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ニ十一話 兄と弟
しおりを挟むセントバーナルside
あの会合の後から数日は兄上と会う機会がなかったのだが、2日経った夕方兄上がいきなり一人で私の執務室に入ってきた。
いつもなら先触れがあるが、私が兄上に対して怒っているから面会を拒否すると思ったのか、何の先触れもなしにだ。
昔から兄上はたまにこうしてひょっこり現れたりする。
だから私が驚くことはない。
側近のストレンダーがお茶を用意してくれて、執務室のソファで兄上と向かい合う。
あの会合では確かに最初兄上に言われたことで、怒りを感じて睨み付けてしまったが、兄上の言ったことは至極正論で冷静になってからは兄上に怒りを感じていない。
自分の不甲斐なさに憤っているだけだ。
「セント、あれからすぐにお前と話をしたいと思っていたんだけど、なかなか時間が取れなくてね」
兄上はいつもの飄々とした雰囲気を出しながら第一声を発した。
「いえ、兄上もお忙しいのはわかっていますから」
私はまだどうしても声が固くなってしまっている。
本当は兄上に対して失礼な態度を取ったことを謝らなければと思っているのに、まだ素直になれない。
「お前も忙しいだろうからね。
ああ、私は謝らないよ。
悪いことを言ったと思っていないからね」
兄上が一見読めない微笑みを私に向けてくる。
私の真意を探ろうとしているのだ。
「ええ、兄上が謝ることはありません。
正論ですから」
私も兄上に微笑みを返す。
「そうか、スペンサー殿かジョルジュから情報は入っているかい?」
「ええ、メリル・ジラルーカスのことや廃墟を見張っていた男、黄色のハンカチーフを持っていた平民風の男女、元王立魔術研究所所属だったギレン、商業ギルドセラーズのことなど徐々にですが…」
兄上が話題を変えたので、当たり障りなく質問に答える。
「ふむ、まあ今までのことを考えると、そう簡単には尻尾を出さない連中だろうからね。
ところでお前はクエスベルト子爵令嬢に対してどれほどなのかな?」
「どれほどとは?」
兄上の言葉に怪訝に思い私は首を傾げる。
兄上は微笑みを浮かべてはいるが表情が少し変わった。
「お前にとってクエスベルト子爵令嬢はどれほどの存在なのか?ってことだよ。
私が彼女を囮に使うようなことを言ったらお前は怒っていたが、お前は彼女に対してそれほどのことでもないのではないかい?」
「そんなことはない!!
エンヴェリカは私にとってかけがえのない存在です!
エンヴェリカがいないと私は生きていけない!
だから彼女を囮にするなんて絶対許せない!反対なんです!」
私は兄上が私を煽るように言ったことだとわかっていながら、エンヴェリカのことになると冷静になれない。
「それならそれほど思っているのなら冷静になれ!」
「!!」
兄上の口調も表情も変わった。
数ある兄上の顔のうちのひとつ王たるに相応しい、迫力と威厳ある姿に変貌したのだ。
「私だってお前と同じ状況で、ナタを囮にしなければならないとなったら腸が煮えくり返る。
本当はそんなことはしたくない!
でもそうしなければ解決出来ないことだったら?
私もナタを危険な目に遭わせるくらいなら、閉じ込めて一切外に出さないことを考えるだろう。
でもそんなことをナタは望むか?今までのままそのままのナタでいてくれるだろうか?と考える。
ナタはきっと望まない。
そんなことをしたら本来の私の愛するナタではなくなる。
私もそんなことは望まない、決してな。
今でも王太子妃になって、彼女が本当に望む自由はなくなっただろう。
でもそれでもナタは私の伴侶に王太子妃になることを選んでくれた。
私はナタの出来る限りの自由を守る為、ナタの望む生活を守る為、それが絶対必要であるなら私はナタを囮にすることを選ぶ」
「兄上!…」
私は言葉に詰まる。
「お前はクエスベルト子爵令嬢が囮になったら守れないのか?
そんなものなのか?
彼女を心身共に守れるのは父上でも私でもスペンサー殿でもジョルジュでもない、お前なのではないか?
お前しかいないんだぞ!冷静になれ」
「私は冷静です!」
また兄上を睨み付ける。
「自分のせいだ、自分が情けないと思ってる者に本当に大切な人は守れないんだよ」
「っ!…」
兄上に痛いところを突かれて私は言葉を失ってしまう。
「起こってしまったことは取り戻せないんだ。
後悔するだけじゃ駄目なんだよ。
反省は必要だ。
でももうその反省から次に進まないといけいない。
これからのお前と彼女のことを考えなさい。
今後自分はどう在りたいか、お前と彼女のどんな未来を望むのか。
それには何が必要か、どうすれば良いのかちゃんと考えてそして行動するんだ。
他の人間、例えばジョルジュに彼女を守ってもらうのか?
それでいいのか?
違うだろ?お前の唯一。
お前の愛する存在ならお前が守ってみせろ!」
「…」
私は兄上に何も言い返せず、唇を噛む。
「彼女のことを自分は駄目な人間だからと諦められるような存在ならもう彼女を自由にさせてあげるべきだ」
「そんな…諦められる訳ない!…」
「それならどんなことをしてでも彼女を守ってみせろ。
例え彼女を囮にしなくてはならない状況になっても、お前が彼女の盾となりどんなことをしてでも守るんだ。
これから先のお前と彼女の為にな。
お前なら出来るだろ?」
「…兄上、…私は…」
「私は出来ない相手にそんなことは望まない。
お前が出来ると思っているから言っているんだ」
「はい…」
「私なら例えナタを囮にするしか方法がなく、そうすると決めたらナタには一切知られることなく、指一本触れされることなく守るにはどうすればいいかを考える。
まず、そんなことにならないようそれまでに解決することに全力を尽くすがどうしても無理ならそうする」
そうか、そうだよな。
それまでに解決するのが一番だが、必ずしも早期に解決出来るかはわからない。
今回など特に困難かもしれない。
でもそれなら次にどうすればいいか、考えて行動して、必ずエンヴェリカを守らなければならない。
自分が情けないなどと、落ち込んでいる場合じゃなかった。
冷静になってあらゆる可能性を考えて、その中でも確実にエンヴェリカを守る為に今出来ることを考えて行動しなければならないんだ。
兄上の言う通りだ。
「兄上申し訳ありませんでした」
私はやっと素直に兄上に頭を下げることが出来た。
「いや、お前が私に怒りを顕にしたことはお前が成長したんだな、愛する人に出会えたんだなと感慨深かったよ。
でももう自分を責める時間は終わりだ。
彼女を守ることをまず考えるんだ、いいな?」
「はい、わかりました」
「ん、それじゃあ話は終わったね。
私はナタのところに帰るよ、またね~」
兄上は先程とはまったく違う柔らかい表情になり、私にニッコリと笑って席を立ち私に背を向けて、片手をヒラヒラさせながら執務室を颯爽と去って行った。
私はふぅと深呼吸して、自分も仕事を終わらせてエンヴェリカのところへ向かう為、片付けをし始めた。
エンヴェリカに学院復学の時期、それから婚約のことを話さないとと思っているのだが…。
エンヴェリカを不安にさせないようにするには、どういうふうに切り出せば不自然にならないだろうか?
婚約についてはエンヴェリカは戸惑ってすんなりとは受け入れてくれないだろうが、それは私次第。
私が思いを伝え続けていく。
私は諦めない。
しかし初めに復学と婚約を同時にしたいとどう切り出せばいいのかわからない。
考え過ぎて、上手く言葉が見つからずエンヴェリカの両親が領地に帰ってからも、エンヴェリカに婚約の話と学院復学の時期の話を言えずにいた。
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