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『四方の王』編

野生のバレリーナがあらわれた

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「おい、最終公演ってなんだ」
「あ、なんか私とアルで出ることになったんですよ。でも突然決まったように見せて、前からの決定事項ではないかと思います」

 アルの登場と同じ、きっとこれはずっと前から決まっていたんだ。
 なら、そこで文句のつけようのないキトリを演じれば収支はとれる。
 夜の部のような自分たちだけテクニックを披露するようなものでなく。
 だが、そのあたりをどうバランスを取るか、私たちでは判断は難しい。

「もう、その舞台を見ることができればアドバイスも出来るのに。あなたたち、一体何をやったのよ」

 お母様が悔しそうに扇子を開いたり閉じたりする。

『できぬこともないぞ』

 金色の光が空中に現れてテーブルの上で消えた。
 そこにはぬいぐるみサイズの桃色ウサギと大熊猫がいた。

『娘、我らを紹介してはくれぬか』
「・・・陛下。桃色のが北で白黒のは南です」

 同衾事件から三日。
 私の怒りはまだ収まっていないので簡単に紹介する。
 乙女の涙をなめてもらっちゃ困る。

『娘、もう少し丁寧な紹介は出来ぬのか』
『野菜の値段のように吐き捨てるのは止めよ。我らは北と南の司ぞ』
「やだ。後は自分たちでやって」

 プイッと横を向いて不満の意を表す。
 不服そうな二人に両陛下が頭を下げた。

「ただいま皇帝を務めております。こちらは皇后でございます。お会いできましたこと嬉しく思います」
『ああ、良い。固くなるな、ハールのすえよ。我は早池峰はやちね。北の司』
『我は由良ゆら。南である』

 この娘は呼んでくれぬがな、と悲し気に言うが、騙されない。
 相手は数千年も生きている老害だ。

『さきほど娘の舞台が見たいと申したな、奥方』
「ええ。何を失敗したのか見られれば、的確なアドバイスができますもの」

 兄様やギルマスの話から、私がいったい何をしたか心配なんだろう。
 さすがに私にも見せることは出来ない。
 なんで ?
 踊ってた本人だもん。
 やろうとしたら客席とオーケストラボックスしか映らない
 ・・・後アルの笑顔と。

『さて、我らは体を持たぬ。故に界を超えることが出来る』
『ハールのすまほとやらに数字を送ったのも我らよ。どうだ、少しは驚いたか』

 二人がフフンと立ち上がって胸を張る。
 可愛くない。
 太々しい。

『昨日の舞台も見ておった。傑作であったな』
『死ぬほど笑わせてもらったぞ。あの女の引きつった顔を見たか』

 楽しませてもらったと二人は笑った。

『で、見てきた我らであれば、今ここで映し出すことができるぞ』
『ずーむあっぷとこまおくり、まきもどしも可能だ。どうする ? 』
「「 お願いします !! 」」
「「 いやですっ !! 」」

 前者はお母様と皇后陛下。
 後者はもちろん私とアル。

『では全員あちらの壁を向いて座ってくれ。カーテンは閉めて灯りを消せ』
『準備が出来たら始めるぞ』
「ちょっと、ホントにやるの ?! 止めて、お願いっ ! 」

 え、待って !
 なんで開演ベルが鳴ってるのっ ?!
 兄様たちも拍手しないでっ !



【岸真理子記念バレエ団】ここは岸真理子記念バレエ団のファンが集うスレです【集まれ】
団員さんの情報から、押しに団員さん自慢まで、みんな集まれ!

・団員さんを貶めるような発言は禁止です。
・常識をもって書き込みましょう


105:
 いろいろなところを読んで来たけれど、昼と夜では随分と感想が違うな。

106:
 昼はよかった。
 夜は夢を見ていたようだ。
 別のものを見てきたような書き方よね。

107:
 実際に全然違うものだったよ。
 正確に言うと主役二人のまわりだけ。
 
108:
 あそこだけ異空間というか、レベルとかの問題じゃなかった気がする。

109:
 はっきり言って、『ドン・キホーテ』という作品で評価すると、夜の部は失敗だと思う。
 あまりにちぐはぐし過ぎてる。

110:
 ところが失敗という言葉で終わらせられない何かがあったのも事実。
 あの瞬間を否定されたくない。

111:
 うん、私もそう思う。
 あのワクワクしたジャンプやドキドキしたフェッテ。
 なかったことにして欲しくない。

112:
 いつも冷静に技術なんかを攻めてるあのブログの人からして、あいまいでフワフワした感想を書いているし、どこのスレでも似たようなもの。
 まだここの人たちの感想の方が参考になるかな。
 自分、最終公演のチケットあるから、通常の『ドン・キホーテ』で癒されてくる。

113:
 俺も。
 ルーちゃんと岸バレエの定番を見比べてくるよ。
 昨日の分、撮影入ってたからテレビで確認してくれ。



「これは一体、もう、あなたたち、どうしてこんなことしたの ! 」
「ご、ごめんなさい・・・」
「これがばれえか。凄まじいものなのだな」
「陛下、それは間違った認識です。これは普通ではありません」

 北による上映会が終わった。
 お母様は顔を青くして怒っている。

「舞台のバランスは悪いし、自分たちだけ気持ちよく踊ってるし、ダメダメじゃないの。それにバジルの生き返るシーン」
「あ、それ百合子先生にもダメ出しされました。二度とやるなって」
「・・・よかったわ。それだけの理性が残されていて」

 アルのやったあれは、普通の人にはできないテクニックだったらしい。
 
「というかやろうと思わないわよ。あれ、五番から両足で飛んでいるように見せて、本当は右足だけで踏み切っているわね」
「さすがです、お方様。よく気づかれましたね」

 これでもプリマ張ってたのよ、とお母様はフフンと笑う。

「でも気が付かない人たちには未知のものにしか見えないわ」

 自分もやろうとして心砕かれる人が出るかもしれないから止めなさい。
 そう言われてアルはすみませんと素直に頭を下げた。

「飛び過ぎて音楽が音楽じゃなくなってる。指揮者の苦労というか、もう少し音楽に対して敬意を表しなさい。あなたたちが悪目立ちして、他のキャラクターが霞んでいる。このエスパーダもガマーシュも良い味出してるのに、なんて酷いことをするの、このはっ ! 」
「ごめんなさい・・・」
「それとカジマヤー、あなた脅迫されたといいましたね。一体なにを言われたのか言ってごらんなさい」

 アルがビクッとして私のことをチラッと見る。
 そして小さな声で言った。

「・・・殺人予告で通報するって言われました」
「「「はあぁぁぁぁっ ??!! 」」」

 アルが体を小さく縮こめる。
 ポツリポツリと話してくれたのは、百合子先生とのちょっとした会話の一部に不穏なものがあったらしく、それをネタに脅されていたらしい。

「しっかり録音されていて、もう断れなくて。ごめん、ルー」
「なんでそんなの信じたの。どうして相談してくれなかったのよ ! 」

 私はアルの肩をガクガクと揺さぶる。

「だって、百合子先生だよっ ! あの百合子先生だよっ ?! 逆らえるわけがないじゃないか ! ルーだってわかるだろっ ?! あの人と対決するくらいなら、一人でコカトリスと戦うほうがマシだよっ ! 」
「・・・君の娘は一級魔物と同等かい」
「・・・そんな子に育ては覚えはないんだけど、あの怯え方は普通じゃないわね」

 お父様とお母様がなんとも言えない憐憫に満ちた顔で私たちを見ている。
 止めて。

「まったく、すっかり忘れていたが、お前たち、あっち現実世界じゃまだ高校生だった。こんな簡単な詐欺に引っ掛かるとは。しっかりしろ、アル」

 ディードリッヒ兄様がアルの頭をぐしゃぐしゃとかき回す。

「アル、パンフレットから見るに、君はあそこのご子息かい ? 」
「父をご存知ですか、ギルマス」
「まあ、ある程度のお付き合いはある。君の名前は年賀状で見たことがあるんだよ」
 
 変わっているけれどいい名前だと記憶していたそうだ。

「では、この件に関してはご両親とも相談して動くよ。さすがに高校生に対してこういうことをするのはどうかと思う。夏休み中に片をつけるから安心しなさい」

 ホッとしたのかアルの肩から力が抜ける。
 よかった。

「それでは急いで戻って改善点を詰めますよ。今日と明日の二日しかないのです。いそぎますよ。北と南もついて来なさい」
『人使いが荒いの』
『ハールは放置だったのだがの』
「ユリちゃんもこんな規格外を二人も野放しにして。コントロールできないなら手をださなきゃいいのよ、まったく ! 」

 私とアルはお母様に引きずられるように屋敷に戻っていった。
 なぜか皇后陛下もついてきた。



「嵐のようでしたね、ギルマス」
「ああ。生前の真理子さんを見ているようだ。きっとあの頃の記憶に引きずられているんだろうね」
 
 エイヴァンは入れなおした茶を配る。
 残された男たちはハーッと脱力する。

四方よもの王になって何が起こるかと思ったら、まさかの芸術系とはな。あの二人が祠修理から離脱するとなると、手が足らないのではないか ? 少し人員を増やしたほうが良いのではないだろうか」
『その心配はないぞ、ハールの末よ』

 ボワッとテーブルの上に桃色ウサギが現れた。

「お方様についていったのではなかったのか、早池峰はやちね
『別に共に行かなくとも、用意が出来てからでよかろう。黒の、お主らは我らにたいして馴れ馴れしくないか』

 エイヴァンは肩をすくめて首を振る。

『そういえば英雄も前は東に対して恭しい態度を取っていたというに、いつの間にやらタメ口をきいとるぞ』
「以前は、ね。今はルーと絆しているから、私たちの係累の括りだよ。家族に対して距離をおくなんてないだろう ? 」

 穏やかな笑みのギルマスは食べるかい、とウサギに焼き菓子を渡す。

『そういえば祠と言えば、しばらくはもつだろう。娘が四方よもの王になったからな』
「称号だけで見返りはないと聞いているが、違うのかい ? 」
『見返りはない。だが娘の魔力があれば、多少はなんとかなる』

 すでに無意識に祠に力を与えているというウサギを、ディートリッヒがヒョイと手の平に乗せて目の高さにあげる。

「ルーの魔力になにかしたのか」
『何もしておらぬよ。我らはな』

 ウサギの緑の瞳がおもしろそうに揺れた。
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