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『四方の王』編

一人じゃないって素敵なこと

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 北たちが追いかけっこに出かけてしまって、私たちはまたギルマスの訓練を再開した。

「おや、今回の注意点を忘れてしまったかな ? 」

 ギルマスの指摘に気を引きしめる。
 そう、しばりがあるのだ。

 私は宰相令嬢で、兄様たちやアルは廃止されたとは言え上位貴族の血筋という設定だ。
 そんなわけで動きに気を付けなければいけない。
 優雅に、上品に、気品に溢れ美しく。
 間違ってもしかめっ面でチッとか舌打ちしちゃいけないし、へっぴり腰や尻餅ついたりなんて無様な姿は見せちゃいけない。
 それとたとえ敵わないと思っても果敢に攻める。
 挫けない心。
 圧倒的な力を見せられても、決して後退はせず立ち向かう。
 そんな姿を見せつけなければならない。

 騎士団は討伐はしない。
 魔物と戦った経験がほぼないのだ。
 だからまず冒険者の戦い方を知らなければいけない。
 騎士と冒険者では戦い方はまるで違うのだ。
 私たちは冒険者のギルマスから教えを受けているし、兄様たちは領都で冒険者として暮らしていた。
 私とアルも祠の修復で王都外で魔物と対峙して心得があるということになっている。
 そこで私たちの訓練を見てもらい、その後で実際に討伐を経験してもらう。
 魔物の情報は『大崩壊』が確定してから勉強してもらっているけれど、やはり実践しなければ使えない。
 だからこその公開訓練だ。
 ここで冒険者の覚悟を見てもらわなければ。
 魔物と向き合う時、冒険者は命をかける。
 どんなに小さく弱い魔物でも全力で挑む。
 騎士様と違うのは命と向き合うという心構えだ。
 義と誇りをかけて戦う騎士様とは違う。
 生きる為、生き残るために戦うのだ。
 それを理解しなければ『大崩壊』で騎士様たちは大きな損害を受けるだろう。
 そして魔法師団の皆さん。
 アンシアちゃんに見せてもらったテキストには、様々な支援魔法が載っていた。
 だがそれを本番で発動できなければ、邪魔なだけだ。
 だからギルマスはアンシアちゃんに詠唱魔法を使わせようとしている。
 そこから『大崩壊』での魔法の使い方を見出してくれたらという考えだと思う。
 なのに私は今のアンシアちゃんのことばかり考えてしまった。
 未熟な自分を恥じ入るばかりだ。

「わかっていると思うけど、アンシアの魔力は師団長の倍だ。それを上手く使わないともったいない。そして君の魔力は・・・」
「わかっています。それ以上は仰らないで、ギルマス」

 四方よもの王になってから、私の魔力は異常に上がっている。
 体にみなぎるそれでわかる。
 今はまだ扱いかねている力だけれど、全てを把握した時はギルマスのそれを凌駕しているだろう。
 でも、今は、それは知りたくない。
 まだ私は、ただのルーでいたいから。
 
 一瞬だけボウッとしてしまった私に、遠慮のないギルマスの攻撃が入る。
 それをシットスピンの要領で華麗にかわす。
 ついでに少しだけ微笑んで見せる。
 全然これくらい余裕ですよと、お客の皆さんは信じてくださいね。
 でも心の中ではさっきの桑楡そうゆのように「無理、むり、ムリぃぃぃっ ! 」って叫んでいる。

『ルー、うるさいぞ ! 』
『だって、ムリですもん、エイヴァン兄様。なんでか私ばっかり攻撃してません、ギルマス』
『そんなわけないじゃないかー。でも、ルーの反応が一番かわいいからかな』
『うそです ! ギルマスはいつからそんなウソつきになったんですかっ !  私、ギルマスをそんなふうに育てた覚えはありませんっ ! 』
『私の母の妄想が出るとは、かなり余裕がなくなっているようだね』

 会話は全て念話で行っている。 
 声に出すのは聞かれても問題ない部分だけ。
 余裕、余裕なんて初めっからないですよ、ギルマス。
 私、まだ冒険者二年目の駆け出しですよ。
 色々と経験が足らないんですよ。
 まあ西の大陸ではこっちにはないダンジョンとかで楽しませてもらったけど。
 おかげでランク爆上げだったけど。

『心の声が漏れているよ、ルー。君の経験不足は『大崩壊』で全部解消されるから心配いらないからね』
『わあぁぁぁぁんっ、ギルマスのいじめっ子ぉぉぉっ ! 』
「あはははははっ ! 」

 突然アンシアちゃんが笑い出した。
 私たちは何事が起きたのかと動きを止める。

「アンシア、どうしたんだい ? 」

 さっきまでの真っ青な顔はどこへやら、彼女はさっぱりとした見慣れた自信にあふれた表情をしている。

「大丈夫です。続けてください。あたしも参戦しますね」

 そう言って冒険者の袋から愛用の剣を取り出したアンシアちゃんは、いきなりギルマスに切りかかった。
 それを軽々とギルマスは受ける。

「・・・魔法は諦めたのかな ? 」
「あたしの辞書に諦めなんて言葉、ありません。学生時代だって数人でやらなきゃいけない課題を一人でこなしてきたんです。ギルマスの指導なんて、あの時に比べたら楽ちんですよ」

 ニヤッと笑って彼女は剣を構えなおす。

「だって、今は、一人じゃないんですから」



 瓦版とかで得た情報。
 アンシアちゃんは王立魔法学園では友達が一人もいなかったらしい。
 スラムと言われたシジル地区出身ということで、グループ研修は最初の課題で爪弾きにされてしまった。
 残りの学生時代は一人で全ての課題をこなしていたという。
 数人で手分けして行わないと難しい課題。
 それをたった一人で進めなければならなかった彼女が、ベナンダンティになるまでの私と重なる。
 嘲笑われても罵られても、そこにいなければならない絶望感。
 誰も、担任の先生すらも味方になってくれないという孤独。
 初めて会った時のアンシアちゃんの近寄るな、かまうなという態度。
 それが何故だかを後からわかった。
 仲間だと思っていたのに、裏切られるのが怖かったんだ。
 昨日まで仲良くおしゃべりしてた人が、翌朝には手のひら返しをして無視する。
 私も随分と経験してきた。
 幼稚園と小学校の八年間。
 だから中学に入っても出来るだけ人と親しくならないようにしていた。
 突然ベナンダンティになったあの日までは。
 だからあのヒルデブランドでの日々が私同様に彼女の心を癒してくれたのなら、こんなに嬉しいことはない。
 それにアンシアちゃんは言ってくれた。
 もう一人じゃないって。
 みんなで力を合わせて乗り越えていけるって。

「一人じゃない、か。では私も遠慮なくやらせてもらうよ」

 ギルマスの動きが目に見えて早くなる。
 でも、大丈夫。
 防戦一方から全員で反撃にまわる。
 アンシアちゃんを守らなくていい。
 五対一。
 連携できるこちらが有利だ。
 どこまで耐えられますか、ギルマス。
 ディードリッヒ兄様の剣を防いでいるところに、私の氷の槍が襲う。
 それを消している間にアルとエイヴァン兄様が横、アンシアちゃんが後ろから迫る。
 合わせて私が水流で足元をすくう。
 だけどそれをギルマスはことごとく防いでしまう。
 しばらくギリギリの攻防戦を続けていたら、なんだか大きな魔力の動きを感じた。

「みんな、避けてっ ! 」

  アンシアちゃんの声に散開した私たちの前で、巨大な炎がさく裂した。
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