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八十一話
しおりを挟む「…ット!リゼット!リゼット!」
また遠くからシリウス様が私を呼ぶ声が聞こえる。
海に落ちて行く時私はやっぱりというか魔法を使えなかった。
でも大丈夫だったなのかな?シリウス様が助けてくれたのかな?それとも創造神トーム?
シリウス様は?声が聞こえるということは大丈夫なの?
でも私の身体は濡れているみたい…海に落ちたのは間違いないよね?
「リゼット!リゼット!目を開けてくれ!」
シリウス様の必死な声を聞いて私はうっすらと目を開ける。
「リゼット!ああ、リゼット!」
シリウス様が私を抱きすくめてくる。
「…シリ、ウス…さま…」
「リゼット!リゼット!」
「…たす、かったん…です…か…?」
シリウス様が膝立ちになって抱きしめていた腕を緩めて私を見つめてくる。
「ああ…我もリゼットも助かったみたいだ…海に落ちた我たちを光が包んで…次に目覚めたらここにいたんだ」
「…そ、…です…か…よか…った…」
私は何とか微笑もうとするけど、身体が濡れて寒くてカチカチと歯が鳴る。
シリウス様が抱き寄せてくれているから少し温かさを感じるけど
、シリウス様も全身ズブ濡れなのは同じだ。
「何てことを…リゼット…無理はするなと言ったのに…」
シリウス様が眉を寄せて泣きそうな顔をしている。
「…ごめん、なさい…どう、しても…エン、タリアが…ゆるせなかった…から…エン、タリアは?」
「あの神は我らが戻ってきた時には姿がなくなっていた。
代わりに違う神がいるのだ」
シリウス様の言葉を聞いて私はエンタリアが居た方を見上げる。
そこにはエンタリアではなく創造神トームの姿があった。
虹色の光を放つ白の腰まである長い髪に同じ色の口を全部覆っている豊かな髭、そして角度やその時々で様々な色に変わる瞳を持ち周りを虹色の光に包まれた精悍な姿が見えた。
「創造、神…トーム…」
『パールティアラ…いや今はリゼットか…お前が私を呼んだだろ?』
創造神トームが表情を変えず私を見下ろしてきた。
そうなのだ、私はエンタリアに神の理に反する行為をさせる為に彼を煽り、そのことを創造神トームに訴えたかった。
それしかエンタリアを排除する方法がなかったからだ。
だから海に落ちて行く時に創造神トームと叫んだのだ。
それに答えてくれたんだ。
「…はい」
私が言葉少なに答えると。
『安心せよ、エンタリアは処分した』
「しょ、ぶん?」
『そうだ、お前が言った通りエンタリアは監視対象であった。
お前との諍いの前からな。
エンタリアももちろん我が生み出した神であるが…あやつも幼き頃は素直で真っ直ぐな可愛い子であった。
それにとても優秀でな…私はきっと良い神になってくれると期待していたのだがな…。
いつからあのようになってしまったのか…私の責任であるな。
あやつは成長するにつれ自分が誰よりも美しく優秀だと思うようになり、誰の言葉も私の言葉さえも聞かなくなってしまった。
私は何度もあやつを諌めてきた。
だが私の前では従順な振りをしていたのだ、私はそれもわかっておったのだがな…。
私はみなと同じようにあやつが生まれてからずっと見てきたから、いつかはあやつも気付いて学んでくれるだろうと思っていた。
しかし私の考えが甘く私としたことが時を見誤ってしまったのだな…私の言葉があやつに届くことはなかった…。
お前を処罰した時にあやつも謹慎させるなり何らかの処罰をして反省を促すべきであった。
神の理に反したことももっと重く受け止め、諌めるだけでなくもっと早くに対処すべきであった。
私であっても子育てに失敗するということだよ。
今回はリゼットを世界に生きるものに直に手を出したからな…それで私は決断した。
あやつは行き過ぎた…だから天界を追放し地上に降ろすことにした。
地上に降ろし人間または違う生きものとして生き、死んでまた生まれ変わっても永遠に地上で生きていくようにした。
だがあやつには記憶を消すことはしなかった。
その方があやつにとっては苦痛であろう?
それでもあやつにはいつか改心して欲しいと思っている。
だが、例え改心したとしても天界に戻すことは永遠にしない』
創造神トームの言う通りだ。
エンタリアは神である自分が全知全能のどの存在よりも尊いとずっと思ってきたのだ。
世界に生きる人間や他の生きものを自分より劣るものとして下に見て、自分の楽しみだけに存在しているまるでチェスの駒のようにしか見ていなかった。
そんなエンタリアが神であったすべの記憶を持ったまま、自分が自分の楽しみだけにチェスの駒のように扱っていた人間や他の生きものとして、死んでもまた生まれ変わり、永遠に記憶を持ったまま地上で生きていかなければならないのは相当な苦痛だろうと思う。
それは例え自死したとしても終わらないのだから…。
私もエンタリアにはいつか改心して欲しいと思っているが、彼が改心する時はくるのだろうか?
消滅させられなかったエンタリアは創造神トームによる温情であり最大のお仕置きであると思う。
神の中の頂点である創造神トームでも失敗することがあるのだ。
神も決して全知全能ではないということなのかな。
「…創造神、トームありがとうございます…」
私とシリウス様の周りが温かさに包まれた。
創造神トームの配慮だろう。
私は声を出すことがやっと楽になってきた。
『ああリゼットよ、お前はこれから何を望む?』
「…これから…ですか?」
創造神トームが私を見下ろす。
その瞳は慈愛に満ちているようで、私を生み出した父でもある存在だ、彼の表情を見て心が温かくなっていく。
私は嵌められたとはいえ、一時の激情にかられ罪を冒してしまったのに、そんな私を父である創造神トームが温かい眼差しを向けてくれている。
『そうだ、私は今までお前が人間として生きてきたのを全て見ておったぞ。
お前はすべての生で真っ直ぐに善良に生きてきていた。
お前が望むなら帰ってくることを許そう』
ということはまた神として生きてもいいということ?私は創造神トームに許されたのかな?
私の父でもある創造神トームに自分の過ちを許してもらえたことは嬉しく思う。
でも私が望むことは天界に返ることではない。
「…私は…ここでシリウス様と生きていきたいです」
私は神に戻るより魔族としてここでシリウス様と生きていきたい。
『ここで生きていくというならここでの生を終えてからはどうしたいのだ?』
「私は…もう神には戻りません。
ずっと地上で生きていきたいです…」
私は創造神トームを真剣に見つめる。
私は今まで人間として生きてきて、辛く悲しいことばかりだったけど、それでも神として生きてきた時よりも生きているんだという実感と、生きたい死にたくないという欲を持つようになった。
そして自分一人で生きているのではない、誰かに助けられながら自分も誰かを助けながら支え合って生きる。
限りある命だからこそその命を大切に一生懸命生きることを知ったのだ。
私はこの世界で死んでも人間として生きていきたいと思っている。
『そうか…わかった、お前も成長したのだな、私は嬉しく思う。
ならばお前の望みを叶えよう、これからも地上で生きていくがよい。
今度は記憶を持たず真っ白な状態で生きていけるようにしよう。
それと神がしでかしたことに私から詫びをしよう、今回は特別だ。
まずファーシリウスの不老不死を解く。
それからファーシリウスとお前の寿命を同じくらいにしてやろう。
これからの魔族のこともあろうからな、まだ魔族は数がうんと少ない。
だからお前たちと魔族すべて同じくらいの寿命にしてやろう。
500年くらいでどうだ?』
創造神トームがにっこりと笑う。
「そこまでしてもらっていいのですか?…」
『良い、それからファーシリウスとお前、それから魔族たちの繁殖力を上げてやろう。
デーモン族だけは例外だな…元は肉体を持たない者であるから、そこまで変えることを私は良しとしないから、デーモン族は今まで通りにするがそんなに数は変わらないだろう。
人間程にはしないが、デーモン族以外は誰もが種族が違っても子を設けることが出来るようにしてやろう。
であるからファーシリウスの蘇生も解くことにする。
もう使えなくなると心得よ。
今後お前たち魔族も限りある命の中で子を設けて後世に引き継いでいくがよい。
それが生きものが生きていくことだからな。
だが魔族は人間より遥かに強い。
まだお前たちは圧倒的に数が少ないから私はあえてお前たちの力を削ぐことはしないが、もし今後魔族が不当に人間を虐げたり殺めたり、支配したならば天罰が下ると心得よ。
この世界は私の眷属の一人に守らせることにする。
私もずっと注視しておるからそれをくれぐれも忘れるな』
創造神トームの言葉に私はシリウス様と顔を見合わす。
『ファーシリウスよ、それで構わぬか?』
「…ああ構わない、そうしてくれ」
『リゼットはどうだ?』
「はい、創造神トームありがとうございます、お願いします」
『ふむ、では今述べたことは決定とする』
創造神トームがその両手を空高く上げると、ビカッという表現がピッタリなくらいの創造神トームの色である虹色の大きな光が目の前に現れてから大きく広がって魔国全体を覆っていく。
まるで創造神の光が魔国を包んで抱きしめているように見えた。
そしてしばらくしてからゆっくりと光は消えていった。
『それではな、リゼットよ。
もうお前と顔を合わすこともあるまい、幸せになるのだぞ』
そう言い残して創造神トームは消えた。
私は創造神トームが居たところからしばく目を離すことが出来なかった。
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