【本編完結、番外編は不定期更新】蔑まれ虐げられ裏切られた無能と言われた聖女は魔王の膝の上で微睡む

asamurasaki

文字の大きさ
上 下
82 / 96

八十一話

しおりを挟む




「…ット!リゼット!リゼット!」

 また遠くからシリウス様が私を呼ぶ声が聞こえる。

 海に落ちて行く時私はやっぱりというか魔法を使えなかった。

 でも大丈夫だったなのかな?シリウス様が助けてくれたのかな?それとも創造神トーム?

 シリウス様は?声が聞こえるということは大丈夫なの?

 でも私の身体は濡れているみたい…海に落ちたのは間違いないよね?

「リゼット!リゼット!目を開けてくれ!」

 シリウス様の必死な声を聞いて私はうっすらと目を開ける。

「リゼット!ああ、リゼット!」

 シリウス様が私を抱きすくめてくる。

「…シリ、ウス…さま…」

「リゼット!リゼット!」

「…たす、かったん…です…か…?」

 シリウス様が膝立ちになって抱きしめていた腕を緩めて私を見つめてくる。

「ああ…我もリゼットも助かったみたいだ…海に落ちた我たちを光が包んで…次に目覚めたらここにいたんだ」

「…そ、…です…か…よか…った…」

 私は何とか微笑もうとするけど、身体が濡れて寒くてカチカチと歯が鳴る。

 シリウス様が抱き寄せてくれているから少し温かさを感じるけど
、シリウス様も全身ズブ濡れなのは同じだ。

「何てことを…リゼット…無理はするなと言ったのに…」

 シリウス様が眉を寄せて泣きそうな顔をしている。

「…ごめん、なさい…どう、しても…エン、タリアが…ゆるせなかった…から…エン、タリアは?」

「あの神は我らが戻ってきた時には姿がなくなっていた。

 代わりに違う神がいるのだ」

 シリウス様の言葉を聞いて私はエンタリアが居た方を見上げる。


 そこにはエンタリアではなく創造神トームの姿があった。

 虹色の光を放つ白の腰まである長い髪に同じ色の口を全部覆っている豊かな髭、そして角度やその時々で様々な色に変わる瞳を持ち周りを虹色の光に包まれた精悍な姿が見えた。

「創造、神…トーム…」

『パールティアラ…いや今はリゼットか…お前が私を呼んだだろ?』

 創造神トームが表情を変えず私を見下ろしてきた。


 そうなのだ、私はエンタリアに神の理に反する行為をさせる為に彼を煽り、そのことを創造神トームに訴えたかった。

 それしかエンタリアを排除する方法がなかったからだ。

 だから海に落ちて行く時に創造神トームと叫んだのだ。

 それに答えてくれたんだ。

「…はい」

 私が言葉少なに答えると。

『安心せよ、エンタリアは処分した』

「しょ、ぶん?」

『そうだ、お前が言った通りエンタリアは監視対象であった。

 お前との諍いの前からな。

 エンタリアももちろん我が生み出した神であるが…あやつも幼き頃は素直で真っ直ぐな可愛い子であった。

 それにとても優秀でな…私はきっと良い神になってくれると期待していたのだがな…。

 いつからあのようになってしまったのか…私の責任であるな。

 あやつは成長するにつれ自分が誰よりも美しく優秀だと思うようになり、誰の言葉も私の言葉さえも聞かなくなってしまった。

 私は何度もあやつを諌めてきた。

 だが私の前では従順な振りをしていたのだ、私はそれもわかっておったのだがな…。

 私はみなと同じようにあやつが生まれてからずっと見てきたから、いつかはあやつも気付いて学んでくれるだろうと思っていた。

 しかし私の考えが甘く私としたことが時を見誤ってしまったのだな…私の言葉があやつに届くことはなかった…。

 お前を処罰した時にあやつも謹慎させるなり何らかの処罰をして反省を促すべきであった。

 神の理に反したことももっと重く受け止め、諌めるだけでなくもっと早くに対処すべきであった。

 私であっても子育てに失敗するということだよ。

 今回はリゼットを世界に生きるものに直に手を出したからな…それで私は決断した。

 あやつは行き過ぎた…だから天界を追放し地上に降ろすことにした。

 地上に降ろし人間または違う生きものとして生き、死んでまた生まれ変わっても永遠に地上で生きていくようにした。

 だがあやつには記憶を消すことはしなかった。

 その方があやつにとっては苦痛であろう?

 それでもあやつにはいつか改心して欲しいと思っている。

 だが、例え改心したとしても天界に戻すことは永遠にしない』

 創造神トームの言う通りだ。

 エンタリアは神である自分が全知全能のどの存在よりも尊いとずっと思ってきたのだ。

 世界に生きる人間や他の生きものを自分より劣るものとして下に見て、自分の楽しみだけに存在しているまるでチェスの駒のようにしか見ていなかった。

 そんなエンタリアが神であったすべの記憶を持ったまま、自分が自分の楽しみだけにチェスの駒のように扱っていた人間や他の生きものとして、死んでもまた生まれ変わり、永遠に記憶を持ったまま地上で生きていかなければならないのは相当な苦痛だろうと思う。

 それは例え自死したとしても終わらないのだから…。

 私もエンタリアにはいつか改心して欲しいと思っているが、彼が改心する時はくるのだろうか?

 消滅させられなかったエンタリアは創造神トームによる温情であり最大のお仕置きであると思う。

 神の中の頂点である創造神トームでも失敗することがあるのだ。

 神も決して全知全能ではないということなのかな。

「…創造神、トームありがとうございます…」

 私とシリウス様の周りが温かさに包まれた。

 創造神トームの配慮だろう。

 私は声を出すことがやっと楽になってきた。

『ああリゼットよ、お前はこれから何を望む?』

「…これから…ですか?」

 創造神トームが私を見下ろす。

 その瞳は慈愛に満ちているようで、私を生み出した父でもある存在だ、彼の表情を見て心が温かくなっていく。

 私は嵌められたとはいえ、一時の激情にかられ罪を冒してしまったのに、そんな私を父である創造神トームが温かい眼差しを向けてくれている。

『そうだ、私は今までお前が人間として生きてきたのを全て見ておったぞ。

 お前はすべての生で真っ直ぐに善良に生きてきていた。

 お前が望むなら帰ってくることを許そう』

 ということはまた神として生きてもいいということ?私は創造神トームに許されたのかな?

 私の父でもある創造神トームに自分の過ちを許してもらえたことは嬉しく思う。

 でも私が望むことは天界に返ることではない。

「…私は…ここでシリウス様と生きていきたいです」

 私は神に戻るより魔族としてここでシリウス様と生きていきたい。

『ここで生きていくというならここでの生を終えてからはどうしたいのだ?』

「私は…もう神には戻りません。

 ずっと地上で生きていきたいです…」

 私は創造神トームを真剣に見つめる。

 私は今まで人間として生きてきて、辛く悲しいことばかりだったけど、それでも神として生きてきた時よりも生きているんだという実感と、生きたい死にたくないという欲を持つようになった。

 そして自分一人で生きているのではない、誰かに助けられながら自分も誰かを助けながら支え合って生きる。

 限りある命だからこそその命を大切に一生懸命生きることを知ったのだ。

 私はこの世界で死んでも人間として生きていきたいと思っている。

『そうか…わかった、お前も成長したのだな、私は嬉しく思う。

 ならばお前の望みを叶えよう、これからも地上で生きていくがよい。
 
 今度は記憶を持たず真っ白な状態で生きていけるようにしよう。

 それと神がしでかしたことに私から詫びをしよう、今回は特別だ。

 まずファーシリウスの不老不死を解く。

 それからファーシリウスとお前の寿命を同じくらいにしてやろう。

 これからの魔族のこともあろうからな、まだ魔族は数がうんと少ない。

 だからお前たちと魔族すべて同じくらいの寿命にしてやろう。

 500年くらいでどうだ?』

 創造神トームがにっこりと笑う。

「そこまでしてもらっていいのですか?…」

『良い、それからファーシリウスとお前、それから魔族たちの繁殖力を上げてやろう。

 デーモン族だけは例外だな…元は肉体を持たない者であるから、そこまで変えることを私は良しとしないから、デーモン族は今まで通りにするがそんなに数は変わらないだろう。

 人間程にはしないが、デーモン族以外は誰もが種族が違っても子を設けることが出来るようにしてやろう。

 であるからファーシリウスの蘇生も解くことにする。
 もう使えなくなると心得よ。

 今後お前たち魔族も限りある命の中で子を設けて後世に引き継いでいくがよい。

 それが生きものが生きていくことだからな。

 だが魔族は人間より遥かに強い。

 まだお前たちは圧倒的に数が少ないから私はあえてお前たちの力を削ぐことはしないが、もし今後魔族が不当に人間を虐げたり殺めたり、支配したならば天罰が下ると心得よ。

 この世界は私の眷属の一人に守らせることにする。

 私もずっと注視しておるからそれをくれぐれも忘れるな』

 創造神トームの言葉に私はシリウス様と顔を見合わす。

『ファーシリウスよ、それで構わぬか?』

「…ああ構わない、そうしてくれ」

『リゼットはどうだ?』

「はい、創造神トームありがとうございます、お願いします」

『ふむ、では今述べたことは決定とする』

 創造神トームがその両手を空高く上げると、ビカッという表現がピッタリなくらいの創造神トームの色である虹色の大きな光が目の前に現れてから大きく広がって魔国全体を覆っていく。

 まるで創造神の光が魔国を包んで抱きしめているように見えた。

 そしてしばらくしてからゆっくりと光は消えていった。

『それではな、リゼットよ。

 もうお前と顔を合わすこともあるまい、幸せになるのだぞ』

 そう言い残して創造神トームは消えた。

 私は創造神トームが居たところからしばく目を離すことが出来なかった。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

【完結】最愛の王子様。未来が予知できたので、今日、公爵令嬢の私はあなたにフラれに行きます。理由は私に魔力がありすぎまして、あなたは要らない。

西野歌夏
恋愛
 フラれて死んだので、死に戻って運命を変えようとしたが、相手から強烈に愛されてしまい、最終的に愛のモンスター化された相手に追われる。結果的に魔力の才能がさらに開花する。  ディアーナ・ブランドンは19歳の公爵令嬢である。アルベルト王太子に求婚される予定だったが、未来を予知してフラれようとするが。  ざまぁといいますか、やってしまったご本人が激しく後悔して追ってきます。周囲もざまぁと思っていますが、長年恋焦がれていた主人公は裏切られていた事に非常に大きなショックを受けてしまい、吹っ切ろうにも心が追いつかず、泣きながら吹っ切ります。  死に戻ったので、幸せを手にいれるために運命を変えようと突き進む。1867年6月20日に死に戻り、1867年7月4日に新たな幸せを掴むという短期間大逆転ストーリー。 ※の付いたタイトルは性的表現を含みます。ご注意いただければと思います。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

処理中です...