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四十八話 メリル・ジラルーカス ⑥
しおりを挟むメリルはエンヴェリカが復学してからすぐ、あの事件後オマールとの婚約が解消となったテンクラビィ子爵令嬢が、エンヴェリカに近付いて暴言を吐こうとしてすぐに拘束されたという情報を聞いた。
そのような噂は何もせずともすぐ広がって、メリルも知ることが出来る。
しかし配下による情報収集は続いていて、数人見目の良い男を学院の近くに配置して、あらかじめ目を付けていた何人かの噂好きな貴族令嬢と顔見知りになっておき、令嬢が学院が終わってからか休日に街に出た時に会話してすかさず話を聞いてすぐにその情報を仕入れていた。
テンクラビィ子爵令嬢は大した処分を受けず、学院を休学して領地に戻ったと聞いた。
けど、メリルはテンクラビィ子爵令嬢にはこの時には興味を示さなかった。
8の月の成人を迎えた貴族令息令嬢のデビュタントの後、行われたセントバーナルとエンヴェリカの婚約式にメリルは参加した。
用心をして闇属性を隠す為にスキル『秘匿』を使った。
その時のエンヴェリカはいつもお下げにしている薄灰色の髪は緩く結い上げられていて、いつもの野暮ったさがなく艷やかで美しい髪であった。
それに大きな眼鏡もしていなく濃い青色をしている少し切れ長の大きな瞳に形良くすっと通った鼻梁、淡い色を引いた唇は形も良く、輝かんばりの真っ白い肌が顔の造形をさらに際立たせている。
セントバーナルのプラチナブロンドの髪の色のドレスは身体の線がわかるもので、均整の取れた体型が見て取れて、どこも文句のつけようのない美しい女性だった。
壇上でセントバーナルの横に立つエンヴェリカはスッと背筋を伸ばし優雅に微笑んでいて、どこに出しても恥ずかしくない令嬢然としていた。
エンヴェリカを見た時のメリルは『えっ?有り得ない!』と咄嗟に声が漏れ出そうになるのを何とか堪えた。
嘘でしょう?
こんなに美しいなんて聞いていない!
顔を隠す必要ないじゃない!
メリルは前世と今世でもアンジェリーナや現王妃殿下、現王太子妃殿下など圧倒的な美貌を見てきた。
それにメリル自身も今の自分の見目に自信を持っている。
ピンクブロンドの腰まである美しい髪に美しい透き通るアクアマリンのような青い瞳で、可憐で天使と言われるに相応しい美しさだ。
だからオマールが幼い頃、エンヴェリカの美しさに執着していたと聞いて知っていても、それは幼かった頃の話。
大したことはないと思っていた。
でもエンヴェリカはメリルの予想を超えた美しさで、周りが『大変お美しい第二王子殿下とお似合いの美しさですわね』と評価している声が聞こえてきて、メリルは気付いたら歯をギリッと軋ませ唇を噛んでいた。
メリルはセントバーナルとエンヴェリカが仲睦まじく見つめ合い微笑み合いながら、ファーストダンスを踊る姿を遠くから見て、目の前が真っ赤に染まるくらい身体中が嫉妬と怒りで震えてきた。
どんなに頑張っても自分は近付くことさえ出来ていないのに、まだ数度しか顔を合わせたことがないのに、なのにエンヴェリカはセントバーナルの婚約者になって、微笑み合って身体も密着させてダンスを踊っている。
自分はセントバーナルと出会い、お互い恋して結ばれる運命の為にメリルになったと思ったのに、また違う女が愛する人の隣にいる。
また二人のダンスが様になっていて悔しくて、余計に怒りが増幅していくのを感じていた。
震える身体を何とか押さえ込む為に両拳を握りしめ、自分の手の平に指の爪を食い込ませて痛みに神経を持っていって、何とか震えを押さえ込もうとした。
今宵この日に適当に誘ったいつも夜会や舞踏会で、自分に集ってきたうちの一人の令息が心配そうに話しかけてきた。
「メリル伯爵様、顔色がよろしくないですが大丈夫ですか?
体調が思わしくないのであれば、休憩しましょうか?」
だが、メリルは自分を気遣う令息の声を遠くに聞きながら、ファーストダンスを踊り終えたエンヴェリカをキッと睨み付けた。
エンヴェリカは視線を感じたのか、ハッとこちらを見たが距離がありメリルの周りに多くの人がいた為か、睨み付けてきた相手がメリルだと気付かなかったようだが、セントバーナルは違った。
あの宝石のように美しく輝く金の瞳を鋭く光らせて、冷気を発して相手を凍えさせるような視線で、短い間であったが、セントバーナルはメリルをジッと見据えてきた。
その瞬間、メリルはセントバーナルと視線が合って嬉しいより、あの美しい顔から発せられる底知れぬ冷気と覇気のようなものに恐怖を感じて、ブルブルと震えて膝を付きそうになった。
同伴してた令息が慌てて支えてくれたが、メリルはフラついて身体の震えが止まらなかった。
それからメリルは令息に説得されて、早めに切り上げて会場を後にして王都の邸に戻った。
邸に戻ってドレスを脱ぎ捨て湯浴みをして、夜着に身を包んでソファに座りながらお酒を飲む。
メリルはあんなに恋焦がれたセントバーナルに恐怖を感じて、身体が震えて倒れそうになったことを思い出していた。
そして自分は瞳の継承者の凄さをわかっていたはずなのに、セントバーナルのあの視線で、もしかして自分には敵わない相手なのかと思った。
何が知られているのか?
自分はとんでもない相手を敵に回してしまったのかも?とまた身体に震えがきた。
それくらいセントバーナルの視線はその冷気で身動き出来なくし捕らえた者を食い潰しそうな覇気と迫力があった。
メリルは婚約式の時に周りに他の瞳の継承者いたのだろうか?と思い出そうたしたが、セントバーナルとエンヴェリカばかりに気を取られていて、誰が近くにいたのかまったく思い出せなかった。
そしてメリルは自分が婚約式に出席したことは間違いだったのではないか?と思えてきてどうすればいい?と焦りを感じて、喉が乾きグラス半分まで飲んでいたお酒を一気に煽った。
「だ、大丈夫よ…ハハッ
わたくしの計画は完璧だもの、多少ミスしたからっていくら瞳の継承者でもそんなに簡単にわたくしに辿り着くはずがないわ…」
そう言い聞かせてメリルは自分の身体を抱いた。
メリルはそれからどこへも出かけず、王都の邸に閉じ籠もった。
配下たちにもしばらくは大人しくしているように、でも最低限の情報収集は怠らないように言い聞かせた。
メリルは邸に作った地下へと足を運ぶ。
そこにはいくつかの檻のある部屋があり、中には甥っ子のジルベスターと姪っ子のフローラが青白い顔をしたままベッドで眠っていた。
ジルベスターとフローラは2年前に長年メリルに魅了を重ねがけされて、精神が破綻してしまった為に地下のこの部屋に閉じ込めるようになった。
メリルは前世の教訓で魅了を乱用しないように注意していたが、それでもジルベスターとフローラや昔からいた使用人たちの何人かも同じように精神が破綻する者が出てきて、使用人たちは適当な理由を付けて療養施設に送った。
後どうなったかは知らない。
しかしジルベスターとフローラはメリルにとっては特別な存在だった。
自分が一番幸せだった頃の象徴のように思えて、簡単に処分出来ずに地下牢に閉じ込めることになってしまった。
しかし婚約式に出席してから焦りと不安を感じるようになってきた。
どうにかしなければならないと思ったメリルは眠っているジルベスターとフローラの魔力を極限まで吸い取ってしまった。
ジルベスターとフローラは眠ったまま息をしなくなった。
このままでは腐ってしまうと、メリルはスキル『保存』を使った。
保存とはそのままの状態を保ってとっておくこと。
メリルは今ジルベスターとフローラを処分するのは危険だと思い、しばらくここに置いたまま様子を見ることにした。
それから数ヶ月過ぎた頃、配下からエンヴェリカがオマールの婚約者だったテンクラビィ子爵令嬢と手紙のやりとりをしているようだとの情報がもたらされた。
そのことを聞いてメリルはセントバーナルから感じた恐怖の感情を忘れてはいないが、エンヴェリカに対しての嫉妬や怒りの方が恐怖を上回った。
そしてやっぱり自分はセントバーナルのことを愛しているんだ、自分にはセントバーナルが必要なのだと解釈してしまった。
『あの女はセントバーナルに相応しくない。
相応しいのはこのわたくしだ』
その為に邪魔なエンヴェリカにいなくなってもらわなければならないとメリルは思った。
エンヴェリカがテンクラビィ子爵令嬢と手紙のやりとりをしているなら、それを利用してエンヴェリカを排除しようと決心する。
そしてもしもの時の為にギレンに魅了の魔道具を開発させていた。
いくら魔道具とはいえ、魅了魔法を自分以外のものに使わせるのは嫌だと、魅了はわたくしのものと勝手に思っていたメリルだが、自分が極力動かないようにする為に必要だと思い至る。
そして配下に魅了の魔道具を使って手紙を運んでる者を洗脳して、エンヴェリカとテンクラビィ子爵令嬢の手紙のやりとりを盗み見するように指示するのだった。
配下たちに手紙の内容を聞きながら、手紙にテンクラビィ子爵令嬢が兄と共に領地の視察に行っているとの内容を聞き、メリルは配下にテンクラビィ子爵令嬢と接触して魅了による洗脳を行なうように指示する。
それから配下からテンクラビィ子爵令嬢の様子を聞き、テンクラビィ子爵令嬢を洗脳出来たと聞いて、手紙でエンヴェリカに直に会って謝罪をしたいとテンクラビィ子爵令嬢に書かせた。
1の月の末にテンクラビィ子爵令嬢がエンヴェリカと会うことが決定したと配下からメリルは聞かされた。
テンクラビィ子爵令嬢にはエンヴェリカとのお茶会で、エンヴェリカと自分の分のお茶のカップに毒を入れるように指示して、毒も渡した。
毒は身体検査をされてもわからないようにする為に細工をされたドレスを配下がテンクラビィ子爵令嬢に渡したそうだ。
セラーズのメンバーは違法薬物などを運搬する時に、男も女も服に細工して服の中にも隠したりするのだそうだ。
それが今回役に立った。
エンヴェリカ共々テンクラビィ子爵令嬢も毒殺する計画を立てる。
しかし計画は決行したはずなのに、いつまで経ってもテンクラビィ子爵令嬢と接触していた配下からの報告がなく、その配下が行方不明となってしまった。
おまけにテンクラビィ子爵令嬢も戻って来ず、行方がわからず仕舞い。
そして休みが明けて学院が始まるとエンヴェリカが何事もなかったように姿を現したとメリルは聞く。
計画は失敗したのだとメリルは思い知らされたのだった。
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