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百三十話 アランside ②
しおりを挟む ブルーはそれなりに容姿に恵まれた男だ。
長身に均整の取れた肉体、鼻筋の通った精悍な顔つき。就任当初は女性ファンが多くつき世間を騒がせた。しかしチーム内で最弱の地位に落ち着いたとなれば話は別で、頼りがいのある見た目は逆にその弱さを際立たせた。
新ヒーロースーツに肉体の操縦権をコントロールされ、仲間との通信が難しくなってからは、芳しくない評価に自己中心性という欠点が書き加えられた。
週刊誌はあることないこと書き立てて部数をひと稼ぎする。世の中の青井に対する評価は今やさんざんな自己中男だ。
反面、バルドの部下から報告される彼はとてつもなく繊細な男だった。チームメイトに話しかけられてはどもり、ファンに追いかけられては逃げ回り、アンチの郵送物を律儀に紐解いてはカミソリレターに肩を落とす。オフの過ごし方といえばマネージャーの目をかいくぐって宿舎の屋上で日光浴するのがお気に入り。『好物は肉料理』、『苦手なものは甘い菓子』とは協会発行の公式ファンブックから得た情報であるが、部下の観察からすればそう飯のえり好みはしなくなっているという。食堂には寄りつかない。主食はラボでの点滴。暇さえあればプロテイン入りレーションを義務のように齧っているらしい。
———臆病で、善良で、反吐が出るほど平凡な男というのがバルドの所感である。
戦場で飢えた獣の如く剣戟を繰り出してくるアレとはどうしても印象が一致しない。つまらん男だ。報告を更新されればされるほどため息が出た。
こと面白くないのはヒーロー部隊のリーダーであるレッドとの関係である。ブルーは同じ空間にいれば必ずと言っていいほどレッドを目で追いかけ、その癖気付かれそうになると人知れず姿を消すのだという。
独房じみた青井の私室には年季の入ったヒーロー雑誌が数冊あるが、それらは全てレッドの特集号である。雑誌に挟んでときどき眺めているという古い便せんは、レッドから幼い少年へとあてられたものだった。
『レッドも三十前半ですから。奴のデビュー当時ブルーはまだほんの子どもです。何かの事件で救助された関係である可能性は高いかと』
青井清一は孤児院出身である。調べてみればわかるもので、青井少年は隕石事故の現場から一人レッドに助け出され、身内を失ったためそのまま田舎町の孤児院へ引き取られている。その後は候補生登用試験を受け、ヒーロー養成施設へと進学。長く空席になっていたブルーの座を埋めるために、能力不足ながらも抜擢された奇跡の追っかけであることが判明した。
『しかしボス、二人の仲は至極険悪なようです。ブルーはレッドのことを避けていますし、レッドもブルーのことを意図して無視します。声をかけても事務連絡だけ……素行の注意と、警告ですね。例のゴシップ記事が影響してるんでしょうが』
スポンサーの民間企業トップにブルーが枕営業を強いられていたことはこのとき既に特大スキャンダルとしてすっぱ抜かれ、ネタとして大衆に消費され尽くしたあとだった。何をするにも金はいる。戦いに疲弊した人間界で貧富の差は拡大し、有り余る富を一部の特権階級が占有して社会問題となっていた。ヒーロー活動の資金提供のため、なぜかご指名を食らった青井はマネージャーに言われるがまま身を差し出したのである。
レッドは遺憾ながら協会司令部の命令に逆らえないのか、直接的な言葉は避けてブルーを戒めた。かつて自分が助けた子どもだとも気づいていないらしい。ブルーも黙して接触を避ける姿勢を貫いた。
新ヒーロースーツに衣替えしてからは特にすれ違いは酷くなった。無線での連携が取れないのだから当然である。
ラボにほぼ拘束されているブルーは宿舎に戻る機会も殆ど与えられず、戦場とラボを往復し続けていた。時折顔を合わせればレッドとブルーは二言三言挨拶を交わし、その後ブルーは必ずと言っていいほど体調を崩す。
バルドは舌打ちしたい気持ちで経過観察の報告を促した。腐れヒーロー共の内輪揉めなど聞いたところで益がない。酒の肴にでもなればいいが、なんだか妙に胸の悪くなる話だった。
『……あいつ、今日も寝てんのか』
通信先から部下は元気に「今日のブルー」を報告してくる。この一週間、ラボに呼び出されなくなった青井は宿舎の私室に篭ってひっくり返っている。
『はい!寮の食堂で詰めたもの全部吐いた後失神しまして。人前の食事が久々過ぎて緊張したんですかね。今は毛布にくるまって寝てます』
『は!悲惨だ。こんなしけた犬っころみたいな男が俺様の担当ヒーローだと……』
『しかしボス。先日は防衛戦線で大敗を喫したと聞きましたが。ブルーは普段いじめられっ子ですが侮るべき相手ではありません。慢心はそれくらいになされた方がよろしいかと』
『減給されたくなかったら黙って、仕事を、しろ!』
『では本日の報告は以上になります。そろそろ魔界に帰ってもよろしいでしょうか、ひ孫の誕生日が迫っていまして……』
『ふざけんな続けろ。今は戦時だぞ!……もうしばらくで魔王のやつが動く、それまで任務を遂行しろ』
戦にやる気の無かった魔王が新ヒーローのピンクに一目惚れしてからというもの、体勢は一気に人間界との和平へと傾いていた。
邪魔する枢機卿達はこぞりこぞって魔王に異議申し立てに行き一人残らず塵に還されている。あの山脈のような重たい腰をようやく上げてくれたのには素直に驚くが、いよいよ楽しい戦の時間も終わりらしい。
バルドは目標の捕獲に向けて、五大幹部達へ書簡を送り返した。
最後の報告から数日後、魔王の思惑通り人間界と魔界の停戦協定が結ばれた。
痩せた青犬の引取先は、当然のように魔王城の一角に位置するバルド邸へと決定づけられた。
長身に均整の取れた肉体、鼻筋の通った精悍な顔つき。就任当初は女性ファンが多くつき世間を騒がせた。しかしチーム内で最弱の地位に落ち着いたとなれば話は別で、頼りがいのある見た目は逆にその弱さを際立たせた。
新ヒーロースーツに肉体の操縦権をコントロールされ、仲間との通信が難しくなってからは、芳しくない評価に自己中心性という欠点が書き加えられた。
週刊誌はあることないこと書き立てて部数をひと稼ぎする。世の中の青井に対する評価は今やさんざんな自己中男だ。
反面、バルドの部下から報告される彼はとてつもなく繊細な男だった。チームメイトに話しかけられてはどもり、ファンに追いかけられては逃げ回り、アンチの郵送物を律儀に紐解いてはカミソリレターに肩を落とす。オフの過ごし方といえばマネージャーの目をかいくぐって宿舎の屋上で日光浴するのがお気に入り。『好物は肉料理』、『苦手なものは甘い菓子』とは協会発行の公式ファンブックから得た情報であるが、部下の観察からすればそう飯のえり好みはしなくなっているという。食堂には寄りつかない。主食はラボでの点滴。暇さえあればプロテイン入りレーションを義務のように齧っているらしい。
———臆病で、善良で、反吐が出るほど平凡な男というのがバルドの所感である。
戦場で飢えた獣の如く剣戟を繰り出してくるアレとはどうしても印象が一致しない。つまらん男だ。報告を更新されればされるほどため息が出た。
こと面白くないのはヒーロー部隊のリーダーであるレッドとの関係である。ブルーは同じ空間にいれば必ずと言っていいほどレッドを目で追いかけ、その癖気付かれそうになると人知れず姿を消すのだという。
独房じみた青井の私室には年季の入ったヒーロー雑誌が数冊あるが、それらは全てレッドの特集号である。雑誌に挟んでときどき眺めているという古い便せんは、レッドから幼い少年へとあてられたものだった。
『レッドも三十前半ですから。奴のデビュー当時ブルーはまだほんの子どもです。何かの事件で救助された関係である可能性は高いかと』
青井清一は孤児院出身である。調べてみればわかるもので、青井少年は隕石事故の現場から一人レッドに助け出され、身内を失ったためそのまま田舎町の孤児院へ引き取られている。その後は候補生登用試験を受け、ヒーロー養成施設へと進学。長く空席になっていたブルーの座を埋めるために、能力不足ながらも抜擢された奇跡の追っかけであることが判明した。
『しかしボス、二人の仲は至極険悪なようです。ブルーはレッドのことを避けていますし、レッドもブルーのことを意図して無視します。声をかけても事務連絡だけ……素行の注意と、警告ですね。例のゴシップ記事が影響してるんでしょうが』
スポンサーの民間企業トップにブルーが枕営業を強いられていたことはこのとき既に特大スキャンダルとしてすっぱ抜かれ、ネタとして大衆に消費され尽くしたあとだった。何をするにも金はいる。戦いに疲弊した人間界で貧富の差は拡大し、有り余る富を一部の特権階級が占有して社会問題となっていた。ヒーロー活動の資金提供のため、なぜかご指名を食らった青井はマネージャーに言われるがまま身を差し出したのである。
レッドは遺憾ながら協会司令部の命令に逆らえないのか、直接的な言葉は避けてブルーを戒めた。かつて自分が助けた子どもだとも気づいていないらしい。ブルーも黙して接触を避ける姿勢を貫いた。
新ヒーロースーツに衣替えしてからは特にすれ違いは酷くなった。無線での連携が取れないのだから当然である。
ラボにほぼ拘束されているブルーは宿舎に戻る機会も殆ど与えられず、戦場とラボを往復し続けていた。時折顔を合わせればレッドとブルーは二言三言挨拶を交わし、その後ブルーは必ずと言っていいほど体調を崩す。
バルドは舌打ちしたい気持ちで経過観察の報告を促した。腐れヒーロー共の内輪揉めなど聞いたところで益がない。酒の肴にでもなればいいが、なんだか妙に胸の悪くなる話だった。
『……あいつ、今日も寝てんのか』
通信先から部下は元気に「今日のブルー」を報告してくる。この一週間、ラボに呼び出されなくなった青井は宿舎の私室に篭ってひっくり返っている。
『はい!寮の食堂で詰めたもの全部吐いた後失神しまして。人前の食事が久々過ぎて緊張したんですかね。今は毛布にくるまって寝てます』
『は!悲惨だ。こんなしけた犬っころみたいな男が俺様の担当ヒーローだと……』
『しかしボス。先日は防衛戦線で大敗を喫したと聞きましたが。ブルーは普段いじめられっ子ですが侮るべき相手ではありません。慢心はそれくらいになされた方がよろしいかと』
『減給されたくなかったら黙って、仕事を、しろ!』
『では本日の報告は以上になります。そろそろ魔界に帰ってもよろしいでしょうか、ひ孫の誕生日が迫っていまして……』
『ふざけんな続けろ。今は戦時だぞ!……もうしばらくで魔王のやつが動く、それまで任務を遂行しろ』
戦にやる気の無かった魔王が新ヒーローのピンクに一目惚れしてからというもの、体勢は一気に人間界との和平へと傾いていた。
邪魔する枢機卿達はこぞりこぞって魔王に異議申し立てに行き一人残らず塵に還されている。あの山脈のような重たい腰をようやく上げてくれたのには素直に驚くが、いよいよ楽しい戦の時間も終わりらしい。
バルドは目標の捕獲に向けて、五大幹部達へ書簡を送り返した。
最後の報告から数日後、魔王の思惑通り人間界と魔界の停戦協定が結ばれた。
痩せた青犬の引取先は、当然のように魔王城の一角に位置するバルド邸へと決定づけられた。
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