こうして痴漢冤罪は作られる

門脇 賴

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第37話 上告控訴趣意書3

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⑵ 目撃者供述の信用性

1) 原告供述との不一致
 上記第2にて述べたが,本件において,被告人の犯罪の故意を認定するうえで重要な事実は,被告人が原告の臀部に触れた経緯,触れた態様,さらには,触れた時間的長さにあるから,この点に原告と目撃者の供述の不一致がある場合には,重要な事実に齟齬があるとして,その信用性判断は慎重になされなければならない。

 この点,本件の当事者である被告人と原告の供述を前提とすれば,被告人が原告の臀部に触れたとしても,わずか1回であり,時間的長さも1秒未満のことであったというのであるが,目撃者供述を前提とすれば,被告人は原告の臀部を、少なくとも数秒間にわたって,しかも右手を上下に動かして、何度も触っていたということになり,これは明らかに被告人と原告の供述に反している。

2) 目撃状況が不良であること
 目撃者供述によれば,目撃者は,受付カウンターから12.3メートル離れた所にある鏡越しに,被告人が原告の臀部を触っているところを見た旨供述する。
 確かに,12.3メートル離れた場所にある鏡に、人が2人映っているところを目視することは可能であると思われるが,人の細かい動きや接触部位を、間違いなく特定できるかは極めて疑問である。
 また,被告人が計測をしたところによれば,鏡から腹筋台までは6.2メートル離れていることから,被告人と原告がいた所から受け付けまでの距離は、実質的には18.5メートルあり(本書面別紙参照),とても鏡越しに人の動きの細部を確認できる状況にない。
 そして,目撃状況が不良であるということは,目撃者の偏見や思い込みが、記憶を改変しやすくなるということである。
 後述するとおり,目撃者は被告人に対して性的な言動をする(但し,被告人は否認)という意味で、好印象を抱いていなかったことから,被告人が原告に接触している場面を見て,後付け的に『臀部を触っていたに違いない』と思い込んだ可能性はあるし,悪印象を抱いていなかったとしても,直後に直接被告人が原告の臀部付近を触っている場面を目撃したことから,『鏡越しに見たときも、臀部を触っていたに違いない』と思い込みをして、記憶している可能性を否定できないのである。

 目撃者が思い込みをしていると考えなければ,上記1)で述べた原告及び被告人供述との不一致を説明することができない。
 善解しても,目撃者の当該供述は『鏡越しに見たとき,臀部を触っているような行動に見えた』という程度に理解するべきである。

3) 腹筋台と前屈の現場の両方が鏡に映ることはないこと

 目撃者は,原告と被告人が腹筋台にいた場面と,原告が前屈をしている場面の双方を鏡越しに見た旨供述するが,被告人が調査したところによれば、原告が前屈をした場所は、目撃者がこれを直視した場所から4.7メートル離れており(別紙「目撃」参照),そうだとすれば,目撃者が腹筋台にいた場面と前屈をしている場面の双方が鏡に映るということは考えられない。

4) 供述内容自体が不自然であること

 目撃者供述によれば,被告人はある程度継続的に、原告の臀部を撫でていたということになるが,そうであるにも関わらず,原告は目撃者が現場にくるまで、被告人に抵抗することなく前屈していたことになり,これは明らかに不自然である。
 いくらスポーツクラブの会員と職員との関係であったとしても,若年女性が男性からある程度の時間に亘って、臀部を撫でられたとなれば,拒否する行動にでるはずである。
 ましてや,仮に原告供述が真実ならば,原告は被告人からセクハラ発言をされたこともある等,被告人に好印象を持っていなかったことは明白であるから,余計,明確に拒否をするはずである。

 目撃者が現場にくるまで原告が前屈をし続けていた事実自体,被告人が継続的に原告の臀部を触っていなかったことの裏付けと言えるのである。

5) 目撃者が被告人に悪印象を抱いていたこと

 目撃者供述によれば
・普段から原告が出勤している時に、(被告人を)気を付けて見ていこうと,スタッフ内で話していたので,気にかけてみるようにはしていました(133丁)。

・原告に対しても以前から嫌がる言動をしたり,他のスタッフにもそういった言動があったので,気を付けて見ておきたいなと思いました(133丁)。

・胸が大きいとか,業務と関係ない話をすることもあったので,気を付けていました(133丁,142丁)。

・自分も他のスタッフも,手を握られたりという行動がありました(142丁)。というのであるから,仮にこれが真実であるならば,目撃者が被告人に対して悪印象をもっており,しかも,性的な意味での悪印象を抱いていたことは明らかである。
 そうすると,事件をでっち上げるまでの動機はないにしても,被告人に対して殊更不利になるような証言をする『動機』が存在することは間違いないうえに,敢えて虚偽の供述をする意図がないにしても,上記2)で述べたとおり,目撃した場面を『被告人が原告の臀部を触っているのではないか』と思い込んで記憶する具体的な危険性が認められることは明らかである。

⑶ 小括
 以上述べたとおり,目撃者の供述のうち,被告人が原告の臀部を触った場面を直接目視した供述については必ずしも信用性を否定できないが,一方で, 目撃者が鏡越しに目撃した部分の供述については信用できないから,当該供述を真実として認定することもできないといことになる。

第4 結語
 以上のとおり,目撃者供述のうち,『鏡越しに被告人が原告の臀部を触っているところを見た』とする部分が信用できないとすれば,仮に被告人が原告の臀部に触ったとしても,その回数は1回であり時間的には1秒未満であった。
 また,被告人が原告の臀部を触ってしまった経緯は,被告人が原告に対して前屈したうえでの、ハムストレッチングの仕方を教える際に,原告の太もも辺りを触ったというものであるが,本件がスポーツクラブ内で起きた出来事であることに鑑みれば,かかる経緯になんら不自然な点はない。

 この点,原判決は『Kスポーツジムの利用者にすぎない被告人が,乞われてもいないのに、インストラクターにストレッチを教えようとしたとの説明自体、不合理で,効果的な部位を教えるために身体を触ったとか,臀部に向けて手を動かしたなどというものも、全くその必要が認められず』とするが,スポーツクラブにせよ,ゴルフ練習場にせよ,テニスコートにせよ,乞われてもいないのに蘊蓄うんちくを披露する利用者は相当多く存在する上に,ストレッチや筋トレ指導において,指導者が効果のある部位を触って,行為者に意識させることはむしろ常識的なことである(原告はこれを否定する供述をするが,原告のスポーツ指導歴等の経歴がはっきりしない以上,この部分は,エクササイズについての素人意見の範囲を超えない)。

 被告人が長年本件Kスポーツジムを利用していた利用者であることを前提とすれば(161丁),被告人供述を排斥する理由は全くない。
 そうすると,本件において,被告人に犯罪の故意が認められないことは明らかであるし,少なくとも合理的な疑いを払拭できないことは明らかである。
 よって,原判決等を破棄した上で,被告人に対し無罪判決が下されなければならない。
以 上


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