帝国の魔女

G.G

文字の大きさ
上 下
5 / 36

第四話 母様無双

しおりを挟む

タークでお出かけは日課になった。
そもそもマンレオタ騎士隊の役目は、ギヌアードからの魔物の侵入を防ぐ事。
なので毎日ギヌアード境界を巡回して監視する。
カーサ母様も隊員任せにせず、自分でも巡回するんだ。
あたしに激甘な母様にとって、丁度良い言い訳になってるんだけどね。

でも危険なのは魔物だけじゃない。
盗賊、人攫い。この世界では人間でも危険な奴が居るんだ。
カーサ母様と巡回を続けているうち、そんな状況に出くわした。

いつものように、小川の岸辺で一休みしている時、あたしの空間把握の範囲に悪意を纏った物を検出した。
カーサ母様も感じ取ったらしい。眉をひそめて当たりを見回す。

橋の方から薄汚い男達が五人。小走りで近づいてくる。
下卑たニヤニヤ笑いを口に浮かべ、あたし達を取り囲む。
やだ、くっさー。こいつら、いつ風呂に入ったんだろう?
「こりゃ上玉だな。高く売れるぜ」
「大人しくしてな。そうすりゃ痛い目に遭わなくて済む」
うわー、鉄板の展開だよ。

カーサ母様が静かに立ち上がる。その表情はあたしが初めて見る厳しいもの。縦長の瞳の中に真っ赤な焔がちらつく。金色の虹彩は光を放つように輝く。膨大な魔気がその細い体を覆って渦巻く。あたしは思わず見とれてしまった。
「お前達はこの領の者ではないわね?」燃えるような怒気を覆い隠す冷たい声。
「あん?それがどうした?」
「この領の者なら、こんな愚かな真似はしないわ」
母様の口から短い詠唱が漏れる。そして胸の前で手をパン!と合わせる。

「雷鐶!」

突然、あたし達の周りを凄まじい電撃が取り巻いた。
男達は逃れようもなく電撃に巻き込まれ、悲鳴を上げる。
カーサ母様は胸の前の手を合わせたままで、男達をにらみつける。
男達が絶叫する。転げ回る。プスプスという布の焦げる音と皮膚を焼く匂い。
だが電撃は男達を捉えて逃がさない。やがて、声も出せずビクビクと痙攣するだけになる。

「母様、母様、みんな死んじゃう!」あたしは母様の腕を揺すった。
これでも前世のあたし、陽子は平和ボケした日本人。人を殺すって、どうもね。
「ん?まあ、構わないけど」カーサ母様はそう言いながら胸の前の手を開く。
すると突然電撃は収まり、周りは薄く煙を上げる黒焦げの男達が転がって居るだけ。
「シャニに感謝するのね。でなければお前達は消し炭になってたわ」
そう言いながら、カーサ母様は男達をタークの所まで引きずっていき、ハッチに投げ込む。
片腕で!
なんか変な音がしたな。足か腕の骨が折れたのかも。あの細い体のどこにそんな力があるんだろ?多分、これが魔人の体力なんだろうな。
とにかく、カーサ母様、怒るともの凄く怖いんだ。容赦ない。良く覚えておこう。
この事件のおかげでその日のドライブ(?)はお開きになった。

「カーサとシャニが襲われただと?」父様が椅子から立ち上がってテーブルを叩いた。
父様は年のうち半分ほどは帝都に出向き、領に帰ってもあちこちを見回っているので館にはほとんど居ない。いわゆる、単身赴任状態ね。そして久しぶりに夕食を共にしたらこの知らせ。激高するのはまあ、分かる。

「まあまあ、サラダン。カーサ相手じゃ返り討ちよ。心配いらないわ」
イワーニャ母様がころころと笑っていなす。
「しかし、いくら何でも二人きりとは不用心も過ぎる」
げ。折角の二人きりドライブ、楽しみにしてたのに。ダメになったらどうしよう?
「あら、私、そんなに頼りない?じゃあ、勝負してみる?サラダン」
カーサ母様が立ち上がって父様の側に行き、顎をなでる。
「い、いや、そういう事を言ってるんじゃない。心配してだな…………」
「あら、嬉しいな。じゃあ、次からあなたも来てくれるの?」
「ちょっと、カーサ!抜け駆けはダメ!」イワーニャ母様がカーサ母様の腕を引っ張る。

「じゃあ、ボク、イワーニャ母様とタークに乗る!」ミトラ兄様が勢いよく手を上げる。
「私、父様と」ナンカ姉様が父様の腕を取る。
「ふあ?」イッティ姉様は相変わらずよく分かってない。
こりゃあ、家族旅行になっちゃいそう。それもまあ、楽しそうだけど。

「だあからああ!私に出かける余裕なんて無いでしょおお?分かってるのっ!サラダン、カーサだけじゃだめ!私も一緒じゃないと絶対ダメえっ!カーサも良いわね?絶対だからねえっ!」イワーニャ母様がはじけてしまった。ストレス溜まってるな。
「う……あ……」父様がイワーニャ母様の剣幕にたじろいでいる。

「しょうがないわね。イワーニャもああ言ってる事だし、シャニ、二人で行こか?」
カーサ母様も結構策士よね。話をそう持って来たか。
「うん」あたしは知らん顔で頷く。
父様はイワーニャ母様をなだめるので必死。
カーサ母様はすました顔であたしを抱きしめる。あー、何だろう、この幸福感。
「あーあ」ミトラ兄様とナンカ姉様ががっかりする。
まあ、こんな流れで父様の言い分はうやむやになった。
母は強し。まして二人も居れば。
そんなわけで、カーサ母様とあたしは頻繁にタークで出かけた。

そんなある日、前の方からタークが一台、猛スピードで近づいてきた。
「隊長、タダ村に魔物が接近しています」
「何?」カーサ母様の顔が緊張で引き締まる。
「魔物は『腐れ木』。それで……」隊員がちらっとあたしの方を見た。
カーサ母様は一瞬、あたしを見る。それからため息をついて、
「館に戻っている暇はなさそうね。急ぎましょう」
二台のタークは猛スピードで並んで走る。道路は無視し、木々や建物は飛び越え、目的に向かって一直線に突き進む。前世なら道路交通法違反もいいとこよね。

よっしゃ!生まれて初めて魔物が見られるんだ!多分、魔物との戦闘も!
怖くないのかって?
そんな訳ないじゃん。カーサ母様と一緒なんだもの。

やがて、数台のタークが魔物を攻撃しているのが見えてきた。
見た目、魔物は倒れた枯木のようだ。ただ、大きい。直径は人の背丈以上ありそう。長さは三十メートルくらい。古びた幹から無数の枝が突き出ている。ただの樹木と違うのは、枝がうねうねと動き、前へ前へ進んでいく所だ。魔物が通った後は、草木が枯れて黒く干からびている。そして纏い付く黒い瘴気。きも。
「足を止めろ!枝を焼き払え!」
隊員達が声をかけあって、タークの先からまばゆい光の塊を打ち出す。光の塊は枝に当たるとはじけ、赤い焔をまき散らす。枝は次々に黒い破片になって飛び散る。打ち終わったタークは魔物を飛び越え、反対側から反転してまた攻撃する。それぞれにヒットアンドアウェーの繰り返し。凄い!

大木の魔物が身をよじらせた。
枝が一斉に揺らめき、向かったタークの一台に襲いかかる。
カーサ母様はその枝に向かって突き進み、光の塊を打ち出す。すぐに機首を持ち上げ、火を噴く枝の上をかすめる。うひゃー、まるでジェットコースター。
「助かりました、隊長」
間一髪、難を逃れた隊員が併走して礼を言う。
「見た目より枝が届くからね。気を付けて」
そう言って、母様はタークを旋回させ、また魔物に向かう。景色があたしの周りでぐるりと回転する。強い横Gが体を引っ張る。と、思うと急速に魔物の姿が大きくなる。光の塊を打ち出す。機首がぐんっと持ち上がる。一瞬、目の前に空。すぐに地面が迫る。また景色が回転する。

すっごいスリル!
やばい、癖になりそう!

そうした繰り返しのうち、前半分の枝を刈り取られた魔物はやっと前進を止めた。
「よおし、削っていくわよ。こいつは全部消し炭にしないと死なないからね」
カーサ母様が号令する。タークの数はもう十台以上になっていて、一斉に魔物に襲いかかっていく。炸裂する焔。残った枝や表皮が黒く焦げてはじけ飛ぶ。魔物は全身ボロボロになってもまだ大きな体をくねらせてもがく。
そいつは無数の塊に砕けてもまだ動いていた。隊員達はその破片を丁寧に焼いていく。
「もうそろそろね。怪我人はいる?」
「三人ほど瘴気を浴びてます」
「じゃ、その三人は一緒に来て。館に戻るわ。他の人は後始末、お願いね」
「ういーっす」
隊員達は腕を突き出して応える。

館に帰ると、門の前でイワーニャ母様が仁王立ちになって待っていた。
「カーサったら、シャニ連れてったの?危ないわねえ」眉をひそめる。
「仕方ない。『腐れ木』がタダ村に入ったら悲惨な事になるもの」
カーサ母様はそう言いながらあたしからベルトを外す。
「怖かったでしょ、シャニ」イワーニャ母様があたしを受け取って頭を撫でる。
「ううん、皆凄かったよ。こう、ぐいーんって行って、ばばあん、って!」
まだ興奮の醒めないあたしは、手をぶんぶん振って説明する。

「………………」

あ、あきれられた。
うーん、そうか。女の子の反応としてはちょっとおかしいんだろうな。前世の幾つもの性格が混じってるのかな?

「瘴気を浴びた人がいるから、お願いね、イワーニャ」
「えー、ちゃんと結界張ってなかったの?」イワーニャ母様、あきれ顔。
「鍛え直すわよ」カーサ母様がじろりと三人の隊員を睨む。
「ひええ…………」情けない声が聞こえた。
イワーニャ母様が一台のタークに乗り込み、隊員の一人に手をかざす。
あたしが不思議そうに見ていると、
「治癒魔法よ。イワーニャの得意魔法」
カーサ母様が教えてくれた。そうか、それで門の所で待っていたのか。

その日の夕食は魔物退治の話で盛り上がった。ミトラ兄様はうらやましそうにしていたけど、話は聞きたがった。のんびり屋のイッティ姉様まで目を輝かせて聞き入る。
父様は帝都に出かけて居なかったけど、後で話を聞いたらカーサ母様を叱るんだろうな。

騒ぐあたし達の横でカーサ母様とイワーニャ母様は大人の話。
「あーあ、『腐れ木』じゃ素材取れないから、くたびれもうけだったわ」
「それにしてもタダ村って、ギヌアードからは随分離れた所じゃない?」
「最近、増えてるわね、ギヌアードから越えてくる魔物。それも段々領内の深い所までやって来てる。ギヌアードで何か起きてるのかも」
「畑とか家畜の被害届も増えてるわよ」
「巡回増やさなければいけないんだけど、タークの数がねえ」
「ロダ・バクミンも手一杯だし、すぐには無理ね」
「増やせても訓練に日にちがかかるから……」
「あーあ」二人でため息をついた。

でも、タークって凄いな。魔道具って言ったっけ。どうなってるんだろう?
あたしの空間魔法、カーサ母様が前に使った稲妻の魔法、イワーニャ母様の治癒魔法。
俄然、魔法についての興味があたしの中に沸き起こってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。 そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。 しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。 ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。 そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。 「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」 別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。 そして離婚について動くマリアンに何故かフェリクスの弟のラウルが接近してきた。 

処理中です...