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五十二話 卒業パーティーと邪魔なのは?
しおりを挟む国王陛下夫妻が退場されてから皆は会場に並べられた料理を自分で取り分けて食事をしたり、飲み物を持ってそれぞれ仲の良い人たちと歓談したりしている。
卒業パーティーでは楽団もいて音楽が流れているが、ダンスをするしないは自由だ。
だけど、この中で一番身分が上のセントバーナル様が踊らないと誰も踊りたくても踊ろうとはしないので、まずセントバーナル様と私がファーストダンスを踊った。
その後に婚約者のいる人や家族と踊りたい人は思い思いにダンスを踊ったりしている。
私はセントバーナル様とダンスが終わってからしばらくお父様とお母様と一緒にいて、お話していた。
今回はシェリーナお姉様の懐妊がわかって、お兄様とシェリーナお姉様は参加していない。
あの卒業パーティーの時にはまだ懐妊していなかったと思うけど、本当にシェリーナお姉様に何事もなくて良かった。
しばらくしてからセントバーナル様と私はジョルジュ様とミーナの元へ向かうことにした。
セントバーナル様と私がお父様とお母様の元を離れてすぐに卒業生の親の貴族の方たちがお父様を囲んだ。
チラッとお父様を見ると顔が引き攣っている。
お父様はこういう場の交流が苦手だけど、お母様がいるから大丈夫だろう。
セントバーナル様と私がジョルジュ様の元に行くと、セントバーナル様とジョルジュ様のところに貴族令息たちが集まってくる。
そしてミーナと私のところには貴族令嬢が集まってきた。
近くにはいるのだけど、それぞれに違う輪の中で歓談する時が流れる。
私とミーナは同じクラスに特別仲の良かった令嬢はいなかったけど、それでも3年間共に学んできたからもちろん挨拶を交わすし、授業でグループを組んで一緒に課題に取り組んだりしたから、他愛のない話をするようになっていたし、お互い協力して連帯感は出来ていた。
Sクラスには高位貴族令嬢が多かったけど、それでも下位貴族で優秀な令息や令嬢たちもいた。
その同じクラスだった令嬢たちと私とミーナは話をしていた。
同じクラスの同級生の貴族令嬢たちは卒業するとすぐに結婚したり、王宮の侍女や文官になっていたり家庭教師になった人がいたりとみなそれぞれで、卒業するとなかなか会えなくなったので、お互いの近況などを語り合ったりした。
「エンヴェリカ少し庭に出て休憩しない?」
しばらくして歓談も落ち着いてきた頃にミーナに声をかけられて、私とミーナはセントバーナル様とジョルジュ様に少し庭に出ていると告げてから、ミーナと庭に向かって歩き出した。
そして庭に出る扉の前である令嬢とすれ違った。
「邪魔なのよ!…」
小声だけど、ハッキリと聞こえた悪意の籠もった言葉に私はハッとしてすれ違った令嬢を見た。
ぶつかったりしていないはず。
「えっ?何?」
ミーナにも聞こえていたようでミーナもハッと振り返った。
その令嬢はプラチナブロンドの腰まである長い髪に青い瞳をした3年間同じSクラスだったツェツリーナ・ゴーガバンズ侯爵令嬢だった。
ゴーガバンズ侯爵令嬢は少し後ろに3人の令嬢を引き連れていた。
令嬢たちは前を向いたまま私たちのことは一切見ず、足を止めることなく去って行った。
「…!?」
私もミーナも意外過ぎてしばらく呆気に取られた。
すれ違い様だったから気のせいかと思ったけど、『邪魔なのよ!』とハッキリと聞こえた。
まさかゴーガバンズ侯爵令嬢が?
ゴーガバンズ侯爵令嬢とは3年間同じクラスだったけど、何か嫌味を言われたり、貶められる言葉を言われたことはなく、虐められたりもしていない。
学院時代そんなに親しくはなかったけど、それでも挨拶程度を笑顔で交わす仲だった。
彼女はとても真面目で大人しい印象だったからそんなことを言ってくるとは思わなくてかなりビックリしてしまった。
えっ?聞き間違いかな?
「ちょっとどういうことかしら?
エンヴェリカ聞こえたわよね?」
私よりいち早く素に元に戻ったミーナが私を上目遣いで見上げながら、首を傾げる。
ミーナは私より背が低いからどうしても上目遣いになる。
それが凄く可愛いんだけど…って違った。
「えっと…今何が起こったのかしら?気のせい?」
私も首を傾げる。
「エンヴェリカセントバーナル様のところに戻った方がいいのかしら?」
ミーナが心配してくれてセントバーナル様のところへ戻るか聞いてくれたけれど、すぐ側に庭に出る扉がある。
「庭にも騎士の方たちが護衛でいらっしゃるから少し出るくらいなら大丈夫だと思うわ。
私は少し風に当たりたいけど、ミーナ大丈夫?」
「私も大丈夫よ。
それなら少し庭で休憩しましょう」
ミーナに手を引かれて、庭に出る扉を開けて私たちは庭に出てすぐの空いているベンチに座った。
「邪魔なのよ!って言ったのは確かにゴーガバンズ侯爵令嬢だったわよね?」
隣に座ったミーナが身体を私の方を向けて、真剣な表情で確認するように聞いてきた。
「うん…気のせいかと思ったけどやっぱりそうだよね?」
私も困惑しながらミーナに聞き返す。
「やっぱり?ゴーガバンズ侯爵令嬢が?とても大人しく真面目な方だし、私たちとも笑顔で挨拶したりしてたわよね?」
「うん…」
私は戸惑ってしまい一言返事するだけになる。
「邪魔って誰に対して?私?」
ミーナがさらに首を傾げる。
「えっと…ミーナじゃなくて私なのでは?
まったく気付かなかったけれど彼女も私がセントバーナル様の婚約者に相応しくないと思っているのかも?」
邪魔だなんてゴーガバンズ侯爵令嬢がミーナに言うとは考えられない。
だとしたら私しかいないと思った。
彼女もセントバーナル様のことを思っていたのかしら?
「えええ?今更?
ゴーガバンズ侯爵令嬢は今までそんな素振り一度も見せたことなかったわよ」
ミーナは信じられないという顔をする。
「わからないけど、ゴーガバンズ侯爵令嬢がずっとセントバーナル様に懸想していたのなら、私は邪魔者よね…私より彼女の方が華やかで美しいし、身分も上だから自分の方が相応しいと思って当然なのかも…」
何だか自分で言ってて落ち込んできてしまう。
最近自分の見目に自信がなくなっていたから、綺麗なプラチナブロンドの髪に宝石のような美しい青の瞳を持った華やかなゴーガバンズ侯爵令嬢の方がセントバーナル様に相応しいのかも?と思えてくる。
「ちょっと!エンヴェリカ!何言ってるの!
セントバーナル様が愛しているのはエンヴェリカなのよ!」
ミーナの声にハッとして、俯いていた顔を上げると、ミーナが眉尻を上げて怒った顔をしている。
「…!そう、そうなのだけど…」
私はモゴモゴとしてしまう。
「もしかしてエンヴェリカ心配事ってそれなの?」
ミーナに問われて私はシュンッとしながらミーナには正直にコクリと頷く。
「私は王妃殿下やナターシャ様のように華やかでもヴァネッサお姉様のように凛とした美しい訳でもないし、ミーナのように可憐で愛らしい訳でもなく、髪も瞳の色も地味でどこにでもいる顔だから…最近特に自信がなくて…」
私がトツトツと不安を語ると「はぁ?」とミーナが一言言って、呆れた顔で私を見てくる。
「えっ?ミーナ?」
私はミーナの迫力に押される。
「エンヴェリカそれ以上自分を卑下する言葉を言ったら怒るわよ!」
ってミーナ怖い顔になってる!
「み、ミーナ顔がもう怒ってるよ…」
「怒ってるわよ!
何勝手に自分で思い込んで落ち込んでるのよ!
エンヴェリカにはエンヴェリカの美しさがあるのに!
それにね、みんな自分に満足なんてしていないわよ!
私だってもっと大人っぽくて背が高かったら、もっとメリハリのある体型ならっていつでも思っているわ!」
ミーナはだんだん怒りが増してきたのかムスッとした顔になっている。
「み、ミーナ?」
「セントバーナル様はね、エンヴェリカだから好きになったのよ!
エンヴェリカの見目だけじゃなく内面も見て好きになられたの!
貴方が気付くずっとずっと前からセントバーナル様は貴方のことを思っていたのよ!
貴方しかいないから一生懸命追いかけておられたのに!
エンヴェリカは自分に自信がないことセントバーナル様に話した?
話してないよね?」
私はミーナの迫力に押されてオロオロしてしまう。
「は、話してはないわ…」
「エンヴェリカ、セントバーナル様に自分が思う不安なこととかちゃんと話してみて。
セントバーナル様ならきっとわかって下さるし、全然気にすることないことだってわかるはずよ。
それにエンヴェリカだけが自信がない訳じゃないわ。
私もだし、ジョルジュもヴァネッサお姉様も、それからセントバーナル様もみんな同じだと思うのよ」
「ミーナ…」
ミーナの言葉に私は何も言えなくなりシュンッとする。
ミーナは私の方を向いて私の両手をギュッと握る。
「エンヴェリカ、わかるけれど誰かと比べるものではないと思うの。
私だってずっと自分に自信を持てなくて、幼い頃は自分の言いたいことをなかなか言えなくて、そんな自分が嫌ですぐに泣いてしまっていたのよ。
エンヴェリカと同じなのよ。
でも貴方の美しさと良さは貴方にしかないものよ!
私の大切な親友を卑下しないで!
それが例え自分でも私は許さないわよ」
「そうだよ、エンヴェリカ」
ミーナの後に声が聞こえて私は振り返る。
そこにセントバーナル様とジョルジュ様が立っていた。
声をかけてくれたのはセントバーナル様だ。
ジョルジュ様も困ったような顔をしてセントバーナル様の隣に立っている。
「セントバーナル様…」
私はセントバーナル様の顔を見て泣きそうになる。
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