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十九話 側近アランside ③
しおりを挟むサウスカールトン侯爵家の評判は最悪のものとなったのだ。
それは王都の貴族だけでなく侯爵領の領民たちからもそうだった。
領地でも少なからずフィンレル様の評判により被害を被ったからだ。
領内の商会が他領と取引がなくなったりしたことも少なくなかった。
優秀なフィンレル様の将来を期待していた領民たちは、落胆し怒りを感じたことだろう。
それからの旦那様とフィンレル様は、領民の為ひたすら領地を建て直す為に懸命に励んだ。
フィンレル様は王都での出来事以降、自分を恥じてより落ち込んで反省していたが、実際にはそんなに落ち込んでいる暇などはなく旦那様と共に領地を建て直すのに追われる日々となった。
フィンレル様は婚約が白紙になった後、ずっと婚約することはなかった。
まあ評判が最悪になったフィンレル様に嫁ぎたいという有力な貴族令嬢などそうそういなかったこともあると思うが、それでも中にはフィンレル様の見目に惹かれてか、下位貴族令嬢の釣り書が送られてくることはあった。
しかしフィンレル様はそれらすべてを断った。
多分フィンレル様に直に聞いたことはないが、エレナ様をまだ好いているというのではなく、自分のしたことを恥じて自分なんかに嫁いできたら、相手が苦労すると思ったからなのではないか?と私は思っている。
実際にベレッタ様との縁談の話がきた時にそのように言われていた。
旦那様とフィンレル様が領地再建に乗り出して、旦那様の人柄と信用、優秀さがあり、それからこの領地の特産物のぶどう桃などの作物が国でも唯一というくらいの品質であり、馬の繁殖、飼育でも国一番と言われているくらいで、また領民たちも優秀な職人などが多く、なくなった取引先がしばらくすると戻ってきたり、また新たな取引先が見つかったりと二年程で領地は持ち直してきた。
しかしやっと持ち直してきた時に領地で大雨が降り、複数箇所での川の氾濫が起こり領地は大きな被害を受けた。
サウスカールトン領は領地の中を川が左右に横断していて、ひとつの川は大きく、水源豊かなことも大きく品質の良い特産物を保持していたが、水源豊かなだけ水害には弱い。
昔から川の氾濫防止の対策を怠っていなかったが、それでも被害を防げない過去に例を見ない程の大雨がその時に降ったのだ。
そして川の氾濫が収まってから被害状況と領民の様子を確認する為に、出かけた旦那様と奥様が不幸にも事故に巻き込まれてお亡くなりになってしまった。
だが、フィンレル様に悲しむ間などなく領地をまた再建する為に毎日寝食を忘れる程働き詰めになったのだ。
それが何とか落ち着くのに二年がかかった。
やっと落ち着いた頃に国王陛下からフィンレル様に結婚して子を設けるようにと王命が出されたのだ。
王命が発令されるなどよっぽどな事だが、陛下もこの国でも優秀な領地の領主がいつまでも独身で後継が生まれないことを危惧してのことだろう。
フィンレル様はまだあの時のことを気にしているのか、気が進まなかったようだったが、陛下がわざわざ王命を発令したのだ。
社交界でサウスカールトン侯爵家が嫁探しをしているということが噂に上るのはすぐだっただろう。
そしてそのことを聞きつけて、縁談を最初に持ち込んできたのがコローラル子爵だった。
コローラル子爵家は家自体の評判は良いが、子爵令嬢のベレッタ様自体の評判は良くなかった。
だから私は最初反対した。
「私の評判の方が最悪なんだ。
少しくらい問題があってもうちに嫁に来てくれるなら有り難いよ」
とフィンレル様はコローラル子爵の話を受けると言ったのだ。
なので私はせめてもと子爵令嬢のことを調べた。
コローラル子爵家で勤めていて辞めたメイド数人を探し出して話を聞いて知ったことだが、コローラル子爵令嬢、ベレッタ様は後妻の連れ子である義妹を虐げていて、おまけに男好きの節操のない女だと噂されていたが、虐げていたは家族で男好きなのも義妹の方だと辞めたメイドたちすべてが証言したのだ。
ベレッタ様の方が義母と義妹だけでなく実の父親に虐げられていて、使用人のような扱いを受けていたそうで、邸から外に出ることも禁じられていたとのこと。
それなら男遊びなども出来るはずがない。
だが、コローラル子爵が元から用心深いのか、それともこちらの動きを察知したのか、子爵家にこちらの手の者を潜入させることが出来ず、元メイドたちの証言だけに留まった。
元メイドたちだけの証言では辞めた使用人が元主を悪く言うことはあることなので、確固とした証拠にはならない。
しかし自分も多忙なこともあり、当時はそれだけ人員を割くことも出来ず、それ以上調べることが出来ず、私はとても歯痒かったが調べることを断念せざるを得なかった。
だけど元メイドたちの証言をフィンレル様に報告すると。
「…そうだったのか…それならコローラル子爵令嬢にはうちに嫁いできてもらった方がまだいいかもしれないな。
そんな虐げているかもしれない家族がいるところよりは評判が悪くてもうちの方が居心地はまだマシかもしれない…」
といいうことでベレッタ様との縁談が決まった。
なのにその直後また領地で問題が起こってしまった。
二年前に起こった大雨で川の氾濫の影響がまだ残っていたのか、氾濫した河川周辺の領民たちの間で流行り病のように発熱するものが続々と出てきたのだ。
すぐに領民が報告してきてフィンレル様はまた領地のことで寝食を忘れるほど、忙殺されることになった。
なのでフィンレル様は結婚前にベレッタ様に会いに行くことも出来ず、初めて会ったのは結婚式の時だった。
私はフィンレル様がベレッタ様に会いに行けないことを手紙に書いてもらい、贈り物も添えて私自らがベレッタ様に届けに行ったのだが、その側には義母と義妹がいて、目の前で手紙を読んでもらう間も与えられず、追い出されるように見送られてしまった。
私は気にはなったのだが、たかが平民で側近でしかない私の立場では何か言えるはずがなく、そのまま引き下がるしかなかったのだ。
なのでベレッタ様が嫁いできて頂いてからフィンレル様自ら今の領地の状況とフィンレル様自身の忙しさを説明してもらえればいいと私は思っていた。
「フィンレル様落ち着くまでまだ時間がかかり、お忙しいのはわかりますが初夜をすっぽかすのだけはやめて下さい」
と私が釘を刺す為に言うと。
「…ああ」
とフィンレル様が書類に目を通しながら顔を上げずに返事する。
それでも少し耳が赤くなっているのを私は見逃さなかった。
いったいいくつなんだよ!と思ったが、そのことは突っ込まなかった。
「もちろん『君を愛することはない』だなんて絶対言ってはいけませんよ」
「っ!わかってる!そんなことを言うはずがない!
私なんぞに嫁いできてくれるんだぞ。
有り難いと思っている!ちゃんと大事にするつもりだ」
この時フィンレル様が顔を上げて、目を吊り上げ私を睨み付けて言ったのを見て私はホッとした。
でもひとつのことに真剣になると他に目がなかなかいかなくなるフィンレル様に少しの不安も感じた。
初夜は無事に済んだようだった。
だがちょうど初夜の次の日に領民の発熱症状は王都からやってきた調査隊により、食中毒によるものだと判明した。
だけどそれから領民の発熱者が増えていくし、原因がわかったらわかったで、対応しなければならないことが更に増えてまたさらに忙しくなった。
フィンレル様も私も医療師や薬、物資の手配、執務などであまりにも忙しかった。
朝早くから夜遅くまで執務室に入り浸たりだったり、王都に医療師や薬の援助を願い出る為に行ったり来たり、それに様子を見る為に、フィンレル様は足繁く領民のところへも通っていた。
ようやく少し落ち着いたのがベレッタ様が嫁入りしてこられてから二ヶ月後だった。
私はフィンレル様がベレッタ様にちゃんと事情を話し、そして少し落ち着いてから夜にはベレッタ様のところへフィンレル様は通っているとばかり思っていた。
初夜以降、フィンレル様が一切ベレッタ様に会いに行ってないことなどまったく知らなかった。
夫婦間のことで私があまりにうるさく立ち入るのもいけないかと思って、フィンレル様に何も言わずに話を聞かなかったことに、後で後悔するとは…。
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