36 / 78
三十二話 兄上とジョルジュと私 ②
しおりを挟むセントバーナルside
その時ノックの音が聞こえて兄上が入ってきた。
「やあ、セント、ジョルジュ殿待たせたね。
失礼するよ」
兄上が気安い笑顔を見せて私の隣に座った。
そして私の側近のストレンダーにお茶はいいよと手で制した。
「兄上お忙しいのにすみません」
「ほんとに~これからナタとの時間なのに~」
と戯ける。
ジョルジュが苦笑いする。
「兄上とりあえず報告をお願いします」
私は兄上の言うことを無視して早く本題に入れと言わんばかりに報告を促す。
「私の弟は冷たいね~、昔は私の後をずっとついて歩いていた可愛い子だったのに~」
私は兄上を無言で睨む。
「フッ、まあいいか~。
メリルの魔力はね~ジョルジュ殿はわかったと思うけど、違う魔力が複数あったよ。
つまり違う人間の魔力だったってことね」
「やはりメリルとは違う人間の魔力ですか」
私は自分が立てた推測が正しいと思えてきた。
「殿下のスキルから別人であるとわかったのですね」
ジョルジュはさらに興味を惹かれたみたいだ。
「そうだね~。
通常では考えないことだけどね。
ナタのあの話、別人の魂が入ったとしたら?ということ聞いた時はまさかと思ったけど、十分有り得るね。
メリルが自分のスキルを使って奪ったということも考えられなくはないけど、1つはメリルのスキルを使ったものではないと思うんだよね。
不思議とメリルの魔力ともう1つの火属性の魔力は元からというか、その人間に備わったものという感じなんだ。
同一人物であってそうでないみたいな?」
「なるほど、では1つは義姉上が言った別人の魂の可能性があると」
兄上はそうそうと言いながら頷く。
「メリルが生まれてから持っているものと、もう1つ別の魔力が元々備わっていると感じたね。
今まで事例がないから別の魂が入ったら元の本人のものと別のものを持つようになるという確証はないけど、スキルによるものではないことはわかったよ。
それとね、メリルのスキルではない違うスキルも感じたんだ。
それはもう1つの火属性を持った人物のスキルだね」
また違うスキルが?
「メリルとは違うスキルがですか?…」
これには私とジョルジュが驚いて兄上を凝視する。
「そうなんだよ。
恐らく『秘匿』というスキルではないかと思うんだ、もう一人の魔力とはまた違うものを感じたんだ」
「スキル『秘匿』っていうと…」
ジョルジュが記憶を辿るように頭を捻っている。
「秘匿とはこっそり隠すことだ。
そのスキル『秘匿』を持っていた人物を私は知っている。
グレイナンド・インキュリナー伯爵だ。
王宮で文官として出仕していたが、3年前に病で亡くなっている。
インキュリナー伯爵は文官としてスキル『秘匿』で大いに国に貢献してくれた人物だけどね。
40代の若さで惜しくも病で亡くなってしまったんだ」
「それはもしかして…」
まさかインキュリナー伯爵の死にもメリルが関係しているかもしれないというのか?
いや、そう思うのは早計か?
でもメリルがそのスキルを持っているのなら十分考えられる。
「私はインキュリナー伯爵とは頻繁ではないが、会ったことはある。
私の記憶ではインキュリナー伯爵の魔力だと感じた。
伯爵は実直で真面目過ぎる程真面目だった人物で、決してスキルを悪用するような人物ではなかったと聞いた記憶があるんだよね。
まあ、ランドル殿が言っていたようにスキルは女神セレナ様の加護によるもので、スキルを持つ者は人格者であるという性善説が私たちの中にあるからね。
で、そのスキルは隠せるものなんだ。
インキュリナー伯爵は自分や他の者の魔力を隠したりなどするような人物ではないはずだが、悪用しようと思えば出来なくもないものだよ。
国で管理しているスキルの情報を調べてインキュリナー伯爵の残っている魔力を私が感知すればわかる。
明日には報告するよ」
兄上もだが、ジョルジュも私も一気に険しい顔になる。
もしインキュリナー伯爵の死にもメリルが関わっているとしたらどれほどなんだ。
怒りが込み上げてくる。
兄上が言うようにインキュリナー伯爵のスキル『秘匿』をメリルが奪っていたのなら、婚約式に参加する際にスキルで闇属性を隠したということか。
「なるほど、それならジョルジュがもう1つの魔力の属性に闇属性を感じれなかったのも納得出来ますね」
「そうだね、自分が本来持っている属性やスキルなどを隠すことは私のスキルやジョルジュ殿には通用しなかったということだね。
あとインキュリナー伯爵の魔力も隠すことは出来なかった。
『秘匿』のスキルを使ったのなら。
しかし闇属性は隠せたということになるかな。
これもまだ推測だけども。
メリルはそこに気付いていない可能性があるね」
なるほど、メリルは兄上のスキルのことは恐らく知らないだろう。
スキルは本来誰のものであっても公表されないから、スキルの持ち主本人やその家族、瞳の継承者たちと属性判定した神官と国の管理する機関など一部の人間しか知らないはずだ。
メリルがインキュリナー伯爵からスキルを奪ったとしたら、どうやってインキュリナー伯爵がスキルを持っていると知ったかなど疑問が残るがね。
インキュリナー伯爵と直接会って魅了を使って白状させた可能性があるのか。
でも何故インキュリナー伯爵に目を付けたかだ。
王宮で魅了を使うことは出来ないはずだ。
どこで接触したんだ?
メリルはどうやってインキュリナー伯爵がスキルを持っていると知ったんだ?
国の管理機関の人間は他者に漏らせば、罰則を受ける魔法契約をしているはずだ。
…属性判定をした神官か?
「兄上、メリルがどうやってインキュリナー伯爵がスキルを持ってると知ったかですが、属性判定をした神官は他者に漏らさないように国の管理機関の人間のように魔法契約をしていませんよね?」
私が言うと、兄上が頷く。
「そうだね、どこかでインキュリナー伯爵と知り合って魅了を使って聞き出したとも考えられるが、片っ端から相手に身をかけまくるのは危険だね。
国の管理機関の人間は魔法契約により罰則があるから考えられない。
考えられるとしたら神官かもね。
大神殿や神殿には結界が張られているから神殿内では無理だろうけど、外で接触していたなら有り得るかもね。
メリルは『悲劇の天使伯爵』と言われているくらい尊い人物と言われているらしいね。
神殿や孤児院などに赴いて施しなどもしているそうだからね。
神官と顔見知りになっている可能性は高い。
神官は女神セレナ様に仕える者として崇高な人物で、悪いことをするはずがないという前提が私たちにはある。
神官たちは魔法契約で縛られてはいないからね。
しかしメリルが魅了を使ったなら操られて極秘情報を漏らした可能性があるね」
兄上も神官が怪しいと見ている。
「それではインキュリナー伯爵の属性判定をした神官を調べてみます」
ジョルジュが即座にそれに応える。
「ジョルジュ頼みます」
ジョルジュははいと頷いた。
インキュリナー伯爵の属性判定した人物がわかるといいのだが。
メリルはスキルなどを知る為に神殿や孤児院に赴いていたのだろうか?
そうだとすると、天使の皮を被った大悪党だな。
「もし魅了で操られたとしても神官が他者に極秘情報を漏らしたのだしたら神官たちに対しても魔法契約が必要になってくるね。
父上に話してみるよ」
兄上の言う通りだ。
これからこの人物なら悪いことをするはずがないという性善説は考え直さなければならないかもしれない。
しかし今回はメリルが魅了を使ったからとも言えるが。
それにしてもメリルはあらゆることをよく調べているのだろう。
瞳の継承者のことも…。
いや、ジライヤの時にいろいろと知ったのかもしれない。
スペンサー殿やジョルジュ、瞳の継承者たちが特別であることは知っているのだろう。
だから婚約式ではスペンサー殿、ジョルジュ、他瞳の継承者たちがいるから用心して闇属性を隠そうとしたのかもしれない。
しかし他の魔力、スキルまでわかるとは知らなかったのではないか。
「まず兄上のスキルのことはメリルは知らないでしょう。
けど、スペンサー殿やジョルジュ、瞳の継承者たちを警戒して闇属性は隠したというところでしょうか」
ふむ、と兄上が顎に手をやる。
「そうなるかもね。
メリルが持っていたもう1つのスキルがインキュリナー伯爵のものだとわかれば
それは確証に変わるね。
それと、セントは闇属性と魅了のことを調べていたね。
何かわかったかい?」
兄上に聞かれて758年前のジライヤの事件についてと私の推測を話す。
どうやってメリルの中にジライヤの魂が入り込んだのか疑問が残る。
本当にそんなことが有り得るのかということも。
でもそう考えた方が納得がいくのも確かだ。
「セントバーナル様はメリルの中にジライヤよ魂が入り込んだのでは?と推測しているんです。
しかし先程殿下がメリルともう1つの魔力、これがジライヤだとすると彼女の火属性は明らかになっていて、闇属性だけが表に出てこなかったということになります」
「それなんです。
それが以前、スペンサー殿とジョルジュが言っていたメリルの妹が闇属性を持っていたのではないか?ということです」
兄上がほぅと言う。
「それなら闇属性が隠されたことは説明がつくね。
ジライヤの魂が何らかの方法でメリルの中に入り込んだが、そのジライヤの魂は火属性のみで闇属性を持っていなかった。
闇属性はメリルが自分のスキルで妹から奪ったものならば、スキルで隠せるかもしれない」
「なるほど!
スキルを使って奪った属性魔法はスキルで隠せるということですか」
ジョルジュはふむふむと頷きながら兄上の話を聞いている。
「メリルの魔力を感知したことからそういうことになるかな。
インキュリナー伯爵からスキル『秘匿』を奪って隠したとしたらね。
スキル『秘匿』の性質もインキュリナー伯爵の魔力を感知すればわかるからその辺も明らかになると思うよ。
でもインキュリナー伯爵のスキルを使っているからインキュリナー伯爵の魔力は隠せなかった。
何かややこしいね」
兄上がフッ苦笑いする。
「でもメリルの持っていた魔力の1つがインキュリナー伯爵のものであるならかなりの前進になりますね」
「そうなりますね」
私が言うことにジョルジュが肯定する。
スペンサー殿、ジョルジュそして兄上のスキルでだいぶ前進したと思う。
「とにかく明日インキュリナー伯爵の魔力を私が感知してからセントとジョルジュに報告するよ。
ジョルジュはスペンサー殿に報告お願いするね。
あとの者には私から報告するよ。
あれから何もしてこないみたいだけど、今日の婚約式のメリルの様子だと彼女が黒幕なら動き出すかもしれないね。
メリルがセントに執着しているならね。
エンヴェリカ嬢がセントの婚約者として公に姿を現した。
それはエンヴェリカ嬢を排除することに失敗したということだからね。
セントとエンヴェリカ嬢の婚約が発表されたことはメリルにとって予想外のことだった。
エンヴェリカ嬢をどうしても自分の目で確かめる為にも婚約式に出席したのかな?
これからメリル以外の他の者たちも引き続き監視していこう。
こちらも糸口を掴んだからこちらからも動くことも考えていきたいが、それはまたどうしていくか話し合いが必要だね。
とにかくエンヴェリカ嬢の安全が第一だ。
私たちで必ず守っていこう。
また近々打ち合わせすることにしよう」
「わかりました」
「承知致しました」
兄上の言葉に私とジョルジュが返事をした。
兄上とジョルジュが帰ってから私は湯浴みをして寝仕度をしてからベッドに入った。
明日はエンヴェリカに婚約記念として指輪を渡すつもりだ。
普通なら婚約式の前に渡すべきだが、メリルが現れるかもと思ったからあえて婚約式の後にした。
その指輪はエンヴェリカを守る魔道具だ。
エンヴェリカの父上、クエスベルト子爵卿、スペンサー殿、そして私が協力して作り上げたものだ。
クエスベルト子爵卿とスペンサー殿で十分だが、どうしてもエンヴェリカが身に付けるものに私も関わりたかったから私の魔法も付与してもらった。
メリルがどれほどの者かまだわからないが、エンヴェリカに贈る魔道具に気付くことはまあ有り得ない。
それくらいの細工を私たちがしたのだから。
しかしあちらには元魔術研究所のギレンもいるからな。
ギレンがいたなら魔道具の専門家で相当な腕の持ち主だ。
もしかした気付く可能性もあったから婚約式の後に渡すことにした。
ギレンは婚約式には姿を見せなかった。
私は眠ろうとしたがいろいろと考えてあまり眠れなかった。
☆★☆
この作品のメインキャラには転生者はいないと明記してますが、この作品が派生することになった元の作品の『愛のない政略結婚はずかいつからか旦那様がグイグイくるのですが』の主人公ヴァネッサと王太子妃ナターシャは転生者です。
ヴァネッサは日本人、ナターシャはフランス人の前世の記憶があります。
ヴァネッサとナターシャは転生で最初から本人の魂のみなので、1つの魔力しかありません。
メリルのことはまだ明らかになっていませんが、メリルとは違うパターンであるということになります。
ナターシャが王太子にメリルに別の魂が入り込んだのでは?と話したのは自分が転生した経験と前世の物語などから、考えられることを話したということです。
ナターシャは自分が転生者だということはヴァネッサにしか話しておりませんので、王太子はそのことは知りません。
少し補足的に説明させて頂きました。
応援ありがとうございます!
11
お気に入りに追加
344
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる