上 下
77 / 461
ヒルデブランドの四季 ~ 一年目・秋から冬

代官屋敷の攻防

しおりを挟む
 夕方アンシアちゃんの下宿に寄った。
 彼女はよく眠っていて、ピンクウサギのモモちゃんがその枕元に座り込んでいる。
 スープの入っていたお鍋とスポーツドリンクを入れておいた水差しは空になっていた。
 全部飲んでくれたんだ。嬉しい。
 サイドテーブルに人参ケーキをおく。鍋とお椀を回収して、新しいスポーツドリンクを足しておく。
 二日酔いにこれが効くのは脱水症状起こしてるからなんだけど、かなり甘いから要注意。
 家庭科の授業で1本に入ってるのと同じ砂糖水を飲んだことがあるけれど、もう甘くて甘くて飲めたもんじゃなかった。
 緊急避難的に飲むのはともかく、常用していて糖尿病になったスポーツマンがいたという都市伝説もあると聞いて、さもありなんと納得した。
 以来お稽古の時はお水と塩飴を愛用している。
 気が付くと足元にモモちゃんがいて、立ち上がって私のズボンを引っ張っている。
 ごめん、君の事を忘れていたよ。 
 孤児院でわけてもらった人参をあげ、新しいお水もだして出してあげる。

「アンシアちゃんを見ていてくれてありがとう。もう一晩よろしくね」

 モモちゃんはキュウと可愛くなくと、おいしそうに人参をかじる。
 ボーっとその様子を見ていたら、ぬるくなったスポーツドリンクはすっごく不味いことを思い出した。
 冷え冷えのときは美味しいんだけどね。
 アンシアちゃんには冷たいまま飲んでもらいたいな。
 そう思って水差しに手を伸ばす。
 と、頭の中でチャンチャラチャンチャラチャラララララと音楽が流れ、機械音声が響いた。

【冷却しました。6時間保冷します】

 しまった。またやっちゃった・・・。



 ギルドに戻って報告すると、ギルマスはおでこに手を当ててため息をつき、兄様ズはあきれたように首をふった。
 よくアメリカの人がやるあれだ。
 アルも可哀そうな人を見るような目をしている。

「おまえなあ、変な魔法ばかり覚えるなよ。普通は攻撃魔法とか防御魔法とかを先に覚えるんだぞ」
「変な魔法とは失礼な。実用的でいいじゃないですか」

 今までエイヴァン兄様にはため口だった私だが、セシリアさんの教育のおかげで目上の人には敬語を使うようになった。
 それはそれで気色が悪いとか言われたので、モモちゃんにキックをお見舞いしてもらった。

「冷たいものは冷たいまま、温かいものは温かいまま。和食の基本ですよ」
「で、それが魔物を倒すのに何の役にたつんだ ?」
「うぬぬぬぬぬっ !」

 確かに私は魔物退治の経験は少ない。
 必要がないから魔法を覚えない。
 剣は苦手、小手先の魔法で乗り切ってきた。
 でも、仕方ないんじゃない ?
 必要は発明の母って言うか、攻撃するような状況になかったから覚えなかった。
 私は自分を楽な方においていたのかな。
 もっと追い込んでいかないといけなかったのかな。
 チュートリアルに真剣に向き合って、一人でなんとか頑張ろうとしているアンシアちゃん。
 兄様ズやアルに助けられてばかりの自分が恥ずかしい。

「ところで冷やすのはわかったが、温めるほうはどうかね ?」
「あ、できます。保温時間は6時間です」



 翌日、アンシアちゃんは元気になっていた。
 ハイディさんのところに行ってサインをもらって、ディフネさんのところに行って、次は代官様のところだけど、その前に市警本部によってお世話をかけたお礼を言った。
 そしたら逆に昨日差し入れした柿ピーのお礼を言われた。
 また食べたいって。
 同じものは無理だけど、似たような物の作り方を調べてラスさんに作ってもらおう。
 確か落花生もあったよね。
 そんなこんなで最後の難関、代官様のお屋敷にやって来た。

「アンシアちゃん、何度も言うけど、依頼の内容を自分に都合のいいように解釈しちゃだめ。依頼して下さるお客様のご意向に沿ってね」
「わかったわ。お代官様のサインをいただけばいいのよね」
「そうよ。これが最後だから、頑張ってね」

 案の定、代官屋敷ではご老公様が待ち構えていた。

「サインをさせてもらおうか」
「ヤです」

 アンシアちゃんは即座に断った。

「あたし、おじいちゃんが誰か知りません。お代官様のサインが欲しいんで、知らない人のじゃないです」
「儂はここの前領主じゃ。代官よりも偉いんじゃ」
「でもお代官様じゃないです」

 ご老公様とアンシアちゃんがにらみ合っている。
 どちらも一歩も引く様子がない。

「・・・サインをさせろ」
「おことわりです」
「生意気な小娘がっ ! 黙ってサインをさせるんじゃっ !」
「ヤだっていってるじゃないっ ! しつこいのよ、このクソ爺っ !」

 アンシアちゃんは依頼書をご老公様から守ろうと部屋の中を逃げ回る。
 ご老公様は年寄りとは思えない速さで彼女を追いかける。
 私はモモちゃんを抱きしめて部屋の隅に避難する。

「儂に逆らってこの街で生きていけると思うなよっ !」
「お代官様のサインをもらえなきゃ、ここで冒険者になれないんだからおんなじよっ !」
「逃げ回るなっ、小娘っ」
「しっつこいのよっ、死にぞこないのくそ爺っ !」
「ちょっと、二人ともそんなにグルグル回ると溶けてバターになっちゃうわよ」

 私の止める声も二人の耳には届かない。
 ご老公様の手がアンシアちゃんの肩にかかりそうになったその時、モモちゃんが腕の中から飛び出した。
 そして床を一蹴りすると、ご老公様の額に渾身のキックを放ったのだった。



「一体何をなさっているんですか、良い年をして恥ずかしくはありませんか」

 ご老公様は額を冷たいタオルで冷やしながら侍女頭のセシリアに怒られていた。

「儂はいつも通りチュートリアルの邪魔をしただけ・・・」
「嘘をおっしゃいますな。若い女の子のお尻を追いかけるなど、当家の元ご当主様としてありえないことでございますよ」
「尻など追っかけとらん ! 追っかけとったのは依頼書じゃっ !」
「結果的にはお尻を追いかけていようにしか見えなかったと、代官屋敷の使用人全員が証言しておりますよ。おまけにウサギに足蹴にされるなど」

 少女たちは今頃ギルドについてチュートリアル達成を喜びあっているころだろうか。

「ところであの小娘が侍女見習で入ってくるのか。あの口の悪さと気の強さでやっていけるかの」
「望むところでございますよ。ああいう子ほど叩けば叩くほど高みに登っていくものです」

 セシリアは湿布を持ってきた若いメイドにそれは不要と持ち帰らせる。

「しばらくその足跡をさらしてお過ごしくださいませ。お嬢様と婿様がお帰りまでに消えるとよろしゅうございますね」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

【完結済み】ブレイメン公国の気球乗り。異世界転移した俺は特殊スキル気球操縦士を使って優しい赤毛の女の子と一緒に異世界経済を無双する。

屠龍
ファンタジー
山脈の国に降り立った気球乗りと心優しい竜騎士王女の純愛ものです。 「ドラゴンを解剖させてください」 「お前は何を言っているんだ」 日本の大学を卒業して奨学金返済の為に観光施設で気球乗りとして働いていた水無瀬隼人(みなせはやと)が謎の風に乗って飛ばされたのは異世界にある山脈の国ブレイメン公国。隼人が出会ったのは貧しくも誇り高く懸命に生きるブレイメン公国の人々でした。しかしこのブレイメン公国険しい山国なので地下資源は豊富だけど運ぶ手段がない。「俺にまかせろ!!」意気込んで気球を利用して自然環境を克服していく隼人。この人たちの為に知識チートで出来る事を探すうちに様々な改革を提案していきます。「銀山経営を任されたらやっぱ灰吹き法だよな」「文字書きが出来ない人が殆どだから学校作らなきゃ」日本の大学で学んだ日本の知識を使って大学を設立し教育の基礎と教師を量産する隼人と、ブレイメン公国の為に人生の全てを捧げた公女クリスと愛し合う関係になります。強くて健気な美しい竜騎士クリス公女と気球をきっかけにした純愛恋愛物語です。 。 第17回ファンタジー小説大賞参加作品です。面白いと思われたらなにとぞ投票をお願いいたします。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...