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『霧の淡雪』増殖編
「待っていたよ、私の天使」
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「待っていたよ、私の天使」
皇太子が未来の妃の手を取って立たせる。
選ばれた少女は緊張しているのか、青ざめた顔をして震えている。
長かった皇太子妃選抜が終わった。
二十五才にもなって浮いた噂一つなく、心に秘めたご婦人もおらず、このままでは皇統が危ういと心配ばかりしていた。
今、ここに新たな未来が紡がれた。
これで帝国は安泰だ。
集まった一同はホッと胸をなでおろす。
と、もう一人の少女が口を押えて肩を震わせているのに気が付いた。
時折なにかしゃくりあげるような声もする。
何か辛いことを耐えているようなその姿を、皇帝夫妻は痛ましげに見つめる。
「・・・やはり選ばれなかったのが辛いのか」
「可哀そうですけれど、こればかりは仕方がありません。せめて良き縁談を都合いたしましょう」
皇后が少女を慰めようと近寄った時だった。
「プッ、プフゥゥゥッ ! もう、ダメッ ! 無理っ ! 」
「な、どうしたのです ? 」
娘は先ほどまでの淑女の鏡という物越しを捨て、お腹を抱えて爆笑していた。
「も、もう、まさか本当にリアルでこれを聞けるなんて思わなかったわっ ! 」
「ちょっと、アンナっ ! 」
「ねえねえ、ファー。もう一回言ってみて ? そうそう、そんな風に手を取りあって見つめ合う感じで ! 」
「アンナってば ! 」
「眼福ってこういう時のための言葉なのね。あー、いいもの見せていただいたわ。ゴチソウサマ ! 」
「アンナァァァァァッ !!! 」
アンナは笑いすぎて目に涙を浮かべている。
エリカは顔を真っ赤にして怒りを抑えている。
「私、知ってたわ。そうよ、最初からわかっていたの。だから、こうなることは必然だったのよ。エリカが選ばれないと、あのセリフが聞けないんですもの」
「・・・自分が言われなかったからって喜ばないでよ、アンナ」
「違いますわよ、エリカ」
アンナは立ち上がってドレスの裾をパタパタとはたく。
そしてエリカにギュッと抱きついた。
「あのセリフはエリカの為だけにあるの。だってエリカがヒロインなんですもの。皇太子妃にはエリカ以上に相応しい女性はいない。だから、幸せになって」
泣き笑いのアンナをエリカも抱きしめる。
色々なことを二人で力を合わせて乗り切ってきた。
たくさんの思い出を作った。
けれどこの部屋を出たらそんな日々も終わる。
エリカの目にも涙が浮かんだ。
「もう・・・会えないのかな」
「今までみたいには無理かも。でも、エリカにはファーがいるんですもの。そんな顔しないで笑ってちょうだい」
「こんな顔させたのはアンナだわ。責任取ってよ」
もちろん。
アンナはファー、皇太子ヨサファートにハンカチで涙をながら言う。
「エリカを幸せにしてね。絶対に泣かせては駄目よ」
「ああ、約束する。一生大切にする」
「もし一度だって悲しい想いをさせたら、わかっていますわね ? 」
いつだって何処にいたって、鯨尺を持って駆け付けますわよ。
「・・・実際やりそうだな」
「ええ、アンナなら必ずやります」
皇太子と側近ライオネルが若干顔を引きつらせて苦笑いをする。
「さて、エリカの未来は決まったわ。次は私の番ですわね」
コホンと咳を一つして、アンナは若干ファーよりは地味な服を纏ったライの前に立つ。
「ライ、あなたは私にずっとそばにいて欲しいって言ったわね」
「はい。その気持ちは変わりません」
「あなたの左側が私のいる場所なら、私の右側はいつでもあなたのものよ。結婚してください、ライ」
「「はあぁぁぁっ ?! 」」
居並ぶVIPたちが唖然とする中、左の小指にはめたピンキーリンクを外すと、アンナは跪いてそれをライに差し出した。
「お待ちなさい。女性からの求婚なんて、聞いたことがありませんわ」
「してはいけないとも聞いておりませんわ、皇后陛下」
一体なにが行われているのだろう。
跪いて身に着けている指輪を渡す。
これが伝統的な求婚のマナーだ。
だが、それは必ず男性からのもの。
女性から男性に指輪を渡すなどありえない。
「アンナ・・・君って人は・・・」
「ライ、お返事をきかせて ? 」
自分から告白しておきながら、ライはなかなか指輪を受け取ろうとしない。
隣のファーとエリカに小突かれて、ライは困ったようにアンナに言った。
「僕には家名がありません。家族からも縁を切られています」
「あら、そうなの ? 」
「殿下の側近としてそれなりの禄は頂いていますが、貴族のご令嬢のアンナの満足できる生活をさせてあげることができません」
「それで ? 」
「召使を雇うゆとりもありませんし、家事は二人で分担してやることになるでしょう。アンナはそんな平民と同じ暮らしでも良いのですか」
「よろしいわよ」
「よろしい・・・えっ ?! 」
よろしいのか・・・ ?
アンナは跪いたままニコニコとライを見上げた。
皇太子が未来の妃の手を取って立たせる。
選ばれた少女は緊張しているのか、青ざめた顔をして震えている。
長かった皇太子妃選抜が終わった。
二十五才にもなって浮いた噂一つなく、心に秘めたご婦人もおらず、このままでは皇統が危ういと心配ばかりしていた。
今、ここに新たな未来が紡がれた。
これで帝国は安泰だ。
集まった一同はホッと胸をなでおろす。
と、もう一人の少女が口を押えて肩を震わせているのに気が付いた。
時折なにかしゃくりあげるような声もする。
何か辛いことを耐えているようなその姿を、皇帝夫妻は痛ましげに見つめる。
「・・・やはり選ばれなかったのが辛いのか」
「可哀そうですけれど、こればかりは仕方がありません。せめて良き縁談を都合いたしましょう」
皇后が少女を慰めようと近寄った時だった。
「プッ、プフゥゥゥッ ! もう、ダメッ ! 無理っ ! 」
「な、どうしたのです ? 」
娘は先ほどまでの淑女の鏡という物越しを捨て、お腹を抱えて爆笑していた。
「も、もう、まさか本当にリアルでこれを聞けるなんて思わなかったわっ ! 」
「ちょっと、アンナっ ! 」
「ねえねえ、ファー。もう一回言ってみて ? そうそう、そんな風に手を取りあって見つめ合う感じで ! 」
「アンナってば ! 」
「眼福ってこういう時のための言葉なのね。あー、いいもの見せていただいたわ。ゴチソウサマ ! 」
「アンナァァァァァッ !!! 」
アンナは笑いすぎて目に涙を浮かべている。
エリカは顔を真っ赤にして怒りを抑えている。
「私、知ってたわ。そうよ、最初からわかっていたの。だから、こうなることは必然だったのよ。エリカが選ばれないと、あのセリフが聞けないんですもの」
「・・・自分が言われなかったからって喜ばないでよ、アンナ」
「違いますわよ、エリカ」
アンナは立ち上がってドレスの裾をパタパタとはたく。
そしてエリカにギュッと抱きついた。
「あのセリフはエリカの為だけにあるの。だってエリカがヒロインなんですもの。皇太子妃にはエリカ以上に相応しい女性はいない。だから、幸せになって」
泣き笑いのアンナをエリカも抱きしめる。
色々なことを二人で力を合わせて乗り切ってきた。
たくさんの思い出を作った。
けれどこの部屋を出たらそんな日々も終わる。
エリカの目にも涙が浮かんだ。
「もう・・・会えないのかな」
「今までみたいには無理かも。でも、エリカにはファーがいるんですもの。そんな顔しないで笑ってちょうだい」
「こんな顔させたのはアンナだわ。責任取ってよ」
もちろん。
アンナはファー、皇太子ヨサファートにハンカチで涙をながら言う。
「エリカを幸せにしてね。絶対に泣かせては駄目よ」
「ああ、約束する。一生大切にする」
「もし一度だって悲しい想いをさせたら、わかっていますわね ? 」
いつだって何処にいたって、鯨尺を持って駆け付けますわよ。
「・・・実際やりそうだな」
「ええ、アンナなら必ずやります」
皇太子と側近ライオネルが若干顔を引きつらせて苦笑いをする。
「さて、エリカの未来は決まったわ。次は私の番ですわね」
コホンと咳を一つして、アンナは若干ファーよりは地味な服を纏ったライの前に立つ。
「ライ、あなたは私にずっとそばにいて欲しいって言ったわね」
「はい。その気持ちは変わりません」
「あなたの左側が私のいる場所なら、私の右側はいつでもあなたのものよ。結婚してください、ライ」
「「はあぁぁぁっ ?! 」」
居並ぶVIPたちが唖然とする中、左の小指にはめたピンキーリンクを外すと、アンナは跪いてそれをライに差し出した。
「お待ちなさい。女性からの求婚なんて、聞いたことがありませんわ」
「してはいけないとも聞いておりませんわ、皇后陛下」
一体なにが行われているのだろう。
跪いて身に着けている指輪を渡す。
これが伝統的な求婚のマナーだ。
だが、それは必ず男性からのもの。
女性から男性に指輪を渡すなどありえない。
「アンナ・・・君って人は・・・」
「ライ、お返事をきかせて ? 」
自分から告白しておきながら、ライはなかなか指輪を受け取ろうとしない。
隣のファーとエリカに小突かれて、ライは困ったようにアンナに言った。
「僕には家名がありません。家族からも縁を切られています」
「あら、そうなの ? 」
「殿下の側近としてそれなりの禄は頂いていますが、貴族のご令嬢のアンナの満足できる生活をさせてあげることができません」
「それで ? 」
「召使を雇うゆとりもありませんし、家事は二人で分担してやることになるでしょう。アンナはそんな平民と同じ暮らしでも良いのですか」
「よろしいわよ」
「よろしい・・・えっ ?! 」
よろしいのか・・・ ?
アンナは跪いたままニコニコとライを見上げた。
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