地味に見せてる眼鏡魔道具令嬢は王子の溺愛に気付かない

asamurasaki

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三話 平穏な学院生活は3ヶ月で終了してしまいそうです

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(しっかりしろ、俺。今はユリシーズのことだけ考えろ)

 ゆっくりと肺から息を吐きだして――今度は、大きく吸い込む。
 空気は悪いが、それでも、脳に目一杯の酸素を送り込む。

 そして気合いを入れ直し、脳内で出口までの距離をはじき出した。

 ――入口から崩落場所までにかかった時間はおよそ二十分。
 だが、うち半分以上は魔物との戦闘に費やした。

 ということは、実際に歩いた時間は長くて十分。歩行速度は分速八十メートル……だが、実際はもっと遅かっただろうし、立ち止まったりもした。それを考慮すると、分速六十メートルくらいだろうか。
 ――となると……。

(せいぜい六百メートルってところか。だが既に半分は過ぎているはず。つまり残りは三百メートル。……ハッ、楽勝だ)

 こうやって数値に表すと、漠然とした不安が消える気がする。

 データは希望にも絶望にもなり得るが、出口があるとわかっている今は希望の方だ。
 このまま魔物と遭遇しなければ、五分後にはマリアのところに辿り着けるのだから。


 ――だがそう思ったのも束の間、俺は直感的に足を止めた。
 前方から、何かが忍び寄る気配がする。


「とうとう来たか……」


 俺は背中からユリシーズを下ろし、地面に横たえた。

 グレンは逃げてもいいと言ったが、この狭い坑道で、迫りくる魔物から逃げきるなど不可能に近い。
 たとえ逃げたとしても、今の右足の状態ではすぐに追いつかれるに決まっている。

 つまり、倒す以外の選択肢は――ない。


「俺だって、やるときはやるんだよ」


 俺は自身を鼓舞するように呟いて、聖剣を引き抜いた。
 正面で構え、近づいてくる敵の様子を伺う。

 そして数秒の後、暗闇から姿を現したのは、瘴気をたっぷり吸いこんだであろう巨大な蛇だった。

「……っ」

(――でかい)

 長さは十メートル近く。大きな顎に鋭い牙、魔物特有の赤い瞳。
 食事の後なのか、胴がいびつな形に盛り上がっている。

 そのシルエットに、俺はどうしようもなく勘づいてしまった。

「……こいつ、まさか……」

(人間を……喰ってやがる……!)

 ここに入ったときから違和感は感じていた。
 マリアは遺体が放置されていると言ったのに、実際は誰一人見当たらないことに。

 俺はその理由が、ここが入口付近だからだと思っていた。
 けれど違ったのだ。この蛇が、人間の身体を丸呑みにしていたからなのだ。

「――っ」

 ああ……駄目だ。怖い。怖くて……足がすくんでしまう。

 魔物は人を襲う。それはグレイウルフと戦って、よく理解していたはずなのに。
 ユリシーズが隣にいないことが、自分一人で戦わなければならないことが、こんなにも恐ろしいことだったなんて……。


 ――でも……。





「……来いよ」





 ユリシーズは俺を守ってくれた。だから今度は、俺がユリシーズを守る番だ。

 それに、俺が手にしているのは聖剣。天下の大神官、サミュエルの聖剣だ。蛇ごときに負けるはずがない。

 俺は大蛇を見据え、剣先を向ける。


「お前は俺が倒す。これは決定事項だ」


 魔物に人間の言葉がわかるわけがない。まして蛇だ。犬や猫ではなく、蛇。
 そんな奴に、何を言ったって無駄。そんなことは百も承知だ。

 けれどそれでも、俺は言わずにはいられなかった。

 殺さなければ、殺される。
 
 そんな状況で、俺はそうでも言わなければ、今にも逃げ出したくなる気持ちを抑えてはいられなかった。


ってやる」


 こいつは俺がここで殺す。
 それ以外に、俺たちが生き延びる方法はないのだから。


 俺は蛇と睨み合う。


 そして数秒の後――蛇が動きだすと同時に――俺は一気に間合いへと踏み込んだ。
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