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ヒルデブランドの四季 ~ 一年目・秋から冬

はじめてのおでかけ

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 アンシアちゃんの討伐のチュートリアルが終わった。
 異世界はやっぱり異世界だった。
 鮭の遡上そじょうはテレビで見たことがあったけど、現世あちらのものとは似ても似つかぬものだった。

 網を構えて鮭が来るのを待っていると、川下から地響きのような音が聞こえてきた。
 城壁の上から「来たぞっ !」という声が。
 それと同時に川の水が津波のように盛り上がり、数百もの鮭が物凄い勢いでやってきた。

「ちょっ、これ。ホントに鮭っ ?!」
「お姉さま、他の国のご出身でしたね。これはヴァルル鮭です。勇壮な遡上そじょうで有名で、昔はこのまま滝を登ってドラゴンになるって信じられてたんですよ。戻ってくる鮭がいなかったから」

 それって鯉のぼり・・・。

「お姉さまっ、捕りますよっ !」

 しまった。一瞬呆けてしまった。

「疾風のルーっ、捕りまぁぁぁすっ !」
「アンシアもいきまぁぁぁぁすっ !」

 私たちは樽三個分の鮭を捕りまくった。



 攻撃魔法を禁止されてから、長刀を使って討伐している。
 討伐対象と戦う時は、心の中で呪文のようにこう繰り返す。

 これは、ご飯。
 これは、お肉。
 これは、美味しい。

 そうやって狩っているうちに、呪文の言葉もいらなくなった。
 だけど、その時は突然やってきた。

「え、護衛ですか。私だけで ?」

 馬車で半日のところにある隣村。
 出産のために里帰りする若い奥さんを送り届けてほしい。
 それが今回の私の仕事。

「朝出れば夕方には帰って来られる。特に危ない道ではないし、もうソロで依頼を受けてもいい頃合いだ」
「念のためアルをつけておく。あいつもこういう依頼は慣れているし、色々と聞いておくといい」

 そうやって領都ヒルデブランドを出たのは朝の六つ。
 護衛対象の若奥さんは幌なしのオープンカーのような馬車に乗っている。
 馬車を操るのは旦那さんだ。時々振り返って奥さんの様子を確認している。
 微笑ましい。
 私とアルはギルドで借りた馬で前後を守る。
 前を行くアルはときおりこちらに来て、近場の護衛の時の注意点を教えてくれる。
 隣村は南に下ったところにある。
 東の荒野、西の森とは違い、南は草原地帯だ。
 ときおり道端に大きな木が生えていて、一休みするのにちょうどいい木陰を作ってくれている。
 そんな木の一本についた時、遠くで朝とおの鐘がなった。

「そろそろ一度休憩しましょうか」

 アルがそう声をかけてきた。

「さすがに4時間も馬車に揺られていたらお疲れでしょう。お腹の赤ちゃんにも障りますし」
「はい、ちょっと疲れてきたところです」

 奥さんがホッとした顔でニッコリと笑った。
 旦那さんに手を取られて馬車を降りようとしたときだった。
 私の中で赤いものが光った。

「アル、なんだか、敵対する存在が近づいてくる」

 アンシアちゃんを探しに行ったとき同様、白い光のもとに赤い点が近づいてくる。
 その数は五つ。

「旦那さん、馬車を出来るだけ早く走らせてください。奥さん、辛いでしょうがもう少し頑張ってください」
「アル、ここから村までは赤い点はないわ。とにかくできるだけ引き離しましょう」

 私たちは再び馬上の人となり、村への道を急いだ。
 赤い点は速度を上げることはなく、徐々に引き離されていった。



 隣村には昼十一の鐘の直後にたどり着いた。
 強行軍になってしまったが、幸い奥さんとお腹の赤ちゃんには異常はないようだった。
 だがやはり疲れがたまってしまったらしく、実家につく早々床につくことになった。
 私とアルは依頼書にサインをもらうと、その足で警備隊の出張所に出向き先ほどの件を報告する。

「それは多分、領都ヒルデブランドに入れなかった者たちだろう。地元にも戻れず盗賊に身を落とす者も多いんだ」
「入れなかった人たち・・・」
「普通の街ならなんとなく入って住み着くこともできるが、領都ヒルデブランドの民になるにはかなり厳しい制限があるんだ」

 特殊な技能を持っていたりとか、三代さかのぼって犯罪履歴がないかとか、親戚に犯罪者はいないかとか。

「例外は冒険者だな。ギルドで受け入れられれば問題なく市民候補になれる。おたくのギルマスは人を見る目が確かだからな。お嬢ちゃんも一年すれば立派なヒルデブランド市民だぞ」
「そうなんですか。なんとなく住み着いたから、そんなこと考えたこともありませんでした。私って幸運だったんですね」
 
 だから早く立派な冒険者になって街に貢献しろよと、出張所の所長さんはガハハと笑って私の背中を叩いた。
 私たちは軽くお昼をいただいてから、今来た道を領都ヒルデブランドに向かって馬を走らせる。
 今度は馬車はいないから、行きよりは早く帰ることができるだろう。



 順調に馬を走らせ、領都ヒルデブランドまで鐘一つのところまで来た。
 馬を道脇の木につなぎ、アルと二人で休憩を取る。

「どう、依頼の流れは大体わかった ?」
「うん。後何回かやったら自信をもってやれると思う。ただ・・・」
「ただ ?」

 行きの赤い点。あれがすごく気にかかる。

「盗賊落ちした人たちだって所長さんは言ってたけど、つまり、あの、人間よね ?」
「・・・そうだね」

 私はさっきから抱えている不安をアルに打ち上げる。

「知ってると思うけど、私、魔物や動物とは戦えるけど、人と戦ったことがないの。兄様やアルとの摸擬戦はやったけど、本当の生身の人とやりあったことがなくて、実際そうなったら何が出来るんだろうって思うの」
「・・・怖い ?」
「怖い」

 食料を得るのと、人の命を奪うのとでは格段の差がある。
 私は日本人だ。
 人を傷つけ殺すことは悪いことだ。
 でも、この世界ではそんなことを言っていては自分の命が奪われる。
 ベナンダンティである私は現世あちらで死なないかぎりこちらでも死なないが、だからと言ってみすみす殺されるいわれはない。
 ギルマスも言ってたじゃないか。『死ぬな』と。
 それでも、人を傷つけることに躊躇してしまう。
 それは多分、小さい頃から続けていた武道の精神も関わっているのだろう。
 己の技を磨くことを良しとする道と、生きるためとは言え殺しあうことも当たり前の世界。
 相反する価値観の中で、私はどう生きていけばいいのか。
 この先、人を殺しておいて現世あちらで平然と生きていけるのか。
 古今こきんのベナンダンティたちはこの矛盾をどう乗り越えてきたのだろう。
 一度兄様たちにちゃんと聞いてみたい。

 休憩を終えまた馬に跨ろうとした時、再び赤い点が光った。
 今度はかなり近い。

「アル、来るっ !」 
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