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第8章

8-05浅間山

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 「私がアルフと共感っ!?」
 当のいずみが一番戸惑っていた。
 「今までの話をまとめると、いずみが観たというそのマンダラ宇宙は、その古文書を編纂した人物とアルフが融合している時に、アルフが観せたのだと思います」
 「その融合していた人に?」
 「古文書が編纂された時期を考えると、一般人に科学的宇宙の概念はないと思います」
 「あ! そうかっ! 地球が一つの惑星だってことも理解してないだろうしね」
 「その強烈な印象が、古文書を編纂するときに込められたのじゃないでしょうか?」
 なぜかルイーナは、優しい微笑みを顔に浮かべてそっと語った。
 「な、なるほど…」
 「ただ問題は、実際の宇宙というか…3次元の正しい姿ではないようですが…」
 「「えっ?」」
 いずみと湧は呆気にとられた。
 せっかく納得できる説明をルイーナから得られたのに、間髪入れずにぶち壊されたのだ。
 「実際、3次元も含めて、各次元を視覚化することなどできないからです」
 「視覚化? あ! そうか。目で見ることは物質化するってことだもんね」
 「その通りです、いずみ。例えばいずみが心の中で描いたイメージも、絵に描くか、何か似たようなものを使ってしか伝えることができません」
 「だよね。しかも昔の人は宇宙そのもののイメージがないから、伝えることは難しいものね」
 「です。だから、インド密教の曼荼羅も日本に伝わってきた曼陀羅も、それが唯一の宇宙観として民衆に伝えられたのです」
 「あれは宗教上の極楽浄土を現したものだと思っていた」
 湧が驚きながら呟く。
 「YOUの言うことも正しいのです。本来は宇宙を現したものでも、世界の事実を民衆が理解できるでしょうか? そう考えると最初に曼陀羅を描いた人物と、それを広めた人物が異なることが判ります」
 「ああ、つまり宗教家の布教活動に利用された…と?」
 「そう考えるのが妥当でしょう。同じようなことは旧約聖書にも言えると思います」
 「なるほどね」
 「さて、問題はいずみがその3次元イメージの曼陀羅を観たということに尽きます」
 「?」
 「アルフは融合した人間に観せるべく構築したイメージを伝えていたはずです。つまり、いずみ本来の能力でその古文書を編纂した人間の思念を感じていたのなら…」
 「あ! そういうことっ!?」
 「わかったようですね。アルフの観せたイメージそのものがいずみに伝わるはずがないのです」
 「じゃあ、私にあの宇宙を観せたのは…」
 「アルフ本人と見て間違いないでしょう。それが意図的かどうかまでは分かりません。古文書を編纂した人間に送ったイメージを、たまたまいずみも観てしまったとしても、アルフの思念に接触したことには変わりないでしょう」
 「そう…かぁ、でもあの時、不思議と怖いとは思わなかったんだよね。アルフはいわば“敵”だよね。だったらもっと怖いと思っても不思議じゃないよね?」
 「それはどうでしょうか? なんだかんだ言っても、いずみたちにとってはご先祖さまになるわけですし、YOUの場合はお父様と同じことですから…好き嫌いはあっても異質な敵ではないからです」
 「あ。一応ご先祖様ではあったわね」
 いずみは複雑な表情で微笑んだ。

 「少なくともアルファブラッドを…ン?」
 何かを説明しかけたルイーナが、モニターの左上で点滅する“E-Call”という表示に反応した。
 「ち、ちょっと待ってください」
 慌ててインカムをつけて通話を始める。
 「何かあったのかな? あれって当局からの呼び出しサインだよね?」
 いずみが湧にそっと耳打ちする。
 「うん。今までミーティング中は一度も外部通信は受けなかったのに…」
 「余程の緊急連絡なのかな?」
 5人が見つめるうちに通話を終えたルイーナは、青ざめた表情で大介にアイコンタクトを送る。
 大介もその表情に嫌な予感がしたらしく、一度ブルッと震えた。
 「今更、みなさんに隠す必要がないので…」
 「何の話だ?」
 大介が心配して聞き返す。
 一拍置いて、ルイーナは酷く言いにくそうに続けた。
 「アルフの身柄が確保されました…」
 「「「「え?」」」」
 「な、何だと?」
 大介だけが他の4人とは異なる驚きを示す。
 「大ちゃん?」
 アルフの身柄が確保されたなら、事態はこれから良い方向に進展していくだろうと思ったいずみは、大介の反応に驚きを隠せない。
 「そ、そんなバカな…」
 大介とルイーナは蒼白な顔で見つめあった。
 「大ちゃん。どうしたの? アルフが捕まったら何か良くないことが起こるの?」
 大介は肩を掴んで揺するいずみに視線を合わせると、震える唇を必死に動かして呟いた。
 「何度もこの時間を繰り返してきたけど…、今まで一度もアルフが確保されたことなどなかったんだ」
 それが意味することを、いずみより先に湧が気づく。
 「つまりイレギュラーな世界だと? そう言いたいんですか?」
 湧の問いかけに二人は答えられなかった。
 「イレギュラーという考え方は危険だ。何しろそれぞれの世界を平均化することはできないからだ」
 「あ、確かに。どの世界においてもその世界の記憶が唯一無二なんですよね」
 すぐに湧は訂正した。
 「可能性としてはいろいろ考えられるだろうけどね。ただ、この場合は俺やルイーナの記憶からすると大きな変化でもある」
 「場所は長野県東部、いえ、群馬県西部ですね…浅間山北麓です」
 「浅間山? なんでそんなところに? 何かあったっけ?」
 いずみが不思議そうに呟いた。
 「あ、鬼押出し! そうだ、父親の会社の研究所があったはずだ」
 「研究所? 確かエネルギー開発の会社だったよね?」
 「ああ、詳しくは知らないが浅間山は活火山で、そのマグマのエネルギーを電力発電に利用しようとしていたらしい」
 「マグマを? そんなことできるの?」
 「お、俺には分かんないって。ただ、叔父さんから渡された資料に書かれてあったんだ」
 目を丸くして迫るいずみに戸惑いつつ答える。
 「その研究所でしょうか? 表向きはコンクリート製の観測所らしいのですが、その地下深くにある工場のような施設に潜んでいたそうです」
 ルイーナが後送されてきたメールを見ながら告げた。
 「今回は当局の潜入部隊が無事に身柄を確保できたってことか…」
 大介が複雑な表情で呟いた。
 「大介さんの言いたいことは分かります。確かにうまくいきすぎてますね」
 「ルイーナもそう思うか?」
 「どういうこと? アルフが確保されると何かまずいの?」
 深刻な二人に割って入るいずみ。
 「正直言って、ここからは俺たちにも全く予測できない」
 大介の顔色はますます青ざめていく。
 「…! あ、そうか。今までバトルウェアや亜空間ゲートの整備が出来たのは…」
 「如月君が気付いた通りだ。最初は白昼の銀座でクリーチャーと闘って、負傷したいずみが機動隊に連行された」
 「私?」
 いずみが自分を指差して叫んだ。
 「そうだ。しかも常人なら死亡するほどの負傷がすぐに回復したものだから、厳重に隔離されてあらゆる検査が行われた」
 「げ、まるでモルモットじゃん」
 「しかもどこからリークしたのか、ルイーナも身柄を拘束された」
 「え? なんで? だってルイーナは当局のいわゆるトップシークレットでしょ? 当局が黙って引き渡すはずないでしょ?」
 「そのまさかの事態が起こっていた。それも数回だ」
 ルイーナはその時のことを思い出したのか、うつむいてブルッと震えた。
 どのような扱いをされたのか、口に出して尋ねる無知はここにいなかった。
 「俺は亜空間ゲートを使ってルイーナを救出し、一旦6次元に飛び、再び3次元の今より30年前に遡った」
 「過去に行ったの? そんなことできるの?」
 「タイムパラドックスが起こらないように充分注意して、ルイーナとともに新素材の開発を2年ほど手伝った」
 大介はバトルウェアを手にとって説明する。
 「そして戦闘の方法を研究し、特撮ヒーロー戦隊番組を真似る方法が一番効果的だと結論付けた」
 「それが全身を覆うバトルウェアと、移動時に足がつかないようにする亜空間ゲートなんですね?」
 特撮ヒーロー番組と聞いて、湧も納得した。
 「バトルウェアの耐久力はみんなが身をもって知ってくれたと思うけど、あのガマガエルを撃滅して破裂を阻止してしまうと、それまでに吸収して転送されていたエネルギーが逆流して、直径3キロほどが消滅してしまったんだ」
 「え”? …その時私たちは?」
 「フラッパーズは全員無事だった。しかし、爆発のエネルギーは半径20キロに及び、首都機能が完全にマヒしてしまった」
 「じ、じゃあ逆流したエネルギーは、あのガマガエルがある程度吸収してくれたってこと?」
 「ある程度じゃない。8割方だ」
 「それでもあの被害?」
 湧も言葉を失くしてしまう。
 「あれで済んだんだ。だから、あの爆発は覚悟の上だった。それでも前回・前々回はフラッパーズにも死者が出たんだ」
 「うげっ!」
 いずみはウェンディゴ小菅に殺された時のことを思い出して、心底嫌そうに舌を出した。
 「ガマガエルがエネルギーを転送していたのは、東京から西の方角だとはわかっていたが、いかんせん異次元を経由されていたのではっきりと絞れなかった。今回は当局のエージェントが優秀だったのかもしれないな」
 大介はルイーナをねぎらうつもりで、そう口にしたが、ルイーナの困ったような笑顔を返すだけだった。

 そのやり取りを見て、湧もこれからが正念場だと覚悟を決めた。
    <続く>
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