリーア達を勝利に導いていく。
カーサ母様。
麻痺の魔法を使って次々に相手を昏倒させていく。
魔人の強大な魔力には、騎士達の防御魔法程度では歯が立たない。
数人がかりで打ちかかっても、舞のように剣を受け流す。すれ違った時には麻痺を叩き込まれ、床に打ち伏す。距離を取っても風のように間合いを詰められ、逃げようとしてもその隙を突かれる。反乱騎士達は次々に倒れていった。

もう一つは予想外のタオ兄ちゃんとゾラ。
ゾラが空高く舞い上がると、一斉に飛竜騎士が取り囲む。
と、ゾラの咆哮が空気を切り裂く。
無数の雷が轟き渡るようだ。これにはあたしリーアも驚いた。
取り囲んだ飛竜が怯えて逃げ散る。騎士が必死で宥めても言う事を聞かない。次々に騎士達が飛竜の背から振り落とされる。
地上の騎獣達は泡を吹いて駆け回る。あちこちでぶつかったり、壁に衝突したりで大混乱。騎士達は振り落とされたり、踏みつけられたりで無事な者は僅か。
あっという間に、王宮の建物の外の騎士達は戦闘不能になった。
ゾラは騎士隊の飛竜より二倍近く大きい。そんなゾラは、飛竜達や騎獣達にとって、とても敵わない恐怖の対象なんだろう。それに思念伝達で恐怖を吹き込んだんだろうな。

数を減らした反乱騎士達は徐々に追い詰められていく。
あたしリーア達は一つ、また一つと部屋を確保していく。
第二皇妃以外の皇妃と皇子の部屋は無残な有様になっていた。
床や壁一面に血痕が飛び散り、豪華に装飾された家具や机、椅子などもバラバラに散らばっている。死体は片付けたらしく、部屋には残っていなかった。
第一皇妃の部屋は無人で荒らされていただけ。うまく逃げたのか?
皇帝の居室の前には、家具類がバリケードのように積み上げられていて、未だ抵抗が続いているようだ。そのバリケードを攻撃している一群の中に、キャムレン皇子とチムジャ・コンドナイ魔道士団団長が居た。二人とも目が血走っている。
「シンザ・ミナンド騎士団長!あなたがここに居るはずが……」
チムジャ・コンドナイが信じられないといった表情で叫ぶ。
「お生憎だったな、チムジャ。リーア殿の魔法を知っておろうが」
騎士団長が苦笑いする。
「やってくれおったな。皇族殺しは極刑じゃ。妾の手で成敗してくれる」
セララ皇妃がドスのきいた声で宣う。
いやいや、精神支配受けたって言ったでしょ。どこまで脳筋なんだか。

カーサ母様が黙って進み出ると、チムジャ・コンドナイの張った結界を打ち砕く。あたしリーア達は一斉に襲いかかって全員を取り押さえた。
「陛下!ご無事ですか」騎士団長がバリケード越しに声をかける。
「おお、その声はシンザ・ミナンド騎士団長。陛下はご無事じゃ」
「そう言うあなたはケッテニー宰相ですな。反乱は鎮圧しました」
それからバリケードを取り除く。
「こちらに逃げておいででしたか。ニルケ妃殿下、ナニア殿下」
騎士団長は長椅子の上で抱き合っている二人の女性に声をかける。第一皇妃と皇女よね。
「良く来てくれた、シンザ。もう駄目かと思ったぞ」
長身の銀髪青年が破顔一笑、手を差し伸べる。
「ウズマン殿下、遅くなりまして申し訳ありません」
というと、この人が第一皇子か。
「まったく、これで閉じ込められて二日だ。運動不足もいいとこだよ」
肘付きの椅子にだらしなくもたれかかっている、長い銀髪の初老の男性。
「永久に運動できなくなるよりは良いのでは?陛下」とケッテニー宰相。
え!この緩みきったおっさんが皇帝?イメージ壊れるな。
皇帝が視線を巡らせてタオ兄ちゃんの所で止まった。
「父上、ご無事で何よりです」
目が合うと、タオ兄ちゃんが棒読み口調で言った。小学生の学芸会かい。
皇帝がしばらくじっと見つめる。
「というと……タオか?うーん、見違えたな。運命が選んだのはそちか」
一瞬、全員が固まった。タオ兄ちゃんを凝視してる。
え?何?どうしたの?
「陛下、それについては後日」
ケッテニー宰相が重々しく言った。

精神支配を受けていた騎士達は、帝国魔道協会の応援で、支配解除の治癒魔法を掛けて貰う事になった。
王宮もかなりひどい事になっていて、復旧には一月以上かかるらしい。
帝都に入り込んだ王国兵は、騎士団が徐々に追い詰めて行ってる。
数日して、国境に集められていた帝国軍を帝都に転移させると、あっけなく駆除できた。
同じ頃、南西部の海岸に王国軍が上陸した、という情報をハミ達から受け取った。あたしリーアはすぐにケッテニー宰相に伝える。軍はすぐに進発した。
王国軍は帝国軍が向かったのを知ると、すぐに軍船に戻り退却して行ったそうだ。
やはり帝都のクーデターと呼応していたらしい。海側の国境付近でも王国軍の動きが見られたところから、帝都を占領し、侵攻している帝国軍の後ろを脅かす計画だったようだ。

こうして帝都惑乱と呼ばれた事件は終結したんだ。
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