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第十三話 山奥暮らし
しおりを挟むさて、工房の里で腰を落ち着けるとなると、色々問題が明らかになった。
魔素がかなり濃い。ハミの話では、魔物が発生するほどじゃないけど、普通の獣から魔獣が生まれるらしい。魔人の獣版だ。やたら強いんだって。魔力を使うのも居るそうだ。
草食獣なら狩りが難しくなるだけだけど、肉食獣は厄介だ。人を襲って食べる事もあるそうだ。今のところハミ達が警戒してくれてるけど、長期に渡るとなると、それに頼ってばかりはいられない。
これから冬を迎える。マンレオタより冷涼なこの地は荒れ地が多く、森林が少ないので薪が不足しそうだ。冬をどう乗り切ろうか?
川岸の植生も気になった。
あたしの前世の記憶からすると、どれも一年草。土は肥えている。どうやら定期的に川が氾濫するらしい。春の雪解けに伴って川が増水するんじゃないか?それとも雨期なんかがあるわけ?今は晩秋ですぐには心配はないけど、春以降も過ごすとなると川岸はまずそうだ。
そんな所に居住地を決める訳にはいかない。もう少し高台のような所は無いだろうか?
川に沿って探索を続けていると、巨大な岩盤が川岸に迫っている所をみつけた。両岸にそそり立っている所をみると、元々は川をせき止めてダムのようになっていたんだろう。それが長い間に浸食されて、今の姿になったんじゃないかな。
一計が浮かんだ。
あたしは試しにサイズを指定して、岩盤の一部を削り取るように転移してみた。
お、成功!
それから皆にあたしの案を相談する。
岩盤の小高い所をくり抜いて居室にする。三十ほど空ければ全員が収まるだろう。部屋の手前は手すり付きの広い廊下にする。そこから川岸へは階段を設ける。魔獣はここだけ警戒すれば良い。
トイレは申し訳ないけど共同。一番下流側に設けて川に流す。風呂場も隣に作る。
部屋は岩盤の中なので温度変化は極めて少ない。それでも冬に備え、廊下の竈から床下、奥の壁を伝って天井へ煙道を沿わせる。床暖房というか、オンドルだね。
これで室内で薪を燃やさなくて済むし、薪も少なくて良い。
結局、三日がかりで作業を進めた。
穴を掘るのじゃ無く、きっちり平面を転送するので、壁は真っ直ぐすべすべ。大理石を切り出したみたい。出入り口や窓も作ったので、洞穴とはとても思えない作りになった。
それに館から持って来た資材から、好きな物を選んで貰って室内を整える。窓やドアは技師達に作って貰った。本職には敵わないけど、結構良い線いってるじゃん!
まあ、言うなればマンションだね。鉄筋コンクリートじゃないけど。
工房やタークの格納庫も、居住部の上に大きく穿って収める。
更にその上の方に貯水槽を作った。パイプを各部屋に通し、簡易上水道にする。水は山肌からしみ出しているのを、何カ所かまとめて溜める。飲む時は煮沸必須だけどね。
ゾラ用の大きな部屋も用意した。ゾラは大満足だったので、あたしも嬉しい。
ハミは絶句してた。
「さすがはリーア様!」
いや、そういうのは良いってば。
川岸に降りる階段のすぐ側の部屋はイワーニャ母様の執務室。
その隣があたし達の部屋で、子供達とイワーニャ母様の寝室兼居間にしている。侍女達とリーアはその隣、更に隣に料理長と執事、その先は工房の技師達の家族、という部屋割りになってる。
アイン、ムイ、パンはタオと同室なんだけど、タオはほとんどゾラと過ごしているらしい。
ムイは女の子なのに、男性と同室で構わないのかな?それとも、既にむふふかな?
館に居る時と違って、イワーニャ母様は子供達と過ごす時間が多くなった。領や騎士隊の管理をしなくて済むからね。一応、『工房の里』のトップということになってるけど、業務はそれほど多くない。イッティ、ロコ、ステイはとても喜んでいる。
朝は一斉に廊下の竈で朝食作り。技師の奥さん達がひっきりなしでお喋りしてて賑やか。
あたし達の分は料理長のマイレが作ってくれる。時々、奥さん達が調理法などを聞きに来て、それに気軽に答えている。
朝食が済むと技師達は工房へ向かい、奥さん達は川へ洗濯に降りる。
洗濯物を干し終わると薪集め。もちろん、途中で見つけた木の実や食べられる野草も採取する。
お昼は一旦戻って食事を済ますと、また薪集め。
薪集めにはあたしも参加している。警護の役もあるけど、集めた薪を疑似空間に入れて運ぶ荷物持ちが主目的。
バラバラだと獣や魔獣が危険なので、何組かに纏まって行動する。それをハミ達のよこした護衛が守る。護衛だけじゃ無く、獲物を見つけると素早く狩る。
日が暮れないうちに戻って夕食の支度。
夕食が済むとお風呂。ただし、薪が十分じゃないので五日に一度。日が暮れると就寝。
そんな日常の流れが定着していった。
タオ兄ちゃんはあまり皆とは行動せず、ゾラと狩りに行く事が多い。でも、良く大物を狩ってくるので、まあ問題ないか。一緒に居てもほとんど話をしないしね。
でも、機会を見つけてはあたしもゾラに乗って飛ぶ。見逃しやしない。
実は。狩りに行く時、ゾラがこっそり教えてくれるんだ。念話で。
あたしとゾラはもう、すっかりマブダチだもんね。
タオ兄ちゃんは最初、呆れていたけど、すぐに諦めたように苦笑い。
でも、口きかないな、こいつ。
子供達は、奥さん達の中から何人か交代で残り、廊下や川岸で遊ばせている。イワーニャ母様も時々子守に加わっている。
あたしやイッティ、ロコ、ステイもその中に加わっている。館に居る時は他の子供達との接触はほとんどなかった。イッティ、ロコ、ステイにとっては新鮮な驚きだったらしい。毎日、ハイテンションで騒いでいる。
この世界では、子供が一人で居るのは危険、というしつけが行き届いていて、誰も一人で勝手に出て行ったりしない。そうしそうになると、年長の子供が連れ戻す。
そう言えば、マンレオタ領主の子供達は領民の子供達と接触の機会が無かったんだった。
あたしも含め。
あたしはというと、工房に籠もってニニと一緒に術式の工夫に勤しんだ。
「ねえ、薪の代わりになる火魔法って無いの?」
「無い事はないけど、何で?」
「薪が集まりにくくなってるんだって。この辺の森、しょぼいからね」
「うーん、一個か二個なら良いけど、ここの魔鉱石はターク用だからねえ。爺様が分けてくんないだろうなあ」ニニが首を傾げる。
「魔鉱石があれば良いの?」
「この辺、魔素が濃いから充填は三日くらいでできるとして。毎日三度三度使うなら竈一つ当たり六個くらい充填予備があれば良いかな。煮炊きや焼いたりだと……」
ニニが計算を始める。
「ああ、暖房も兼ねてるから一日通して使うよ」
「うえっ!それじゃ竈一個分でも相当必要だよ。一日分ならこれくらいかなあ」
ニニが手振りで大きさを示す。うん、五十センチ四方くらいかな。
充填予備を入れると竈一つ当たり三個。竈は三十個あるとして……
五十センチ四方のが九十個かあ。
どっかに落ちてないかな……
ん?
鉱石だよね。
もしかしてこの山のどこかに埋もれてるかもしれない。
空間把握で辺りを探ってみる。
おいおい!
「ニニ、魔鉱石、すぐ近くにあるよ」
「はあ?」
「この崖、魔鉱石の塊だよ」
「何だって!」
ニニが魔鉱石鑑定用の魔道具を持って飛び出し、壁面に当てる。
「本当だ。純度60%……凄い、高品質の鉱脈だよ。なんで分かった?」
ニニがうさんくさそうにあたしを見た。
しまった、空間把握、バレたか?
「あ……あたし、少し魔力感知できるの。この崖から結構魔力を感じて……魔鉱石かなって」
「ふーん……そうか、シャニは半分魔人だもんな」
あっぶなー。気をつけなくっちゃ。
「すぐ使えそう?」
「いや、精錬して百%の魔鉱石にするんだ。早速掘り出さなきゃ」
「リーアさんが部屋を掘った時の残りが無いかな」
ある。疑似空間にたっぷり。結構固いので何かに使えるかも、と取っておいたんだ。
ニニはロダ・バクミンに、崖が高品質の魔鉱石鉱脈だと告げ、技師の一人をリーアを呼びに差し向けた。工房内はちょっとした騒ぎになった。マンレオタでは魔鉱石は採れず、遠くから買い入れていたそうだ。
あたしが鉱石を精製炉の中に転送する。もちろん、適した大きさにカットして。
精製炉は魔法で魔鉱石を抽出するらしく、一時間くらいでどろりと溶けた魔鉱石が流れ出た。精製炉には軽石みたいな残留物が残っていた。何かに使えるかな?これも疑似空間に転移する。
鉱石を精製している間、あたしとニニは煮炊き用の術式を組み上げる。
魔晶石は使用量が少なく、十分数はあったので分けて貰えた。
実際に発熱するのは魔鉱石じゃない。竈に仕込んだ網状の金属片だ。これを二口コンロのように並べ、隙間を空けて下に魔鉱石を設置する。
術式を刻んだ魔晶石は正面に貼り付け、火力調節用の術式を刻んだ小さな魔晶石を合わせる。これをスライドさせると火力が変わる。
これで、前世で使い慣れた二口コンロが出来上がった。暖房兼用なのでちょっと大きいけどね。
最初の一台はあたしとニニが調整しながら作り、残りは魔工技師の人たちが作った。
これは技師の奥さん達に大受けした。火力調節楽だし、煙も出ない。そして薪集めに行かなくて済む。何より魔力が無くても使えるんだ。
秋が少し深まった頃、コンロの設置が終了した。
これで冬ごもりの準備は万端だ。
そうだ、お風呂を沸かす魔道具も作ろう。コンロの応用で行けるはずだ。
相談したら、ニニにドン引きされた。
「温度調節器付き?何その拘り!”せんさあ”って何さ!」
「この崖って結構水の量あるでしょ?だからその途中で加熱して源泉掛け流し風にするの。ふふ、天然二十四時間風呂!いつでも入れるお風呂。流量と温度制御でばっちりいける!」
「シャニが頭おかしいのはいつものことだね、あはは……」
失礼な!ニニには負けるぞ!
そもそもこの世界ではお風呂は超贅沢品だ。
水くみが大変。水道なんて無いからね。川や井戸からえっちらおっちら。
その水を温めるには結構な薪が必要だ。湯加減も難しい。
そこへ源泉掛け流しだの、いつも入れるなどあまりにもけしからん訳だ。
でもこれは贅沢とは言えない。衛生管理上、最善の選択だ。
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