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七十話
しおりを挟む「…そうだったのね…」
私はシニョンさんの話を聞いて胸の痛みを感じながら複雑な気持ちになる。
シニョンさんは人間に親を殺されてずっと恨んでいて今もその気持ちは消えていないけど、自分に愛する伴侶が出来て人間たちも愛する者の為の行動なら少しはわかると言ったのだ。
シニョンさんは強いな、私は愛する者を殺されてしまったら、いくら長い年月が経ったとはいえ果たしてそうなれるだろうか?
「あたしもシニョン様と同じような感じですね。
あたしは親をヒト族に目の前で殺されてしまいました。
その時にはいつかあたしが成長して力を付けてすべてのヒト族を根絶やしにしてやると思っていました。
でもあたしもファーシリウス様に救われてそれから導かれてこの魔国にやってきて、種族が違うドラキエスに出会いました。
ドラキエスは自分が少し目を離した隙に伴侶とまだ幼かった娘をヒト族に殺されてしまったのです。
そのドラキエスは魔国に来てからも長く心を閉ざしていました。
他のみなが手を取り合い仲良く支え合っていても、ドラキエスだけは同種とも関わることなくいつも自分だけ離れたところにいました。
以前レナンド様に聞いたのですが、ドラキエスは昔は明るくみなのまとめ役でみなにとても好かれていたと。
けど伴侶と娘を亡くしてから変わってしまったらしいのです。
何だか彼が私と同じ怒りや憎しみより、ずっと自分のせいで家族を失ったことに苦しんでいて、孤独に血を流して泣いている、ずっと消えてしまいたいと思っている気がしたのです。
それが何だか悲しく痛々しく感じて私から彼に近寄っていきました。
最初は魔族の中で最上位のドラゴン族からすれば下位のオーガ族なんてと相手にされませんでしたよ。
それにあたしがドラキエスに同情していると思われて嫌われていましたね。
まあ最初の頃はそういう部分があったのも事実ですからね、ドラキエスにとって下位の種族に同情されるなんて屈辱だったのでしょう。
でもどんなに馬鹿にされても見下されても突き放されてもあたしは彼を放っておけなかったんですね」
そうだったんだ、ケナンさんとドラキエスさんにそんなことがあったのね。
今のドラキエスさんからは想像出来ないけど、ドラキエスさんはケネンさんに救われたのね。
「あたしがドラキエスにどんなに邪険にされても諦めなかったから、彼が根負けして諦めたって感じですねフフッ」
ケナンさんも目の前で親を殺されて一度は憎しみに自分のすべてが支配されてしまったけど、そこから立ち直って同じ痛みを持つドラキエスさんを支えて愛するようになったんだ。
シニョンさんとケナンさんの話を聞いていると、彼女たちがヒト族を憎んで恨むのは当然だと思う。
だけどこの魔国で魔族たちと仲良く手を取り合って平和に暮らすようになって、少しずつ傷が癒えていったのかもしれない。
そしてある日、私がシリウス様に蘇生され保護されて、彼女たちは人間の私のお世話をすることになった。
いくらシリウス様の命令だったとはいえ、いろんな感情があっただろうに彼女たちは最初から自分の感情を表に出さず、親切に丁寧に至れり尽くせりで私のお世話をしてくれていたんだ。
私は彼女たちに生まれて初めて優しさとあったかさをもらった。
私は彼女たちの命を救ったかもしれないけど、私は彼女たちの愛情と献身にまだまだ答えられていない。
「そうだったのね…貴方たちはこれほどまでに私にいろいろしてくれてたくさんのものを与えてくれているのに…私は…一度はヒト族を憎んで恨んでいたはずなのに…それでもヒト族すべてを滅ぼすことには…躊躇してしまって…シリウス様にすべてのヒト族を滅ぼすのはやめて欲しいと言ってしまったの…ごめんなさい」
私は目が潤んできてズキズキと痛む胸を両手で触った。
「リゼット様謝らないで下さい。
わたくしたちはリゼット様の考え方を責めようとか、わたくしたちが何故ヒト族を憎んでいるかを知ってもらう為でも、リゼット様にわたくしたちと同じように思っていて欲しいからお話したのではないのです。
わたくしたちにどんな過去があろうとも、わたくしたちにとってリゼット様がとても大切な存在でずっとお側に居たいと伝える為なのです。
リゼット様が他の者からどんな形かはわからないけれど、わたくしたちの過去を聞いて、傷ついてしまわれるのなら自分たちで話した方が良いと思ったのです。
だからわたくしたちの過去をお話させて頂きました。
リゼット様にとって辛くなるような事だろうと思ったのですが、わたくしたちもそんな過去を経験しても長年が経ち考え方が変わってきたのだと知って欲しかったのです。
ファーシリウス様もわたくしたちもリゼット様の決断を決して無理に受け入れるのではないことをわかって頂きたかったのです。
わたくしたちはヒト族をどうこうしたいというより、今はただこの魔国でみなと平和に暮らしていきたいだけなのです」
ナリナさんの言葉に私は涙が滲んでくる。
シニョンさんとケネンさんは私の為に過去のことを話してくれたんだ。
「ああ、リゼット様!あたしたちはリゼット様を責めるような気はなかったのです!申し訳ございません」
ケネンさんが私の隣にきて私の手をギュッと握ってきた。
「違うの違うの、こんなに私のことを思ってくれていることが嬉しいの…それに過去のことを教えてくれたことも私のことを信頼してくれているんだって…とても嬉しい!ありがとう聞けて良かった」
「いいえ」
そう言ってケネンさんが抱きしめてくれた。
私もケネンさんの背に腕を回す。
「みんなありがとう。
私も魔国でみんなと生きていきたい、みんなと一緒にいたい」
私は自分の今の正直な気持ちを告げた。
実際にはすべての問題が片付いたら私にはやらなきゃいけないことがあるから、みんなとずっと一緒に生きてはいけるかはわからない。
でもそれは誰にも告げることは出来ない。
私はケネンさんの温もりを感じながら心の中にみんなとずっと一緒にいたいという思いを自分の心の奥底に押し込めた。
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