上 下
211 / 461
王都・オーケン・アロンの陰謀 ? 編

白い世界で アルの恋は望み薄

しおりを挟む
 目の前にアルがいた。

「やあ、ルー、元気 ?」
「ぜんっぜん、元気じゃないっ !」

 いつも通り穏やかな笑顔のアルに、私は文字通り飛びついた。
 突然の私の突撃に、アルは勢いよく尻もちをつく。

「いたたたっ、ルー、ちょっと離れて」
「いやっ ! アル、また寝ちゃうもんっ !」
「寝ちゃうって、僕はここにいるよ。寝てないから、大丈夫だから。ね、その、ルー、苦しいから、その、そんなに抱きつかないでってば !」

 だって、捕まえとかないとまたいなくなっちゃうもん。



『人間の体は重いのお。よくもまあこんな不自由な体で生きられるものだ』
「それを女性の前では決して言わないでください。袋叩きにあいます」

 ルーの体に入った異形の何かは、金色の猫目をパチパチさせて体を確かめる。

「それで、どうやって魔力を移すのですか。ご婦人方を退室させたのはどんなわけが ?」

 エルフのアマドールが興味津々で聞く。

『・・・簡単よ。魔力を一滴も漏らさず受け渡すだけ。だがどうも人間には、特に女性にょしょうには耐えがたいことらしい。お主らも努々ゆめゆめ娘らに漏らすでないぞ』
「ご婦人に耐えがたいというのは一体・・・」
『異国の言葉で【まうすつぅまうす】と言うらしい』
「「「ぶふぉっ !!」」」

 エルフのお方以外がふいた。

「【まうすつぅまうす】ですか。聞いたことがありませんが、さぞや神聖な儀式なのでしょうね」
「あー、二人とも、彼にもご退室いただこう」

 ギルマスに言われて若者たちがエルフを両側からガッシと掴む。

「え、いや、そんな珍しい儀式であれば、私もぜひ拝見したいと・・・」
「これは我らの国でも秘儀中の秘儀。ご遠慮いただきましょう」
「ささ、終わるまで彼女たちとこちらで待機をお願いいたします」

 近侍二人はエルフのお偉いさんをとっとと部屋から追い出して鍵をかけた。

「これって、ルーじゃなきゃいけなかったんですか。別にギルマスでも良かったのでは」
「いやだよ。妻の顔を正面から見られないようなことはしたくない。第一、それを言ったら君たちだって候補にあがってもよかったろう。操を守らなければならない相手もいないことだし」
「うっ、心をえぐられた」
「今、それをいいますか」

 お主ら馬鹿か、と金色の瞳のルーが言う。

『必要なのはこの娘の魔力よ。吾の魔力を小童に流せば、こやつは人ではなくなるぞ。いや、その前に吾の魔力に耐えられず事切れるだろう。異なる魔力は身を亡ぼす。この娘は吾と同等の魔力を持っている。小童にぎりぎりまで与えてもまだ余裕がある。お主らでは合わせてもせいぜいこの娘の半分。そして何人もの魔力を重ねるより、一人のほうが体にも馴染みやすい』
 
 そう言うと金色はアルに顔を近寄せる。

「ちょっ、ちょっと待って下さい ! おい、ディー、ハンカチを出せ。穴を開けろ !」
『グズグズと五月蠅い。さっさとやるぞ』
「いや、彼らの為にちょっとだけ待ってあげてくださいってば ‼」



 真っ白い、椅子も何もない場所で、私はアルにしがみついたまましゃがみ込んでいた。

「えーと、離れてもらっていい ?」
「やだ」
「でも、ちょっと、この体勢はそろそろきついかな。いなくならないし、寝たりもしないから、ね ?」

 そう言われて、渋々とアルの首から腕を外す。
 アルは大きく深呼吸して私の手を握った。

「ほら、これで安心だよね ?」
「うん・・・」
 
 二日ぶりに聞くアルの声。
 たった二日なのに、何日も会っていなかったような気がする。
 胸の奥から何かが沸き上がってくるようで、また涙が零れてくる。

「ね、何があったか説明してくれる ? 君の傷が治ったのはわかったけれど、気が付いたらここにいたんだ。ボーっとしていたら君が来たんだよ」
「アル、あのあと気絶して、二日たっても目が覚めなくて、でも、ずっとこっち夢の世界で寝ていて、あっち現実世界でもちゃんと起きていて、それで、私のこと知らないって・・・」

 君、誰 ?

 ダメだ。
 思い出したらまた涙が・・・。

「ルー、しっかりして。僕はここにいるよって、ここがどこだかわからないんだけど」
「あのね、アルが魔力枯渇になって、私の魔力をアルにあげるって、知らない人の声が言って、それでここに来たの」
「・・・全然わからないよ」

 アルに呆れられてる。
 でも、心がザワザワして上手に説明できない。
 そもそもなんであの声の人を信じたんだろう。
 でも、疑う気にはならなかった。
 信用できるって感じた。

「えーと、つまり、僕の魔力が無くなりすぎたから、君のを僕に分けてくれるってことになったんだよね。それで、その作業をしているあいだ君はここに来ているってことであってる ?」

 私は黙って頷いた。
 
「それで、本来なら眠ったり意識を無くしたりしたらこちら《夢の世界》では消えるはずなのに、なぜか消えずに眠っている。で、あちら現実世界では普通にしているけど、こちら《夢の世界》のことは忘れててルーにひどいことを言ったんだね」
「ひどいって、仕方がないわよ、私、知らない人だもん」

 そうだよね。
 登録してるのに知らない人からいきなり馴れ馴れしいラインが来たらおかしいって思うよね。
 わかっているけど、やっぱりきつかった。

「ごめんよ、ルー。悲しい思いをさせちゃったね。それと、ありがとう来てくれて。ずっとここで一人ぼっちかと心配だったんだ。あ、御前の具合はどう ? 傷はちゃんと治ったかな。かなり深く刺されてたんだけど」
「無事よ。でも力が出ないんですって。大量出血のせいじゃないかって言われたから、市販の貧血用サプリメントを『お取り寄せ』しておいたわ」

 輸血が出来たらいいんだけどってアルは言うけれど、さすがにこちら《夢の世界》の医療技術では無理な話。
 食事でなんとかするしかないだろう。
 お父様はまだ三十代だし、体力さえ戻れば前のように動けるはずだ。
 あちら現実世界で造血効果のあるレシピを探してこよう。

「ルー、いつもの顔に戻ったね」
「アル ?」

 アルが初めてあったときから変わらない笑顔で言う。

「あんなルーは初めて見たよ。いつも堂々としてるのに思いつめた顔してた。ごめん、僕が心配かけたからだね」
「・・・」

 私が知ってる男の子は、何時だって馬鹿にして悪口を言って、一日学校を休むと死ねばいいのにとか、せっかく平和だったのにとか言う子たちばかりだった。
 言わない子は近くに寄ってこなかった。
 男の子なんて、みんなそう。でも・・・。

「アルは、なんでいつもやさしいの ?」
「ルー ?」
「男の子なんて、酷いことしか言わないのに、アルは最初から優しかったわ。なんで ?」

 えっと、とアルは困ったなと苦笑いする。

「僕は年の離れた姉さんがいるだろ。鍛えられてるんだよね、女の子との接し方」

 幼稚園の頃から女の子には言っちゃいけない言葉とか、どんなに腹が立っても手だけはあげるなとか、七海ななみさんに口うるさく教えられてきたそうだ。

「それに喧嘩とかそういうのは元から嫌いだし、優しいっていうより自分では優柔不断なほうだと思っているよ」
「そんなことないと思うけど」

 続きを聞いて、とアルが止める。

「あのね、思うにさ、土屋とかみんな一人っ子だったり長男だったりするんだよ」
「う、ん」
「僕みたいに世話好きの姉や守らないといけない妹とかがいないから、自分で覚えていかなきゃいけないんだ。どうしたら女の子が傷つかないかとか、どう気を使ったらいいかとか。失敗しながら時間をかけて覚えるんだよ。あいつたちも今では普通の高校生してるしね」

 そうなのかな。

「ルーは一番面倒な時期にあいつたちに会っちゃったんだ。辛かったろうけど、ルーが許すって決めたんなら僕は何も言わないよ」

 そっか。
 確かに四年ぶりにあった土屋君たちは、ドキュメンタリー番組なんかに出てくる高校生みたいだった。
 きっと中学の三年間で色々あったんだろう。
 アルは七海ななみさんがいなかったら自分だってどうしてたかわからないっていうけど、それは多分違う。
 アルは、最初から優しいんだ。

「だからアルは、私たち女の子みんなに親切なんだね」
「は ?」

 アルが変な顔をしているけど、私は納得出来て嬉しい。

「アンシアちゃんにも初めから優しく接してたし。そうやって気をつかえるから、きっと七海ななみさんに教わらなくても、今のアルになったと思うわ」



 目が覚めたら僕は一人で白い世界にいた。
 ボーっとしていたらルーが現れた。
 そしていきなり抱きしめられた。
 これは、愛の告白だろうか。
 いや、違う。
 どう見ても捕獲、捕縛の類だ。
 好意的に捉えても、失くしたぬいぐるみが戻ってきて嬉しい、だ。

 嬉しい?
 嬉しいよ。好きな子に抱きついてもらっているんだから。
 たとえそれがテディベア扱いだとしてもね。
 やっぱり女の子だなあ。
 やわらかくて小さい。
 今ここにいる僕たちは心だけの存在の筈だけど、なぜかルーの髪からフローラルな香りまでする。
 これは役得だ。
 思わず抱きしめようとルーの背中に手を回しかけて、それは違うと両手を地面に戻した。

『ヘタレ』

 なんか聞こえた気がする。
 久々に見たルーの泣き顔。
 おしゃべりしている間に不安そうな表情が消えて、段々と元の明るいルーに戻っていく。
 だけど、なぜか僕がやさしいって話になって、ルーが止めを刺してくれた。

「だからアルは、私たち女の子みんなに親切なんだね」

 違う !
 違うよ、ルー !
 僕が親切にしたいのも、優しくしたいのも、大事にしたいのも、ルー、君だけなんだよ。
 どうしてアンシアにもやさしいとか、侍女さんたちにも親切だとか、そんな話になっちゃうんだよ。
 普通に接しているだけで、特になんとも思ってないし。
 
「あ、暖かい」

 突然体が段々温まっていくみたいな感じがした。

「私はなにか、吸い取られていくみたい。なんだか指の先が冷たいわ」

 これは、ルーの魔力が僕に流れて来てるってことかな。
 前にエルフのアマドール様がルーの魔力は暖かくて優しいって言ってたけど、少しずつ流れ込んでくる力は本当に気持ちが良い。
 そしてタンポポの綿毛が飛び回っているみたいに、どこかいたずらっ子みたいな楽しさがある。
 すごい。
 魔力ってこんな風に感じられるんだ。
 目を閉じて全身でルーの魔力を受け止める。
 体の隅々まで力が満ちてきて、それが止まって目を開けたらルーがいなかった。

「ルー ? どこに行ったの ?」
『娘なら自分の体に戻っていったぞ』
「誰 ?!」
『ここだ、ヘタレ男』

 目の前になんか白っぽい発光体が浮かんでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...