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五十九話 怒りと焦りと恥辱 ①

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ツェツリーナ・ゴーガバンズ侯爵令嬢side



わたくしが王妃殿下主催のお茶会から邸に戻った時に、お母様が心配そうな顔を向けてきたわ。

「ツェツィおかえり。
あら?ツェツィ顔色が悪いけど、何かあったの?」

と聞いてきたけれど、今は誰とも話したくなかったので。

「お母様只今戻りました。
何もございませんわ。

少し疲れてしまいましたので、本日はもうお部屋で休ませて頂きます」

お母様が大丈夫?お食事はどうするの?などと言っていたけれど、「食事は今夜はいりませんわ」とわたくしは言って、そのままお母様の前から立ち去りすぐに自室に入った。

専属侍女に「一人にして!」と言い付けて、扉の鍵を閉めて一人になったわ。

帰りの馬車の中では何とか我慢出来たけれどもう、我慢出来ないわ!

わたくしはソファの上にあるクッションを全部鷲掴みにして下に思いっきり叩き付けた!

でもそれだけでは怒りはおさまらず、学院で使っていた教科書を引き出しから引っ張り出してきて、ビリビリに破って引き裂いて、それもすべて床に叩き付けた。

それでも怒りがおさまるどころかもっとイライラしてくる。

我慢出来ずに部屋の中にある花を生けている花瓶を両手で持って、下に叩き付けてやったわ。

ガッシャーンと大きな音を立てて、花瓶が粉々に割れた。

コンコンコンと焦るノックの音がする。

「お嬢様!お嬢様!いかがなさいましたか?大丈夫でございますか?
大きな音がしましたが、何かごさいましたか?」

侍女の必死な声が聞こえてくるけれど、ただ鬱陶しいだけ。

「うるさいわね!一人にしてって言ったでしょ!聞こえていなかったの!」

わたくしが叫ぶように言うと。

「…も、申し訳ございません…お嬢様に何があったのではと…失礼致しました。
何か御用がございましたらお呼び下さいませ…」

と言ってすぐ大人しくなった。

チッ!一人にしてって言ったのに本当に使えない侍女ね!
またクビにしてやろうかしら!

ああー、花瓶に花も水も入ってたからとーっても重かったし、絨毯水浸しになってしまったわね。

また買い替えてもらわなきゃ!

はぁ~そんなことはいいわ!
それにしてもあの女、何様なの!?

たかが子爵令嬢のくせして、侯爵令嬢であるわたくしに対してあの口の聞き方!

王妃殿下が他のテーブルを回るからと席をお外ずになった途端、偉そうにあの女エンヴェリカが場を仕切り出して、そんなのイライラするに決まっているでしょ!

なのにわたくし以外の他の令嬢たちはエンヴェリカを見て目を輝かせていたわ。

おかしいでしょ!そんなの!

ミーナはエンヴェリカと仲が良かったら仕方ないにしても、後輩であるクロスベリー辺境伯令嬢にサンフェリー侯爵令嬢まで、エンヴェリカに話しかけられただけで感激して喜ぶなんて、何て情けないの。

自分の方が身分が上だという矜持もないのかしら?
恥だわ!本当に恥ですわ!

セントバーナル様の婚約者というだけで、たかが子爵令嬢なんだからそんなに謙らなくていいのよ!

ふんっ!面白くないばかりか、恥をかかされてしまったわ!

どうしてあんな女に馬鹿にされなければならないのよ!

あんな辱め、生まれて初めてだわ!
許せない!


わたくしはね、あのエンヴェリカなんかよりもっともっと前にセントバーナル様に出会って一目惚れして、ずっとずっとお慕いしていたのよ。

わたくしがセントバーナル様に初めてお会いしたのは王太子殿下とわたくしのお兄様が8歳になってからのお茶会だったわ。

王太子殿下は8歳の時にベルナールド侯爵令嬢のナターシャ様と婚約されたけど、あのお茶会の時は婚約直前のものだったらしい。

わたくしのお兄様が王太子殿下と同じ歳で、同年代の令息令嬢が集められて表面上は婚約者候補と側近候補を見極めるものだったのだそう。  

婚約者はもうナターシャ様に決まっていたのだろうけど、側近候補の方は本当に見極める為だったのだろうと思うわ。

わたくしはその時、まだ4歳でどういう目的のお茶会かまでは知らなかったけど、絵本で読んだ通りの世界なのかお城に行ってみたくて王子様に会ってみたくて、お父様とお母様にお強請りしてお兄様と一緒にそのお茶会に連れて行ってもらったわ。

お父様とお母様は昔からわたくしに甘かったから、少し駄々をこねれば、わたくしも連れて行ってくれることを了承してくれた。

でもそのお茶会に行く前にお父様とお母様に「王太子殿下の婚約者はもう決まったも同然だからね!ツェツィ王太子殿下は駄目なんだよ、わかったかな?」と何回もしつこく言われたの。

まだ4歳だったけれど、あまりにもしつこく言われたから覚えていて、わたくしは「わかりました」って返事をした。

でも実際に王太子殿下にお会いしたらとっても素敵だった。

笑顔がわたくしが想像した絵本の中の王子様そのもので、見惚れてしまった。

でもその王子様の横には美しいお姫様がいた。

それがナターシャ様だ。
本当に美しいお姫様だった。

お二人がとてもお似合いで、すぐに敵わないと思うくらいに。

この王子様は駄目なんだと思うと、悲しくなったけど王子様に挨拶に行った時にわたくしはもっと素敵な美しい王子様に出会った。

それがセントバーナル様だった。

王太子殿下の隣に立っているのに、俯きがちで後ろに隠れるように立っていたセントバーナル様を一目見て、わたくしは衝撃を受けた。

こんなに美しい人を今まで見たことがなかった。

日に照らされてキラキラと光る白銀の髪、この時は短い髪にしておられたけど、サラッと風に靡く髪が本当に美しくそして王太子殿下と同じ金の瞳なのに、もっと大きくて溢れそうで、それでいて綺麗なお鼻と少し薄めの唇はクッキリとしていて、まるでお人形のようでどの絵本の王子様より美しかった。

わたくしはこれは夢ではないのだろうか?というくらいに見惚れてしまった。

ボーッとしているのを一緒に来ていたお母様に「どうしたの?」と心配されたけど、しばらく夢の中のようなフワフワとした感覚になった。

セントバーナル様から目が離せなかったけど、他の方たちの挨拶もあるのでわたくしは後ろ髪を引かれる思いで、セントバーナル様の前から立ち去ったのよ。

その後、次にセントバーナル様を探してみたけど、もう見当たらなかった。

自分のお茶会ではないからすぐに下がられたのかもしれない。

でも邸に帰ってからセントバーナル様に婚約者はいるのか?とお母様に聞いたの。

「第二王子殿下はツェツィと同じ4歳でまだ婚約者はいらっしゃないのよ」

と言われて。

「それじゃぁわたくしがこんやくしゃになれる?」

とお母様に聞いた。

「そうねぇ~ツェツィが第二王子殿下の婚約者になるなんて、とっても素敵なことねぇ~」

とお母様は笑いながら頭を撫でてくれた。

やったぁ~わたくしセントバーナル様の婚約者になれるかもしれないってその時に思ったわ。

それにあのお茶会にはわたくしと同年代の令嬢がいなかったから、同年代の令嬢の中でわたくしが初めてセントバーナル様にお会いしたんだと思うととっても嬉しかった。

わたくしが一番最初に宝物を見つけたのだと自慢したいくらいだった。

その時、セントバーナル様はわたくしがと会ってちゃんと目を合わせて挨拶したのだから、次にお会いする時は必ずわたくしを覚えて下さってると思った。

それからずっと毎日セントバーナル様にお会いするのを楽しみにしていた。


今か今かと待っていた日がやってきたのはそれから2年後のわたくしが6歳になった時だった。

第二王子殿下、セントバーナル様と同年代の令息令嬢が招待されてお茶会が開催された。

わたくしが覚えているのだからセントバーナル様もきっとわたくしのことを覚えて下さってると、期待に胸を膨らませてお母様とお茶会会場まで行き、セントバーナル様にご挨拶をした。

でもセントバーナル様はみなさんと同じ挨拶をわたくしにもして下さっただけで、覚えているよとか他の言葉をかけて下さらなかった。

わたくしは期待していただけにとてもガッカリしてしまった。

他の令嬢たちとは違うと思ったのに。
えっ?もしかしてわたくしのことを覚えて下さっていないの?
わたくしは2年間ずっと1日も忘れたことがないのに!

そう思うと悲しくて泣きそうになったけれど、グッと唇を噛んで堪えた。

歓談の時間になったら令息も令嬢もみんなセントバーナル様に群がるように集まっていて、セントバーナル様の周りは入る隙間がないくらいで、わたくしは出遅れてしまった。

でもセントバーナル様とお話出来れば、わたくしのことを思い出してくれるのではないか?と思い何とか輪の中に入ろうとしたけど、なかなか中に入れず周りをウロウロするしか出来なかった。

凄くイライラしてしまった。
はしたないけど、その場でドンッと地面に足を打ち付けてしまった。

でもセントバーナル様に群がっている令息令嬢たちには聞こえていなかったようで、誰も前を開けてはくれなかった。

お母様に救いを求めようと探したけれど、お母様は他の大人の方たちと楽しそうにお喋りしていて気付いてくれそうにない。

お母様も肝心な時に頼りにならない!と余計にイライラした。

でもその時にセントバーナル様から離れた所にいる何人かの令嬢たちの声が聞こえてきた。

「あら~あんなに~むらがってもぉ、第二王子殿下にうっとおしいと思われるだけなのに~」

「えっ?そうなの~?」

伯爵位以上が招待されている高位貴族令嬢なのに品のない頭の悪そうな喋り方と思ったけれど、何だか気になって聞き耳を立てた。

「そうよ~わたくしのおねぇ様が~読んでいるれんあい小説のお話を聞いたのだけどぉ~。

王子様は~あんなふうにむらがる女たちがきらいなんだってぇ~。

王子様も~男もみんな~おわれるとにげたくなるんだって~。

だからぁ~おねぇ様が~わたくしはきょうみありませんって王子様からきょりを取っている方が王子様がきょうみを持つものだって~そう言ってたわ」

「えっ?本当に?でも会ってお話してみないと、おぼえてもらえないんじゃなくて?」

もう一人の令嬢がそのアホな喋り方の令嬢に聞く。
 
「覚えてもらったりぃ~いんしょうにのこるようにするのは~何も近くにいるからじゃないって、おねぇ様は言ってたわ~。

幼い時に会って王子様が覚えている初恋とかぁ~どこかでぐうぜん二人で出会う~うんめいの出会いっていうのが大事なのよ~」

「そんなもの?」

「そんなものなのよぉ~。
それにこうもおねぇ様は言っていたわ~。

王子様にみそめられるのはみんなで集まっている令嬢じゃなくて~いつもポツンと一人でいるような令嬢なんだって~」

「えええ?…」

わたくしはそのアホな喋り方の令嬢の言葉にビビッとこれだわ!と思った。

わたくしは4歳の時に誰よりも早くセントバーナル様に出会っている。

わたくしの初恋なのよ。
セントバーナル様も覚えて下さっていれば、今度二人っきりでお話出来た時にお互いそれが初恋だと気付くんだわ。

わたくしはトキメキに胸を踊らせた。









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