こうして痴漢冤罪は作られる

門脇 賴

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第21話 N簡易裁判所公判4 被告人質問4

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「Kスポーツジムとの話の後、N警察署から呼び出しがありましたよね?」
「はい」

「で、貴方は取り調べを受けて、警察官から『原告女性の臀部を撫でるように触ったとかお尻を触ったことに間違いありません』という説明をされていませんでしたか」
「それは真実ではないけれど、否定しても何度も何度も同じことを訊かれましたね。いくら触れてスライドさせただけと言っても、それは触ったんだと押し問答が何度も」

「その時の供述書には、今私が話したような原告女性のお尻を触った事に間違いありませんという供述が載っているわけですね。で、貴方は取り調べの最後に読み聞かせしてもらった後、署名、捺印もされていますが、この署名、捺印の意味をご存じですか?」
「今は、だいたい分かってるけど…」

「どういう意味でしたか?」
「まあ、これも裁判で証拠として有効ということですか?」

「違います。ここの調書に書いてある内容については事実に相違ありませんという趣旨を示すものです。その事は警察から説明を受けたんじゃないですか?」
「そういう記憶がはっきりしてませんが」

「この内容に間違いがなければ、署名して指印、捺印してくださいという趣旨のことを言われませんでしたか?」
「言われたと思います」

「そのうえで、署名、捺印をしたんですよね?」
「最終的にはそうです。内容が納得できかねたんで、一旦断って、『知り合いのこういう事に詳しい人に相談してからにする』と言ったら別の人が出てきて、『後で訂正できます』と言われたんで。もう5時間も6時間も、いい加減飽きてきてもいたし疲れも…。腹も減ってきてたし…、訂正できるならいいやと思って」

「貴方は習慣的に他人の身体をすぐ触ってしまうという事が供述書に載っているんですが、本当ですか?」
「どんな表現になってるか知りませんが、親しい人に対しては割とスキンシップは多いと思います」

「親しいとはどのレベルで親しいですか?」
「何かにつけ、よく話をしたり、行動を共にしている人。それに、初対面や2回目でも、5年、10年付き合ってるような親しみやすい人。そういう人です」

「そのスキンシップをとるのに、断りを入れたりしてるんですか?」
「してないです」

「反射的に触るという事なんですかね? それとも、触っていいのかいけないのか分別をしたうえで触っているのか、どちらですか?」
「分別…? あまり考えてないですね。条件反射みたいなものかな?」

 こうは答えたけれど、後で(いや、分別はしてるな。一瞬の感覚的な判断だけど条件反射とはちょっと違うな…) 神野はそう思った。

「じゃあ、条件反射で触る時の貴方の気持ちってどういうものですか?」
「何にもないです」

「貴方は警察官に原告女性はぽっちゃりしてて好みの体形ではないからエロい気持ちで触ったのではないと説明してますが、これは本当ですか?」
「概ねそんな感じだと思うんですが、ぽっちゃりなんて言葉は使った事はないです。太めとか太ってるとか言ったと思うけど」

「好みの体形ではないから触ったわけではない。好みの体形なら触ってしまうんですか?」
「そんな事はありません。触るのと触りたいのとは別ですしね。美しい女性だったら、99%の男は触ると気分いいですよね。でも原告女性に対してはそんな気持ちは全くないです」

「貴方はスキンシップは親しい人には結構するんだというお話は今されましたよね。その中には男性も含まれるんですか?」
「まあ、そうですね」

「検察官の調書によると、警察署で作成した調書の内容に間違いないと書いてありますが、これも間違いだと。事実に反するという事ですか?」
「そうですね。警察官の調書の一部を抜粋したような内容だったので、根本的に間違っているというほどでもなかったんで、簡単に押してしまいましたが」

「今回、ここに書かれている内容をいずれかの機会に訂正とかしてもらいましたか?」 
「してないです」

「どんな形で訂正できると思っていたんですか?」
「好きな時にいつでも、必要に応じて」

「いつ、訂正してもらおうと思っていたんですか?」
「裁判になるとは全く思ってなかったんで。恐らく機械的な文書作成だと思ってたんで、せいぜい厳重注意程度だと思い、そのまま残っていたところでこれからの自分の人生に何ら支障はないと思ってたんで。裁判になるって知ってたらまるまる訂正したいですね」

「貴方は警察に訂正したいんだとか問い合わせしましたか?」
「いえ、してないです」

「どうしてしなかったんですか?」
「この裁判でできるんじゃないかと」

「貴方は警察官が作成した調書、検察官が作成した調書でもって、どんな処分を受けるんだろうと認識していたんですか?」
「厳重注意」

「厳重注意のつもりが、罰金という形で検察官からお話を聞かされたんじゃなかったですか?」
「検察官の時には、まあ5千円とか1万円くらいの罰金になるんじゃないかと思いました。ちょっと、間違えました」

「5千円か1万円と予想してたんですね。それは予想通りだったんですか、予想に反してたんですか?」
「全然違いましたね」

「予想に反していたから、どうしたいと思ったんですか?」
「裁判を受けると10月、11月までかかってしまう。それは非常に困るんですね。10月にフランスに行く予定だったんで…」

「ちょっと区切らせて下さいね。要するに5千円か1万円の罰金で済むのであれば、警察に書かれている内容は事実とは違うんだけれど、これで済ませてもいいと思っていたわけですね?」
「ええ、やむを得ないと」

「でも貴方にとって、予想外の処分を言い渡されそうになったわけですよね。それをもって、貴方はどうしたいと考えたんですか?」
「この額だったら、今年のフランス行きは諦めて、もう戦うしかないと」

「戦うって、具体的にはどういうこと?」
「裁判で勝負するってことですね」

「勝負っていうのはどういう意味ですか?」
「当然、無罪を勝ち取ると」

「つまり、本当の事を言いたいという事ですか?」
「はい」

 本当の事を言いたいというよりも、真実を知りたい。
 神野は心底そう思った。自分を陥れようとしている主犯はどっちだ?
 Kスポーツジムか野々宮奈穂か? 神野はそれが知りたかった。



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