帝国の魔女

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第七話 魔人達の隠れ里

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そうこうしているうち、あたしシャニは三歳になった。

ある日、転移先で空間把握を済ませると、その範囲内に倒れている人を関知した。
放っておくのは何となく気がとがめるので、その人の側に転移する。すぐにこちらに顔を向ける。
少し幼さを残す少女だ。うん、可愛い系と言って良いかな。長い髪をポニーテールに縛っている。睫毛、長っ!
あと、瞳孔が赤くて縦長なんだけど、この子、魔人?
胸から首筋まで傷を負って倒れているが、意識は失っていないらしい。あたしリーアが近寄ると体を起こし、手に持った短い剣を向けてきた。その剣も血濡れている。

「待って待って!あたしは何もしないよ。ひどい傷じゃない。大丈夫?」
あたしリーアがそう言って手を広げると、少女のキッと睨んだ表情が少し緩んだ。
でもすぐに表情を険しくする。遠くに繁みをがさがさとかき分ける音と、枯れ枝を踏みしだく足音。それが近づいてくる。
「ここから離れるが良い。巻き添えを食うぞ」少女が低い声で言う。
油断なく剣を音のする方に向ける。

ああ、追われているのか。傷はそれで争ったせいよね。でも、あたしリーアを巻き添えにしないよう気を配っている当たり、悪い子じゃない。あたしリーアの心はすぐ決まった。
「助けてあげる。でも、びっくりしないでね。ちょっと変わった事するから」
あたしリーアが耳元で囁くと、少女が訝しげな表情になる。まあ、そうよね、あたしリーア武器も魔道具も無い丸腰なんだから。

あたしリーアは少女と自分自身をさくっと転送する。
「うわっ!え、ええっ?」
林の中にいたのが突然、丸木小屋の中でぷかぷか浮いてるんだから、驚くなってのは無理か。
「落ち着いて。これは魔法なの。もう誰も追ってこれないわ」
「あんたの魔法なのか。そうか……」少女はつぶやくと目を閉じた。

こりゃ眠ったんじゃ無くて気を失ったんだな。重力が効いてる状態なら、首がくっ、てなってる場面かも。気を張り詰めていたのが一気に解けたんだろう。顔色はひどく悪い。相当重症みたいだ。
ホムンクルスは治癒魔法を使えるんだろうか?記憶を辿る。おう、使える。当然か。ホムンクルスは魔道士の支援のための存在だものね。
あたしリーアは無詠唱で治癒魔法を発動し、傷口に手をかざす。手から魔力が流れ出す。
少女の頬に少し赤みがさしてきた。あたしリーアはほっとする。これで死んじゃったなんて事になったらあたしリーア、泣いちゃうからね!

呼吸が規則正しくなってきたので、少女が気づいたときの準備を整えることにする。
街に転移して、衣類と食べ物、飲み物を買い込んだ。
戻ってもまだ気が付いていない。あたしリーアは服を脱がせ、濡らした布で肌に付いた血糊を拭っていく。傷は完全に塞がってるな。さすが魔法。
少女は細身の割に、柔らかい肌のすぐ下にしっかりした筋肉を感じた。あたしの前世の一人、剣士ロデリックの記憶によると、相当鍛錬してるように見える。胸は発展途上の綺麗な円錐形。ピンクの乳首が可愛いな。
それから新しい着物を着せた。こういう時は無重力って助かる。持ち上げなくて良いからね。

あたしリーアが買ってきた焼き串をかじっていると、小さなうめき声をあげて少女が目覚めた。しばらく周りを見回していたけど、気絶する前の事を思い出したらしい。はっと傷跡を確かめる。それから大きく目を見開く。
「これは……あなたの魔法?」
ちょっと空中でじたばたした所であきらめたみたい。重力のあるところなら平伏、ってところだろうな。なんか、可愛いぞ。
「ふふ、あたしはリーア。何があったの?」
「あたいはハミ・カッシャ。感謝する。役目があって赴いた所、待ち伏せに遭った」
「役目?」
この子、見た目は中学生くらい。なのに、あんな重傷を負うような役目って?
「こうしちゃ居られない。あいつらを救わなくっちゃ」
えー?説明無し?
ハミが突然、戸口に向かった。初めての筈なのに、器用にロープを辿る。
そして、戸を開けて凍り付く。
だよね。外は何も無い暗黒の空間。地面すら無いんだから。

「ごめんね、ここは『どこでも無い所』なの。でも、あたしが知ってる所なら、どこにでも送ってあげられる。心配しないで」
疑似空間、と言っても通じないだろうから『どこでも無い所』と表現しておく。
「あなたの魔法か……」それで納得したみたい。
「どこへ行きたい?」
「クズミ砦へ行けるだろうか」
名前言われても分からないなあ。空間把握でハミが倒れていた当たりを探索する。数キロほど離れた所に、木の柵で囲まれたそれっぽい所をみつける。
「あなたが倒れていた所から、かなり離れた所に砦っぽいのがあるけど」
「それだ」
「行ってどうするの?」
「手下を助ける。生きていれば、そこに捕らえられてる筈だ」
「あなた一人で?」
ハミが黙って頷く。
なんて健気な。でも、こんな女の子一人、無謀も良い所だわ。
「あー、もう。乗りかかった船ね。仕方ない、手助けしてあげる」
ハミが驚いた表情を見せる。

あたしは砦の詳細を空間把握魔法で探索する。
四角く木の柵で囲まれた中央に、かなり大きな地下一階、地上二階の建物が一つ。その周りを小屋が取り囲んでいる。柵と小屋の間はかなり広い通路になっている。柵の角々には櫓があって、常時見張りが立っているようだ。
小屋の中を順々に探索していく。兵士らしい人たちが暮らしている所、走竜をつなぎ止めている所、倉庫などになっている。
大きな建物の二階には大きな広間があり、それを取り囲むように小部屋が廊下で繋がっている。一階は厨房や武器庫、その他の部屋がある。
地下一階はそれほど広くなく、通路の両側に格子の嵌まった部屋がいくつか並んでいる。おそらく、これが牢だ。ほとんど空だけど、ひとつだけ囚人らしい三人を収容している所がある。これかな。
鎖で吊り下げられた囚人の特徴をハミに伝える。
「間違いない。テンド……スダ……ワガル……生きていてくれたか……」
牢の周りに誰も居ないのを確かめ、直接牢内に転移する事にする。三人を直接転移しても良かったのだけど、それじゃ三人がパニックを起こしかねないからね。
「行くわよ」

急に足下に重みを感じて、ハミはたたらを踏んだ。あたしも最初はそうだったな。
突然、目の前に現れたあたし達を見て三人は目を剥く。
「わか……」
「しっ!大きな声出さないで」ハミが指を唇に当てる。
「心配ない。この人はあたいを助けてくれた魔女殿だ」
魔女殿ですか。まあ、そう言って良いんだけど。なんか悪者っぽいな。
「これから魔法でここを抜け出すわ。ちょっと変わった所へ出るから驚かないで」
あたしリーアはひそひそ声で三人に伝えた。
「良いかな?」
そう言って、あたしリーアは手を振った。まあ、その必要は無いんだけど、三人への合図ってとこかな。吊り下げられた鎖を置いてけぼりにして、あたしリーア達五人は転移する。
「ひゃっ?」
「わわっ!」
「あわっ!」
三人とも手足をバタバタさせて宙に浮く。あー、こうなるか。ハミはさすがに落ち着いてる。
「慌てないで。水に浮く感じで力抜いて」
何度かそう呼びかけて、やっと三人は静かになった。

「テンド、スダ、ワガル、良かった」
ハミがロープ伝いに三人を抱き寄せる。
「若頭あ!ご無事で」
三人もハミを抱いて喜ぶ。
ん?若頭?ハミの事?それは後にしよう。
見ると三人ともひどい傷だ。治癒魔法をかける。
服もズタズタなので新しいのが必要だけど、四人をここに置いて出かける訳にいかない。あたしリーアは砦の倉庫から衣装を拝借する事にした。ついでに食料と調理器具、薪なども頂いておく。
ちょっと気が引けるけど、四人を痛めつけた賠償って事で良いよね?

三人が着替え終わった所で、調理のために森の中の開けた所に転移した。無重力では対流が無いので、うまく薪を燃やせないからね。
転移すると、すぐ四人は片膝立ちで手をつき、あたしリーアに頭を下げた。
「此度はあたい共々、手下までお救い頂き、感謝のしようもありません。今後は我らの命、リーア様に捧げます。存分にお使い下さいますよう」
今度は殿じゃ無く様?命って、そんな大げさな。こういうの苦手。あたしリーアの目線、斜め上に漂っちゃう。
「あ、ああー。たいしたことしてないから、そんなに気にしないで。それより、食事にしようよ」

それから手頃な石を積んでカマドを作った。薪に着火し、鍋を火にかけ調理を始める。これはスダという女性がやってくれた。見た目、どこにでも居そうな地味な女性。二十代くらいかな。茶色味がかった黒髪を縛って後ろに垂らしている。
テンドという青年は肉を捌いて串に刺し、火にかける。短髪のひょろりとした長身。これもどこにでも居そうな真面目人間って感じ。
ワガルというおじさんは武器の手入れ。この武器はリクエストに応えて砦から失敬してきた物。人の良さそうな笑顔で剣を磨いてたりする姿は何かギャップを感じる。
そしてこの三人も瞳孔が赤く、縦に細く長い。

食事が出来るまで、ハミから色々事情を聞いた。
「ハミさん、若頭って呼ばれてたけど?」
「わたいはシンハンニルの里、カッシャ組の頭だから」
「若頭、そのことは……」ワガルおじさんが慌てて口を挟む。
「命の恩人に隠し立てはないだろうが。それに、我らを裏切った里に何の義理立ての必要がある?」ハミが鋭い声で返す。
「え……と。まずいことなら話さなくって良いよ」
「いえ、そうはいきません。シンハンニルは隠れ里なんです。誰も名前も場所も知りません。里の事は絶対の秘密でした。なぜなら、わたい達が魔人だからです」
「やっぱり、そうなの?あたしの母様も魔人だよ」

四人は目を見開いてあたしを見た。
「しかし……」あたしの目を覗く。あ、そうか。リーアのあたしリーアは魔人の目をしていない。
「秘密を明かしてくれたんだから、あたしも秘密を話すわ。この体はホムンクルスで、あたしの本体から憑依してるの」
「ほむんくるす?」四人が首を傾げる。
「知らない?これも失伝してるのかな?ホムンクルスって魔法で作った人工生命体なの」
失伝してるとしたら、世界中であたしリーアの持ってるホムンクルスしか居ないって事になる。そして、もう新しく作る事なんて出来ないんだ。大事にしなくっちゃ。
「リーア様は凄い……」
「あはは……でもホムンクルスを作ったの、あたしじゃないわ。他の魔道士。だから凄くなんて無いわよ」
「それじゃ本体の方は……」
「同じよ。あなた達と同じ目をしてる。シャニナリーア・マンレオタ。三才の女の子」
「では、母御はあのカーサイレ・サルマ卿!マンレオタに嫁いだ」ワガルおじさんが唸る。
「三才ですって?それでこんな魔法を?」スダが驚く。
「うーん、信じられないかも知れないけど、あたしには前世の記憶があるの。八百年前の魔女アクシャナのね。そしてその魔法も受け継いでる」
「……信じられないけど、信じるしかありません」ハミがきっぱり言い切る。

「ねえ、気になったんだけど、何で魔人なら里を隠さなくちゃいけないの?」
あたしリーアも半分魔人だから気になる。すっごく気になる。
「人は魔人を恐れ、討ち滅ぼそうとするからです」ハミが答える。
「えっ?そんな話、母様から聞いてないよ」これは寝耳に水。
あたしリーアが小さいから、母様は話してくれなかったんだろうか。
「サルマ卿はご存じあるまい。幼い頃から人の手で育てられた筈だからの。これは我らに伝わる昔の話でな。魔人は元々、人だったという。だが、魔素が非常に強い所で何代も住まった時、魔人の子が生まれた。魔力が強く、人の何倍も力がある。人々はそれを恐れ、殺したり追放したりした。生き残った魔人達は一人集まり、二人集まりして村を作った。だが、それも軍隊によって討ち滅ぼされた。シンハンニルの里は、人の来ない山深い荒れ地に、その生き残りが密かに作ったものだよ」ワガルおじさんは淡々と語ってくれた。

「そっか……」
すとんと腑に落ちるものがある。
人は自分たちの及ばない大きな力を恐れ、憎悪し、排除しようとするものなんだ。
あたし陽子の何代もの前世でも、人はそうしてきた。
今のあたしシャニは半分魔人。おそらくそれだけでも人の恐れと憎悪を招くだろう。大きな力を持っている事が知れれば、昔の魔人達と同じように、あたしシャニを討ち滅ぼそうとするかも知れない。
気を付けよう。力は絶対見せちゃいけない。

「うん、お互い秘密は打ち明け合ったし、これからは秘密のお仲間ね。それで、お役目とか言ってたけど?後、待ち伏せとか」あたしリーアは話を少し変える。
「はい。シンハンニルの里は荒れ地で作物も獲物もとても少ないんです。だから他の国々から秘密依頼を受けて報酬を貰います。秘密依頼はこちらから取りに行きます。里を知られるわけにはいきませんからね。わたい達は普段から何人かで組を作ってて、依頼に応じてお役目を引き受けます」
「へえ、どんな依頼を受けるの?」
「諜報、調略、暗殺とか、人には難しいお役目です」
「暗殺ですって!」うわ、きな臭い事聞いちゃった。
「お役目のために、あたいらは小さな頃から厳しい修業をします。それで認められたら組に入れて貰うか、何人かで組を作ります。お役目の時は魔魚の鱗を使って目を隠すんです」
ん?なんか忍者っぽい。
「若頭は優秀なんです。だからあたいも組に入れて貰いました」スダが満面笑みをたたえて言う。こりゃ、惚れ込んでるって顔だね。
「俺もだね。若頭に勝てたためしがない」テンドが口を添える。
「だからワシは頭を譲ったんじゃ」へー、ワガルおじさん、元頭だったのか。
「ふうん、その自信があるから一人で助けに行こうとしたのか」何となく納得のあたしリーア
「くそ、裏切りさえ無かったら、あたいらは絶対下手うたなかった」ハミが悔しそうに地面を拳で打つ。
「何があったの?」一応、聞いてみる。
「あたいらのお役目は砦の潜入調査だったんです。そしたらいきなり五十人ほどに囲まれて」
「その中に、わしらにお役目を出した本人がおったのですよ」ワガルおじさん、腹立たしげに言う。
「何人かは里の組の者だった!」
「それで一斉に襲われて」
「罠まで仕掛けてやがった。お役目は、あたい達を嵌めるためだったってわけ」
「ふん、けどよう、俺は五人殺ってやったぜ」テンドが鼻を鳴らす。
「あたいは六人。勝ったね」スダがにやっと笑う。
「ワシも六人じゃ。若頭は十人は殺ったじゃろ?」ワガルおじさん、爽やかに言うよ。
「うーん、十二人までは数えたかな」おいおい、ハミさん、さらっと言うね?
あたしリーアは開いた口が塞がらない。こんな人たち、助けて良かったの?
なんか目立った所も無いジミーズ四人。実はとんでもないバトルジャンキーなんだ。でも隠密行動には向いているかも知れない。

「でも、リーア様の魔法は凄いですね」と、スダが言う。
「しかも詠唱無しでしょ?魔道具じゃ無いですよね?」とハミ。
「最初は詠唱してたの。そのうち、どんどん短くなって」とあたしリーアは答えておく。
「あたい、治癒魔法使えるんですけど、無詠唱でできるようになりますか?」スダが聞いてきた。
「なるわよ。頑張ってね」是非、そういう方向で頑張って欲しい。

そうこうしているうち、食事も終わった。
「あなた方、これからどうするの?」
「リーア様に付いていきます」ハミ、当たり前みたいな顔で言う。
えーっ?ちょっとまずい。ホムンクルスのあたしリーアは良いとして、普通の人間を長期間無重力状態で過ごさせるのはまずい。筋力低下や骨量減少なんかの症状を引き起こす。と言って、幼女のあたしシャニには、彼らをマンレオタに住まわせる手段が無い。
「ごめんね、そういうわけには行かないのよ。あたしは『どこでも無い場所』に住んでるんだけど、皆の体には良くないの」
四人は頭の上に、がーん、という書き文字が浮かぶような顔をした。

そのうち、四人で頭を寄せ合って相談を始める。やがて纏まったのか、ハミが寄ってきた。
「リーア様にご迷惑かけるわけにもいかねえ。あたいらはこれから身の振り方を考えます。で、これを持ってて下さい」
そう言って、ハミは赤い小さな珠をあたしに渡した。
「これは『呼び珠』といって、あたいらが連絡を取りたいときに使う魔道具です。これに魔力を通すともうひとつの『呼び珠』が光ります。光はお互いの『呼び珠』の方に向けて光りますから方角が分かります。光の色で遠近も分かります。近ければ赤く、遠ければ青くなります。あたい達を呼びたいときはこれを使って下さい。必ず駆けつけます」
「ありがとう。預かっておくわ。あなた達もあたしに用があるときは呼んで」

それからあたしリーアは四人を近くの街まで転移させた。秘密のアジトみたいな場所があるらしい。あたしリーアはそこで四人と別れ、疑似空間に転移した。

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