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第1章

05ウェンディゴ

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 「さて、これで“ウェンディゴ”との対決は避けられなくなった訳だが…」
 大介は今後の方針について、皆の意識をまとめようとするのだが…。
 「まっかせてぇ! あんなヤツ、ギッタギタにして破片も残らず滅してやるわ!」
 いずみが鼻息荒くぶち壊す。
 「まぁくな! その前に確認すべき事がいろいろある」
 いずみの肩に手を添えながら宥める。
 いずみはハイテンション時が最も危険だということは、大介は身を以て味わってきた。
 「確認すべき事って何ですか? 曳舟先輩」
 さくらが一見冷静に聞こえる口調で質問を割り込ませる。
 (あちゃぁ~、さくらもかよ!)
 さくらの場合は、いずみと真逆で“異常に冷静に振る舞っている時が一番興奮している”のだ。
 さくらが大介を『曳舟先輩』と呼ぶ時が正にその最悪の時だ。
 これから辛い死闘が始まろうとしているのに…最初からこれでは…、大介は暗澹たる思いに苛まれた。
 「たのむから二人とも落ち着いてくれ。しばらくは何もしゃべらないで欲しい」
 厳とした顔で二人を睨みつける。
 「だ、大ちゃんがそう言うな<ぽかっ!> !あう~」
 「黙ってろと言っている」
 さすがのいずみも目尻に涙を溜めて、両手で口を塞いだ。さくらに至っては目を丸くしたまま首を縦に振るのが精一杯だった。なんだかんだ言っても大介は年長者なのだ。

 「校長先生、先ほどの続きをお願いできますか?」
 いつもののんびりムードで校長に向き直った。
 「は、はあ。もちろんです」
 校長も大介の気迫に飲み込まれていたが、さすがに年の功、すぐに意図を察して話し始める。
 「実は先ほどの…」
と、いいつつ校長はモニターに最初の画像を表示した。
 「この女性は、私の娘なのです」
 「え? 娘さん??」いずみが思わずもらしたが、大介に睨まれて慌てて口を塞ぐ。
 「その日は娘の誕生日でした。この秋に結婚が決まっていたので、『家族3人で祝える最後の誕生日だね。仕事を早めに切り上げるから一緒に祝ってね』と、その日の朝は笑顔で出かけて行きました」
 感極まって涙が止めどなく流れる。いずみもさくらも声を上げずに泣いていた。
 「そして…それがあの娘の最後の姿となってしまいました」
 いつまで経っても戻らない娘の身を案じて、方々に連絡を取った。けれど行方は要として知れず翌朝を迎える。
 校長は警察に届け出たが、年間約8万人もの行方不明者がいる中で、警察がたった一人の為に大勢の捜査員を投入することは不可能だ。何の手掛かりも得られずに時間だけが過ぎて行った。
 「そうして2ヶ月程前のことです。娘に関する確認を取りたいので出頭するように。と警察から連絡がありました」
 校長が赴くと確認と称して、この映像を見せられたという。
 「別件の捜査で、八丁堀商店街の防犯カメラの記録を捜査していた係員が気付いたそうで、取り敢えず確認しようということだった様でした」
 「八丁堀? 娘さんは何故そんな所を?」
 「あ、失礼しました。私はこの学校の開校準備の頃に新川に越して来たのです。娘は八丁堀商店街で買い物をして帰るつもりだったのではないかと思います」
 「なるほど。ということは自宅に向かっていた所なんですね。この映像は…」
 写り込んでいる風景では場所の特定をするのは難しかった。何しろ夕暮れで暗すぎる。
 「一度この場所に行ってみる必要がありそうですね」
 「危険はないでしょうか? あなた方は我が校の生徒でもある訳で…怪我でもされたら…」
 保身ではなく本当に大介たちを心配しているようだ。さすがに校長先生だな、と大介は感心した。
 「話しの腰を折ってしまいました。すみません先を続けてください」
 大介は素直に謝罪した。
 「いえ、え~」
 とはいえ、どこまで話したのか思い出すまでに時間がかかった。
 大介は焦らずにジッと待つ。しかし横の二人はそろそろ限界のようだ。
 「映像に…変なものが映っているのに気付いて…警官に尋ねました。しかし…」
 「見えてなかった。と?」
 「そうなんです。それどころか娘が…あの娘が…消えた所は…」
 嗚咽を漏らし、言葉が続けられない。
 「…他の人には…ノイズしか…見えない…様でした…」
 校長は何度も訴えたが、心労から幻覚が見えているんだと思われ、後で自宅で見直す様にと映像のコピーを押し付けて、体よく追い出された。
 犯罪性がないと判断されたとはいえ、いとも簡単にコピーを渡したことに大介は呆れ返った。警察は本当に視野が狭いと嘆きたくなる。
 「そんな物を渡されても、娘が帰って来る訳じゃない。いなくなった理由だって判らないままなのです」
 途方に暮れた校長は、旧知の水無月兼成を思い出す。神社の神官であり、秘密裏に除霊師を務めていた事も知る程度には親密だったのだ。しかも校長が引っ越して来たすぐ隣町の湊に在住だ。思い立ったら吉日とは良く言ったもので、すぐさま兼成に会いに行く。
 兼成は校長の訪問を予期していた様に、予定を変更して在宅していたのだった。
 「ウェンディゴという名前やどのような怪異かは宗主にお聞きしました。そしてすぐにあなた方に調査させるようご指示を頂いたのです」
 「なるほど。私も宗主から急に連絡を頂き、必ず依頼を受ける様、命を受けただけでしたので、校長先生を試す様な事をして申し訳ありませんでした」
 「いやいや、なかなか立派なものです。ただ命令に従うのではなく、自らの意志できちんと向き合おうと…今の若者には…というと失礼ですな。失言でした」
 校長は当たり前の様に大介に向かって頭を垂れた。大介はこの柔軟さがこの人の魅力なのだと感じた。
 「それでは今後の対策を考えて行きましょう」
 大介は話題を変えるべく、二人に笑顔を向けた。勿論それは戒厳令を解除したことを意味している。
 「大ちゃん。対策と言っても何をどうすればいいの?」
 いずみが早速ブチかました。
 大介は“がくっ!”と擬音が見えるようなオーバーアクションで肩を落とした。
 「…だ、か、ら…それを考えようと言ってるんだ。いい加減に人の話しを聞いてから発言することを覚えろ!」
 頭を鷲掴みにして睨みを利かせる。
 「わわわ、ごめんなさいぃ~」
 いずみは素直に謝るしかなかった。

 「今後の方針として最も重要な事は…」
 怒りを抑えつつ、一語一語告げる迫力に二人は飲まれた。
 「きちんと授業を受ける事だ!」
 『ガタっ!』と派手な音を立てて、二人はコケた。
 「大ちゃん! 今はそんな事してる場合じゃ…」
 「曳舟先輩! そんな当たり前の事わざわざ言って…」

 「「えっ?」」

 二人は同時に真逆な事を宣った。
 「さくらぁ! 今はのんびり授業なんか…」
 「いずみぃ! こんな時だからこそ目立った行動…」
 あくまで平行線というより真っ向対決なのだ。
 「俺の話しを聞けと…何度言わせる」
 とうとう大介は二人にゲンコツを叩き込んだ。
 最初からこれだ。
 大介はこの一件を全て自分で指示することに決心した。

 「しばらく一切声を出すなよ」と厳命して、校長にも理解できるように説明を開始した。

 「最近、浮遊霊の目撃情報が異常に増えていて、しかもある場所に集中しています」
 そう言いながら大介はUSBメモリーを取り出した。
 校長にアイコンタクトでPCの使用を求める。
 「あ、どうぞご自由にお使いください」
 「ありがとうございます。そして…」
 大介が表示したのは中央区の一部の地図、八丁堀からかちどき橋までの範囲だった。
 「赤い点は目撃場所。緑の点はとあるものの設置場所。そしてこの緑の点に集中しているのが判ると思います」
 「こんなに、その、霊の目撃情報があるのですか?」
 校長はその多さに驚いていた。何しろこの地図の範囲だけでも500点くらいあるのだ。
 「そして問題なのが、その“とあるもの”なのです」
 「何があるのです… おや? これは我が校の正門付近じゃないですか?」
 都立築地川高校の正門は敷地の北東にある。いわゆる鬼門だ。
 風水などにより、守護を第一に考えられた設計でありながら、正門をわざわざ鬼門に作ったことに入学以来、大介は疑問を抱いていた。
 しかもこの正門が使われたところをまだ一度も見ていないのだ。
 「気付かれたようですね、ここは鬼門です。そして、この下には我が校の電力プラントがあります」
 「プラント? それはまさか」
 大介は驚愕に言葉を失った。
 「実はここに新しい試みの総合高校を計画した時、区では電力の自給自足を目論んでプラントの設置を条件付けてきました」
 「まさか、あれですか? あれはまだそのシステムが公に認められてはいないはずです」
 「だからでしょう。都立である以上、得体の知れない建材や機器を導入出来ません。そこで区で購入し、体のいい名前で貸し付けるという方法を採ったのです」
 いくら区とはいえ、購入品目を誤摩化すことはできない。しかし、都の要請で貸し付けた事にしてしまえば、いくらでも逃げ道はあるらしい。
 民間レベルでは「研究材料」等の項目で一般的に購入されている。その程度の物品なら深く追究されることはなかった。
 「確かに今までの電力プラントは、排気ガスや騒音、振動などさまざまな問題点があった。それと比べれば、全くと言っていい程問題点がない。なさ過ぎるくらいです」
 「そうなのです。しかも燃料や原材料が不要。稼働を始めたら半永久的に電力を作り出します。まさに夢のプラントなんです」
 「しかし、そうは言っても得体が知れないんですよ」
 大介は背筋に悪寒を感じながら、校長に食って掛かった。
 こんなに熱くなっている大介を、いずみもさくらも初めて見たのだった。

    <つづく>
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