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『四方の王』編

神獣と消化剤

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 狼煙は長距離で情報を伝える最速の手段である。
 そして燃やすもので色を変えることが出来る。
 詠唱魔法の初歩でも可能ではあるが、そのような人材を地方に派遣することはできない。
 その為に地方ではいつでも狼煙を挙げられるようになっている。
 今回の『大崩壊』では巻き込まれた場所によって色が決められている。
 王都から一番離れた国境の町は白。
 次が青、そして黄色。
 一番王都に近い町は赤だ。
 そして魔物の集団が近づいてきた時と、そして通り過ぎていった時の二回に狼煙を上げることになっている。
 それを見ながら最後の準備にかかる。

「今朝、白の狼煙が上がった。辺境であるので早ければ今日中に二度目が上がるだろう」
 帝国地図を前に、各騎士団とダルヴィマール騎士団、王都警備隊などのトップが顔を揃えている。

「いよいよ始まった。まだ祠の守護はわずかだが残っている。だが、いつまでも娘たちを外に出してはおけない。黄色の狼煙が上がった時点で祠の守りを放棄する」
「それでは・・・」
「修復中に『大崩壊』が起これば、娘たちの命はない。始祖陛下もそれは望んでおられないだろう。いつまでも陛下のお力に頼ってはいられない。ここからは我らの仕事だ」

 今上陛下のお言葉に男たちは力強く頷く。

「皆も知っておろう。この度ついに数字持ちの冒険者が現われた。彼らには黄色地区での討伐を依頼している」
「陛下、なぜ彼らは王都守護に回さなかったのでしょうか。彼らがいれば、それだけ守りが堅固なものになりましょう」

 警護隊体調は不満の声を上げるが、それはここに集まる全員の気持ちの代弁である。

「王都だけがヴァルル帝国ではない。王都の外にも民はいるのだ」

 それに、と皇帝は続ける。

「王都にはダルヴィマール侯爵令嬢と近侍がいる。冒険者ではないが、その力は数字持ちと同等。そして今回は冒険者ギルドからルチア姫を上回る戦力が加わる。そうだな、グランドギルドマスター」
「はい。皆さん、ご紹介させていただきます。英雄マルウィン様です」

 皇帝陛下の後ろから男が一人現れた。
 年の頃は四十半ば。
 短い白髪と痩躯の穏やかな雰囲気の男だ。
 確かルチア姫の師匠であったはずだ。
 すでに伝説と言われている英雄マルウィン。
 どう見ても自分たちよりも若いその姿に、騎士団長たちは呆然とする。

「マルウィン様は現在ヒルデブランドの冒険者ギルドを束ねておられます。今年もマスター研修が入ったため、冬までグランドギルドで非常勤職員として働いて頂いております」
「まことに良き時期に王都に滞在してくれていた。英雄マルウィンよ。その力を民のために貸してもらえるか」

 皇帝の言葉に英雄は静かに頭を下げる。

「この老骨に鞭打ちまして、王都防衛に励む所存にございます」
「して、現役時代の位階はいかほどか」
「『無量大数』にございます」

 騎士団長たちは今度は全員ポカンと口をあけてしまう。

「『無量・・・大数』 ? 」
「まさか、では最後の数字持ちと言われたあの・・・」

 数字持ちが途絶えてすでに数十年がたっている。
 その時の数字持ちは一人。
 それが『無量大数』だったと伝えられている。
 大型の魔物を一人で倒し、力だけでなく権謀術数にも強かったと聞く。
 だがそれも彼らが幼い頃の話だ。
 この壮年の男性が本人なのだろうか。

よわい九十を超えまして、また世にでてお役にたてるのは望外の身のほまれにございます。どうぞいかようにもお引き回しください」

 驚異の九十才越え。
 男たちはこの事実に心が砕けた。



「団長たちは随分と驚いていたな」
 
 例によっての引き篭もり部屋。
 今日も女性陣はいない。
 医療用品の作成に駆り出されているからだ。
 包帯はいくつあっても足らない。
 清潔な布や医薬品。
 用意する物はいくらでもある。
 皇室や高位貴族の女性が率先して動かなければ、下の者たちが動くはずもない。
 貴族のご婦人方は決して優雅にお茶をしているだけではないのだ。
 
「まさか去年見た訓練の指導者が英雄マルウィンとは思わなかったでしょうが、一番驚いたのは年齢でしょうね」
「まさか自分たちより三十も四十も年上とは思わなかったのだろうな」

 あの場に女性がいたら、その若さの理由を説明しろと詰め寄っていただろう。
 今日一番の爆弾を投下したご本人は、いつも通りの穏やかな笑顔でお茶を飲んでいる。
 その横ではエイヴァンが忙しなく手を動かしている。

「それは何を作っているのだ ? 」
「ルーの戦闘服です。ドレスで戦わせるわけにはいきませんし、冒険者装束では一人二役がバレてしまいますからね。貴族令嬢らしく美しくて動きやすいものを用意しています」

 服飾店に依頼してもよかったのだが、それだと無駄に華美な装飾をつけたがり実用性にかける。
 しかたなく侯爵邸の使用人の中で、縫い仕事の得意な者が手掛けている。

「『大崩壊』が一日で終わらない可能性もありますので、着回しも考えて四着ほど用意するつもりです」
「なるほど。それでまた訓練見学会をすると」
「ルーの服装を印象付けて、疾風はやてのルーとは別人と認識させます。ルーにも振る舞いを変えるように言ってあります」

 去年の訓練でギルマスの実力はある程度知られているが、今回は王都に残った騎士団全員に周知させる。
 やはり騎士の中には冒険者を下に見て厄介者扱いする者もいるからだ。
 
「言っておくけれど今度は指導ではなくて訓練だからね。今までと同じだと思わないようにね」
「・・・お手柔らかに」

 ボコボコに叩きのめされる未来しか思い浮かばない係累三人は、乾いた笑いで応えた。

「それにしてもルーも言っていましたが、この世界の人間はチョロすぎませんか。王族や一部の貴族を除いてあまりに考えが浅い」
『しかたがあるまい』

 机の上が光り輝くとピンクウサギと大熊猫が現れた。
 それと同時に並べられていた茶菓子が消える。

『む、どうしたことだ。菓子がないぞ』
「・・・冒険者の袋に仕舞った。お前たち、毎日毎日どうして懲りないんだ」

 エイヴァンは縫物をやめ、ルーの服を丁寧に畳んでこれも冒険者の袋に仕舞う。

「どうせまたあちこちでもらい食いしてきたんだろう。ここでも食べて夜になると腹痛起こしてルーから消化剤をもらうを繰り返して。いいかげんあいつを心配させるのは止めろ」
「いつかそのうち東と西にバレるぞ。大人の尊厳を失う前に聞き分けろ」

 桑楡そうゆが我慢しているのにとディードリッヒにも言われ、二柱はぶつぶつ言いながらアルに出された茶を口に運ぶ。

「僕たちはルーが大好きだから、ルーが心配する君たちのことも気にかかるんだよ」

 色んな種類のお菓子を少しづつ食べる練習をしようね。
 そうアルに言われて創世の神獣は渋々と頷いた。

『さて、この世界の人間の考えが浅いということだが、そもそもここはある目的のためにだけ作られた世界で、進化や成長など必要としていないからだ』
「目的とは、この世界を作った神のか」
『さよう』

 多めに蜂蜜を入れた茶を強請り、桃色ウサギは頷く。

『奥方と妃が言っておったろう。ここはゲームの世界だと。この世界は女神があのゲーム、「エリカノーマ」を現実に見たくて作った世界だ』
「女神 ? この世界の神は女性なのか ? 」

 それは少し違うと大熊猫が言う。

『そもそも神に性別はない。あれは自ら女性という性別を選んだのだ。お主らの神は男でも女でもないぞ。ただ神というだけだ』
『ただ近頃は女を選ぶ神も多くてな。人間の様に容姿や衣装を変えて喜んでおる。嘆かわしいことだ』

 そして女神は大抵考えなしだ。

『あれがやったのは適当に大陸を作って、ゲームのキャラクターが生まれる素地を整えただけだ。そこには進化もなければ成長もない。ただゲームのイベントが起きればいい」
『そしてゲームに出てこなかったオークやゴブリンという人型魔物、エルフ、獣人族、ドワーフ、ドラゴンは別の大陸に押し込めた』

 もちろんイベントに不要なダンジョンなどはこの大陸には作らなかった。

『そしてヒロインたちに丁度いい魂をお主らの世界から掻っ攫ってきたのだ。適当に配置した世界が息づき、シナリオ通りに歴史がすすむ。後はそれを楽しむだけだ』
『全てのイベントが終わった後で、ゆっくりとそれを映画のように堪能する。だがそこに異質な存在ベナンダンティが加わった』

 お主らだ。

『そこで我らは考えた。女神の見たかったイベントは終わった。だが、もし物語に先があったら。そこで思いついたのが「エリカノーマ・ネクストジェネレーション」だ』

 製作スタッフの夢にヒロインの娘の情報を送りつける。
 そして新しいシナリオを作らせる。
 だが、それは二柱の思う通りのもの。
 彼らが考えたものではない。
 
『そのゲームが発売されるまでは女神は戻ってこないだろう。何故ならゲームは終わっていないのだから。我らは時間を手に入れた』

 よし、もう全て説明したから菓子を出せ。
 そう強請る食いしん坊万歳な二柱に、ギルマスがまだこれからとストップをかける。

「あのゲームのパンフレットには『構想六年』と書いてあったよ。だが六年前にはお方様には娘はいなかった。もう少し詳しく話してくれるかい」

 ステイ待てを掛けられたウサギとパンダは、まだ話すのかと情けない顔を見せた。

『そもそもあのゲームを女神が知ったのは、お主らの時間で二十年ほど前だ』
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