20 / 36
第十七話 携帯端末のお披露目
しおりを挟む
戦争状態というのに帝都は落ち着いたものだった。
もちろん、大通りの雑踏は活気に満ちていて、物売りの声が辺りに響き渡る。荷を満載した竜車が行き交い、通りに面した色んな店には客足が絶えない。
マンレオタより温暖な地域らしく、人々は軽装だ。これから冬に向かうというのに、膝上丈のズボン、スカートなんかが目につく。ヘソ出しルックもチラホラ見かけるな。この世界でも、おしゃれな人は寒さも厭わないらしい。
マンレオタと違って石造りの家が多く、三階建て、四階建ての建物がひしめき合っている。カラフルに塗られた窓枠、窓から覗くカラフルなカーテン、窓辺に飾った鉢植え。色彩の洪水だ。これが帝都。
一日ゆっくり休んでいる間に色々打ち合わせがあったのだろう。
翌日は宮殿に上がる事になった。
お迎えの車とか無く、タークで宮殿に向かう。良いのかな、革鎧で。
宮殿の前の大きな門をくぐると、竜車の格納庫が並んでいる。あたしたちはタークをそこに停めて宮殿前の長い階段を上る。案内の従者が待っていた。
それからやたら広くて天井が高いエントランスを抜けて、絨毯を敷き詰めた廊下を延々と歩く。天井が一面キラキラして外のように明るい。魔石をふんだんに使った照明みたい。色違いの照明をうまく使って綺麗な模様を描かせている。天井画の代わりかな。シャンデリアをぶら下げるような文明じゃ無さそうだ。
とにかく長い。あたしはまだ良いとして、ニニが半分へばってる。
「まだかなあ、シャニ、疲れない?」小さな声でグチるニニ。
「今度、動く廊下を作んなくちゃね」慰めになったかな。
「動く廊下?またシャニは――動く廊下!うん、それ良い!」ニニが変な反応した。
やっと着いた大きな部屋の中央には長いテーブル。両側に凝った彫刻の背もたれのある椅子がずらっと並んでいる。会議室っぽい。
奥の方に数人が片側に並んで腰掛けていた。
あたしたちはその向かいに案内され、腰掛ける。あたしは小さいので椅子によじ登ろうとしたら、案内してくれた従者が抱き上げてくれた。恥ず。
「私はエイハル・ケッテニー。この国の宰相を務めておる。今日はご足労頂いて感謝する」
「私はトーガ・デ・イル。帝国魔道協会を預かっている者じゃ」
「帝国騎士団長、シンザ・ミナンドです。よろしく」
「帝国軍司令官、キーズ・マッカンであります」
「帝国魔道師筆頭、シャクティ・ザルラと申します。よしなに」
うわー、肩書きすげー。帝国のトップ陣じゃない。
はは、やっぱりニニ、目を回してるよ。
「今日、このような場を設けて頂き、感謝いたします。わたしはサラダン・マンレオタと申します。こちらから私の妻カーサイレ、娘のシャニナリーア、バクミン工房の娘ニニ、客人の魔女リーアです」
「シャニナリーアと申したか。いくつじゃ?」
「六才です」
「そちらのバクミン工房の娘、いくつじゃ?」
「十才です」ニニ、声が震えてるよ。
トーガ・デ・イルお爺さんがもの凄いため息をついた。
「その年でこのような物を作り上げるとは……」
あたし達の持って来た端末をしげしげと見つめる。
「しかし、これは間違いなく用兵が変わりますな。革新的と言って良い」
帝国軍司令官のおじさんが身を乗り出して言う。
「その通り。我らの飛竜隊に是非持たせたい」
帝国騎士団長のちょっと若めのおじさんも頷く。
「わしも地方執政官との連絡に欲しいですな。皆さんはどれくらいの数が入り用かな?」
「小隊ごとに持たせれば戦況把握、偵察、命令伝達が飛躍的に向上します。二千というところですかな?」
「私の方は五百」
「デ・イル殿、その数、どれくらいで出来そうかな」
「その数だと一年…………」
「あ、もっと早く作れる方法、ありますよ、ね、ニニ」あたしが手を上げた。
「なんと!」デ・イルお爺さんが叫んだ。
ニニがあたしを睨んだ。いいじゃん、そこニニの受け持ち範囲。
「え……と、バクミン工房では刻印に腐食液を使ってるんです。で、シャニがそれを印刷するみたいに貼り付る方法、考えました。端末は一部を除いて同じ術式を刻印しますから、ぺたんぺたんでハイ刻印終わり」
「そんな方法があるのか……」
「これ、バクミン工房の秘密なんですけど、ロダおじいちゃんが国のためなら教えて良いって」
師匠、王国に工房を攻撃されてよほど腹に据えかねたんだろうな。
「バクミン殿に感謝じゃな。ニニ、シャニナリーア、後ほど魔道協会工房に来てくれるかの?」
「はい!喜んで!」
魔道協会工房が見られるなんて、凄いラッキー。相当高位の魔道技師じゃないと、近寄らせても貰えないって聞いてた。ニニも顔を真っ赤にしてる。
「私も是非ご一緒させて頂きたいわ。そんな術式があるなら、詠唱魔法にも応用出来るかも知れない」シャクティ・ザルラおばさんが口を挟んだ。両手にぎにぎしてる。
「二、三日中に製造期限を見積もってくれるかな、デ・イル殿。その後、ミナンド殿、マッカン殿、改めて編成と作戦要綱を相談しようと思う」
「承知しました」
「で、マンレオタ公、これだけの物を提供して貰った以上、見返り無しとはいくまい?」
「恐れ入ります。私としてはマンレオタ領奪還に便宜を計って頂ければと。ご承知のようにマンレオタは軍を持っておりません。妻の実家のトワンティ公は、現在王国の軍を食い止めるのに手一杯です」
「マッカン殿はどうお考えですかな?」
「魔物の脅威が無視できない以上、喫緊にマンレオタ領を奪回し、マンレオタ公には魔物対応に専念頂くのが最良かと」
「お許し頂けるなら、帝国騎士団からもマンレオタ領奪回に参加させて頂けませんかな。奪回後の守備は我ら騎士団が引き受けます」
「おお、よろしいのですか?」
「伝説のカーサイレ・サルマ卿と肩を並べて戦いたい、と思うのは私だけじゃないですよ」
うわー、また出た、サルマ卿。カーサ母様、一体何しでかしたんだろう。
「ありがとうございます」カーサ母様、素直に頭を下げた。
「で、そちらのリーアさん、でしたっけ?面白い魔法を使うそうですね」
シャクティ・ザルラおばさんが目を細くしてあたしを見る。
あー、使いまくったもんね。アジャ商会当たりから聞いたんだろう。
「はい、ちょっと変わってるかも知れません」
「私たちに明かして貰うわけにはいかないかしら?」
「申し訳ありません。秘技ですので。ただ、力をお貸しする事はできます。マンレオタではお世話になりましたから」
「では、実際に見せて頂くのは?」
「おお、それはワシも興味ある」デ・イルお爺さんが身を乗り出した。
「それは構いません。ご都合の良い時に」
大きな話はそれで終わり、後は父様達との細かい話になった。
魔道協会工房は城壁の外、色々な工房が集まった区画の中にあった。
ただ、他を圧倒して大きい。そして石造りの堅固な構造。複数のアーチ型の壁面で大きな屋根を支えている。なんか寺院みたい。
中は大小様々な部屋に分かれていて、色々な道具や装置の間で技師達が働いていた。
あたしとニニは大きな机のある一室に案内された。周りが丸めた羊皮紙を積み上げた棚、と言う事はここが術式を設計する場所らしい。
数人の技師さんに携帯端末の説明をする。主にニニの役割だ。
「こんな考え方があったのか!」
「音が空気の振動とは」
術式の説明を聞いて技師さん達は驚きまくる。
更に腐食液を使った刻印方法を知ると大興奮。
「これがバクミン工房の秘法か!」
とどめは腐食液転写の実演を目にした時。口をあんぐり開けたまま物も言えない。
そしてあたしとニニを交互に見つめる。
六才の幼女と十才の少女。ま、信じられんのも無理ないか。
いつの間にか技師達が集まってきていて、口角泡を飛ばす議論になった。
その間、あたし達は棚から羊皮紙を取って順々に見ていく。
知らない術式が一杯。ニニとあたしはもう夢中。
いつの間にかトーガ・デ・イルお爺さんが入って来たのに気が付かなかった。
「どうかね。目処はたったかの?」
「は、一通り試作した上で見積もります」
「魔晶石と魔鉱石が少し足りないかもしれません」
「何人づつ人を振り向けるかだけど」
何人かが刻印と魔鉱石のカットなどに分かれて試作を始める。
途中の質問に答えながら、あたし達は棚の術式を読み漁った。
一方、あたし。
二十台のタークの収納場所が決まったので、『呼び珠』で合図を送る。アイン達がタークに乗ったのを空間把握で確かめ、転移させる。
「やあ、面白いねえ、この空間魔法ってのは」アインは屈託無い。
「私、怖かったですう」ムイ・トートズイは身をぶるっと震わせる。
パン・スギヤは無表情だ。
「これからどうします?」
「アジャ商会の支店に顔を出しますよ」
「ハミによればマッシュさんはこちらへ向かっているそうです」
「へえ、あの人たち、何なの?」
「情報集めの達人です。それ以上は秘密なんですけど、ムイさんから聞いて貰っても良いですよ。お知り合いみたいだから」
アインがムイを見ると、困った顔をして横を向く。
「合流したらマンレオタのお屋敷に伺いますよ。それじゃ」
三人は飄々として去って行く。
いや、この三人って何なの?あたしの方が聞きたい。
軍に供給する携帯端末と中継器は一ヶ月程で完成すると連絡が入った。
父様とカーサ母様は軍の件で宮殿に出かける。なぜかリーアにもお呼びがかかった。
あたしとニニは特にする事もなくなったので、帝都の見物に出かける事にした。
ここでナンカ姉様がしゃしゃり出てくる。
「あなた達、小さいから危ないわ。私が案内してあげる」
おいおい、ニニより一つ上ってだけじゃん。
「学校あるんじゃないの?」
「特別に休んであげる。感謝しなさい」
いや、自分が遊びたいだけでしょ。すっごいおしゃれしてるし。
でも、あたしとニニは帝都の事知らないから、案内役には良いかもしれない。侍女のノーマが付き添ってくるけど、彼女も帝都は知らないからね。
そんなわけで、あたし達四人はぶらぶら歩いて帝都の街中に繰り出した。
お店は衣類や食品、雑貨などの他に、マンレオタには無い薪や魔鉱石、魔道具なんかを扱っている所もあった。
近くに森が無いので薪はお店で買うんだ。これまでの所、石炭や石油は見た事が無いので、化石燃料は産出しないらしい。
そう言えば、家畜に大型爬虫類が多いな。この世界では太古の大絶滅なんて無かったのかもしれない。
レストラン街を通ると、軒並み大きな窓ガラスを使っているのが目につく。これもマンレオタと違う所だ。やはり帝都は豊かだと言う事かな。
ウィンドウショッピングを楽しみながら、噴水のある大きな広場にたどり着く。
あちこちで街芸人がパフォーマンスを披露している。へえ、ジャグリングってこの世界にもあるのか。片隅ではマジックやってる。吟遊詩人がリュートみたいな楽器をかき鳴らしながら詩を歌う。ブレークダンスっぽいのをやってるのも居るな。
片隅の露店で売ってるクレープっぽいお菓子をかじりながら、そういうのを眺めてた。
突然、悲鳴が上がった。
女性が血まみれで倒れているその横で、男が血濡れた剣を下げて立っている。表情はうつろ。口から泡を吹いている。狂人?
いや、何か嫌な記憶がよみがえる。あれは、魔王の瘴気に当てられた人間の姿に似てる。
それから悪夢のような光景が広がった。
平和だった広場は阿鼻叫喚の巷と化し、そこかしこで血潮が飛び散る。
狂った男が手当たり次第に広場の人たちを襲う。人々が逃げ惑う。
あたしたちもすぐ逃げようと走り出したが、狂った男は信じられない早さであたし達に駆け寄った。手があたしに伸びる。
やばい!空間魔法を使うべきか?
瞬間、侍女のノーマがあたし達を背中で庇う。スカートの下から短剣を抜き出した。
ええっ?
一瞬で男の首を刈る。動きが全然見えなかった。
男は血しぶきを上げて石畳に崩れ落ちた。
ノーマって戦闘メイドさんだったの?
「お嬢様、ご無事ですか?」
「うん、ノーマは……」
「良かった。お嬢様に何かあったらカーサイレ奥様に殺されます」
あ。それ、妙に納得しちゃった。
ぱんぱんぱんと拍手しながら近づいてくる男の姿。アインじゃんか。
「よー、お見事。手を出す隙も無かった。ね、ムイ」
「だから心配ないって言ったんです。この人、身のこなしが普通じゃない」
一番へたれてるのはナンカ姉様だった。地面にぺちゃんと座り込んで震えてる。
ニニは何が起こったか分からないと言う風に目をぱちくり。
「お嬢様、もう大丈夫ですよ」
アインがキザったらしくナンカ姉様の手を取って立たせる。あれ、顔が赤いよ、姉様。
衛兵達がやっと到着して犠牲者達の介抱を始めた。
あたしたちはしばらく、衛兵達の詰め所で事情聴取を受ける事になる。犯人は魔王復活団体のメンバーで、妖しげな麻薬を使っておかしくなったらしい。へえ、そんな団体があるのか。かなり騒然としている所をみると、滅多にない事らしい。ふうん、帝都って結構治安が良いんだ。
「少し休んで行きませんか?すぐそこがアジャ商会の支店です」
「はいっ!」何でナンカ姉様が返事するの。
もちろん、大通りの雑踏は活気に満ちていて、物売りの声が辺りに響き渡る。荷を満載した竜車が行き交い、通りに面した色んな店には客足が絶えない。
マンレオタより温暖な地域らしく、人々は軽装だ。これから冬に向かうというのに、膝上丈のズボン、スカートなんかが目につく。ヘソ出しルックもチラホラ見かけるな。この世界でも、おしゃれな人は寒さも厭わないらしい。
マンレオタと違って石造りの家が多く、三階建て、四階建ての建物がひしめき合っている。カラフルに塗られた窓枠、窓から覗くカラフルなカーテン、窓辺に飾った鉢植え。色彩の洪水だ。これが帝都。
一日ゆっくり休んでいる間に色々打ち合わせがあったのだろう。
翌日は宮殿に上がる事になった。
お迎えの車とか無く、タークで宮殿に向かう。良いのかな、革鎧で。
宮殿の前の大きな門をくぐると、竜車の格納庫が並んでいる。あたしたちはタークをそこに停めて宮殿前の長い階段を上る。案内の従者が待っていた。
それからやたら広くて天井が高いエントランスを抜けて、絨毯を敷き詰めた廊下を延々と歩く。天井が一面キラキラして外のように明るい。魔石をふんだんに使った照明みたい。色違いの照明をうまく使って綺麗な模様を描かせている。天井画の代わりかな。シャンデリアをぶら下げるような文明じゃ無さそうだ。
とにかく長い。あたしはまだ良いとして、ニニが半分へばってる。
「まだかなあ、シャニ、疲れない?」小さな声でグチるニニ。
「今度、動く廊下を作んなくちゃね」慰めになったかな。
「動く廊下?またシャニは――動く廊下!うん、それ良い!」ニニが変な反応した。
やっと着いた大きな部屋の中央には長いテーブル。両側に凝った彫刻の背もたれのある椅子がずらっと並んでいる。会議室っぽい。
奥の方に数人が片側に並んで腰掛けていた。
あたしたちはその向かいに案内され、腰掛ける。あたしは小さいので椅子によじ登ろうとしたら、案内してくれた従者が抱き上げてくれた。恥ず。
「私はエイハル・ケッテニー。この国の宰相を務めておる。今日はご足労頂いて感謝する」
「私はトーガ・デ・イル。帝国魔道協会を預かっている者じゃ」
「帝国騎士団長、シンザ・ミナンドです。よろしく」
「帝国軍司令官、キーズ・マッカンであります」
「帝国魔道師筆頭、シャクティ・ザルラと申します。よしなに」
うわー、肩書きすげー。帝国のトップ陣じゃない。
はは、やっぱりニニ、目を回してるよ。
「今日、このような場を設けて頂き、感謝いたします。わたしはサラダン・マンレオタと申します。こちらから私の妻カーサイレ、娘のシャニナリーア、バクミン工房の娘ニニ、客人の魔女リーアです」
「シャニナリーアと申したか。いくつじゃ?」
「六才です」
「そちらのバクミン工房の娘、いくつじゃ?」
「十才です」ニニ、声が震えてるよ。
トーガ・デ・イルお爺さんがもの凄いため息をついた。
「その年でこのような物を作り上げるとは……」
あたし達の持って来た端末をしげしげと見つめる。
「しかし、これは間違いなく用兵が変わりますな。革新的と言って良い」
帝国軍司令官のおじさんが身を乗り出して言う。
「その通り。我らの飛竜隊に是非持たせたい」
帝国騎士団長のちょっと若めのおじさんも頷く。
「わしも地方執政官との連絡に欲しいですな。皆さんはどれくらいの数が入り用かな?」
「小隊ごとに持たせれば戦況把握、偵察、命令伝達が飛躍的に向上します。二千というところですかな?」
「私の方は五百」
「デ・イル殿、その数、どれくらいで出来そうかな」
「その数だと一年…………」
「あ、もっと早く作れる方法、ありますよ、ね、ニニ」あたしが手を上げた。
「なんと!」デ・イルお爺さんが叫んだ。
ニニがあたしを睨んだ。いいじゃん、そこニニの受け持ち範囲。
「え……と、バクミン工房では刻印に腐食液を使ってるんです。で、シャニがそれを印刷するみたいに貼り付る方法、考えました。端末は一部を除いて同じ術式を刻印しますから、ぺたんぺたんでハイ刻印終わり」
「そんな方法があるのか……」
「これ、バクミン工房の秘密なんですけど、ロダおじいちゃんが国のためなら教えて良いって」
師匠、王国に工房を攻撃されてよほど腹に据えかねたんだろうな。
「バクミン殿に感謝じゃな。ニニ、シャニナリーア、後ほど魔道協会工房に来てくれるかの?」
「はい!喜んで!」
魔道協会工房が見られるなんて、凄いラッキー。相当高位の魔道技師じゃないと、近寄らせても貰えないって聞いてた。ニニも顔を真っ赤にしてる。
「私も是非ご一緒させて頂きたいわ。そんな術式があるなら、詠唱魔法にも応用出来るかも知れない」シャクティ・ザルラおばさんが口を挟んだ。両手にぎにぎしてる。
「二、三日中に製造期限を見積もってくれるかな、デ・イル殿。その後、ミナンド殿、マッカン殿、改めて編成と作戦要綱を相談しようと思う」
「承知しました」
「で、マンレオタ公、これだけの物を提供して貰った以上、見返り無しとはいくまい?」
「恐れ入ります。私としてはマンレオタ領奪還に便宜を計って頂ければと。ご承知のようにマンレオタは軍を持っておりません。妻の実家のトワンティ公は、現在王国の軍を食い止めるのに手一杯です」
「マッカン殿はどうお考えですかな?」
「魔物の脅威が無視できない以上、喫緊にマンレオタ領を奪回し、マンレオタ公には魔物対応に専念頂くのが最良かと」
「お許し頂けるなら、帝国騎士団からもマンレオタ領奪回に参加させて頂けませんかな。奪回後の守備は我ら騎士団が引き受けます」
「おお、よろしいのですか?」
「伝説のカーサイレ・サルマ卿と肩を並べて戦いたい、と思うのは私だけじゃないですよ」
うわー、また出た、サルマ卿。カーサ母様、一体何しでかしたんだろう。
「ありがとうございます」カーサ母様、素直に頭を下げた。
「で、そちらのリーアさん、でしたっけ?面白い魔法を使うそうですね」
シャクティ・ザルラおばさんが目を細くしてあたしを見る。
あー、使いまくったもんね。アジャ商会当たりから聞いたんだろう。
「はい、ちょっと変わってるかも知れません」
「私たちに明かして貰うわけにはいかないかしら?」
「申し訳ありません。秘技ですので。ただ、力をお貸しする事はできます。マンレオタではお世話になりましたから」
「では、実際に見せて頂くのは?」
「おお、それはワシも興味ある」デ・イルお爺さんが身を乗り出した。
「それは構いません。ご都合の良い時に」
大きな話はそれで終わり、後は父様達との細かい話になった。
魔道協会工房は城壁の外、色々な工房が集まった区画の中にあった。
ただ、他を圧倒して大きい。そして石造りの堅固な構造。複数のアーチ型の壁面で大きな屋根を支えている。なんか寺院みたい。
中は大小様々な部屋に分かれていて、色々な道具や装置の間で技師達が働いていた。
あたしとニニは大きな机のある一室に案内された。周りが丸めた羊皮紙を積み上げた棚、と言う事はここが術式を設計する場所らしい。
数人の技師さんに携帯端末の説明をする。主にニニの役割だ。
「こんな考え方があったのか!」
「音が空気の振動とは」
術式の説明を聞いて技師さん達は驚きまくる。
更に腐食液を使った刻印方法を知ると大興奮。
「これがバクミン工房の秘法か!」
とどめは腐食液転写の実演を目にした時。口をあんぐり開けたまま物も言えない。
そしてあたしとニニを交互に見つめる。
六才の幼女と十才の少女。ま、信じられんのも無理ないか。
いつの間にか技師達が集まってきていて、口角泡を飛ばす議論になった。
その間、あたし達は棚から羊皮紙を取って順々に見ていく。
知らない術式が一杯。ニニとあたしはもう夢中。
いつの間にかトーガ・デ・イルお爺さんが入って来たのに気が付かなかった。
「どうかね。目処はたったかの?」
「は、一通り試作した上で見積もります」
「魔晶石と魔鉱石が少し足りないかもしれません」
「何人づつ人を振り向けるかだけど」
何人かが刻印と魔鉱石のカットなどに分かれて試作を始める。
途中の質問に答えながら、あたし達は棚の術式を読み漁った。
一方、あたし。
二十台のタークの収納場所が決まったので、『呼び珠』で合図を送る。アイン達がタークに乗ったのを空間把握で確かめ、転移させる。
「やあ、面白いねえ、この空間魔法ってのは」アインは屈託無い。
「私、怖かったですう」ムイ・トートズイは身をぶるっと震わせる。
パン・スギヤは無表情だ。
「これからどうします?」
「アジャ商会の支店に顔を出しますよ」
「ハミによればマッシュさんはこちらへ向かっているそうです」
「へえ、あの人たち、何なの?」
「情報集めの達人です。それ以上は秘密なんですけど、ムイさんから聞いて貰っても良いですよ。お知り合いみたいだから」
アインがムイを見ると、困った顔をして横を向く。
「合流したらマンレオタのお屋敷に伺いますよ。それじゃ」
三人は飄々として去って行く。
いや、この三人って何なの?あたしの方が聞きたい。
軍に供給する携帯端末と中継器は一ヶ月程で完成すると連絡が入った。
父様とカーサ母様は軍の件で宮殿に出かける。なぜかリーアにもお呼びがかかった。
あたしとニニは特にする事もなくなったので、帝都の見物に出かける事にした。
ここでナンカ姉様がしゃしゃり出てくる。
「あなた達、小さいから危ないわ。私が案内してあげる」
おいおい、ニニより一つ上ってだけじゃん。
「学校あるんじゃないの?」
「特別に休んであげる。感謝しなさい」
いや、自分が遊びたいだけでしょ。すっごいおしゃれしてるし。
でも、あたしとニニは帝都の事知らないから、案内役には良いかもしれない。侍女のノーマが付き添ってくるけど、彼女も帝都は知らないからね。
そんなわけで、あたし達四人はぶらぶら歩いて帝都の街中に繰り出した。
お店は衣類や食品、雑貨などの他に、マンレオタには無い薪や魔鉱石、魔道具なんかを扱っている所もあった。
近くに森が無いので薪はお店で買うんだ。これまでの所、石炭や石油は見た事が無いので、化石燃料は産出しないらしい。
そう言えば、家畜に大型爬虫類が多いな。この世界では太古の大絶滅なんて無かったのかもしれない。
レストラン街を通ると、軒並み大きな窓ガラスを使っているのが目につく。これもマンレオタと違う所だ。やはり帝都は豊かだと言う事かな。
ウィンドウショッピングを楽しみながら、噴水のある大きな広場にたどり着く。
あちこちで街芸人がパフォーマンスを披露している。へえ、ジャグリングってこの世界にもあるのか。片隅ではマジックやってる。吟遊詩人がリュートみたいな楽器をかき鳴らしながら詩を歌う。ブレークダンスっぽいのをやってるのも居るな。
片隅の露店で売ってるクレープっぽいお菓子をかじりながら、そういうのを眺めてた。
突然、悲鳴が上がった。
女性が血まみれで倒れているその横で、男が血濡れた剣を下げて立っている。表情はうつろ。口から泡を吹いている。狂人?
いや、何か嫌な記憶がよみがえる。あれは、魔王の瘴気に当てられた人間の姿に似てる。
それから悪夢のような光景が広がった。
平和だった広場は阿鼻叫喚の巷と化し、そこかしこで血潮が飛び散る。
狂った男が手当たり次第に広場の人たちを襲う。人々が逃げ惑う。
あたしたちもすぐ逃げようと走り出したが、狂った男は信じられない早さであたし達に駆け寄った。手があたしに伸びる。
やばい!空間魔法を使うべきか?
瞬間、侍女のノーマがあたし達を背中で庇う。スカートの下から短剣を抜き出した。
ええっ?
一瞬で男の首を刈る。動きが全然見えなかった。
男は血しぶきを上げて石畳に崩れ落ちた。
ノーマって戦闘メイドさんだったの?
「お嬢様、ご無事ですか?」
「うん、ノーマは……」
「良かった。お嬢様に何かあったらカーサイレ奥様に殺されます」
あ。それ、妙に納得しちゃった。
ぱんぱんぱんと拍手しながら近づいてくる男の姿。アインじゃんか。
「よー、お見事。手を出す隙も無かった。ね、ムイ」
「だから心配ないって言ったんです。この人、身のこなしが普通じゃない」
一番へたれてるのはナンカ姉様だった。地面にぺちゃんと座り込んで震えてる。
ニニは何が起こったか分からないと言う風に目をぱちくり。
「お嬢様、もう大丈夫ですよ」
アインがキザったらしくナンカ姉様の手を取って立たせる。あれ、顔が赤いよ、姉様。
衛兵達がやっと到着して犠牲者達の介抱を始めた。
あたしたちはしばらく、衛兵達の詰め所で事情聴取を受ける事になる。犯人は魔王復活団体のメンバーで、妖しげな麻薬を使っておかしくなったらしい。へえ、そんな団体があるのか。かなり騒然としている所をみると、滅多にない事らしい。ふうん、帝都って結構治安が良いんだ。
「少し休んで行きませんか?すぐそこがアジャ商会の支店です」
「はいっ!」何でナンカ姉様が返事するの。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる