上 下
137 / 461
王都・オーケン・アロンの陰謀 ? 編

閑話 ・ 大夜会の翌日に 

しおりを挟む
「待って、お父様 ! お母様をどこに連れていくの ?!」
「お前は黙っていなさい ! さあ、早く馬車に乗るんだ !」
「あなた、一体どうして ! 私がなにをしたというんです ?! いきなり実家に帰れとはひどすぎます !」
「何をしただと ?」

 某伯爵は訳が分からないという顔の奥方を睨みつける。

「昨夜の大夜会で何をしたか言ってみろ」
「何をって、お友達とお話していただけですわ」
「ああ、そして先ほどその話の内容が伝わってきた。これから宗秩省そうちつしょうから職員が派遣されてくる。その前に出ていけ」
「そんな・・・。ただのおしゃべりでしたのに」

 騎士学校時代、隣り合って立つ精花女学院の生徒だった妻。
 合同行事で顔を合わせる程度だったが、同じ公爵家の依子ということで寄り親から頭を下げられての結婚だった。
 男爵令嬢だった妻はよくも悪くも平凡な女だったが、伯爵家に嫁いできたというのに同格のご婦人とは疎遠で、学生時代の友人、低位貴族の奥方とばかり付き合ってきた。
 母が高位貴族の作法を教えようとしても約束があると逃げ回り、まともに伯爵家の妻としての仕事もできない。
 娘が生まれた時に思った。この女に子育てさせてはいけない。
 早々と切り捨てて高額な報酬で優秀な女性教師を雇ったのは間違いではなかった。
 できるだけ母親との接触を避けた結果、娘は伯爵令嬢として立派に育った。

「わかっているだろう。宗秩省そうちつしょうから正式に役員が来るということは、お前一人の問題ではない、この家全体が問題にされるんだ。学生時代にちょっと呼び出されて注意されるのとは訳がちがうのだぞ。よくもまああんな下衆げすい話を大声で話せたものだ。あれが瓦版屋に流れてそれがお前からだと知れたら、ご先祖様に腹を搔き切って詫びねばならん。もちろんその前にお前と娘の始末をしてからな」

 始末というのが行く末を、と言う意味ではないのは使用人たちもわかっている。

「失礼します。宗秩省そうちつしょうの者ですが、奥方様はおいででしょうか」

 訪問を告げるベルが鳴り、侍従が玄関扉があけると役人のお仕着せを着た男が現れる。
 伯爵の顔が怒りから絶望に変わった。
 ここまでか。
 これ以上庇うことはできない。

「妻はおりません」
「おや、そこにおられるのは奥方様では ?」
 
 真っ青な顔で立ちすくむ婦人は首を縦に振るが、伯爵は横にふっている。

「たった今離縁しました。我が家とはもう関わりのない女です」
「そんなっ !」
「お父様、なんでっ !」

 役人はおやおやと言うが、ガサゴソとカバンの中から一枚の紙を出す。

「こちらにサインをお願いします。閣下のお名前だけで結構ですよ」

 バックをテーブル代わりに簡易ペンを借りてサインをする。

「ではこちらは責任をもって提出させていただきます」
「あの、母はなにをしたのでしょう。教えてくださいませ」

 令嬢が役人にすがる。
 役人は受け取った書類をカバンにしまう。
 
「詳しいことは知らない方がよろしいでしょうが、簡単に申し上げると、侯爵令嬢への悪質な噂の流布です。しかも全てが捏造。ご自分も成人令嬢の母でありながら、我が子と同じ立場のご令嬢に対してなんと酷いことをと、温厚な皇后陛下がいつになくお怒りあそばされています。以前から一部のご婦人方のことは問題にはなっていたのですが、いささかやりすぎたようですな」
「侯爵令嬢・・・ルチア様の ? お母様、なんてことを」

 昨日、窮地に陥ったザヴェリオ伯爵令嬢を鮮やかに助けた姿を思い出す。

「伯爵夫人への叱責でしたが、いらっしゃらなけれぱ仕様がありませんな。男爵令嬢へと切り替えましょう。こちらのお宅には何もなかったということになります」
「ご、ご厚情、感謝いたします」

 伯爵が深々と頭を下げる。
 役人はそれではと言って帰っていった。

「あなた・・・」
「お前も早く出ていけ」

 使用人たちが元奥方の荷物を次々と運び出す。

宗秩省そうちつしょうから正式に叱責のあった女が母では、この子に良い縁談が来ることはない」
「あなた・・・」
「娘を愛しているなら、二度とこの家の門をくぐるな。声もかけるな。手紙も断る。もう妻でも母でもない」

 グズグズと居座ろうする元伯爵夫人を使用人が馬車に押し込む。
 
「今書いたのは離縁状だ。本来は双方のサインが必要だが、こういった場合は宗秩省そうちつしょうの役人立ち合いのもと片方のサインだけで受け取ってもらえる」
「もう、お母様とお呼びできないのですか」

 父親はそれには答えず続ける。

「できれば一度実家に帰し、正式に叱責される前に侯爵家に謝罪に行かせようと思っていた。だが顔を合わせてしまった以上もう庇えない。我が家とお前の将来を考えればこれしか方法がなかった」
 
 娘はわかりたくないというように首をふる。

「勘違いしてくれるな。侯爵令嬢を貶めたからではない。言ってはならないことを言ってまわったんだ。たとえその相手が私たちより格下の、男爵令嬢でも子爵令嬢でも平民の娘でも同じことだ」

 爵位が高いから偉いのではないのだ。
 高い爵位に伴う重責と義務に真摯に向かい合っておられるから敬われるのだ。
 あの方たちは中位、低位の貴族の何倍もの責任ある仕事をされている。その疲れを癒し、仕事へ向かえるよう支えるのはご家族の役目。
 伯爵は昨夜の美しく凛々しい侯爵令嬢を思い出す。
 ご養女にも関わらず、とても大切にされているようだった。
 きっとこれから侯爵家を支える力になるだろう。
 こともあろうにそのご令嬢に・・・。
 伯爵は悔し気に唇をかむ。

「わかってくれ。あのまま家においておけば、かならずまた同じことをする。これ以上恥の上塗りをするわけにはいかないのだ」
「ルチア様はこのことをご存知なのでしょうか。私、お母様のことを謝罪に伺った方がよろしくはありませんか」
「我が家の者でないのに、謝罪などしてはいけない。忘れてしまうのが一番だ。そして、お前はあのような愚かな女人にょにんにはならないでくれ」

 玄関のベルが再びなった。
 まさか元妻が帰ってきたのかと身構える。
 しかし、開けられた扉から入ってきたのは、昨夜の夜会で注目を浴びていたダルヴィマール侯爵家の侍従の一人だった。

「突然の訪問お許しください。私は・・・」
「ああ、知っている。ダルヴィマール侯爵令嬢の近侍だったな。今日は一体・・・はっ !」

 伯爵は深く頭を下げた。
 令嬢と使用人もそれに続く。

「この度はご令嬢に大変な無礼を働きました。ですが、あの女はすでに離縁し実家に帰しております。お怒りは自分がうけますから、どうぞ娘にだけは・・・ !」
「なんのお話でございましょうか。私にはさっぱり。今日は主よりお嬢様へのお届け物を預かって参ったのです」
「私に ?」

 執事が黒髪の侍従から小ぶりな籠を受け取り、令嬢に渡してくれる。

「昨日はザヴェリオ伯爵令嬢の為にハンカチを頂戴いたしました。無事に芸披露を終えられましたのは、あの場におられたご令嬢の方々のご協力のおかげ。主よりお礼の品でございます」

 籠の中にはかわいい花束とハンカチ、そしてなにやら包みが入っている。

「主が皆様の為に焼きましたクッキーでございます。お口汚しではございますが、ご笑納くださいとのことでございます」

 そう言って侯爵家の侍従は帰っていった。

「・・・お父様、ルチア様がカードを・・・」
「今度はゆっくりお話しましょう・・・か。目下のおまえになんとおやさしい」

 昨日の夜はあんなに晴れがましい気持ちだったのに、今日のこの情けない様はなんだろう。
 母だった人は離別されなければならないほどひどい噂を撒いたのだろう。
 そんな人の血を引く自分に、もう一度お会いすることなど出来るだろうか。

「忘れてはいけない。あの女の汚名は、お前がルチア姫をお守りすることで返上するんだ。何を言われても逃げてはいけない。二人でがんばっていこう」
「はい、はい、お父様」

 その日、離縁されたものが数名。その年の社交界に出入りを禁止された者、実家に戻るもその足で修道院に向かった者、自主的に謹慎した者もいた。
 自業自得ではあったが、後日その噂の内容が三流瓦版に流れたことで、さらに大量の処分があった。
 対象が本人だけで家族には及ばなかったのは、娘たちへの気遣いであった。
 伯爵家に若い後家が後添のちぞえとして入ったのはしばらくしてから。
 親子三人で幸せな家庭を築いたという。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

【完結済み】ブレイメン公国の気球乗り。異世界転移した俺は特殊スキル気球操縦士を使って優しい赤毛の女の子と一緒に異世界経済を無双する。

屠龍
ファンタジー
山脈の国に降り立った気球乗りと心優しい竜騎士王女の純愛ものです。 「ドラゴンを解剖させてください」 「お前は何を言っているんだ」 日本の大学を卒業して奨学金返済の為に観光施設で気球乗りとして働いていた水無瀬隼人(みなせはやと)が謎の風に乗って飛ばされたのは異世界にある山脈の国ブレイメン公国。隼人が出会ったのは貧しくも誇り高く懸命に生きるブレイメン公国の人々でした。しかしこのブレイメン公国険しい山国なので地下資源は豊富だけど運ぶ手段がない。「俺にまかせろ!!」意気込んで気球を利用して自然環境を克服していく隼人。この人たちの為に知識チートで出来る事を探すうちに様々な改革を提案していきます。「銀山経営を任されたらやっぱ灰吹き法だよな」「文字書きが出来ない人が殆どだから学校作らなきゃ」日本の大学で学んだ日本の知識を使って大学を設立し教育の基礎と教師を量産する隼人と、ブレイメン公国の為に人生の全てを捧げた公女クリスと愛し合う関係になります。強くて健気な美しい竜騎士クリス公女と気球をきっかけにした純愛恋愛物語です。 。 第17回ファンタジー小説大賞参加作品です。面白いと思われたらなにとぞ投票をお願いいたします。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...