上 下
178 / 461
王都・オーケン・アロンの陰謀 ? 編

決勝・その前に

しおりを挟む
 準決勝は最初から波乱万丈だった。
 2ブロックの試合中、アンシアがわずかに躓いたかに見えた。
 その隙をついて相手選手が激しく攻撃する。
 アンシアはその場を動くことなく相手の剣を流していく。
 そして一瞬の間に相手の剣をはじいた。

「勝者、ダルヴィマール !」

 審判が宣言して試合が終わる。
 と、アンシアがその場に崩れ落ちた。

「も、もうダメ・・・」

 アンシアの顔色がどんどん蒼くなり苦痛に顔を歪ませる。
 待機していた衛生兵がフロアに上がり、アンシアの左足の靴と靴下を脱がせると、真っ赤に晴れ上がった足の甲が現れた。

「・・・あんた、その足で戦っていたのか。なんで棄権しなかった」
「それ、魔物に言うんですか」

 衛生兵は手を止め、相手選手は黙った。

「ケガしてるから、また今度って魔物に通じるんですか。そのまま食べられたいんですか。あたしはイヤです。たとえ負けても最後まで戦いますよ」
「アンシアさん、私が見ましょう」

 いつの間にか真紅の髪の少年侍従がフロアに上がっている。

「小指の下あたりにヒビが入っているようですね。頑張りましたね、アンシアさん。辛かったでしょう ?」

 なんで見ただけでわかるんだと衛生兵が詰め寄ると、少年は鑑定の魔法を使えますからとサラッと流した。

「では治療をしましょう。もう少し我慢してくださいね。少し触りますよ」

 少年の手がアンシアの足を包み込む。
 すると眩い光が・・・なんてことはなく、小さな光が一瞬だけともり、手を離すと問題の左足は腫れが引き、元の状態に戻っていた。

「ありがとうございます、カジマヤー君。楽になりました」
「念のためしばらく休んでくださいね」

 靴を履こうとするアンシアの足を衛生兵がじっと眺めている。
 先ほどまでの大きく腫れあがった状態から、何故こんなにも早く完治するのか。
 治癒の魔法はせいぜい傷を塞ぐか痛みを和らげる程度だと聞いている。
 もっとよく見ようと顔を近づける。
 その様子にアンシアは後ずさる。
 すると衛生兵はずいと前に出る。
 少女はまた下がる。
 エビのように後ろへ後ろへ逃げるアンシア。
 それを追う衛生兵。
 三十メートル四方の隅に少女が追い詰められた時、侍従と相手選手が衛生兵の後ろ襟首を掴んで引き剥がし、笛とともにイエローカードが掲げられた。

「頼むっ ! もう少し見せてくれっ! どうしたらそんなに簡単に治せるんだ !」

 叫びながら引きずり出される衛生兵。
 その声を無視して試合は続けられる。

「審判、彼女は心身ともに疲れ切っています。選手交代を希望いたします」
「了承しました。ダルヴィマール家、選手交代を許可します。次の選手はフロアに上がってください」

 辺境伯側から三十路に入ったばかりと見られる口ひげの騎士が現れる。

「そちらの選手は ?」
「私です。よろしくお願いいたします」

 少年侍従が貴賓席に向かって膝をついて礼をする。

「ご覧になって、リンゴのきみよ」
「まあ、なんて初々しい」
「あれが大会開催のきっかけになった・・・」
「総料理長がぜひ弟子にしたいと頼み込んで断られたという・・・」
 
 会場がざわざわとする中、少年は剣を抜き構える。

「やれやれ。この年になって君のような坊やと戦わなくてはいけないとは。見ればまだ若い。母上の乳を銜えていてもよいのだぞ」

 ママのおっぱい吸ってるのがお似合いだ。
 そう揶揄する相手に、少年侍従は剣先を向けて言った。

「ご婦人の価値は胸ではありません」
「 ! 」
「心です ! 」



「一体君は何がしたいんだ」

 宗秩省そうちつしょう総裁は屋敷で妻であるエリアデル公爵夫人と向き合っていた。
 ダルヴィマール侯爵令嬢へのあからさまな嫌がらせ。
 すでに貴族の間では問題になっている。
 初めは彼女一人が悪目立ちしていたが、寄縁を切られた貴族たちがそれに加担し、今貴族社会はあまり良くない雰囲気になっている。
 
「子供じみたことばかりして、ご令嬢の何が気にいらないんだ」
「・・・」

 普通の女だった。
 朝は「いってらっしゃいませ、旦那様」と笑顔で送り出してくれ、夕には「お帰りなさいませ。お疲れ様でございました」と迎えてくれる。
 夕食を取りながら昼間何をしていたかを話してくれる。
 そして別々の部屋へと戻るのだ。
 結婚して十数年、平凡な毎日。
 それが成人のお披露目からなぜか変わってしまった。
 週に一度あるかないかのお茶会は毎日になり、それまで公式のもの以外には参加しなかった夜会にもどんどん出かける。
 服は派手になり、宝飾品の購入も増えた。
 元は公爵家であり、爵位は手放しても商売は続けているから負担にはならない。
 総裁としての扶持もある。
 が、あまりの変わりように屋敷に仕える者たちも怪しく思っている。
 まるで別人。
 知らないお方みたい。
 そのような噂は総裁室にも聞こえてきている。
 
「君は・・・一体・・・誰だ ?」
「あなたの・・・妻、ですわ。あなたの・・・」

 ハッと顔をあげると、妻はうつろな目で同じ言葉を繰り返している。

「どうした。しっかりしろ」
「アナタノツマデス、アナタノツマデス」
「奥様っ !」

 突然胸を押さえると苦し気に肩を上下させる。
 それでも話すのを止めようとしない。
 まさか、これは、あれなのか ?
 総裁は姉に渡された箱を思い出した。
 あの後家に持ち帰り、部屋に置きっぱなしにしてある。
 侍女に妻をまかせ、自室に走る。

 呪い返しにあっているなら飲ませなさい

 姉にはそう言われたが、信じきれずに放置していた。
 だが、もしその言葉が真実であったなら。
 クローゼットの片隅に押し込んでいた箱を取り出し、そこから小さな瓶を一本取り出し、急ぎサロンに戻る。

「ご主人様、奥様がっ !」

 床にうずくまりブツブツとつぶやく妻を助け起こし、その口に小瓶をあてる。

「飲んでくれ、頼む。飲むんだ」

 少しずつ少しずつ瓶の中身が減っていく。
 そして最後の一滴が口の中に消えたとき、夫人の体から力が抜け、顔に赤みが戻ってきた。

「ご主人様、一体何が・・・」
「すまんがこの件は内密に頼む。それとしばらくこれを外に出さないようにしてくれ。いいな ?」
「はい・・・かしこまりました」

 気を失った妻を抱え上げ寝室へと連れて行く。
 ダルヴィマール侯爵夫人と姉であるグレイス公爵夫人に、この件について詳しく尋ねなければならない。
 妻を侍女に任せると、総裁は自室に戻り面会を希望する手紙を書くのだった。



 準決勝。
 2ブロックの試合はまたしてもダルヴィマール侯爵家のワンサイドゲームだった。
 一方的な試合は面白味がないものだが、見習メイドと違い少年は自分から勝ちに行かず守りの延長としての勝利だったので、その戦いぶりは剣を持つものには楽しめるものだった。
 1ブロックは『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』と第一騎士団との勝負だったが、五人のうち二人が腰痛で試合放棄という笑える展開。
 それでも生意気な若造を叩きのめして決勝へと駒を進めた。
 ギックリ腰の二人は別の選手と交代になった。

 三十分の休憩の後に決勝が始まる。
 その間にもイベントは続いている。
 例の「イケメン・コンテスト」だ。
『イケメン』という言葉のないこちら夢の世界
 今大会で一番活躍した選手を選考する・・・はずだったが、なぜか一番かっこいい選手を選ぶという、『イケメン』本来の意味の大会に勝手に変えられていた。
 入場券には投票用紙が付いていて、会場内で投票できるようになっている。

「ねえねえ、どなたに投票するかお決めになった ?」
「お一人にしか投票できませんでしょう ? 迷ってしまって」
「まだ宰相家の選手が出そろってませんもの。どんな方が出場されるのか」

 女性だけの集まりであるお茶会ならまだしも、公共の場で異性の良し悪しを口にするのははしたない。
 しかし、これはコンテストである。
 誰が一番のイケメンか。真剣に討議する必要がある。
 正々堂々と誰がステキか口にできるチャンス。
 ご婦人方は盛り上がっている。

「こうなると選手名簿が欲しいですわ」
「そうですわね。お名前がわからないのはちょっと・・・。それに絵姿付きであれば後からも楽しめますのに」
 
 悩む方がいれば最初から決めている人もいる。

「出るわ、絶対出るわよ。だってカジマヤー君が出たんですもの」
「そうよ。アンシアさんにカジマヤー君ときたら、後はカークスさんとスケルシュさんよ」
「私、カークスさんに一票」
「私はカジマヤー君。あの一言には感動したわ」

 若いお嬢さんたちも噂話に余念がない。  
 
「宰相様の最後のお一人はどなたかしら」
「あの不思議な楽器の方かしら」
「楽しみね。早く始まらないかしら」

 決勝を前に会場は盛り上がりを見せていた。 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。

みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい! だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

処理中です...