上 下
250 / 461
『四方の王』編

お前は誰だ、な人の登場

しおりを挟む
「政府によるマスコミを使った情報操作とは、また考えましたね」

 ギルマスがいつもの穏やかな笑顔で言う。

「これが悪しき方向にいくのであれば全力で反対いたしますが、来たる大崩壊に向けてのものであれば私は何も申し上げることはありません」

 ギルマス九十代。
 色々と思うこともあるのだろう。
 私は歴史の教科書でしか知らないけれど。

「ですが、これを前例として決して悪用しないでいただきたい。侵略、占領、その様なものに使われるのであれば、四方のお方も何某かのお考えをされることでしょう」
「勿論、戦後の平和教育された身としてその辺りは承知しています。プロパガンダと教育は違う。帝国は自分から喧嘩を売ることはありません。ですが、カウンターパンチはいたしますよ。叩かれっぱなしでいるつもりはありません。そして、そんな論争は今は無意味です」

 皇后陛下は何十年も年上のギルマス相手にビクともしない。

「国は治めきれるだけの領地を持てば良いのです。現在の帝国は丁度いい広さです。これ以上の領土は必要ない。仕掛けられなければこちらから手出しはいたしません。それは皇帝陛下も同じお気持ちです」
「人間、両手で抱えきれる以上のものを持っちゃいけないんだよ。ヴァルル帝国が巨大化したのは、飢饉や災害などで立ちいかなくなった領地を吸収してきたから。もちろん保護と援助のためだ。初代皇帝の教えは今だに守られているんだ」

 ところで、と皇帝陛下が傍らに置かれた本の山から、一冊の本を取り出す。

「冬の間に禁書庫や宝物庫を漁っていたら出てきた。ヴァルル帝国建国とその前後について書かれたものだ」
「失礼いたします」

 受け取った本をめくったギルマスの顔つきが変わった。

「気が付いたかい」
「これは、現代日本語、ですね」

 私たちはザッとギルマスを取り囲み、その本を覗き込んだ。

「カタカナが書かれている」
「ローマ数字とアルファベットも。兄さん、変だ」

 ヴァルル帝国の建国が千年前。
 日本で言うと、平安時代 ?

「藤原家が勢力を振るっていたころだな」
「源氏物語とかの文学が華やかだったころだ」

 兄様たちが難しい顔をしている。
 そりゃそうだ。
 あの頃って崩し字で、今の日本人には読めない。
 国文科ではわざわざ崩し字の読み方を教えるくらいだ。
 なのにこの本に書かれているのはひらがな、常用漢字、カタカナとか、今の私たちが普通に使用しているものだ。

「それらは禁書庫の隅にあった。大切に保管されていたよ。表には『解読不能』の但し書きがあった」
「確かに、当時の人たちでは読むことは出来なかったでしょう。ですが、何故こんなものが禁書庫に・・・」
「それは初代皇帝の日記らしい」
「 ?! 始祖陛下のですか ?! 」

 千年前に王国だったこの国を、四方よもの王となり帝国へと変えた。
 その方の日記。
 積み上げられたのは約六十冊。

「最初の数年は一年に一冊なんだが、帝国建国からは一冊に二年分が書かれている。前年に何があったか比較できるようになっているんだ。それとあちらの山は十年分のものだ。こちらはその日にあった事件や事故、行事などの出来事が簡単に書かれているだけだ」

 そういえば十年日記みたいなのが、年末になると売り出されていたと思う・・・って待って。
 二年で一冊で六十冊 ?

「あの、始祖様はおいくつで亡くなられたのでしょうか。百二十年分の日記ががあるようですが」
「あ、気が付いたな」

 陛下はなにか色々書かれた紙を取り出した。

「歴代の皇帝の在位期間だ。俺は帝位についてまだ六年。父が退位したからな。どの皇帝も短くて十年、長くて五十年」

 表には生年月日と即位した年、退位した年と逝去した年が書かれている。

「さて、ドンドン遡っていこう。第十代から先。第二代皇帝の即位が初代の六十年後だ。だが、初代のご逝去の記録がない」

 そこで君たちベナンダンティの出番だと、陛下が朗らかに言う。

「この冬、自分たちで読もうと努力はしたんだ。だが、知らない記号や顔にしか見えないものもあって、俺たちでは解読不可能と判断した。君たちならなんとかなるんじゃないかと思ってね。量は多いが、なんとか読み解いて欲しい」

 ほら、こことか。
 と、指さされた場所には『 ヽ(゜∀゜)ノ 』という絵文字が踊っていた。
 そりゃ読めないよね。
 
「皇后陛下や母には相談されなかったんですか」
「これでも禁書の類だからね。ご婦人が読んで問題ないか躊躇した」
「私も一応ご婦人なんですけど。そこはどうでもいいんですね」

 しまったみたいな顔をされても遅いんですよ、陛下もお父様も。
 まあ本当の親子じゃないし、優先すべき愛する妻ってことね。 
 あー、甘い。

「ルー、危険な表現があったら飛ばしていいよ。僕が読むから」
「顔文字のリストを作るわ。それを見ながらならアンシアちゃんでもわかると思う。いつもアルに守ってもらってばかりですもの。私もしっかりしなくっちゃ」

 適当な一冊を取ってパラパラとめくる。
 するとアレっと首を傾げる一文があった。

「『国民的アイドル男性グループが解散を発表した。母はショックでボーっとしている。別に彼らが解散したからと言って飢餓が起きるわけでもなし、大火災で街が消えるわけでもないのに。頼むから夕飯のギョーザを焦がさないでくれ』」
「なんだ、それ。誰だ、国民的アイドルって」

 これってつまり、初代皇帝陛下って・・・。

「ベナンダンティ ? 」



「始祖陛下についてはあまり伝わっていないんだ。東の方のカゼノマツリという村の出身だというが、そこがどこだったか今ではわかっていない。成人してすぐに今のヒルデブランドに出てきたそうだ。当時はまだダルヴィマール家も創立されていなくて、ただの寒村だった」
「その後は民を纏めて地方を平定し、王国の王女と結婚して初代皇帝となったんだよ」
 
 ヒルデブランドはベナンダンティの故郷。
 カゼノマツリ、風の祭というのが日本で生まれたところだろう。
 正式な住所ではなくて、その辺りにだけ通じる土地の名前かもしれない。
 調べないとわからないけど。
 陛下とお父様の説明は本当に簡単なもので、千年も前の情報などあって無きがごとし。
 ただめちゃくちゃひっかかるのが国民的アイドル。
 って言ったら、あの人たちしかいないわけだけど、だとすると私たちと始祖陛下はあちら現実世界で同じ時代を生きていることになる。

「あれよ。あたしと同じ。あたしはここで生まれて三十年経つけれど、あちらでは死んでまだ一年よ。時間がぐちゃぐちゃになってるのよ」

 皇后陛下の一周忌、
 亡くなったのは三月だけど、ご家族の予定が会わなくて四月に行われた。
 私とアルも参列させていただいた。
 とても素敵なご家族で、陛下がどれだけ愛されていたのかわかる。
 だが、やはり時間のキャップというのはひしひしと感じたけれど。

「もう難しいことは考えなくてもいいんじゃないかしら。そういうことだと思って流すしかないわよ。まずはこの日記の中から始祖様のあちら日本での情報を集めてちょうだい。そしてできるなら接触して」
「陛下はお手伝い下さらないのですか」
「あたしは公務がありますからね。暇な人たちで頑張ってちょうだい」

 別に暇じゃないんですけど。
 慰問もあるし、冒険者としての仕事もあるんですけれど。
 でもってあちらでは学業もあるんですけどね。
 そんな私たちの都合は、陛下には全然通じなかった。     
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

処理中です...