上 下
267 / 461
『四方の王』編

騎士団の出征

しおりを挟む
 ネット環境のない場所に行ってきます。
 バレンタインデーまでに戻って来られればよいのですが。
 お待ちいただければとても嬉しいです。

========================


 日々は忙しく過ぎていく。
 兄様たちはあちら現実世界で各公共機関がまとめた災害に関する情報を集めている。
 私とアルも手伝おうとしたが、学生は勉強と日常生活が本分と断られた。
 実際私は夏休み中の定期公演、アルは秋の文化祭の用意と忙しい。
 そして二人とも受験生だ。
 一瞬たりとも気が抜けない。
 こちら夢の世界では兄様たちが集めた情報を基に避難計画をたて、私はと言うと炊き出し用に大量の大鍋やらフライパンやらの調理用具を『お取り寄せ』している。
 全て一度に大量に調理できる大型の物だ。
 さすがにもう秘密にしておく場合じゃない。
 ただしお屋敷で取り寄せて王城に運び込んでいる。 
 宰相家からの提供という形だ。
 使用人には箝口令を布いている。
 もちろん屋敷にも用意している。
 敷地の広いダルヴィマール侯屋敷。城下町の人たちの避難場所だ。
 お貴族様は王城に行ってもらうか、自分たちの屋敷でがんばってもらうことになっている。
 お母様と皇后陛下はお茶会を使って現状を広めている。
 騎士養成学校へはアルが。精華女学院へは私が出向いて説明している。
 その時、過去の大災害で私たちの故郷日本の人たちがどのような行動を取ったかも話している。
 大地震、大噴火、津波。
 奪い合わず、譲り合い、助け合い、暴動も起こさない。
 神話だったら星座になってもいいレベルの働きをした人たちのことも。  
 老人から幼児まで、誰もが精一杯のことをしてきたと。
 今こそヴァルル帝国の臣民であることを世に示そう。
 間近に迫った『大崩壊』を共に乗り越えよう。
 生徒たちは真剣に聞いてくれた。
 瓦版では避難の時の心構えなどを何度も伝えている。
 教会や広場などで、東西の二人が市民に声がけなどもしている。

 そう、私たちは『四方よもの王について公表した。
 北の王国のように変な情報が出回ってはこまるからだ。
 ただし声だけの存在として。
 これはあの二人が反対したからだ。

『ばれたらもう菓子がもらえないではないか』
「随分とわがままな四百才だね、タマ」
『お主ほどではないぞ、ヘタレ。結局何一つ進んでおらぬではないか」
「だから何をそんなに焦っているんだよ。君には関係ないじゃない」

 アルと東雲しののめがじゃれあっている。
 なんだかんだ言って二人は仲良しさんだ。
 はしゃぎすぎるとエイヴァン兄様がカツを入れる。
 東雲しののめは東の王なのに、兄様は遠慮会釈なく叱る。
 東雲しののめも『わかった』と言って引き下がる。
 こちらも仲良しだ。

 あの後しばらくして生き残った北の人たちがやってきた。
 騎士さんたちだと思ったら、コックさんだったり大工さんだったりと職業は様々。
 第四王子とともに若手の有望株も避難させようとしたそうだ。
 伝統工芸など、国の記憶を伝えようとしたのだろう。

「殿下、よくご無事で・・・」
「お前たちも良くぞ生き延びてくれた。再び出会えてこんな嬉しいことはない」

 亡くなったのはほとんど女性で、生き残ったのはラーレさんだけだった。
 服の重みで浮かぶことが出来なかったと言うのが大きい。
 ラーレさんは小学校の時に着衣水泳を習っていて、重ね着していた物のほとんどを脱ぎ捨て、靴も水中で履き捨てたという。
 だから上陸したときはほぼ肌着状態で、随分と側近の人たちに酷く言われたようだ。
 本人は言わなかったけれど、助かった人たちの口ぶりからわかった。
 そんなはしたないまねをしてまで助かりたかったのかと。
 さすがに腹がたったので離宮に出向いたときに言っておいた。

「海で死んだ者がどうなるか知っていますか。体は水を吸って何倍にも膨らみ、魚に突かれて見るも無残な状態。女であればそんな姿をさらしたいとは思わないでしょう。命あっての物種。彼女は自分が出来る精一杯のことをした結果として生き延びているのです。喜びこそすれ詰るとは。お国はずいぶんと心の狭い方ばかりのようですこと。わたくしから言わせてもらえば、あなた方はご婦人を見捨てて自分たちだけ生き残った卑怯者の集まりです ! 」

 さすがにこれで自分たちが何をしているのか分かったらしい。
 ラーレさんに対する非難はピタリと治まった。 
 離宮の侍女さんたちに頼んで彼女を慰め、出来る限り彼らに近づけないようにしてもらった。
 そして助かってよかった。生き残ってよかったと何度も声がけしてもらった。
 ラーレさんは悪くない。
 悪くないんだ。
 その後北の人たちはそれぞれの職業に合わせて王都の中に散って行った。
 あちらの技術とこちらの知識。相互交換であちらの大陸に戻った時に生かそうと決めたのだと言う。

 五月の連休を終え、期末テストも終わり、あちら現実世界では夏休みが近い。
 祠の崩壊スピードは速まり、高位貴族のご令嬢が『祠の乙女』に志願するようになった。
 逆に低位貴族の方々は屋敷にこもって出てこない。
 協力的なのは貧乏貴族御用達と呼ばれる精華女学院の在校生だ。
 やはりこれが自分たちの現状をしっかりと受け止め、その階級に相応しい行いをしようとする人たちとの違いだろう。
 人海戦術でなんとか持たせている状態だ。
 そしていよいよ、騎士団が王都を出て国内に散らばる日が来た。



 澄み渡った空の下、王宮前広場に第一から第五の各騎士団が並んでいる。
 各騎士団は四つの大隊を持っているが、今日、第一大隊だけを残して出征していく。
 王都に残るのは後は近衛騎士団と警備隊、衛兵隊、そして我がダルヴィマール騎士団だけだ。
 今日旅立つ彼らは、国の主だった街や国境で溢れ出す魔物を討伐する。
 小さな村を回って避難を呼びかける。
 焼石に水かもしれないが、少しでも民を守りたいという皇帝陛下のお心だ。

 陛下のお声がけ。
 もちろん私の拡声魔法ですべての騎士様に聞こえるようにしている。
 
「余の精鋭たちよ。今さら余からかける言葉はない。それぞれ己のすべきことは心得ておろう。各自その使命を果たせ。そしてその成果を持ち帰れ」

 皇帝陛下のお言葉は短い。
 死ぬ気でとか、死んでもとか、命を懸けてなどと軽々しくおっしゃらない。
 行ったが最後、騎士様たちはその通りにするだろうから。
 陛下の後ろに控えていた皇后陛下が前に出られる。
 陛下が深呼吸して口を開く。

「国の母として命じます」

 胸の前で両手を組み合わせ続ける。

「子供たちよ。誰一人欠けることなく母の元に戻るのです。手足の四五本かけてもかまいません。泥を啜って這いずってでも戻りなさい。カッコつけの英雄行動も自己犠牲もいりません。ここが俺の死に場所だとか俺の屍を超えて行けなどと阿呆なことを言うバカは、ぶっ叩いて下がらせなさい ! 」

 皇后陛下、素が出ていますが。

「生き延びるための戦いです。やり過ごす闘いです。大崩壊の後に王都に殺到する魔物が通り過ぎてしまえば我々の勝利です。決して殲滅しようなどとは考えないように。わたくしの大切な子供たちよ。生きて帰ることだけを考えるのです ! 」

 大崩壊が起きれば、それまで抑えられていた反動であらゆる魔物が王都を目指すだろう。
 それが東西二人の見解。
 だから周辺の小さな村や町はすでに国境近くに避難している。
 王都が一番危険だからだ。
 遠くの領地持ちの貴族もそうだ。
 王都民の中にも親戚を頼って離れていく人たちもいる。
 今日の遠征に合わせて騎士団と共に移動するのだ。
 王都は寂しくなる。

『大崩壊は秋の初め頃になるだろう』

 桑楡そうゆの声が広場に響く。

『我らは何の助けも出来ぬ。だが、我が友らが動いている。力をあわせることを知る者らよ。お主らが魔物よりはるかに勝るのはその一点。時間はある。励め』

 王城の門を騎士団が出ていく。
 王都の三方の門にわかれていく。
 残った住人たちが手を振って見送る。
 最後の騎士団が道の向こうに消えるまで、両陛下はその場に立っていた。



 あの後王城に戻った私たちは、避難計画の最終チェックに入った。
 何か取りこぼしはないか。
 もっといいやり方はないか。

「やはり『てんでんこ』は徹底したほうがいいと思います。それと自分の家族だけでなく、親とはぐれた子供はかならず保護するように」

 ラーレさんが書類を見ながら言う。

「戦前戦後はもちろん、江戸時代でも家族を探して逃げ損ねるって結構ありますよね。避難場所が確定しているのですから、必ずそこを目指すってことと、避難前に両隣に声をかけるっていうのもあるといいんじゃないでしょうか。子供だけ残されている可能性もありますから」

 生き残った人たちといろいろあったラーレさん。
 居住は離宮のままだが、昼間は対策委員会に来てもらい協力してもらっている。
 大災害について知っている人は一人でも多い方がいいし、することもなく王子たちのそばにいるよりはマシだろう。
 アルにベタベタしていた頃とは顔つきが少し変わっている。
 なにかきっかけはあったのだろうが、委員会での活動には熱心に参加してくれていて、とても助かっている。
 王子たちは離宮にこもって昼酒しているらしい。
 出てこられても面倒だからそのままでいい。

「やっぱり一度避難訓練をしたほうがいいんじゃないですか。問題点も出てくると思いますし」
「そうね。秋まで二か月くらいあるし、二回はやっておきたいわね」

 そうやって何日が過ぎて、今日もみんなで侯爵邸に帰宅する。
 疲れて部屋に入ると、桑楡そうゆ東雲しののめが現れた。

『娘、北の香がする』
『南の魔力も。ついに現れたか』

 四方よもの王になるのに必要な二人。
 私の部屋に来ていた ?

『少し様子見に来たのだろう。気にせずともよい』
『興味が湧けば勝手にまた来る』

 その夜、おやすみを言って寝室に入ると、ベッドの上に一通の手紙があった。
 差出人はハル兄様だった。 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。

みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい! だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

処理中です...