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六十九話
しおりを挟むその日はシリウス様と夕食を共にしてシリウス様が部屋を出て行く時に声をかけられた。
「今日は疲れたであろう?明日もあるから後はゆっくりと休むがよい」
「…はい、ありがとうごさいます」
「リゼットよ、眠れるか?一人にしても大丈夫か?」
シリウス様が私を気遣って言葉にしてくれる。
「ええ、正直に言うと眠れるかわかりませんけど、今日一日ですから大丈夫です」
私はシリウス様に隠し事が出来ないことを知っているので、正直に答えた。
「…そうか、なら朝までナリナたちを側にいさせよう」
「えっ?いや!それではナリナさんたちが眠れません。
私は一晩くらい眠れなくても大丈夫ですので!」
私が両手を顔の前で振りながら言うと。
「…それなら湯浴みをした後、我がリゼットの部屋まで来て朝まで一緒に居ていいだろうか?」
「へ?」
シリウス様が上目遣いで私を見上げながらそんなことを言ってきた。
私は思わず間抜けな声を出してしまった。
「我では駄目であろうか?」
シリウス様ズルいよそれ!控え目な言葉に背を屈めて上目遣いをしてくるなんて!
シリウス様って精巧な人形のような美しさで普段はあまり表情を変えずみんなにも私にも命令口調なのに、私と二人きりの時にこうやって表情に出して私を気遣って控えめな口調に変わって聞いてくるんだもの。
そんな表情されると可愛いと思い、胸がキュンッとしてしまう。
「うっ!…駄目というか…」
本当は駄目なのよぉ、シリウス様と二人きりなんて本当は嬉しいけど、きっと心臓がドキドキしっぱなしになって余計眠れないはず。
私は顔を真っ赤にしながら返答に困る。
「…そうかそうだな、やはりナリナたちに一緒に居させよう。
交代でならばナリナたちも眠れるであろうし、彼女たちこそ一晩くらい寝れぬでも大丈夫だ」
シリウス様は少し残念そうに目を伏せて呟くように言った。
「わ、私本当に一人で大丈夫ですので」
「そう言わないでナリナたちに役割を与えてやってくれないか?
ナリナたちは今日はリゼットを守る為とはいえ、ずっと後に控えていてほとんど何もしておらんのだ」
「っ!うっ…」
また!シリウス様が弱々しい表情をして目も潤ませて懇願するように私に訴えてくる。
それってわざとなの?どうなの?
またそんな顔をして言われてしまうと断ることが出来ないよ。
「わ、わかりました!よろしくお願いします!」
「そうか良かった!今晩はナリナたちとゆっくりとするがよい、リゼットよおやすみ」
「…シリウス様おやすみなさい」
シリウス様の表情が明るくなって、私の頭を撫でてから部屋を出て行った。
シリウス様は私を心配して一人きりにさせないようにしてくれたんだね、ありがとうシリウス様。
入れ替わりにナリナさんたちが入ってきた。
「さあ、リゼット様湯浴みからしましょうね、お疲れになったでしょう?
ゆっくりと寛いで頂きましょう」
ケネンさんに言われて湯浴みに連れて行かれた。
出てきてから髪を乾かして髪と身体のお手入れをしてもらってから、みんなで冷たい飲み物を飲みながら少しお喋りする。
「今日はありがとう、ずっと側にいてくれたから安心出来たわ」
「いえいえわたくしたちは結局出番がありませんでしたので、何もしておりませんよ」
ナリナさんが微笑む。
「そんなことないわ、ナリナさんたちが後で私を見守っていてくれたから私は冷静に対処出来たの」
「ありがとうございます、そう言って頂いてとても嬉しいですわ。
あのプリシラというヒト族がリゼット様に酷い事を言い出した時は私が八つ裂きにしてやろうかと思っていました」
シニョンさんがその妖艶な真っ赤な瞳を細めて、同じく真っ赤な唇を上げる。
女の私から見てもとっても色っぽい。
「…確かに嫌われているとは思っていたけど、あんなふうに思われていたとは気付かなかったわ」
私はプリシラに言われたことを思い出して苦笑いする。
「あのヒト族も他の聖女たちも結局リゼット様に嫉妬していたんですね、魔力も才能も見目も敵わないと」
「私そんなこと全然思っていなかったわ。
彼女たちと初めて会った時私が8歳の時だったけど、プリシラは王女であとの聖女たちも貴族だったからとても美しいドレスを着て、私なんか比べものにならないくらい美しかったから…」
ケネンさんの言葉に私は昔を思い出しながら話す。
「でもあのヒト族たちは一目でリゼット様の魔力と才能、見目に気付いたということは、そういう面は聡かったのですね」
ナリナさんが黒い大きな瞳で気遣う視線を向けてくる。
「そうなのかな?彼女たちは王族と貴族で私は平民の孤児で身分も全然違うし、この見た目だったから王都に行く前からそうだったので受け入れられるとは最初か思っていなかったけど…」
私は言ってから目を伏せる。
「リゼット様申し訳ありません!思い出したくないことでしたね!
私がこんな話題を出してしまったから…気付かずに…」
シニョンさんが私の表情を見て気にして謝ってきた。
「そんなことはないわ!どちらにしても今晩思い出していたわ。
一人きりであれこれ思い出して考え込むよりみんなとこうして話す方が気持ちが楽だわ、ありがとう」
「そうですかそう言ってもらって良かったです」
本当に一人きりで昔と今日のことを思い出してあれこれ考えるよりはこうやってお喋りしながら思い出す方が良かった。
自分で話していて気持ちの整理がついてきているような気がした。
「ところで明日はいよいよ大陸に行くことになるけど、ナリナさんたちはまた私の護衛役なのかな?
魔族って戦うことが好きよね?ナリナさんたちも私と別行動でもいいのよ、私はシリウス様が側に居れば大丈夫だと思うし」
私が言うと、ナリナさんは首を横に振る。
「確かにファーシリウス様がリゼット様の側におられるのでリゼット様は安全だと思いますが、わたくしたちがリゼット様のお側にいたいのです。
それに魔族は確かに好戦的な者が多いですが、みながそうな訳ではありません。
シニョンとケナンは親をヒト族に殺されていますから思うところはあるとは思いますが…」
「えっ?そうだったの?知らなかった…」
シニョンさんとケナンさんが親を人間に殺されたと初めて聞いて、私は目を見開く。
「はい、私とクラウスの両親はヒト族に殺されました。
今までリゼット様が気にされるだろうと言わないでいましたが、リゼット様がこれからずっと私たちと一緒に魔族として生きていかれるなら、いつかはちょっとしたタイミングで他の者からその話をリゼット様が聞くことになるのかもしれない。
それなら私自身から自分の過去のことをお話した方が良いと思っていました」
「そうだったの…知らなかったとはいえ私お世話してもらったり甘えたりして…ごめんなさい!」
「リゼット様謝らないで下さい。
私たちはリゼット様のお世話役になれて本当に良かったと思っているのですよ。
ヒト族にも私たちが思うような者ばかりではないと知ることが出来ましたしね」
「!っ…」
シニョンさんはそう言ってくれるけど、人間に親を殺されたという事実はなくならない。
「私もみなもリゼット様はリゼット様だと思っております。
私たちは以前からリゼット様のことが大好きで一生リゼット様にお仕えすると決めてましたから」
シニョンさんが優美に微笑む。
「ありがとうシニョンさん」
「当時はヒト族が憎くてずっとこの手で殺してやりたいと思っていました。
きっとクラウスもね。
でもファーシリウス様に救われて導かれてこの魔国で暮らすようになり、長い年月を他の種族とも一緒に過ごすようになり、私も同種の伴侶を持つようになりまして少しずつ考えが変わってきたのです。
ヒト族のことは今も許せませんが、私も愛する伴侶を得て愛する者たちを守る為なら何でも出来るものなのだなと思っています。
ヒト族が私たちと同じように私たちを憎んでいることを知ってますが、彼らが私たち魔族を脅威に感じ自分たちの愛する者たちを守ろうとする為の行動であるなら少しはわかるような気がしています。
だからといって私たちの家族を殺してそして今回私たちを殺そうとしたこと許せませんが」
私はシニョンさんの話に胸がズキンッと痛んだ。
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