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王都・オーケン・アロンの陰謀 ? 編
閑話 ・ 大夜会の翌日に
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「待って、お父様 ! お母様をどこに連れていくの ?!」
「お前は黙っていなさい ! さあ、早く馬車に乗るんだ !」
「あなた、一体どうして ! 私がなにをしたというんです ?! いきなり実家に帰れとはひどすぎます !」
「何をしただと ?」
某伯爵は訳が分からないという顔の奥方を睨みつける。
「昨夜の大夜会で何をしたか言ってみろ」
「何をって、お友達とお話していただけですわ」
「ああ、そして先ほどその話の内容が伝わってきた。これから宗秩省から職員が派遣されてくる。その前に出ていけ」
「そんな・・・。ただのおしゃべりでしたのに」
騎士学校時代、隣り合って立つ精花女学院の生徒だった妻。
合同行事で顔を合わせる程度だったが、同じ公爵家の依子ということで寄り親から頭を下げられての結婚だった。
男爵令嬢だった妻はよくも悪くも平凡な女だったが、伯爵家に嫁いできたというのに同格のご婦人とは疎遠で、学生時代の友人、低位貴族の奥方とばかり付き合ってきた。
母が高位貴族の作法を教えようとしても約束があると逃げ回り、まともに伯爵家の妻としての仕事もできない。
娘が生まれた時に思った。この女に子育てさせてはいけない。
早々と切り捨てて高額な報酬で優秀な女性教師を雇ったのは間違いではなかった。
できるだけ母親との接触を避けた結果、娘は伯爵令嬢として立派に育った。
「わかっているだろう。宗秩省から正式に役員が来るということは、お前一人の問題ではない、この家全体が問題にされるんだ。学生時代にちょっと呼び出されて注意されるのとは訳がちがうのだぞ。よくもまああんな下衆い話を大声で話せたものだ。あれが瓦版屋に流れてそれがお前からだと知れたら、ご先祖様に腹を搔き切って詫びねばならん。もちろんその前にお前と娘の始末をしてからな」
始末というのが行く末を、と言う意味ではないのは使用人たちもわかっている。
「失礼します。宗秩省の者ですが、奥方様はおいででしょうか」
訪問を告げるベルが鳴り、侍従が玄関扉があけると役人のお仕着せを着た男が現れる。
伯爵の顔が怒りから絶望に変わった。
ここまでか。
これ以上庇うことはできない。
「妻はおりません」
「おや、そこにおられるのは奥方様では ?」
真っ青な顔で立ちすくむ婦人は首を縦に振るが、伯爵は横にふっている。
「たった今離縁しました。我が家とはもう関わりのない女です」
「そんなっ !」
「お父様、なんでっ !」
役人はおやおやと言うが、ガサゴソとカバンの中から一枚の紙を出す。
「こちらにサインをお願いします。閣下のお名前だけで結構ですよ」
バックをテーブル代わりに簡易ペンを借りてサインをする。
「ではこちらは責任をもって提出させていただきます」
「あの、母はなにをしたのでしょう。教えてくださいませ」
令嬢が役人にすがる。
役人は受け取った書類をカバンにしまう。
「詳しいことは知らない方がよろしいでしょうが、簡単に申し上げると、侯爵令嬢への悪質な噂の流布です。しかも全てが捏造。ご自分も成人令嬢の母でありながら、我が子と同じ立場のご令嬢に対してなんと酷いことをと、温厚な皇后陛下がいつになくお怒りあそばされています。以前から一部のご婦人方のことは問題にはなっていたのですが、いささかやりすぎたようですな」
「侯爵令嬢・・・ルチア様の ? お母様、なんてことを」
昨日、窮地に陥ったザヴェリオ伯爵令嬢を鮮やかに助けた姿を思い出す。
「伯爵夫人への叱責でしたが、いらっしゃらなけれぱ仕様がありませんな。男爵令嬢へと切り替えましょう。こちらのお宅には何もなかったということになります」
「ご、ご厚情、感謝いたします」
伯爵が深々と頭を下げる。
役人はそれではと言って帰っていった。
「あなた・・・」
「お前も早く出ていけ」
使用人たちが元奥方の荷物を次々と運び出す。
「宗秩省から正式に叱責のあった女が母では、この子に良い縁談が来ることはない」
「あなた・・・」
「娘を愛しているなら、二度とこの家の門をくぐるな。声もかけるな。手紙も断る。もう妻でも母でもない」
グズグズと居座ろうする元伯爵夫人を使用人が馬車に押し込む。
「今書いたのは離縁状だ。本来は双方のサインが必要だが、こういった場合は宗秩省の役人立ち合いのもと片方のサインだけで受け取ってもらえる」
「もう、お母様とお呼びできないのですか」
父親はそれには答えず続ける。
「できれば一度実家に帰し、正式に叱責される前に侯爵家に謝罪に行かせようと思っていた。だが顔を合わせてしまった以上もう庇えない。我が家とお前の将来を考えればこれしか方法がなかった」
娘はわかりたくないというように首をふる。
「勘違いしてくれるな。侯爵令嬢を貶めたからではない。言ってはならないことを言ってまわったんだ。たとえその相手が私たちより格下の、男爵令嬢でも子爵令嬢でも平民の娘でも同じことだ」
爵位が高いから偉いのではないのだ。
高い爵位に伴う重責と義務に真摯に向かい合っておられるから敬われるのだ。
あの方たちは中位、低位の貴族の何倍もの責任ある仕事をされている。その疲れを癒し、仕事へ向かえるよう支えるのはご家族の役目。
伯爵は昨夜の美しく凛々しい侯爵令嬢を思い出す。
ご養女にも関わらず、とても大切にされているようだった。
きっとこれから侯爵家を支える力になるだろう。
こともあろうにそのご令嬢に・・・。
伯爵は悔し気に唇をかむ。
「わかってくれ。あのまま家においておけば、かならずまた同じことをする。これ以上恥の上塗りをするわけにはいかないのだ」
「ルチア様はこのことをご存知なのでしょうか。私、お母様のことを謝罪に伺った方がよろしくはありませんか」
「我が家の者でないのに、謝罪などしてはいけない。忘れてしまうのが一番だ。そして、お前はあのような愚かな女人にはならないでくれ」
玄関のベルが再びなった。
まさか元妻が帰ってきたのかと身構える。
しかし、開けられた扉から入ってきたのは、昨夜の夜会で注目を浴びていたダルヴィマール侯爵家の侍従の一人だった。
「突然の訪問お許しください。私は・・・」
「ああ、知っている。ダルヴィマール侯爵令嬢の近侍だったな。今日は一体・・・はっ !」
伯爵は深く頭を下げた。
令嬢と使用人もそれに続く。
「この度はご令嬢に大変な無礼を働きました。ですが、あの女はすでに離縁し実家に帰しております。お怒りは自分がうけますから、どうぞ娘にだけは・・・ !」
「なんのお話でございましょうか。私にはさっぱり。今日は主よりお嬢様へのお届け物を預かって参ったのです」
「私に ?」
執事が黒髪の侍従から小ぶりな籠を受け取り、令嬢に渡してくれる。
「昨日はザヴェリオ伯爵令嬢の為にハンカチを頂戴いたしました。無事に芸披露を終えられましたのは、あの場におられたご令嬢の方々のご協力のおかげ。主よりお礼の品でございます」
籠の中にはかわいい花束とハンカチ、そしてなにやら包みが入っている。
「主が皆様の為に焼きましたクッキーでございます。お口汚しではございますが、ご笑納くださいとのことでございます」
そう言って侯爵家の侍従は帰っていった。
「・・・お父様、ルチア様がカードを・・・」
「今度はゆっくりお話しましょう・・・か。目下のおまえになんとおやさしい」
昨日の夜はあんなに晴れがましい気持ちだったのに、今日のこの情けない様はなんだろう。
母だった人は離別されなければならないほどひどい噂を撒いたのだろう。
そんな人の血を引く自分に、もう一度お会いすることなど出来るだろうか。
「忘れてはいけない。あの女の汚名は、お前がルチア姫をお守りすることで返上するんだ。何を言われても逃げてはいけない。二人でがんばっていこう」
「はい、はい、お父様」
その日、離縁されたものが数名。その年の社交界に出入りを禁止された者、実家に戻るもその足で修道院に向かった者、自主的に謹慎した者もいた。
自業自得ではあったが、後日その噂の内容が三流瓦版に流れたことで、さらに大量の処分があった。
対象が本人だけで家族には及ばなかったのは、娘たちへの気遣いであった。
伯爵家に若い後家が後添として入ったのはしばらくしてから。
親子三人で幸せな家庭を築いたという。
「お前は黙っていなさい ! さあ、早く馬車に乗るんだ !」
「あなた、一体どうして ! 私がなにをしたというんです ?! いきなり実家に帰れとはひどすぎます !」
「何をしただと ?」
某伯爵は訳が分からないという顔の奥方を睨みつける。
「昨夜の大夜会で何をしたか言ってみろ」
「何をって、お友達とお話していただけですわ」
「ああ、そして先ほどその話の内容が伝わってきた。これから宗秩省から職員が派遣されてくる。その前に出ていけ」
「そんな・・・。ただのおしゃべりでしたのに」
騎士学校時代、隣り合って立つ精花女学院の生徒だった妻。
合同行事で顔を合わせる程度だったが、同じ公爵家の依子ということで寄り親から頭を下げられての結婚だった。
男爵令嬢だった妻はよくも悪くも平凡な女だったが、伯爵家に嫁いできたというのに同格のご婦人とは疎遠で、学生時代の友人、低位貴族の奥方とばかり付き合ってきた。
母が高位貴族の作法を教えようとしても約束があると逃げ回り、まともに伯爵家の妻としての仕事もできない。
娘が生まれた時に思った。この女に子育てさせてはいけない。
早々と切り捨てて高額な報酬で優秀な女性教師を雇ったのは間違いではなかった。
できるだけ母親との接触を避けた結果、娘は伯爵令嬢として立派に育った。
「わかっているだろう。宗秩省から正式に役員が来るということは、お前一人の問題ではない、この家全体が問題にされるんだ。学生時代にちょっと呼び出されて注意されるのとは訳がちがうのだぞ。よくもまああんな下衆い話を大声で話せたものだ。あれが瓦版屋に流れてそれがお前からだと知れたら、ご先祖様に腹を搔き切って詫びねばならん。もちろんその前にお前と娘の始末をしてからな」
始末というのが行く末を、と言う意味ではないのは使用人たちもわかっている。
「失礼します。宗秩省の者ですが、奥方様はおいででしょうか」
訪問を告げるベルが鳴り、侍従が玄関扉があけると役人のお仕着せを着た男が現れる。
伯爵の顔が怒りから絶望に変わった。
ここまでか。
これ以上庇うことはできない。
「妻はおりません」
「おや、そこにおられるのは奥方様では ?」
真っ青な顔で立ちすくむ婦人は首を縦に振るが、伯爵は横にふっている。
「たった今離縁しました。我が家とはもう関わりのない女です」
「そんなっ !」
「お父様、なんでっ !」
役人はおやおやと言うが、ガサゴソとカバンの中から一枚の紙を出す。
「こちらにサインをお願いします。閣下のお名前だけで結構ですよ」
バックをテーブル代わりに簡易ペンを借りてサインをする。
「ではこちらは責任をもって提出させていただきます」
「あの、母はなにをしたのでしょう。教えてくださいませ」
令嬢が役人にすがる。
役人は受け取った書類をカバンにしまう。
「詳しいことは知らない方がよろしいでしょうが、簡単に申し上げると、侯爵令嬢への悪質な噂の流布です。しかも全てが捏造。ご自分も成人令嬢の母でありながら、我が子と同じ立場のご令嬢に対してなんと酷いことをと、温厚な皇后陛下がいつになくお怒りあそばされています。以前から一部のご婦人方のことは問題にはなっていたのですが、いささかやりすぎたようですな」
「侯爵令嬢・・・ルチア様の ? お母様、なんてことを」
昨日、窮地に陥ったザヴェリオ伯爵令嬢を鮮やかに助けた姿を思い出す。
「伯爵夫人への叱責でしたが、いらっしゃらなけれぱ仕様がありませんな。男爵令嬢へと切り替えましょう。こちらのお宅には何もなかったということになります」
「ご、ご厚情、感謝いたします」
伯爵が深々と頭を下げる。
役人はそれではと言って帰っていった。
「あなた・・・」
「お前も早く出ていけ」
使用人たちが元奥方の荷物を次々と運び出す。
「宗秩省から正式に叱責のあった女が母では、この子に良い縁談が来ることはない」
「あなた・・・」
「娘を愛しているなら、二度とこの家の門をくぐるな。声もかけるな。手紙も断る。もう妻でも母でもない」
グズグズと居座ろうする元伯爵夫人を使用人が馬車に押し込む。
「今書いたのは離縁状だ。本来は双方のサインが必要だが、こういった場合は宗秩省の役人立ち合いのもと片方のサインだけで受け取ってもらえる」
「もう、お母様とお呼びできないのですか」
父親はそれには答えず続ける。
「できれば一度実家に帰し、正式に叱責される前に侯爵家に謝罪に行かせようと思っていた。だが顔を合わせてしまった以上もう庇えない。我が家とお前の将来を考えればこれしか方法がなかった」
娘はわかりたくないというように首をふる。
「勘違いしてくれるな。侯爵令嬢を貶めたからではない。言ってはならないことを言ってまわったんだ。たとえその相手が私たちより格下の、男爵令嬢でも子爵令嬢でも平民の娘でも同じことだ」
爵位が高いから偉いのではないのだ。
高い爵位に伴う重責と義務に真摯に向かい合っておられるから敬われるのだ。
あの方たちは中位、低位の貴族の何倍もの責任ある仕事をされている。その疲れを癒し、仕事へ向かえるよう支えるのはご家族の役目。
伯爵は昨夜の美しく凛々しい侯爵令嬢を思い出す。
ご養女にも関わらず、とても大切にされているようだった。
きっとこれから侯爵家を支える力になるだろう。
こともあろうにそのご令嬢に・・・。
伯爵は悔し気に唇をかむ。
「わかってくれ。あのまま家においておけば、かならずまた同じことをする。これ以上恥の上塗りをするわけにはいかないのだ」
「ルチア様はこのことをご存知なのでしょうか。私、お母様のことを謝罪に伺った方がよろしくはありませんか」
「我が家の者でないのに、謝罪などしてはいけない。忘れてしまうのが一番だ。そして、お前はあのような愚かな女人にはならないでくれ」
玄関のベルが再びなった。
まさか元妻が帰ってきたのかと身構える。
しかし、開けられた扉から入ってきたのは、昨夜の夜会で注目を浴びていたダルヴィマール侯爵家の侍従の一人だった。
「突然の訪問お許しください。私は・・・」
「ああ、知っている。ダルヴィマール侯爵令嬢の近侍だったな。今日は一体・・・はっ !」
伯爵は深く頭を下げた。
令嬢と使用人もそれに続く。
「この度はご令嬢に大変な無礼を働きました。ですが、あの女はすでに離縁し実家に帰しております。お怒りは自分がうけますから、どうぞ娘にだけは・・・ !」
「なんのお話でございましょうか。私にはさっぱり。今日は主よりお嬢様へのお届け物を預かって参ったのです」
「私に ?」
執事が黒髪の侍従から小ぶりな籠を受け取り、令嬢に渡してくれる。
「昨日はザヴェリオ伯爵令嬢の為にハンカチを頂戴いたしました。無事に芸披露を終えられましたのは、あの場におられたご令嬢の方々のご協力のおかげ。主よりお礼の品でございます」
籠の中にはかわいい花束とハンカチ、そしてなにやら包みが入っている。
「主が皆様の為に焼きましたクッキーでございます。お口汚しではございますが、ご笑納くださいとのことでございます」
そう言って侯爵家の侍従は帰っていった。
「・・・お父様、ルチア様がカードを・・・」
「今度はゆっくりお話しましょう・・・か。目下のおまえになんとおやさしい」
昨日の夜はあんなに晴れがましい気持ちだったのに、今日のこの情けない様はなんだろう。
母だった人は離別されなければならないほどひどい噂を撒いたのだろう。
そんな人の血を引く自分に、もう一度お会いすることなど出来るだろうか。
「忘れてはいけない。あの女の汚名は、お前がルチア姫をお守りすることで返上するんだ。何を言われても逃げてはいけない。二人でがんばっていこう」
「はい、はい、お父様」
その日、離縁されたものが数名。その年の社交界に出入りを禁止された者、実家に戻るもその足で修道院に向かった者、自主的に謹慎した者もいた。
自業自得ではあったが、後日その噂の内容が三流瓦版に流れたことで、さらに大量の処分があった。
対象が本人だけで家族には及ばなかったのは、娘たちへの気遣いであった。
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