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王都・オーケン・アロンの陰謀 ? 編

今日は何もしない日にしました

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 今日はお茶会も夜会も訓練もない日。
 いつもならお父様の職場にお手伝いに行くのだが、なんだか億劫で止めてしまった。
 みんなも疲れてきているみたいだし、そんな日があってもいいんじゃないかと賛成してくれた。
 ただし アンシアちゃんはグレイス公爵家にお出かけしている。
 お母様がついていらっしゃいと無理矢理連れ出したのだ。
 どうせバルドリック様のお母様がアンシアちゃんに会いたがっているのだろう。
 実はさりげなく花嫁修業をさせられているのだと、侍女長のメラニアさんがこっそり教えてくれた。
 アンシアちゃん、本人が気づかないうちに永久就職先を決められてしまっている。
 いいんだろうか。
 確かに玉の輿ではあるけれど。

 全員冒険者姿で索敵魔法やスマホ魔法の改良をしたり、集めた情報にもう一度目を通したりしてボーっと過ごす。
 兄様たちも刺繍や縫物をして好き勝手過ごしている。
 単純作業は心を無に出来て楽なんだそうだ。

 お茶を飲みながら色々考える。
 ラノベで転生とか転移とかした人たちが人を殺すことに戸惑いを覚えないのって、つまりもう後がないからじゃないかな。
 そこで生きていくしかない以上、その世界の価値観に従うしかない。
 でもベナンダンティはそうではない。
 どうしても生まれ育った世界、日本の価値観、道徳観に引きずられてしまう。
 半日ごとに価値観を切り替えなくてはいけないからだ。
 兄様たちが私の甘さを許容してくれているのも、そのあたりが経験から解っているからだろう。
 
「ベナンダンティになって一年足らずで、こんなに厄介事に巻き込まれる奴はいないからなあ。普通はもっとゆっくりと馴染んでいくんだ」

 兄様たちも人を傷つけたりすることに慣れるまでは一年以上かかったそうだ。
 躊躇なく敵を排除するようになるのには二年かかったと。
 ヒルデブランドの生温い空気の中で、ベナンダンティたちはやさしく育てられていく。
 そして外に出て色々覚えていくのだ。
 それが私の場合いきなり意味不明の悪意を叩きつけられてしまった。
 いじめにあって似たような経験はあっても、あの頃の私は本当の事を言われてると思って一切反撃はしなかった。
 今は違う。
 宰相家の娘として、毅然とした態度を取らなければならない。
『製作委員会』の皆さんがマニュアルを作ってくれたからなんとかなってはいるけれど、そろそろそれに頼らず自分で対処できるようになりたい。



「あなたに決定ですよ、佐藤さん」
「はい ?」

 校長室呼び出し三回目。
 今日はいつもの総呼び出しではなく、担任と英語関係の先生だけだった。
 そして見たことのない外人さんも。

「本来三名を短期留学にとのことだったのですが、基準に達したのがあなただけだったんですよ」
「お待ちください、校長様。私は辞退いたしましたけれど」

 ええ、そう聞いていますよと、校長様は続ける。

「海外にでれば謙虚さや従順さという日本人特有の美徳が通じない場合もあります。それにどう対処できるかというのも昨日の面接で見られていたのですよ。そしてセクハラ、パワハラにしっかり対応出来たのは佐藤さんだけでした。ただし最後の踏みつけは余計でしたね」

 校長様、どこで見ておられたんですか。

『お嬢さん、昨日はいやな思いをさせましたね。我が校は貴方の留学を心から歓迎いたします』

 さっぱりしたスーツに身を包んだ外人さんが手を差し伸べてくる。
 大きな手と握手しながら顔をよく見てみると、左頬が微かに腫れている。

「こちらはセオドア・スペンサー先生。昨日は変装して頑張ってくださいました。見違えたでしょう ?」
『なかなかの一撃でしたよ。付けひげが無ければ腫れが引くのに時間がかかったでしょう』

 この人も付けひげだったのか。成人の儀でのバルドリック様が頭をよぎる。

『それは大変失礼をいたしました。頭に血が上っていたとはいえ、淑女らしからぬ振舞いでございました。お許しあそばして』
『なかなか古式ゆかしい言葉遣いをしますね。しかしその古めかしい話し方だと少し浮くかな』
『いえ、普通に話せますからご心配なく。ですが、私は昨日留学を辞退したんですが』

 スペンサー先生はチッチッと薬指を横に振る。

『あなたが来ないと今年の短期留学は中止です。それは良くない前例です。両校で提携している以上、必ず行わなければいけない行事なのです。こちらからも日本に行きたいという学生がいますからね』
『でも・・・』
『あなたが辞退したら、私はあなたのことを傷害罪で訴えますよ。いいですか ? 』

 イギリス人の先生はラテン系のようにパチンとウィンクする。
 訴える等々はもちろんジョークなのだろう。
 せっかく行かない決意をしたというのに。
 
『わかりました。では短い間ですが、よろしくお願い申し上げます』
『こちらでの経験があなたの成長に繋がるようお手伝いしますよ』

 私はスペンサー先生ともう一度固く握手をした。



「で、ルーはイギリスに行っちゃうんだ」
「三か月だけよ。年明けから三月一杯。四月には戻ってくるわ」

 桑楡そうゆが私の膝でゴロゴロと喉を鳴らしている。
 よしよしと顎の下を撫でていたら、大熊猫のリンリンがやってきてヨイショと小竜を押しのける。
 そして当たり前のように私の膝に収まった。
 モモちゃんとしーちゃんの頭の上争いの次に、膝の上争いが勃発している。
 慕ってくれるのは嬉しいんだけど、この子たちの愛が重い。物理的な意味でも。
 執務室の奥の居間。
 この頃は間諜スパイ対策でこちらで過ごすことが多い。

「イギリスだとここには来れないのよね。私、どこに飛ばされるんだろう」
「それはわからないな。イギリスは行ったことがないし、イギリス人がこちらに来たことがあるとも聞いていない」

 ディードリッヒ兄様がうーんと思い出そうとする。
 ヒルデブランドには時々外国のベナンダンティが現れることがあるらしい。
 日本在住の人はいないとか。

「アジアからも来ているようなんだが、自己申告してくれないからわからないんだ。あかしのピアスをしているから、多分そうだろうと気が付くくらいだ。今もヒルデブランドにどこからか来ているようだ」
はざまの部屋の出入り口が僕たちとは違うらしいんだよ」

 アルがそう教えてくれた。

「去年一時期アメリカ人のベナンダンティがいてね。その時に教えてもらったんだ。もちろんアメリカでは自分たちのことをベナンダンティなんて呼んでいないし、僕たちのように組織だっていない。一匹狼だから、最初は何が何だかわからずに困ったって言ってたよ」
「日本人に生まれていたら良かったって言ってたな。至れり尽くせりだって。色々と整えてくれた過去ののベナンダンティには感謝しかないな」

 あちら現実世界と同じような生活がしたい。
 それだけで生活改善した。
 困っている仲間には手を貸す。
 冒険者ギルド支部に隠れてベナンダンティ組織が作られた。
 ヒルデブランドを故郷にして大陸各地に散って行く。
 そこでまた日本人特有の共感性で影響を与えていく。
 いわゆる『百匹目の猿現象』だ。
 そんな感じでこの大陸は徐々に穏やかになっていったという。
 
「俺が海外に行ったときは南の大陸が多かったな」

 エイヴァン兄様、海外渡航経験者でしたか。

「この世界では世界地図なんてないから、大体の位置しかわからんが、大まかに三つの大陸がある」

 兄様が紙に簡単に地図を描く。

「ヴァルル帝国のある東の大陸、人間以外の種族が住む西の大陸。それと南の大陸とダルヴィマール領の東にある諸島群だ。俺たちの出身地である豊葦原扶桑とよあしはらのふそうこくもそこにあるという設定だ」

 兄様が都市の名前を書き込んでいく。

「こんな感じだがあちら現実世界の場所とはあまり関係ない。ウラジオストックが南大陸にあるしな」
「うわあ、兄様、あちこち行かれてるんですね。アメリカにメキシコ、ニュージーランドと東南アジアですか」
「言っとくが観光じゃなくて仕事だからな」

 土産を買う時間もなかったと兄様はぼやく。

「仕事で国外にいる仲間も多いから、丁度いい機会だ。どの国がどこの大陸に繋がっているか調べてみるか」
「そうですね。これから海外に出ていく仲間たちの助けになるといいですね、兄さん」

 兄様たちは早速ネットで情報を集めるらしい。
 そう言えばエイヴァン兄様は、このところ宰相府で副官扱いで動いている。
 実際の副官はいるのだが、メインは兄様だ。
 もう宰相府全体が黙認している状態だ。
黒衣の悪魔ブラック・デビルズ』と『魔王』の二つ名は伊達じゃない。
 兄様、有能。出来る男。
 私なんて煽てられて祭り上げられているだけだから、実力で認められている兄様たちが羨ましい。
 私もあんな風になりたいな。

「ルーが来てからベナンダンティの生活も随分変わったな」
「私、なにもしてません」
「きっかけになったんだよ、ルー。普通に静かに目立たないように暮らしていたけれど、あちら現実世界での仕事や特技をこちらでも生かそうとするようになったし」
「ああ、ルーのおかげだな。みんな楽しそうだ」

 アルや兄様たちがそう言ってくれるけど、本当に私は何もしてないな。
 でもみんながそう思っているのならうれしい。
 
「ただいま戻りましたー !」

 扉が叩かれてアンシアちゃんが顔を出す。

「おかえりなさい、アンシアちゃん」
「お姉さま、聞いてくださいよ。あのエロ爺がですねえって、なーんでみんな冒険者装束でくつろいでるんですかっ ?! ずるい、ずるい、ずるいーっ !」

 ワイワイとおしゃべりしていると、例の問題も少しは忘れていられる。
 明日は『公爵夫人派』とやりあう予定だから、ここで少し元気を入れておこう。
 みんなの笑顔で私は英気を養うのだった。
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