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第八話 母様の過去
しおりを挟むさて、魔人について、とんでもネタを拾ってしまった。
カーサ母様に色々聞きたい事はあるけど、それにはあたしの秘密を明かさないとダメだろうな。
どう打ち明けようか。
翌日、例によってタークでお出かけする時、できるだけ人の居ない場所に行きたいと頼んだ。
母様はあたしの様子から何か感じ取ったのかも知れない。黙って頷いた。
タークはいつもの道路を大きく離れ、小高い丘に挟まれた繁みの間に止まる。
カーサ母様はあたしのベルトをはずし、体を回して向き合った。
「何かお話があるのね?」
「うん、母様。これからあたしを子供扱いしないで聞いて。実はあたし、魔法が使えるの」
カーサ母様の眉がぴくっと動いた。
「ちょっとやってみるね。宙に浮くから驚かないで」
あたしはタークごと疑似空間に転移する。
小屋にはタークが入らないので、側の空間に浮かべる。小屋以外は何も無い真っ暗な空間。小屋の窓から漏れる光が、タークに乗ったあたし達を照らしてる。
「あっ!」
さすがの母様も驚くか。
「シャニ、これは……」そう言って、母様はあたしをぎゅっと抱く。
「魔女アクシャナの疑似空間魔法。あたし、八百年前のアクシャナの記憶があるの。そしてその魔法が使えるの」
「一体、いつから……」
「多分、生まれた時から。生まれる時、あたしの周りに魔素が絡みついて、それがどんどん増えてもの凄く苦しかった。その時、アクシャナの魔法を思い出して、疑似空間に全部送り込んでやったわ。それが初めてだと思う」
カーサ母様が息を呑む。そしてしげしげとあたしを見つめた。
さすがに荒唐無稽に思われたかな?
「母様……?」
「シャニ、これは大きくなったら言おうと思ってたんだけど、あなたが生まれる時、あなたからもの凄い魔力が吹き出してきたの」
「え……」それは知らなかった。
「結界で止めようとしたら、急に魔力が消えた。そう……シャニが自分でやったのね」
「信じてくれるの?母様」
「信じるしか無いわ。そうだとすると説明が付く」
母様があまり静かなので、あたしは逆に怖くなった。
「あたし、おかしい?嫌いになっちゃう?」ちょっと声が震えてる。
「馬鹿ね。そんなわけ無いでしょ。いつまでも私の可愛いシャニよ」
母様があたしをぎゅっと抱きしめる。あたしは胸が熱くなって、涙がこぼれそうになった。
ずっと不安だった。これを打ち明けた時、母様はどう思うだろう?けど、大丈夫なんだ。
窓からホムンクルスのあたしが顔を出して声をかけ、手を振った。
「カーサ母様、あたしの憑依体のホムンクルス、人工生命体よ。リーアって呼んで」
母様はあたしとホムンクルスを交互に見比べ、ため息をつく。
「もう何でもありね。あきれた」
「それでね、リーアで色々調べてたら魔人の里の人たちに会ったの。母様、魔人の里って知ってる?」
「何ですって!」あ、やっぱり知らなかったんだ。
「隠れ里なので、多分、知ってる人は居ないと思うけど」
「魔人はほとんど生きてないと思ってた。けど、居たんだ。他にも……」
母様、そんなにぎゅっとしたら痛いよ、苦しいよ。
「ねえ、母様の話、聞きたい。小さな頃どうしてたの?どうして帝国騎士になったの?」
「私はねえ、小さい時は奴隷だったの。クノートで」
「奴隷……」
「物心ついた頃にはもう奴隷だった。隷属の魔法をかけられて。だから両親は知らないのよ。魔人の隠れ里のことも今、初めて聞いたわ」
それから母様の長い話を聞いた。
クノート共和国は高地が多く、環境が険しい所だ。
森は少なく、国土のほとんどが荒れ地や草原。雨が少なく、人々は少ない川の畔に集落を築いて住む。
集落は年を追って徐々に大きくなり、やがて街となり、都市を形成していく。
厳しい自然の中で生き抜くため、人々は奴隷を使うようになった。
暗黒の四百年の後、クノートで初めて実用化された魔道具は[隷属の腕輪]だった。
最初は大きな都市が小さな街や集落を襲って住民を奴隷化し、やがて都市同士が争って敗北した住民を奴隷化した。
二百年の間、都市間の争いが続いたが、やがて残った都市同士はお互いを攻めきれなくなった。どうしても決着が付かず、ただ消耗するばかりになったのだ。
ここで都市同士は代表を出して協議し、共和国憲章を結んだ。
それぞれの都市は高い自治性を持つが、紛争やクノート全体に関する事は共和国議会で決定する事、共和国議会の維持運用のため事務局を設ける事になった。
この時、市民に関する詳細が決められ、奴隷を使役する権利と従軍の義務を負った。
共和国議会は全都市の市民に対し、軍招集の全権を持つ。
これは王国から何度かの侵攻を受けた時、行使された。
以後、奴隷は犯罪者や王国、帝国から捕虜となった者を買い取る事で賄った。
デイダノ・サルマは共和国の南、都市ケミールの一市民だった。
かなり大きな農園を数人の奴隷で経営していたが、一つ問題があった。
魔物や害獣の数が増え気味で、乏しい作物に被害が出ている。
そこで狩りの出来る奴隷を求めて市場を見繕っていると、面白い奴隷を見つけた。
まだよちよち歩きの魔人の幼女。
恐らく魔素の濃い環境で生まれ、厭まれて売られたのだろう。値段は恐ろしく安かった。
デイダノ・サルマは狩りの出来る奴隷と共に、この魔人の幼女も買った。
それがカーサ母様だった。
母様の肩にはまだ奴隷紋がある。
デイダノは相当厳しく鍛え上げたようだ。
五歳で農園を襲った害獣を仕留めた頃から、農園の警護が仕事になった。
デイダノ自身、優秀な戦士だったし魔法師でもあったが、カーサ母様が十歳の頃には敵わなくなってしまった。
王国の侵入があった時も駆り出され、大暴れしたらしい。
[隷属の腕輪]が無かったら、カーサ母様はその時点で逃げ出していただろう。
十三歳位(年は正確には分からない)の時、デイダノはカーサ母様と何人かの仲間を連れ、王国と帝国の境に近い街に物資の買い入れに向かった。
雨が数日続き、足止めを食らっていたデイダノは少し焦れていたのだろう。
近道しようと、渓谷に沿って進んでいた所を、大規模な土石流に襲われた。
ひとたまりもなかった。
そこからどうやって抜け出したか、母様は覚えていないそうだ。
それでも傷だらけだし、骨も何本かやられていたらしい。
意識も朦朧として何処をどう彷徨ったか、何日歩いたかも分からない。
サラダン父様はその当時新米騎士で、国境警邏中に倒れていた母様を見つけた。
乾いた泥と土まみれで、最初は人だとは気づかなかった、と良くサラダン父様が笑って語ってくれたそうな。
ほとんど死にかけていた母様は、砦で治癒魔法を掛けて貰い、一命を取り止める。
ただ、母様が魔人だと分かってからが大騒動になった。
砦では処刑しろ、との声も多かったが、最終的に皇宮の判断を仰ぐ事になり、発見者の父様が帝都に連れて行く。
帝都でも大もめに揉めた。
そこに、
「珍しい魔人の女を殺すなぞ、勿体ない」
皇帝の鶴の一声だった。
ただ、危険かもしれないので騎士団預かりとなり、帝都に置くのも問題だからと結局砦へ逆戻り。やっぱり父様が送り届ける事になった。
母様の名が轟いたのはその半年後。
ちょっとした揉め事から、隣領の領主が砦の隊長他数名を誘き出し、数倍の兵で取り囲んだ。この中に母様が居たのだ。
父様は砦からその様子を見ていたそうで、本当に何人もの人間が宙に舞うのを初めて見たと驚いていたんだって。
結局、母様は隊長他砦の兵士を守り抜き、隣領の兵士を全滅させてしまった。
この功績でカーサ母様は騎士に叙せられ、そのまま砦に残る事になった。
もちろん、父様の居る隊を希望して認められたんだと。
父様はあまり強くなくて、新人の頃は馬鹿にされてたらしい。
でも、盗賊討伐の時、指揮官が重傷を負って隊が混乱しそうになったのを見事に立て直し、指揮官としての優秀さを発揮した。
結局、二年後小隊を任されるようになり、母様は当然その小隊に入りましたとさ。
母様はあまり武勇伝を語りたくないらしく、その辺は適当に流した。
まあとにかく、イワーニャ母様とカーサ母様は父様と結婚した訳で、カーサ母様が十八歳の時だった。
その後、五年ほど騎士団に居て、マンレオタ領を任される事になる。
父様が領主になって一番喜んだのはイワーニャ母様。
結婚して一年後、ノドム兄様を生んでしまったので、どうしても父様と離ればなれになる。
いつも一緒に居られるカーサ母様が羨ましくてたまらなかったそうだ。
カーサ母様もちょっぴり後ろめたい気持ち、あったみたいだね。
「大変だったのね、母様。それに比べるとあたしは凄く恵まれてる」
カーサ母様はにっこり微笑んで、すぐに表情を引き締めた。
「でもシャニ、気を付けて。生まれた時の事や、この魔法の事が知れたら大変な事になるわ」
「うーん、何となくそんな気がしてた」
「間違いなく魔王認定される」
えっ?今、何つった?
「ま、魔王?えーーーっ??あたしがぁぁぁ?!」
嘘でしょう。何の悪気も無い、純真無垢のこのあたしが?
魔王認定されると問答無用で討伐対象。世界全てが敵になる。
そんなぁ………………………………
やっぱりホムンクルスを用意しておいて良かった。
通常、空間魔法はリーアのあたしが使う。
シャニのあたしは、何とか他の魔法を使えるようにしよう。
ん?魔王………………
「ねえ、母様、あたし他にも記憶があるの」
「もう驚かないから言ってみて」母様、苦笑。
「生まれるちょっと前、やたらあたしに纏いついてきた奴がいるの。もの凄くあたしを憎んでて怨念みたいなのを送って来て、気持ち悪くって。そいつがあたしが生まれる時くっついて来ようとしたんだよ。だから思い切り蹴飛ばしてやったんだけど」
「それ、生まれる前なのよね?」
「うん。多分そこ冥界だと思う。ただ、その気味の悪い感じ、何となく覚えがあるんだ。そいつね、魔王だと思う。どっかで生まれてるかもしれない」
母様、息を飲んだ。
「でもねえ、その魔王を特定出来たとして、シャニが見逃されるとは限らない」
「う……ん。魔王が一体とは限らないものねえ……」
それだけじゃない。その魔王に狙われるかもしれないんだ。
あいつ、凄い恨んでたからなあ。
「だから気をつけてね」
「うん」
「何があっても私はシャニの味方」
そう言って母様はまたあたしを抱きしめた。
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